公国への旅路-3
夜が明けて、辺りに日が登った頃。
「昨日の助けてくれた恩は、一生忘れない。ありがとうな」
御者の男はそう言った。
「別に気にしないで。そこまでのことはしていないから」
「いいや、二人が居なかったら、きっと俺らもゾンビの仲間入りしていたところだ……じゃあ、無事でな」
「貴方達も気をつけて」
「ああ」
二人の会話が終わったあと、馬車はギレア方面の反対側へと進んでいった。
セリとフィリアは、馬車が遠く離れていくまで見送る。
「これからギレア公国までどの程度かかるのでしょうかね」
馬車が遠目に見える程の距離になった頃、そう問いかけてくる。
「たぶん、3日とか……? もう少しかかるかも」
馬車では、もう1日程度の距離はある。
歩きならそのくらい掛かってもおかしくはない。
「ですよね。そのくらいかかりますよね」
「そうだね……嫌でもフィリアのことはもう帰さないからね?」
「知ってます。それに帰りつもりなんて微塵もありません」
そう言い、笑みを浮かべるフィリアを見て、セリも微かに笑みが溢れた。
少しだけ、少しだけだが笑えるようになって気がする。
軽い会話を交わしたあと、二人は、先へと歩みを進める。
嫌気がさすほど、何もないだだっ広い平野を歩き続ける。
時々、小動物や鳥を見かける程度で他には何も見当たらない。
何時間歩いた頃だろうか。
流石に疲れて、近くに生えていた巨木の根本で休息を取る事にした。
フィリアは、日持ちの効く硬いパンや、干し肉を取り出した。
今日の昼飯だ。
セリは、二つのコップに手をかざす。
初級の水魔法――水流を唱えると、二つのコップの上に、子供程度の水の塊が出現する。
その水塊は、真っ直ぐ落下する。
辺りに水が飛び散り、二つのコップ一杯に水が満たされる。
「はい、お水」
「ありがとうございます」
フィリアは受け取った水に口をつける。
キンキンに冷えており、どこか甘さを感じる柔らかい口当たりだ。
「セリさん、これどうぞ」
フィリアは、そう言い干し肉とパンを渡してくる。
「硬いね……これ」
セリはそれを口に含んだが、中々に噛みきれない。
「保存をきくものを選んだんですが、少し硬すぎましたね……」
フィリアも口に運んでみるが、確かに硬い。
そこまでの長旅と言うわけでも無いのだから、もう少し水分を含んだ柔らかいパンでも良かったかもしれない。
しかし、まばらに木が生えている以外は、辺りに何もない。
日中の日差しの強さも相待って、中々に体力が消耗される。
セリは、フィリアの肩に寄りかかり、体重を預けてみる。
「セリさん、お疲れみたいですね」
「ごめんね。フィリアも疲れてるのに……」
「いいんですよ。セリさんは戦いの疲労もありますし、休める時に休んでください」
セリは申し訳なさを覚えながらも、ゆっくりと目を瞑った。
それから、少しばかりの間眠りに入っていたのだろう。
暗闇の中から、レヴィンの脳内に響く特有の声により、目を覚ます。
『そろそろ"例のアレ"が来そうです』
「例のあれ……」
レヴィンがセリの命を狙う神格存在が、近いうちに襲ってくると言う話をしていた。
恐らく、そいつのことだろう。
その時だ。
目の前の空間に、巨大な漆黒の亀裂が現れる。
その亀裂は、だんだんと大きくなり人一人が余裕で通れるほどの大きさになる。
「せ、セリさん、あ、あれは!?」
フィリアは、いきなりの出来事に困惑の声を上げる。
「分からない。でも、私から離れてて……たぶんまずいやつ」
そう言われ、フィリアはセリから離れる。
『間違いなく奴の転移術です。身体を変わる準備を』
「分かっている……」
フィリアが、セリからある程度距離を取ったタイミングだった。
その亀裂から、人型の何かが飛び出して来た。
一瞬の出来事で、それが男なのか女なのかも分からない。
耳をつんざく風切り音と共に、何が横切ったのを感じた。
あまりにもの高速に、数多の経験を奪ってきたその動体視力でも捉えられない。
だが一つ分かったことがあるとするならば。
首が斬り落とされ、頭が地面に落ちていた。
自分の首がない身体を、地面から見上げていた。




