06-3.黄藍洙の死
目撃者ということを隠す為に自殺としたのかもしれない。
頭を過ったそれを消すことはできなかった。
「私は陛下の臣であります。それ故に陛下の為ならば、死さえも恐ろしくありません」
香月は淡々とした口調で答える。
胸の奥が痛いのはなぜだろうか。泣きそうな顔で懇願する俊熙を見ていると、心が穏やかではいられなくなる。そのような感情を香月は知らなかった。
(私が守らなくては)
俊熙がなにも知らなくても皇帝の座に座っていられるように支えることができれば、香月は不安に思わなくなるだろう。そうすれば、感情の整理がつくかもしれない。
俊熙は弱い。
それは香月にとって庇護の対象だ。
「しかしながら、陛下。陛下がお望みになられるのならば、香月は陛下のお傍におりましょう。唯一無二のお方が出向くところに私も行かせてくださいませ」
「……嬉しい言葉だが、ここでは意味が変わるのはわかっているのか?」
「当然でございます。陛下の考えこそが最優先するべきことでございます」
香月の言葉に対し、俊熙はため息を零した。
呪いに対して俊熙は対抗策を知らない。しかし、呪いを跳ね飛ばしたと思われて皇帝の座に座らされている限り、そういった現場には身に行かなければならない。
臣下の恐怖を取り除くのは、呪いの効かない皇帝の姿だ。
「賢妃を伴い、検視に立ち会おう」
俊熙の言葉を聞き、宦官長は深く頭を下げた。
地面に擦りつけるように必死に許しを乞うようにも見えた。
宦官長も皇帝に直談判すればただではすまないと理解をしていた。しかし、報告をしなければならず、自らの命を捨てる覚悟でこの場にいたのだ。
「俺は、知らせを持ってきた者を罰するほどに弱い皇帝ではない。先に昭媛宮に向かい、調査報告を受ける。黄家の処分の参考にはなるだろう」
俊熙はゆっくりと立ち上がる。
それよりも早く移動をしていた香月は、当然のように俊熙の隣に並んだ。四夫人の一角である賢妃は健在であると周囲に見せつけなければいけないからだ。
昭媛宮は荒れ果てていた。
(瘴気がひどい)
呼吸することさえも億劫になる。
地面をひっくり返す勢いで捜査をしたのだろうか。あちらこちらに土の山が作られていた。
「陛下。口元をお隠しください」
「なぜ?」
「瘴気で満ちた場所は悪い影響を与えやすいのです。深く息を吸ってはなりません」
香月の言葉を聞き、俊熙は眉をひそめた。
(なにも感じないのだろうか)
見鬼の才がない者でさえ、次々に体調不良を訴えている。粗雑に並べられた女官たちと距離をおきたいと視線で訴えてくる宦官たちが、なにに対して怯えているのかさえも、俊熙は理解できなかった。
(そうか、麒麟の加護か)
噂として聞いたことがあった。
俊熙は見鬼の才を得なかったものの、歴代皇帝の中で、もっとも麒麟の加護を与えられており、麒麟の加護は瘴気を寄せ付けない。
それは真実なのだろう。
「陛下はまことに選ばれしお方ですね」
「なんの話だ?」
「呪いを跳ね除けたという噂は玄家でも有名な話でございます。それを目の当たりにして驚いているのです」
香月は語る。
(加護が強すぎるのも考えものか)
俊熙は麒麟の加護を強く持って生まれた。それだけで皇帝の座に座る価値があった。だからこそ、生まれてすぐに母子共に冷宮に追いやられたのだろう。
「あれか。神話のように広めるべきと口うるさく言われてな」
「その方の提案はご明察かと思います。どなたですか?」
「羅宰相だ。父の代から宰相を任せている頼りになる男だ」
俊熙は政治の話を好まない。
官吏に丸投げをすることもある。
しかし、香月の質問に答えるのは気分が良かった。
(羅宰相)
香月はその名に心当たりがあった。
以前から玄家を出入りしている男だ。
(やはり、父上が関わっているのでは?)
嫌な予感がする。
それを俊熙に打ち明けることはできなかった。
「陛下、我々では手の施しようがございません」
宦官の一人が声を上げる。
「初めに倒れた女のそばに、こ、これが、ございました」
続いて別の宦官が布に包まれた古びた木で作られた人形の山を差し出した。恐怖で手が震えている。
「陛下。確認してもよろしいでしょうか?」
「かまわない。好きにしろ」
「ありがとうございます。陛下。……こちらは私が持ちましょう。さあ、手を離して。事情を教えてください」
香月は迷うことなく、人形の山が包まれている布を受け取った。
数歩下がり、宦官と適切な距離をとる。妙な言いがかりが噂になるのが後宮だ。
(人形は八枚。すべて違う名前だ)
人形を一枚ずつ確認をする。
それらを地面に並べていく。
(黄昭媛の名もある)
やはり、というべきだろうか。
ところどころ、焦げ目のついた人形や意図的に織られている箇所が目立つ人形たちの中には、黄藍洙の名もあった。八枚の人形の中でもっとも汚れがひどく、破損も激しい。それは藍洙の死に際が酷いものであったことを示していた。
「ここに書かれている者は、黄昭媛と昭媛宮の女官で間違いはありませんか?」
「はい、間違いありません。名簿と一致しております」
「……そうですか」
香月は眉を潜めた。
(口封じにしてはやり方が酷い)
昭媛宮の者を誰一人生かすつもりはなかったのだろう。人形を地面に埋めた侍女はそれをわかっていたのか、指示されただけなのか、それさえも問いかけることができないように最初から仕組まれていた。
(呪力を辿ることもできない)
犯人の形跡を辿ろうとするものの、弾かれてしまった。
地面に置かれた人形は一瞬で木くずと化した。
「遺体の損傷の確認をしてください」
香月は素早く指示を出す。
(人形が呪術として成功しているのならば、遺体は灰になったはず)
香月の言葉の意図を察したのだろうか。
検視を任されている宦官たちは慌てて布に覆われた遺体を確認し、絶句した。




