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一 羊子の死

 羊子(ようこ)が死んだ。

 

 ちょうど、ぼくらが中学三年生になって間もない春のこと。学校の近くの用水路で冷たくなっているのを近所の農夫に発見された。

 

 大人は多くを語らなかった。事故だという。足を踏み外して水路に落ちてしまい、溺れ死んだ。

 

 しばらくの間、学校の雰囲気は暗かった。けれど授業は何事もなかったかのように続けられ、一ヶ月後には彼女の机が撤去され、日常は次第にその死を忘れていった。いや、むしろ積極的に忘れようとしていたのかもしれない。皆が皆、心から別れを悲しむほど羊子と関わりがあったわけではないのだ。いつまでも引きずって中学校生活最後の一年間を浪費するわけにはいかない。そんな暗黙の了解のもと、羊子という名は禁句になっている感じすらあった。


 五月のある日、ぼくは口折川の河原で人を待っていた。


 空は揺るぎない白色で、風はまだ冬の調子を引きずっている。川辺に咲く春の花もこんな天気では寂しさを際立たせるだけだ。


 待ちくたびれて足元の小石を蹴飛ばすと乾いた音がした。人通りは少なく、静かで、周囲の音がよく聞こえる。だから、しばらくして背後で足音が鳴ったとき、ぼくはすぐに振り返った。


「あの日」


 痺れを切らしたような声。待たされていたのはこっちだというのに。


「羊子が死んだあの日、その前の晩、羊子と会っていたって本当?」


 ぼくは黙って頷いた。


 同級生の(はる)。手紙には差出人の名前がなかったけれど、ぼくをここに呼び出したのが彼女であるという気はしていた。


「何を話していたの」


 肩を揺らしながら話すものだから、長い髪の先が怒ったように躍る。そんな晴にぼくはわざと冷たい目線を向けた。


「教える義理はないよ」

「いいから」


 強い声でかき消される。いずれにせよこいつとは仲良くなれなかったのだろうな、と思い、ぬるい息を漏らす。次の呼吸に乗せてぼくは諦めたように言葉を吐き出した。


「相談を受けていた。晴たちからいじめられている、と」


 晴は硬いもので頭でも殴られたかのような表情を浮かべた。ある程度予想はしていたくせに。


「驚いたよ。そんなの全然気付かなかったから。ぼくらにも隠していじめを行うなんて、陰湿なことするんだな」


 晴の全身に力が入っていくのが見てとれた。それでもぼくは気にせずに話し続けた。


「ぼくは羊子の味方をすると言った。羊子は安心した様子だった。でも、その翌日、死んだ」


 晴は目を見開いた。まるで羊子の死を今知ったかのような反応。やがてしおれたように顔を歪めた。


「ねえ、羊子はわたしのせいで死んだのかな」


 息の多い声。結局これが訊きたかったのだろう。


「ぼくは、羊子をいじめていたお前らのことを良くは思っていない。だけど、羊子はもう死んだ。大人はあれを事故だと言う。仮に自殺だったとして、遺書の類を残さなかった羊子が死の直前に何を思っていたのか、今となっては知りようがない。だからもう止そう。いくら死人のことを考えたって、何も変わらないんだ」


 そう答えると晴は顔を伏せて黙ってしまった。


 しばらく何も言ってこなかったので、ぼくは勝手にその場を離れた。去り際、背後でむせび泣くような声がした。


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