01-4.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない
「父上はなにを考えておられるのか……」
「心配は必要ありません。ご当主様は玄家のことを思い、常に行動されるお方です」
雲婷は香月を慰めるような言葉を口にする。
「……そうだろうか」
それに対し、香月は不安だった。
「玄家の血を継ぐのは母上だ。父上ではない」
香月は家を継ぐのは血を繋げることだと教わってきた。それを考えると浩然の言動は不自然だった。
「父上は皇帝の座でも狙っているのかもしれないな」
「まさか。陛下を守られるように賢妃様に命じられたのは、ご当主様でしょう」
「可能性の話だ。ありえない話だと私も思っている」
香月はうっかりと口にしてしまった。
(ありえないのだ)
自分自身に言い聞かせる。
羅宰相とは知人の可能性もある。父の生まれを考えればありえなくはない。
「賢妃様。徳妃様が面会を求めております」
梓晴は頭を下げて報告をする。
(面会か)
苦情を言いに来たのだろう。
手紙の内容だけは言い足りなかったのだろう。
「断ると伝えよ」
「かしこまりました」
梓晴は深く頭を下げてから部屋を出て行った。
(顔を合わせる価値もない)
万姫は怒り狂うだろう。
それをわかっているものの、万姫に会う気にはなれなかった。
「よろしいのですか? 賢妃様」
「よくはないだろう。だが、会う気持ちにはなれない」
「雲嵐のことでしたら、聞き流してくださいませ。彼もそう望むでしょう」
雲婷の言葉に対し、香月は首を横に振った。
「朱万姫とは性格が合わないだけだ」
「合う方がいらっしゃらないでしょう。徳妃というだけで敬意を払うふりをしているだけでございます」
雲婷は静かに言い切った。それが真実のような気がした。
「そういうものか」
香月は呆れたような視線を窓の外に向けた。
梓晴に対し、掴みかかろうとしている万姫の姿が遠くに見える。断られるとは思っていなかったのだろう。
(気性が荒いな)
猫を被るのは止めたのだろうか。
それとも、呪術を使ったことによる精神汚染の影響か。
どちらにしても気性が荒いことには変わりはない。
「賢妃様」
「嘉瑞か。どうした?」
「報告がございます」
嘉瑞は膝を付き、許しを乞う。
その姿に視線を向けることもしなかった。
「話せ」
香月は冷たい言葉を口にする。
そうしなければ、また香月を庇って人が死ぬと思うようになっていた。守る価値のない主にならなければ、誰かが犠牲になろうとしてしまう。それを避けたかった。
そう考えているだろうということは、侍女たちにはお見通しだった。
「羅宰相が玄家で会談を行うとのことです」
「内容は?」
「帝の安否に関わるものかと」
嘉瑞の言葉を聞き、香月は窓の外から視線を外した。
「手を引くように伝えよ」
香月の判断に対し、嘉瑞はなぜだと言いたげな顔をした。
「父上のことだ。会談を聞いた者を生かすはずがない」
香月の言葉を聞き、嘉瑞は頷いた。
会談が行われることを知ることができたのは最大の好機だった。
(守らなければならない)
嘉瑞の言葉を聞き、目を見開いている雲婷に構う時間すら惜しかった。雲婷は恐ろしいことを耳にしてしまったと言いたげな顔をしているものの、悲鳴を上げることもなければ、その場を立ち去ることもしない。
女官頭として知らなくてはいけないことだ。
「羅宰相の狙いはわかったか?」
香月は問いかける。
それに対し、嘉瑞は頷いた。
「後宮です」
「後宮?」
「はい。妃賓を人質にするつもりでしょう」
嘉瑞の言葉に香月は納得をする。
優しい俊熙のことだ。後宮の妃賓たちを人質にとられてしまえば、軍を差し向けて反旗をあげた者たちをとらえることをやめてしまう可能性もある。
反旗をあげた者は死刑にしなければならない。
それが李帝国の法律の一つだ。
李帝国の威厳を守る為には反乱を起こした者を生かしてはおけない。
「それに父上は関わっているのか」
香月の言葉に対し、嘉瑞は頷いた。
(先々代の庶子として祀り上げられたか)
香月は父親が野心家であると知っている。
その野心を羅宰相に利用されたのだろう。
「陛下に書状を送る」
「賢妃様。ご当主様を裏切るつもりですか」
「……李家の人間だ。玄家を裏切るわけではない」
香月は複雑そうな顔をした。
父親が裏切る可能性を知っていた。しかし、そのようなことはただの予感にすぎないと信じていたかった。
「優先順を間違えるな」
香月は言い切った。
「私は陛下の妃だ。賢妃である」
香月の言葉には覚悟があった。
「陛下の危機を見逃すわけにはいかない」
香月の言葉に対し、誰も言い返せなかった。
香月の言葉が正しい。
最優先に考えるべきなのは皇帝の安全だ。その為に香月は賢妃になったのだ。




