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人間が生活していく上で欠かせない衣食住。そのうちの『食』がある程度満たされた今、次に人々が束の間の解放に求めたものは『衣』だった。しかし1階はファッション雑貨の店が数多く立ち並んでいるため、服には困らない。
困ったのは衛生面だ。丸二日同じ服、同じ部屋でじっとしていたため、皆それ相応に汚れている。僕たちは濡れタオルを配布し、とりあえずは事なきを得たが、これは早いうちに解決しなければならない問題だろう。
「皆さん、体を拭いて下着を変えたら、とりあえずこれに着替えてください」
僕は1度トイレに行くふりをし、家にテレポートして大量に対ゾンビ用防具、武器を持ってきた。助けた人たちにそれに着替えてもらう。
皆物珍しそうな目をしながら、防刃製の服やスリーブ、カバーを見て、各々気に入ったものを装備している。やはり女性には少しでもファッション性のあるパーカー型が人気なようだ。
さて、だいたい全員装備できたかな。
「着替えてもらったのは他でもありません、奴らを倒してこのショッピングセンターを解放するためです。理由はそれぞれあるでしょう、しかし皆さんにはまずこれを念頭に置いて行動してもらいたい」
鷹揚に頷いている。先ほどの一致団結した雄叫びの効果もあって、今この集団は統率がそこそこ取れている。しかしこれがいつまでも続くと考えるのは愚の骨頂、信頼は簡単に揺らぎ、恐怖に押し流される。
その可能性をできるだけ排除するためにはまず、この状況を真に正しく認識し、ある程度慣れてもらう必要がある。
「これから皆さんには、ショッピングセンター解放への第1歩として、実際にゾンビを――殺してもらいたい」
『殺す』という言葉に皆一様に息を飲んだ。険しい顔をしてこちらを睨みつける者もあれば、恐怖に怯える者もいる。何十年も荒事とは無縁の生活を送ってきた者たちもいるだろう、『殺す』という言葉に強い忌避感を持っていることは当然だ。
「皆さんの中には、何も殺さなくてもいいのではないだろうか、とお考えの方もいるかもしれません。しかしそれしか手段がありません。彼らを安全に長期拘束する手段も、人間に戻すワクチンも存在しません」
しかしそれでは困る。そんな言葉程度に顔をしかめるならともかく、恐怖を感じているようではこの先の生存は難しい。今の反応でとりあえず誰が兵士に向いているのかはだいたいわかった。
「殺さなければ殺されます、仲間も家族も、ゾンビには関係ありません。ただの己の食欲を満たすための獲物です。そんな奴らに食われるなんて私はまっぴらです。仲間を、自分を守るために殺します」
なるべく殺す事へのハードルを下げなければならない。これが極限状態ならばそんなことをしなくとも、人は人を殺す事が出来るかもしれない。しかし今彼らはある程度の衣食住、余裕を持ってしまっている。
そう、逃亡することが出来る。
それは確実に防がなければならない。対ゾンビ戦に限った事ではないかもしれないが、足でまといの味方は敵より怖い。
「彼らが私たちを獲物とみなす以上、私たちは彼らを殺さなければ生きることができません。それともこのまま一生、この狭いショッピングセンターの1階でいつ破れるかもわからない、シャッターを叩く音に怯えて暮らしますか? 私はそれもごめんです」
だんだんと瞳に闘志が宿ってきた人々に呼びかける。
「私は戦います。共に戦ってくれる勇気のある人は前へ出てください」
そう言うと数瞬の逡巡の後、次々に名乗り出てきた。多くは若い男性だ、しかし中年に差し掛かっていそうな人や、女性もいる。十分だろう。
「では残りの人は後方支援をお願いいたします。戦いに必要なのは戦士だけではありません。それを支えてくれる人たちが必ず必要なのです。よろしくお願いします。では名乗り出てくれた方々は僕に付いてきてください」
後方支援組の方は美紅に任せた。彼女なら上手くまとめて、行動してくれるだろう。僕と壮太は名乗り出てくれた人たちを引きつれて、西棟の奥へと向かった。
***
やってきたのは西棟奥の一つのシャッターの下りたままの店舗前。シャッターの上の壁には店の看板がいつもと変わらずついている。どうやらかの有名アパレルブランドの支店らしい。
「先程も言ったとおり、皆さんにはこれからゾンビを殺してもらいます。まず慣れてもらわなければ戦闘も何もありませんので。まずは壮太がお手本を見せます。じゃあ頼むよ」
話を壮太に変わってもらう。
「ん、ああ、俺か。えっとな……俺はつい2日くらい前までごく普通の高校2年生だった。特別な訓練はしたことがない、せいぜい剣道部主将だったくらいだ。だから技術的に教えられることはほとんどないんだよ、実は」
その言葉に驚く人が多い。慣れた手つきでマチェットを肩に担ぐ壮太の姿は、それほどに堂に入っている。
「要は慣れだ。あとは無心で獲物を振るう、これくらいしかない。まぁ、ぶっちゃけよくわからん、必死だったからな。というわけである程度ゾンビの特徴とか教えたら、手本見せて早速やってもらおうと思う」
そう言って、ゾンビの行動の特徴などを話し始めた。戦う前にこれが聞けるのは大きなアドバンテージとなるだろう。
「――と、こんなもんかな。じゃあミツル、シャッター頼むわ」
僕はトランシーバーを取り出し、日暮さんに指示をだす。日暮さんはすぐに要望に応じてくれた。
重苦しい音をたてて、シャッターが上がっていく。
「結構いるな」
壮太が呟いたとおり、ゾンビが6、7体見受けられた。しかし問題はない。僕は後ろ手に隠した紙切れをなるべく遠くのゾンビたちの脚に合わせて、飛ばしていく。
志願してくれた人たちは気づいていない。久しぶりに見る死の脅威に打ち勝とうと、己を鼓舞している人が大半だ。
「じゃあよーく見ていてくれ――」
壮太は一番近いところにいるゾンビに向けて突っ込む。ゾンビのダランと垂れ下がった腕が、獲物を狩ろうと跳ね上がった。しかし壮太は冷静にそれを下からくぐり抜けながら、すれ違いざまに一閃。
脳天に炸裂した強力な一撃はゾンビを倒れさせるには十分だったみたいだ。倒れたゾンビはピクリともしない。よく見れば頭を破壊したわけではなく、首がおかしな方向へ曲がっている。
「こんな感じだ。無理に頭を破壊する必要はない、首を折ればだいたい死ぬ。じゃあえーと……そこの君、やってみろ」
壮太は無造作に僕たちと同い年くらいの男子を指差して言った。
「……へ、え? 俺っすか!?」
「うん、君。武器も俺とおんなじような感じだしな。けど無理に俺のに似せる必要はないぞ。自分にあったやり方でやってくれ。大丈夫、危なければすぐに助ける」
そう言われた青年は両手に持った壮太より少し小ぶりな山刀を、戸惑うように見た。ゾンビが遅々としながらも確実に距離を縮めてきている。青年は顔を上げゾンビを見た。
その表情が決意を固めたように引き締まった。
「ぅ、うおおおおおっ――」
既に振り上げられた腕を避け、野球バッターのようにすれ違いざまに振られた山刀は深々と首にめり込んだ。しかし青年はめり込んだ山刀に引っ張られ転んでしまう。その上に勢いでゾンビが――
倒れ込み青年に噛み付く前に、壮太が頭を蹴り飛ばした。
「うぁああっ!」
青年は自分の上に倒れ込んできた、ほぼ首と胴体が繋がっていない死体に驚いているようだ。
まぁ、さっきの壮太のキックでもう首筋がいかれてるから大丈夫だろう。
「よし、じゃあ次~」
「そ、その前にコイツどかしてくださいよーっ!」
「自分でどかせ、実践じゃ誰も助けてくれないぞ~」
青年は悔しそうに死体の下敷きから抜け出した。戦々恐々としながら服をはらっている。
「次は私がいこう」
青年の次からは名乗り出てくれる人がいたのでよかった。
そんなこんなでなんとか乗り切り、数個シャッターを開けたところで今回は終了となった。単独で戦闘不能にできた人は少なかったけれど、とりあえずアイツ等に慣らすという目標は果たしただろう。




