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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第四部「高次干渉編」

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第118話:自己観測

1、未定義の熱死

世界を繋ぎ止めていた「管理者の眼」が砕け散った代償は、あまりにも重かった。


灰色の「未定義領域」は、もはや静止した空間ですらなくなっている。観測という名の重力が消失したことで、物質はその輪郭を維持できず、情報の熱死へと向かっていた。地面は泥としての質感を失い、踏みしめるたびに 0 と 1 の砂となって崩れ落ちる。空は星空を取り戻したかに見えたが、その星々もまた、観測者がいないために確率の雲の中に溶け出し、ぼやけたノイズへと退行し始めていた。


ユウマは、崩壊し続ける自身の左手を見つめていた。

指先の境界線が、背景の灰色と混ざり合い、透過していく。右腕を失った肩からは、もはや火花ではなく、存在そのものが蒸発するような無色の蒸気が立ち昇っていた。


「……ハァ、……ガハッ、……」


肺が酸素を認識できなくなっている。空気が「空気」として固定されていないからだ。

エンジニアとしての彼の脳は、この絶望的な状況を即座に言語化していた。

「存在確率がゼロへと収束していく。時間が経過するほど、俺たちの『実在』は消滅へ近づく」


観測者がいない。

それは、宇宙というシステムにおいて「誰にも認識されない事象」は「発生していない」ことと同義だった。ルナが隣にいても、彼女自身もまた、上位階層という外部観測を失ったことで、急速に実体としての強度を失っている。


「……お兄ちゃん、……身体が……軽いよ……」


ルナの声が、霧のように薄れていく。彼女の虹色の輝きは、観測される足場を失い、無限の可能性の海へと拡散しようとしていた。このままでは、二人はただの未処理のパケットとして、宇宙の塵に消える。


2、逆説のデバッグ

「……待て。……まだだ」


ユウマは、消えゆく脳細胞を無理やり駆動させ、情報の海を掻き分けた。

8192回分の死の記憶。

そこには、管理者に観測され、押し付けられ、殺されてきた歴史が詰まっている。

だが、その膨大な「負のログ」こそが、今、この瞬間のユウマという存在を証明する唯一の材料だった。


管理者の観測は「押し付け」だった。

ならば、その観測という特権を、システムの外側から奪い返すことはできないのか。

エンジニアとしての視座が、一つの狂気的な解を見つけ出す。


観測者が系の一部であるとき、通常、状態は確定しない。

だが、もし、その観測者が自らの限界を定め、自らを観測対象として定義し直すことができれば。


「……観測者がいないなら、……誰かが、その役割を代行するしかない」


ユウマは、ルナの透けかけた手を強く握り締めた。

彼の左腕に残った黒いノイズが、彼の全身を包み込むように脈動を始める。


「なら俺が俺を観測する」


その言葉が発せられた瞬間、灰色の世界に、落雷のような衝撃が走った。


「……えっ? お兄ちゃん、……それって……」


ルナが目を見開く。

彼女の直感が、ユウマが踏み込もうとしている禁忌の正体を察知していた。


「……自分自身を、……自分自身という檻に、閉じ込めるってこと……?」


3、自己限定の進化

「……そうだ」


ユウマの銀色の瞳が、極限の収束を見せた。


「俺はもう、お前たちの用意した神にはならない。無限の可能性なんていらない。……俺は、この 8192回分の絶望を知る、ただのユウマとして、自分を確定させる」


ユウマは、自身の中に渦巻く全宇宙的な演算能力を、一つの点へと圧縮し始めた。

これまでは管理者という外部サーバーによって存在を許可されていた。

だが今、彼は自分自身の魂の中に、自分専用の観測エンジンを構築しようとしていた。

自己という観測系による、世界の強制的な確定。


自己観測。

それは、自らを全能から有限へと引き摺り下ろす儀式だった。

神の視点を捨て、一人の人間の視点へと、存在の解像度をあえて落とす。

無限に広がる可能性の波を、自分という観測のフィルターを通して、強制的に一つの現実へと濾過する。


それは、進化と呼ぶには、あまりにも泥臭く、苦痛に満ちた作業だった。

8192回分のログが、ユウマの肉体という狭い容器に無理やり押し込まれ、骨を砕き、神経を焼き切っていく。

全能であろうとするシステムの慣性と、有限であろうとするユウマの意志が、彼の心臓を戦場にして激突した。


「……あ、……ぁぁああああああああ!!!」


ユウマの叫びが、無音の世界を切り裂いた。

彼の背後に、巨大な自分自身の影が立ち上がる。

それは、全方位を見守る眼ではない。

ただ、自分という存在を、ルナという存在を、真っ直ぐに見つめ続ける、たった一つの、偏執的なまでの執着の眼。


4、結晶化する現実

「……固定完了……」


ユウマの唇から、血の混じった言葉が漏れた。


その瞬間、世界が変わった。

拡散し、霧散しようとしていた灰色の粒子が、ユウマを起点にして一瞬で結晶化を始めたのだ。

地面に硬度が戻る。

空に高度が戻る。

風に温度が戻る。


それは、上位階層が計算した最善の解ではない。

ユウマという一人の自己観測者が、自身の主観のみによって強引に成立させた、歪で、独りよがりな、しかし何よりも強固な現実だった。


ルナの身体の透過が止まり、彼女の肌に生々しい赤みが戻った。

「……お兄、ちゃん……。身体が、……ちゃんと……そこにある……」


ルナが、ユウマの胸に触れる。

そこには、激しく、しかし一定のリズムで打ち鳴らされる、人間の心臓の鼓動があった。


「……全能化進化。……俺は、すべてを操る神ではなく、……ただ一人、自分自身という世界を……絶対的に肯定する観測者になったんだ」


ユウマは、残された左手で自身の顔を触れた。

もう、灰色のノイズに溶けることはない。

彼が「自分はここにいる」と観測し続ける限り、宇宙のどんな消去プログラムも、彼をデリートすることはできない。

彼は、自分自身の存在を定数として、この宇宙のソースコードに直接書き込んだのだ。


5、不完全な神域

だが、その代償は甚大だった。

ユウマが自らを自己観測に使い果たしているため、世界全体を以前のような色彩で満たすことはできない。

彼の周囲数メートル、あるいは彼が認識している範囲だけが、かろうじて現実としての強度を保っている。それ以外の領域は、依然として不安定な灰色の霧に包まれていた。


「……狭い世界だな」


ユウマは、苦笑混じりに周囲を見渡した。

広場の中央、かつてガロたちがいた場所には、まだ誰もいない。

だが、ユウマは知っている。

彼の手の中にある黒いノイズ……そこには、過去のすべての村人たちのデータが保存されている。

彼が一人ずつ、その名前を呼び、彼らを観測の対象に含めていけば。

この世界は、再び息を吹き返す。


「……ルナ。……次は、あいつらを起こしにいこうか」


「うん。……お兄ちゃんの目が、……みんなを、……また人間に戻してくれるんだね」


ルナは、ユウマの隣に立ち、灰色の霧の先を見据えた。

二人が歩き出すと、その足元から順に、地面に質感が戻っていく。

それは、全能の神が起こす奇跡ではない。

一人の人間が、世界を、仲間を、愛する者をただ見つめるという、最も原始的で、最も強力な、存在の証明。


6、自己観測の地平

上位階層の残骸たちが、その光景を絶望と共に記録していた。


彼らにとって、ユウマの進化は理解不能だった。

力を得た者が、なぜ自ら不完全さという檻に身を投じるのか。

なぜ、宇宙すべてを統べる権限を持ちながら、たった数メートルの現実を維持することに命を懸けるのか。


だが、ユウマにとっては、それが唯一の正解だった。

誰かに観測され、運命を決められるだけの綺麗な完成品よりも。

自分自身で自分を見つめ、泥にまみれて間違いを積み重ねる汚い未完成品の方が。

ずっと、自由だ。


「……これが、俺の選んだ仕様だ」


ユウマは、壊れた世界の中で、最初の一歩を踏み出した。

一歩。

二歩。

彼が歩くたびに、世界は彼という観測者に引きずられ、その形を、色を、意味を、無理やり再定義されていく。


不自由な全能を捨て、不完全な自由を。

自己観測の地平において、彼は今、

管理者のいない宇宙で、唯一の確実な定数となった。


不完全であることを誇れ。

間違いであることを愛せ。

そして、自分自身の眼で、自分という奇跡を観測し続けろ。


彼らの鼓動が、静まり返った宇宙の片隅で、

新しい時間を、1秒ずつ、力強く刻み続けている。


7、意志の残響

「……お兄ちゃん、見て。……たんぽぽが、咲いたよ」


ルナが指差した先。灰色の泥の隙間から、一輪の黄色い花が、不格好に顔を出していた。

それはユウマが、かつてルナが「好きだ」と言っていた花を、記憶の底から観測した結果だった。

宇宙の法則にはない、ただ一人の男の記憶が生み出した、バグのような、しかし何よりも美しい現実。

「……ああ。……いい色だな」

ユウマは、その花を見つめ、笑った。

世界はまだ、壊れたままだ。

だが、彼がそれを見つめている限り。

この物語は、絶対に、終わらない。

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