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僕たちのいるスーパーは入り口外にも品物を置くスペースがあり、道に出るにはその二十メートルほどの距離を走り抜けなければならい。
「ぉぉおおおおおお!」
すでにガラスが割れ、壊れている自動ドアを走り抜け、一閃。壮太は見事な風切り音を響かせ、前にいたゾンビの首を飛ばした。遠心力に振り回されよろけているところに襲い掛かってきたゾンビは僕が首を切断する。
いきなりあらわれた3匹獲物に、一斉に襲い掛かったゾンビたちは僕たちの前に波状の肉壁を形成した。
「おらぁあっ!」
壮太の大斧が横一線に振りぬかれ、数匹を吹き飛ばし、倒れさせた。そこを活路として僕たちは奴らを踏みながらも走りぬける。
止まらないこと。
それが僕らが三人組を助けるにつけてこれだけは絶対に、と決めたことだった。三人組がすでに囲まれ始めている今、いちいち足を止めて戦闘をしていたらすぐに圧殺されるからだ。
周りには動く死体。一番近くには心強い仲間。そんな状況で僕らはわらわらと群がるゾンビたちを殺し、走り、殴り、また殺し、走り、殴り、を繰り返す。すると僕たちの声と戦闘音につられて、三人組の周りにいたゾンビたちが徐々にこちらを向き始めた。
「今だ走れ! 坂のほうへ逃げろ!」
そう壮太が叫ぶと、三人組は驚いた顔でこちらを向いてから、少し頭を下げ、取っ組み合っていたゾンビたちを押しのけると走り出した。それを見て僕たちも、スーパーの階段を駆け下り、道に出た。
「今よ!」
「おうっ!」
壮太はベルトにひもを結び付けてあった防犯ブザーを勢いよく引き抜き作動させると、逃げる向きとは反対方向に投げ飛ばした。ジリリリリリリッ、と音を立てながらブザーは坂を勢いよく転がっていく。それを見ながら僕たちは、ちらちらといるゾンビをよけながら陽炎の立ち昇る坂を駆け上った。
***
「なぁ、もう走らなくていいんじゃないか?」
坂を上り終わった後、恐怖心からかまだ走り続けていた僕らは、壮太のその声で徐々にスピードを下げて、最終的に地面にへたり込んだ。アスファルトの熱が手袋に伝わり、熱気でやけどしそうだが、立ち上がる気になれない。
「疲れたわね、本当に」
「うん、死にそう」
「というかある程度離れたところで、テレポート使って家に飛べばよかったんじゃないか? 俺たち」
「先に言いなさいよ!」
本当にそうだ。今まで焦りすぎて、そんな簡単なことも忘れていた自分にびっくりだ。
「ほんとにね。それはそうと、あれ公園じゃない?」
すぐ先の道の右側の道路に沿って数本の木々の間に、うんていやら滑り台やらがちらちらと見えている。
「公園なら水道があるわね。行くわよ」
「さんせー」
水を求めて公園に入ると、そこには先客がいた。学生だ。三人組で、二人は金属バットを持っている。
一応警戒していたようで、すぐにこちらに気づき三人とも会釈をしてきた。
「さっきは助けてくださってありがとうございました。本当に助かりました」
「ああ、さっきの」
よく見たら一人は女子で、今さっき助けたばかりの三人組だ。
「はい、もうちょっとでアイツらと同じになるところでしたよ」
「はは、お互い大変だね」
話しているのは人の良さそうな、黒髪の柔和な顔が特徴な男子生徒だ。
「俺たちは全員高1で、俺は三村智一っていいます。それでこのごつい男子が成宮正吾、女子の方は火村咲綾です。助けてくれて本当にありがとうございます」
成宮正吾と紹介された男子は三村君の言葉の通り、大柄でがっちりした体格を持つ強面の高校生だった。右手に握る金属バットにはところどころ血の跡が付着しており、迫力を後押ししている。
隣の女子は小柄で活発そうな風体で、スカートからはしなやかな足が伸びている。日ごろから運動をしている証しだろう。そして拳には一昔前の不良ドラマでよく見かけたような、銀色に光るメリケンサックが装着されていた。
「いいのよ、私たちが勝手にやったことだし。私は渋谷美紅、この童顔が比嘉充で斧を持っているのが渡井壮太。全員高2よ、よろしくね。
それであなたたちはどうしてあんな処に居たのかしら?」
美紅が話題をそらした。
「食糧確保をしに。この近くに僕の家があって、今そこを拠点にしているんですけど、人数的に食料が不安で不安で。それでちょうど近くにスーパーがあったんで行ってみたらあのざまです」
「ええっと、他にも人が?」
「はい。一緒に逃げてきたり、途中で助け合ったりで高校生が10人ほど、あとは近所の小さな子供とか道をさまよってた人を保護したりだとかで7人ほど。俺たちも入れてだいたい20人くらいいます。正直もう家もいっぱいで大変です」
「20人か。それはすごい」
本当に大変なのだろう、顔に疲労がにじみ出ている。まだ1日しかたっていないのにこれでは、長くはもたなそうだ。
けれど素直にすごいと思う。少し間違えれば自分の命がすぐになくなってしまうこの状況で、力のない子供を保護して人を助けるやさしさは貴重だ。僕は基本的に自分と壮太と美紅が生き残ることしか考えていなかった。
「いえ、皆さんのほうがよっぽどすごいですよ。僕は助けるばっかりで、それを維持できる力がありませんから。たとえば比嘉先輩のその服は防刃機能を持っているものですよね?」
「うん、そうだよ、一応は」
防刃だけでなく防弾もついているが、黙っておく。
「しかも渡井先輩は大斧で、渋谷先輩はクロスボウ。失礼ですがどこでそんな装備を?」
取り繕ってはいるが、声色から装備を欲しがっているのが分かる。それはそうだろう。今の世界で生き残って、無関係の人も助けようと思ったら装備の充実は必須事項だ。
けれどこのままだと面倒なことになるのが目に見えている。適当に説明して家に帰ろう。
「家の近くに偶然ミリタリーショップを見つけてね。そこで拝借してきたんだ。じゃあそろそろ僕たちは拠点に帰るよ、もうスーパーにはいけそうにないしね。それじゃあ」
「え、あ、はい。助けてくれてありがとうございました」
僕は軽く会釈をして後ろを向いた。そして出口に向け歩こうと右足を上げた瞬間、僕の首にはほっそりとした手に握られた銀色に光る何かが、後ろから押し当てられていた。
「全員動かないでください。比嘉先輩が死にますよ?」
少し独自の音を含んだ、女の子の声が真後ろから聞こえた。