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壮太と美紅が目を見開き、こちらを見ている。その視線が向かうのは僕の首元。どうにか状況を理解しようと視線だけを首元に動かすと、そこには刃渡り15センチもない小さな果物ナイフが見えた。
果物ナイフが僕の首に押し当てられている。
その事実の意味を理解するのに数秒を要した。理解すると徐々に呼吸が早くなり、手の先に震えが出る。震えは指先から腕、肩に。足先から足全体に広がってゆき、カタカタという音が僕の周りに響いく。
しかし防衛本能か、それともただの意地か、何かが僕に口を動かす力を与えてくれた。
「これは、どういう、意味、かな?」
震える声で、とぎれとぎれに絞り出す。
「単刀直入に言います。あなたたちの装備をください。もう一つ、そのミリタリーショップの場所を教えてください。この要求が通ればわたしたちは速やかにここを立ち去ります」
「おい、何を言っているんだ、咲綾! 俺はそんなこと指示していないし、聞いてもいないぞ! 早くその人を放せ!」
怒鳴り声が聞こえる。おそらく三村君の声だろう。どうやら示し合わせてやっているわけではないらしい。
「いや、火村は正しい。俺たちがこの状況でみんなを助けようと思えば仕方のないことだ」
これは成宮と紹介されていた男子の声だろう。
「違う! みんなを助けるために、他の人たちを犠牲にするなんて間違っている! しかもその人は命の恩人だぞ!?」
「じゃあ、どうするの! このままじゃいつかトモカズの家もゾンビに破られて、みんなが、家で待ってるトモカズの彼女も死んじゃうかもしれないんだよ!? それを撃退するには武器が必要なの!」
「それでも、もっと違う方法で店の場所を聞くだけでもよかったじゃないか!」
「駄目だよ、それじゃあこの人たちは話さないよ。武器は生命線だもん、持っていかれると知っていてわざわざ話すわけないじゃん!」
それは誤解だ、と言いたくなったが紛らわしいことになりそうなのでやめた。僕たちが使う分は十分確保しているから、人に場所を教えることを渋る必要は全くない。けれどそれはテレポートがあってこそできていることなので、この子にはわからなくて当然のことだった。
なんだか耳元で二人の言い合いを聞いていたら、落ち着いてきた。徐々に震えが収まっていく。要はこの子たちはみんなを助けたいあまりに少し暴走してしまっただけなのだ。
そもそも僕はいつでもここを脱出できる。よく考えれば僕はおびえる必要は全くなかった。壮太と美紅もそれをわかっているのか、泰然と、しかしすこし心配そうな顔で立っている。
口論が終わらないことに業を煮やした火村さんは壮太と美紅を見て早口にまくし立てる。
「とりあえず渡井先輩は斧を、渋谷先輩はクロスボウを地面に置いてください早く!」
「へいへい」
「わかったわよ」
「じゃあ正吾、取りに行って」
「わかった」
気が付けば僕の首元にある火村さんの手のほうが震えていた。こんなことはやめさせないといけない、そう思って僕はなるべく丁寧に言った。
「泥棒はだめだよ、火村さんに成宮君」
「何を言っているのですか、先輩。今の状況分かってます?」
火村さんが震えた声音で反論した。僕はそれに悠然と返す。
「その台詞そっくりそのまま返すよ」
「だから何を言っているんですか!」
「前をよく見てみたら?」
僕たちが話している間に壮太は大斧を担ぎ、美紅はクロスボウにボルトを装填して成宮君を狙っている。
「なにをしてるんですかっ! 比嘉先輩がどうなってもいいんですか!」
「なぁ、そんなナイフでどうやってミツルを殺すんだ?」
「確かに小さな果物ナイフですけど、人を殺すぐらい簡単にできます!」
「いやいやそうじゃなくてな、そんな刃のないナイフでどうやって人を殺すのかと思ってな」
「刃のないって、何を!?」
そういって火村さんが自分の手元を見ると、そこには空間型のテレポートで柄の部分から先を切り取られた、刃のないナイフが握られていた。ここからでは顔は見えないがさぞ驚いていることだろう。
「よっと」
火村さんが混乱しているうちに僕は首に回された腕から脱し離れて、腰のナイフと紙切れをそれぞれ両手に持った。これで準備は整った。僕は三人組を見ながら、なるべく恐怖を与えるように笑みを浮かべて言い放った。
「さてでは改めて、全員動かないでください。成宮君が死にますよ?」
***
三人とも固まっている。成宮君の頬をツー、と汗が垂れるのが見える。僕はそれを見てさらに笑みを深めた。
「ねえ美紅、こういう場合どうするのがいいと思う?」
「そうね、変な恨み持たれても嫌だから三人とも殺しちゃうのが手っ取り早いんじゃないかしら」
美紅も黒い笑みを浮かべながらとんでもないことを言った。それを聞いていた三人の表情は一様にこわばる。
「待ってください! 二人とも少し暴走してしまっただけなんです、どうか許してください!」
「三村君、それは少し都合がよすぎるんじゃないかな? その二人が少し暴走したことで僕は死ぬところだったし、武器も全部奪われるところだったんだよ?」
「それはその通りです。けど」
「殺すならわたしだけを殺して! 私が勝手に始めたことなんだからわたしに責任がある!」
「それでは済まないのよ。あなたを殺したらその二人が何をしてくるかわからないわ」
「でも!」
「でももだってもないわ。一人でもあんな行動に走った時点で全員に責任があるのよ」
「いや少なくとも三村は関係ない。俺と火村に責任がある」
「それは違うよ成宮君。確かに君と火村さんに大きな責任はあるけど、それを止められなかった三村君にも責任の一端があるんだ。見たところ三村君がリーダーなんでしょ?」
3人とも苦虫を噛み潰したような顔で黙り、次に口を開いたのは三村君だった。
「どうしたら、許してもらえますか?」
その言葉を待っていた。
「うんじゃあ、3人とも僕の奴隷になって」
「は?」
おお、見事に全員リアクションがかぶった。いや壮太だけ苦笑いだ。
「生きたいんでしょ? じゃあ今回のことは水に流してさらに僕たちが最初だけ武器と食糧を支援してあげよう。その代り3人は僕の奴隷になって、言うことを聞いてもらう。3人とも命が助かるし、少しの間だけど食糧問題も解決される、悪い話じゃないでしょ?」
「いいの、充? いつ裏切られるかわからないわよ?」
「大丈夫だよ、3人とも基本的にはいい人だからね。それに」
うまくいけばもう1つ緊急避難用の拠点と便利な情報収集員が手に入る、と小声で付け加えた。それを聞いて美紅は一応、納得してくれたようだ。3人は足を動かさないまま何かを話している。
「わ、わかった。俺たちは比嘉先輩の奴隷になろう」
「うん、よかった。3人を殺さないで済んだ」
なるべく裏切られないために相手に恐怖を印象付ける言い方を意識して選んでいる。ちゃんと逆らわないほうがいいと思われることができただろうか。
「じゃあとりあえず君たちの拠点に案内して」
僕は有無を言わさぬ口調で奴隷に初めての命令を下した。




