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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第四部「高次干渉編」

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第119話:確定しない存在

1、残像の地平

世界が、激しく「明滅」していた。


管理者の眼が砕け散り、ユウマが「自己観測」という禁忌の進化を遂げてから、この実験区画C-127の物理定数は完全に意味を失っていた。灰色の霧に包まれた未定義領域の中で、ユウマの周囲数メートルだけが、かろうじて現実としての輪郭を保っている。しかし、その輪郭さえもが、1秒間に数万回の速度で振動し、重なり合い、崩壊と再構築を繰り返していた。


ユウマは、泥の上に膝を突き、残された左手で自身の顔を覆っていた。

彼の指先が、自分の頬を通り抜ける。次の瞬間には鉄のような硬度を取り戻し、その次には水のように形を失う。


「……ハァ、……、……ガハッ!!」


肺が酸素を吸い込もうとするたびに、呼吸という概念そのものが「エラー」として処理される。ユウマの肉体は、もはや単一の個体としてこの宇宙に存在していなかった。

彼は、8192回分の全人生のデータを一つの身体に押し込み、かつ自分自身を観測対象として固定した。その結果、彼は「全ての可能性」を同時に内包しながら、そのどれでもないという、究極の矛盾体――不確定存在へと変容していた。


「お兄ちゃん……! お兄ちゃんに、触れないよ……!」


傍らに立つルナが、悲鳴に近い声を上げた。彼女がユウマの肩を抱こうと伸ばした手は、何の色もない虚空をすり抜け、彼という残像を掻き乱すだけに終わる。

ルナの瞳に映るユウマは、ある瞬間には右腕のある健常な姿であり、次の瞬間には泥にまみれた敗北者であり、また次の瞬間には冷徹なエンジニアの顔をしていた。


「……大丈夫だ、ルナ……。俺は、ここに……いる。……ただ、少しだけ、世界の『ピント』が合っていないだけだ……」


ユウマの声は、重なり合う何千もの自分の声が合成されたような、不気味な和音となって響いた。

彼は、自分を「自己限定」することで、管理者という外部サーバーからの消去を免れた。だが、その代償は、宇宙のあらゆるインデックスから自分の名前が消え去り、どの座標にも定着できないという、永遠の浮遊だった。


2、システムのスキャン

その時、灰色の空の向こうから、無機質な「意志の残滓」が再び這い出してきた。


それは砕け散った管理者の眼の、末端のデバッグ・プログラムだった。上位階層との接続を断たれ、自律的な消去命令だけを繰り返す、壊れた機械のような観測者。それは、この未定義領域に漂う「異常な熱量」を感知し、その正体を特定しようと、不可視の解析パルスを放ち始めた。


「――対象の再検知リサーチを開始」


空間が、ノイズまみれの機械音で震える。


「座標:C-127-X00。……エラー。対象の座標が特定できません。……補正。時間軸:現在。……エラー。対象が過去のログと重複しています。……再試行。個体定義:ユウマ。……エラー。対象は『ユウマ』であり、かつ『ユウマではないもの』です」


観測者の残滓は、混乱していた。

彼らの論理にとって、存在とは「観測され、定義されるもの」だ。座標があり、名前があり、属性がある。それらが揃って初めて、世界というメモリの上に描画レンダリングされる。

しかし、目の前のユウマには、そのどれもが当てはまらない。


彼は、過去8192回分の全てのステータスを同時に出力しながら、そのどれもを「現在の真実」として確定させていない。

管理者のシステムが「彼は右腕がない」と定義しようとすれば、ユウマの自己観測が「過去にはあった」というデータを突き返す。システムが「彼は負け犬だ」とレッテルを貼ろうとすれば、彼の執念が「これから勝つ」という未来の確率を現在にマウントする。


「……無効。……定義不能。……この個体は、……宇宙のどのスロットにも収まりません」


観測者の「眼」を模した光の球体が、ユウマの至近距離まで浮遊してきた。

それは、かつてのような絶対的な圧力を失い、ただただ戸惑うように明滅を繰り返している。


「……捉えられない?」


観測者の残滓が、信じられないというように、ノイズ混じりの声を漏らした。


「……私の視界には、数兆の『ユウマ』が同時に映っている。……赤ん坊の彼、老いた彼、死んだ彼、神になった彼。……それらが一つの点に重なり、激しく干渉し合っている。……どの彼が『本物』なのか、観測という名のピンセットで摘み上げることさえできない……」


3、不確定の自由

「……ハッ、……残念だったな」


ユウマは、透けかけた唇を歪めて笑った。

その笑みさえも、幾重にも重なる表情がズレて見え、見る者の平衡感覚を狂わせる。


「お前たちが……俺たちを『観測』という名の鎖で縛り付けてきたのは、……俺たちが『一つ』しかなかったからだ。……一つしかなければ、狙いを定めやすい。……一つしかなければ、壊すのも容易だ」


ユウマは、ゆっくりと立ち上がった。

彼が歩き出すと、その足跡は泥の上に残るが、次の瞬間には別の場所へと足跡が「転移」している。物理的な移動プロセスを無視した、確率の飛躍。


「だが、今の俺は、……この8192回分の全人生の『集合体』だ。……お前が俺を殺そうとして一撃を放った瞬間、俺はその瞬間だけ『死んでいない過去の自分』と入れ替わる。……お前が俺を消去しようと座標を指定した瞬間、俺は『別の座標にいた自分』のデータを上書きする。……俺は、お前たちのシステムが処理できる『単一の変数』じゃないんだよ!!」


ユウマの左腕が、黒いノイズを放ちながら膨れ上がる。

それは、確定しないがゆえに無限の質量を持つ、不確定存在の暴力だった。


「観測できないものは、支配できない。……捉えられないものは、殺せない。……お前たちの言う『可能性の収束』から外れた……このデタラメな不協和音こそが、……俺が勝ち取った、本当の自由だ!!」


ユウマが放った一撃は、観測者の光の球体を真っ向から貫いた。

物理的な衝撃ではない。

「存在を確定させる」という観測者の本質に対し、「確定を拒絶する」という圧倒的なノイズを流し込んだのだ。


「……ア、……ガ、……計算、不能……。……世界が、……私の、……定義を、……超えて……」


光の球体は、耐えきれずに激しいスパークを上げ、情報の破片となって霧散した。

管理者の残した末端のデバッグ・プログラム。それさえも、今のユウマの「捉えどころのない」存在強度の前には、無力な旧式のツールでしかなかった。


4、ルナの祈りと、ユウマの境界

「……お兄ちゃん!!」


ルナが再びユウマに駆け寄った。

彼女の身体からは、虹色の光が溢れ、必死にユウマの「不確定な輪郭」を繋ぎ止めようとしている。


「……お願い、お兄ちゃん!! ……どっかに行かないで!! ……いろんなお兄ちゃんが見えるけど、……私の大好きなお兄ちゃんは、……たった一人しかいないんだよ!!」


ルナの叫びが、ユウマの脳内を吹き荒れる数兆のログを、一瞬だけ静めさせた。

ユウマの身体の振動が、微かに収まっていく。

「不確定であること」は、管理者に対抗するための最強の盾だが、それは同時に、自分という個人の記憶や感情までもが、膨大なデータの海に溶けてしまうという危険を孕んでいた。


ユウマは、激しい眩暈に耐えながら、ルナの虹色の光を「道標ガイド」として、自身の中心を再構築しようと試みる。


(……そうだ。……俺が、俺を観測する……と言ったのは、……この無限のデータの海の中から、……『ルナの兄である自分』という一点だけを……絶対的な基準点にするためだったはずだ……)


ユウマは、自身の内側に広がる情報の宇宙に、強引に「境界線」を引いた。

8192回分のログは、武器として使う。

だが、その「中心」にいるのは、右腕を失い、泥を啜り、それでもルナの手を引いて歩き続けると決めた、この Iteration 8192 の自分だ。


「……ルナ、……大丈夫だ。……俺は、どこにも行かない」


ユウマの身体の重なりが、少しずつ一つの像へと収束していく。

だが、それは以前の「確定した人間」に戻ったわけではなかった。

彼の輪郭は依然として微かに震え、周囲の空気と混ざり合っている。

彼は、「確定しない自由」を保持したまま、「ルナの前に立ち続ける」という一点のみを固定し続けるという、極めて高度で危ういバランスの上に、自らの実在を成立させていた。


5、泥だらけの再定義

「……ハァ、……、……よし。……なんとかなったな」


ユウマは、泥にまみれた左手を見つめた。

今度は、自分の掌をしっかりと認識できる。

指を曲げれば、泥の感触が脳に伝わる。

それが、どれほど奇跡的で、どれほど贅沢なことか。

外部のシステムに「お前は泥を感じている」と入力されるのではなく、自らの神経と主観が、この現実を掴み取っている。


「捉えられない」という、宇宙で最も孤独な進化。

だが、その孤独こそが、上位階層という名の檻を完全に壊した。


ユウマは周囲の灰色の霧を見渡した。

そこには、まだ何も描画されていない。

管理者のスキャンが届かないこの領域は、ユウマという「不確定な観測者」が何を望むかによって、その姿を無限に変えていく。


「お兄ちゃん、……これからどうするの? ……世界は、まだ真っ白だよ」


ルナが、不安そうにユウマの裾を掴んだ。今度は、しっかりと布の感触を掴むことができていた。


「……そうだな。……まずは、……この『捉えられない俺』という仕様を、……もう少し安定させなきゃならない。……俺が消えちまったら、……この世界を支える観測者が……いなくなっちまうからな」


ユウマは、灰色の空を睨みつけた。

そこにはもう、自分たちを管理する眼はない。

だが、それゆえに、自分たちが「存在し続ける」ための努力を、一秒たりとも止めることはできない。

自由とは、これほどまでに重く、そして息苦しいものだった。


「……ルナ、……俺を見続けてくれ。……お前が俺を『お兄ちゃん』だと信じて見ている間だけ、俺は、……このバラバラな自分を……一つに繋ぎ止めておける」


「……うん!! ずっと、ずっと見てるよ!! ……お兄ちゃんが、おじいちゃんになっても、……もっともっと変な形になっても、……私は絶対に見失わないから!!」


ルナの力強い宣言が、灰色の世界に一つの「定数」を刻み込んだ。

不確定な存在と、それを絶対的に肯定する少女。

その二人の関係性こそが、この新しい世界の、最初の物理法則となった。


6、終焉:残された問い

ユウマの不確定な足取りが、灰色の泥の上に、消えることのない轍を刻んでいく。


管理者の残滓たちは、もはや彼を追うことはなかった。

捉えられない。

理解できない。

制御できない。

そんな存在を、システムは「例外」として処理することさえ諦め、ただ「未知の領域」として放置するしかなかった。


だが、ユウマは知っていた。

自分たちが手にしたこの自由は、まだ始まったばかりだ。

管理者の眼が届かないということは、自分たちを助けてくれる「正解」もまた、どこにも存在しないということを意味する。


これから先、彼らは、不確定な肉体を引きずりながら、

誰の設計図にもない明日を、自らの手で一文字ずつ、泥の上に書き込んでいかなければならない。


不完全であることを誇れ。

間違いであることを愛せ。

そして、不確定な存在として、この壊れた宇宙を闊歩しろ。


彼らの鼓動が、静まり返った虚無の境界で、

新しい時間を、1秒ずつ、力強く刻み続けている。


7、意志の残響:事後ログ

「……お兄ちゃん、見て。……あそこに、ガロさんのハンマーが落ちてる」


ルナが指差した先。

灰色の泥の中から、かつて集落の戦士が使っていた巨大なハンマーの柄が、幽霊のように突き出していた。

それは、ユウマの「不確定な記憶」が、この現実に漏れ出した結果だった。

消去されたはずの過去が、ユウマというフィルターを通じて、再びこの世界に「実体」を持って滲み出し始めている。


「……ああ。……やっぱり、……あいつらも、……俺の中にいたんだな」


ユウマは、左手でそのハンマーの柄を触れた。

冷たい鉄の感触。

重い、仲間の生きた証。

ユウマが「捉えられない存在」になったことで、この世界は、過去のすべての失敗さえも「無かったこと」にはさせない、強靭な記録ログの体現場へと変わりつつあった。


神のいない、不確定な新世界。

そこで、ユウマとルナの、本当の「デバッグ」が始まった。

彼らが何を選び、何を観測し、何を確定させるのか。

その物語の続きは、もう、誰にも予測することはできない。

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