七 帰路
ぼくら家族は祖父に見送られ、新幹線での帰路についた。
祖父は結局、ぼくが帰るのを止めなかった。
「彼女」は稲無田の土地に縛られている。笹音さんがそうしたように、このまま稲無田に帰らなければ、ぼくの命が再び危険に晒されることもないだろう。だけど、ぼくだって、稲無田を離れる気はなかった。念夫が殺されたあの日、橋の上で引き返したあのときから、このことは決めているのだ。
そして、今や、ぼくには稲無田に帰る積極的な理由がある。笹音さんのことを「彼女」に伝えなければならない。笹音さんは「彼女」の友だちだったから。何も告げられずに別れて、寂しい思いをしているだろうから。
ぼくが陽岸を去る前に、笹音さんは八月の終わりに稲無田の近くを訪れる予定があると言った。大学の友だちとの小旅行らしい。しかし、稲無田に一歩も足を踏み入れる気はないそうだ。そんな調子だから、「彼女」には二度と会わないつもりなのだろうが……。できるなら一目でも「彼女」に姿を見せてはくれないだろうか。新幹線の中で、ぼくは何となくそんなことを考えていた。
窓の外に目を向ける。新幹線は太平洋沿い、海の道を走っている。こうして見ると日本は田園ばかりだ。日本列島の大部分は山で、川が海に注ぐワンシーンに僅かばかりの平野があって、そこに人が集まって暮らしている。新幹線などで長距離移動をすると、広大な農地の中にぽつぽつと都市が点在しているという印象を受ける。陽岸はそんな都市のひとつだった。
陽岸は海に面していた。陽岸で田圃は見かけなかった。ぼくにとって田圃は憂愁の風景だった。稲無田の中学校の周りは田圃だらけだった。稲無田は内陸の街だった。
新幹線は北上し、在来線は陸の奥に入り込んでゆく。
電車が口折川を渡ったとき、少しぞっとした。「彼女」の気配を感じた気がした。川の向こうには稲無田があった。ぼくの住む街。川と崖線に囲まれた鬱屈とした風景。ぼくの大好きな「彼女」が愛した土地。
稲無田の駅を降りた頃には、もう夕方だった。