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風呂



セリはリッタに事情を説明すると、ギルド2階にある自室に泊まるように勧めてきた。



リッタに迷惑をかける訳にはいかないと思い、やんわりと断ろうとしたが、結果リッタの勢いに飲まれ、泊まることになった。




ギルドの裏口からこっそりと、2階にあがりリッタの自室に入る。



セリとフィリアが中に入ると、ワンルームの質素な部屋で、安物のベットとテーブル、クローゼットと必要最小限のもの程度しか置かれていなかった。




「裏口から入れば、デスタのクソ野郎連中にも合わなくて済みますから安心してください。フィリアさんも安心してくださいね」


「は、はい……! ありがとうございます」



リッタはフィリアを一瞥した。


フィリアの事情はここに来るまでの間に、セリから詳しく聞いていた。




正面の入り口は兎も角、裏口はギルド関係者しか使わない。


これならデスタ達に居場所がばれる事もない――とのことだ。



「リッタ、ありがとう……でも、迷惑かけるかもしれない」


「いいんです。私に出来ることはなんでもさせてください」




リッタは胸を張ってそう言う。


こんなとこで、数年前セリを見捨てた事が許される訳でもないが、彼女の手助けになる事ならばなんでもしたい。




「とりあえず、服貸すので着替えましょうか」



リッタは葡萄酒で濡れた黒衣を纏うセリにそう言った。


確かに身体中がベタつく上に、全身からほのかに甘い香りが漂っていた。



「うん、そうする」



セリはこの一着しか持っていなかったので、着替えを用意してもらえるのはありがたい。



「向かい側に浴室があるので、宜しければ使ってください。あっ、入るんだったら脱衣所のところに後で着替えおいておきます」


「ここお風呂あるの?」



風呂場など、貴族やそれに準ずる富裕層の住居にしか備わっていないものだ。


かつてのカルディナと住んでいた屋敷にも風呂場はあったが、ギルド――それも2階にあると言うのは驚きだ。



「ええ、先代のギルド長の趣味らしいです」



どうやら、先代のギルド長は随分と良い趣味を持っていたようだ。



「ありがとう、ありがたく使わせてもらう」




セリはその足で浴室まで向かった。




浴室はさほど広くはないが、綺麗に掃除が行きとどいた清潔感がある空間だった。


人一人が入れる程の浴槽には、お湯がたっぷりと張られており、湯気がもくもくと立っていた。

 

浴槽の側には、火の魔石が入れられた籠と、水の魔石が入れられた籠の二つが置かれていた。


これで水を発生させた後に、火の魔石で温めているのだろう。




セリは、置かれていた椅子に腰をかけ、バケツで頭からお湯をかぶる。



ちょうど良い温度のお湯が頭から足まで流れ落ちる。



何年ぶりかのこの感触はとても心地が良い。




セリは、正面に置かれていた瓶に詰められていた二つの液体石鹸に目を向ける。 



これはそれぞれ頭を洗うものと、身体を洗うものだろう。


丁寧に髪用、体用と蓋に刻まれていた。



セリはそれを使おうと手を伸ばしたが、あの問題がある事に気づく。



「……そりゃ、開けられないよね」



分かりきった事ではあるが、片腕では蓋は上手く開けられなかった。



瓶を割ってしまえば良いのだが、そうするわけにもいかない。





ならば――。



影を出現させ、蓋を開けようとするが、それも上手く行かない。



大雑把に動かす事には大分慣れてきたのだが、こういった細々した動きは、全く思うように操れない。



蓋を開けようにも、影はするりと抜けていってしまうし、これ以上力を入れようとしたら割ってしまうだろう。





『影を器用に動かす練習もしないとですね。慣れば、第二の手くらいには器用に扱えると思いますよ』




レヴィン曰く、戦闘で使えるような大雑把な動きは兎も角、細々した動きはかなり難しいそうだ。




「それってどんくらいかかるの?」


『私の能力ではないので、ハッキリとは答えられませんが、それなりの時間はかかるのは間違いないでしょう』



それまでは随分と不便を強いられそうだ。




瓶を開ける事に四苦八苦していると、浴室のドアを叩く音が聞こえる。



「あの、ご一緒しても……そのいいですか?」




その声の持ち主は、フィリアだった。



セリは断ろうと思ったが、今更見られたところでどうでもいい。


それよりかは蓋を開けて貰おうと思った。




「良いよ。入ってきて」



セリはそう言い、影を消滅させる。




そう言えば、フィリアは影の力を直接見ていない。


見せても厄介なので、とりあえずは隠しておいた方が良さそうだ。




「すいません。この後、他の人で詰まっているみたいなので、リッタさんと話し合って、もちろんセリさん次第って話なんですけど、ご一緒にと」



「別に構わない、それより頼みたいことがあって」



セリはそう言い、フィリアに瓶を渡す。




「これ開けて貰っても大丈夫?」



「ええ、勿論です!」




心よくそれを受け取ったフィリアは、瓶の蓋を開ける。




「あの、宜しければこのまま髪を洗っても?」


「うん、そうしてくれると助かる」




確かに片腕だけだと、髪を洗いにくい。


この際だ。


やってもらえることは全てやって貰おう。



フィリアは、液体の石鹸を適量だし、セリの髪の毛に絡ませていく。



案外他人にやって貰うのは気持ちいいものだ。この感覚はセリは決して嫌いなものでは無い。



「セリさん、結構髪伸びてますね」



言われてみれば、ボサボサの髪の毛は相当に伸びている。


前髪の目を完全に覆う程度には伸びきっているし、後ろ髪も肩あたりまで覆っている。




「ずっと、髪に気を遣っている余裕なかったからね」


「……そうだったんですね。また変な事聞いちゃいましたね……良かったら今度私に切らしてください、こう見えても手先は結構器用なんです」


「うん、お願い」



別に今更容姿なんて気にしないのだが、確かにこの髪は邪魔だ。


折角なら今度それもやって貰おう。




その後も、成されるがままフィリアに身体を委ねる。




背中は片腕ではやりにくいだろうと、ついでに洗って貰った。






身体を洗い終えたセリは、浴槽に浸かりながら、今度は自分の身体を洗うフィリアを横目にぼっーと眺めていた。



適温の暖かいお湯が身体全身を包み込んでいく。



あまりの心地よさに、強烈な眠気をセリが襲う。



冷静に考えると今日一日中色々なことがあって疲れてしまっていた。


それにセリの肉体的疲労もダメージも完全に癒えた訳ではない。




普通、浴槽内で眠ってしまうのはとても危険な行為だが、今ここにはフィリアがいる。



別に寝落ちしてしまってもそのうちフィリアが起こしてくれるだろう。



セリはそう思い、睡魔に大人しく従い目を瞑る。



それから、意識が夢の中へと落ちていったのは、そう時間はかからなかった。

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