結 夏の終わり
稲無田の駅を降りると「彼女」がいた。ぼくは俯いた。
八月の終わりのこの日、ぼくは、旅行でこっちに来ている笹音さんに会いに行った。笹音さんの泊まっているホテルの近くまで押しかけ、早朝に無理を言って時間をとってもらった。「彼女」に会ってもらえないか。そう頼むために。
笹音さんはきっぱりと断った。理由は単純で、殺されたくないから。
それでも、とぼくは笹音さんを説得しようとした。「彼女」は笹音さんのことを友だちだと思っている。危害を加えるようなことはするはずがない。ただ一目会うだけでもいい。何も告げられずに別れてしまったことを「彼女」は寂しく思っている。
友だちだからというのは何の保証にもならない、と笹音さんは応えた。神の考えは人間の理解を超えている。むしろ、友だちだから殺すということだってあるかもしれない。ぼくは何も言えなかった。ぼく自身、愛しているのなら命を捧げろという「彼女」の言葉を耳にしている。
笹音さんは言った。友だちなら殺さないはずだとか、そういう無根拠な信頼を押し付けることが友情なのではない。ササメは自分を殺し得る。それが分かっているのなら、二度と会わないという以外にササメと自分が友だちでい続ける道はない。自分はササメがいなくても生きていける。ササメもきっとそうだろう、と。
笹音さんは優しかった。会って話したいというぼくの願いを二度も聞いてくれた。笹音さんは「彼女」のことをよく知っていた。「彼女」を大切に思っていた。そんな笹音さんが、「彼女」には二度と会いたくないと言った。「彼女」のことを一番よく知っている人が「彼女」を拒絶した。「彼女」を拒絶するのが正しいことだと言われているようだった。
ぼくと「彼女」は何も言わずに線路沿いを歩いていた。こんなに沈黙が続いたのは初めてかもしれない。それでも、このまま何も言わないのは不誠実な気がして、ぼくは口を開いた。
「笹音さんに、きみに会ってくれるよう頼みに行っていた。でも、駄目だった」
「そう」
「彼女」の声は穏やかだった。ぼくは俯いたままで、「彼女」がどんな顔をしているのか分からなかった。
「笹音さんは、まだきみのことを友だちだと思っていると」
「あたしも、笹音のことは友だちだと思っているよ」
それから、またしばらく黙って歩き続けた。
「ごめん」
信号待ちのとき、ぼくは呟いた。
「ううん。ありがとうね」
「彼女」もぼくに気を遣っているみたいだった。こうして話していると「彼女」は同級生のようで、とても神には見えなかった。
変に涼しい日だった。八月で夏が終わるというのは嘘で、実際は九月いっぱい暑さが続く。それでも、ひょっとしたらこのまま夏が終わるんじゃないかと思わせるような日がたまにある。今日はそんな日だった。
夏は死んでいくように思えた。笹音さんに二度目の別れを告げたことで、ぼくの十五の夏は終わった。




