06-2.黄藍洙の死
自ら命を絶つ女性ではないことは俊熙も知っていたからだ。
(翠蘭姉上)
翠蘭がどのような性格をしていたのかさえも、香月は知らない。なにも知らないまま、後宮に入り、死んでしまった。
だからこそ、知りたいと思った。
見知らぬ異母姉のことを少しでも知っておきたかった。
(貴女はどのような人だったのでしょうか)
母親思いの女性だと知っている。
しかし、それは見たわけではない。女官の噂を聞いただけだ。
真実はどこに隠れているのか、わからない。
「それで満足か?」
俊熙の問いかけに対し、香月は頷いた。
(妙だな)
違和感を覚える。
(まるで陛下は知っているかのようだ)
そのようなはずはないと思っていた。翠蘭の死は自殺であると判断したのは宦官たちであり、それを詳しく調べることもせずに認めたのは俊熙だ。
「恐れながら、陛下。黄昭媛と対話は許されますか?」
「それは無理だ。香月の願いとはいえ、大罪人には会わせられん」
「さようでございますか」
香月は機会を失った。
このままでは真犯人は闇の中に逃げてしまう。
「なにか気になるのか?」
俊熙の問いに対し、香月は素直に頷いた。
「はい、陛下。黄昭媛を利用した相手の手かがりを掴めればと――」
香月の言葉を遮るように、昭媛宮の調査に出向いた宦官と黄藍洙たちを牢屋に連行した宦官長が走り込んできた。
勢いのまま、地面に座り込み、頭を下げる。
なにか起きたようだ。
それは俊熙も悟った。
「なにごとだ」
俊熙は問いかける。
その姿は寵妃との時間を邪魔されたことに怒っているようにも見えた。
「は! 報告いたします。黄昭媛とその侍女六名、全員が命を絶ちました!」
宦官長が報告をした。
その内容に俊熙は思わず立ち上がった。
「ありえない。まさか、死ぬほどの拷問をかけたのか!?」
「いいえ! 陛下!」
「では、なぜ、全員が死ぬようなことが起きるんだ!」
俊熙は声を荒げる。
(呪術だ)
香月は死の正体に気づいた。
藍洙に呪術を教えた真犯人が事前に仕込んでいたのだろう。それを防ぐ為、昭媛宮を調べてほしいと提案したのだが、遅かったようだ。
「恐ろしい呪いとしかいいようがございません」
頭を地面に押し付けたまま、昭媛宮の調査をしていた宦官は震えながら答えた。
「昭媛宮から多数の人形と獣の血、多数の虫、それらを育てている壺が押収されております。それについて、問いかけたところ、とっ、吐血をし、息をしなくなった者もおりました」
宦官は恐ろしい思いをしたのだろう。
それでも、必死に報告をする為に走ってきたのだ。
「牢獄も同様です」
宦官長は淡々とした声で答えた。
「黄藍洙の姿は見るに堪えられない姿に代わり、他の女官たちもあっという間に死に絶えました」
宦官長はそこまで言い切り、頭を下げる。
それ以上の情報は持っていないのだ。
「……俺が出向かねばならない状況か」
俊熙は皇帝の座に収まる前に蔓延した呪いを遠ざけている。そう信じられているからこそ、皇帝の座に座らされていた。堂々と呪いだと言い切る二人の姿を見て、呪いの存在を信じていなかったのは自分だけだと察したようだ。
「それはいけません」
香月はすぐに立ち上がった。
(伝染病の可能性を否定できない)
呪術の中には病を流行させるものもある。それに対応する術を持たない李帝国の中枢であり、神のように丁重に扱われるべき皇帝が真っ先に出向いていいわけがない。
それを宦官長も宦官も口にしなかった。
(わざとか。それとも、噂を信じているのか)
どちらか判断がつかなかった。
俊熙を呪術の標的にすることが目的なのか、呪術を遠ざけるという根拠のない噂を信じ切っているのか、わからない。
しかし、賢妃である香月の発言に露骨なまでに顔色を変えた。
「香月。お前は俺の御子を産まなければいけないだろう。このようなことで病が感染したら、どうするつもりだ」
「恐れながら、陛下の妃は大勢おります。私が役に立たなければ、廃妃にしていただいてもかまいません」
「そういう話をしているわけではない!」
俊熙は頭を抱える。
言い争いをしている時間は残されてはいない。
「陛下は替えのきかない唯一無二のお方でございます」
香月は淡々と語る。
その言葉が俊熙たちの心に響くとは思っていない。しかし、この場を円滑に進める為にはそれらしい言葉が必要になる。
「しかし、私は翠蘭姉上と同じように替えのきく玄家の人間です。賢妃は玄家の女性であれば問題ありません」
香月の言葉に対し、俊熙は立ち上がった。
それから、容赦なく香月の頬を平手打ちした。
「そのような言葉を二度と口にするな」
俊熙は怒っていた。
他でもない愛おしい女性から聞きたくない言葉だった。
「俺は香月が愛おしくてしかたがないと伝えただろう。なぜ、お前はその言葉を信じてはくれないんだ」
「……恐れながら、陛下、後宮の人間はすべて陛下の所有物でございます。一定の誰かを愛するなど、陛下の役割を損ねかねません」
「そんなことはわかっている!」
俊熙は感情のままに言葉を発する。
それから、平手打ちをしてしまった香月の頬を申し訳なさそうに触れた。
「頼む。翠蘭のように死んでくれるな」
俊熙は懇願するように囁いた。
(姉上のことが好きだったのだろうか)
香月は見当違いなことを考えていた。
似ても似つかない女を傍に置きたがるほどに恋しくてしかたがないのだろうと、勝手に決めつけた香月は俊熙の言葉に頷くわけにはいかなかった。
(それとも姉上の死の真相を知っているのか)
目の前で見たのかもしれない。




