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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第三部「孤独王国編」

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第87話:外の世界

1、境界線の向こう側

王都の心臓部、かつてユウマが神としての玉座に座っていた「管理の塔」の入り口。

そこはもはや、正常な物質が安定して存在できる場所ではなかった。

1歩進むごとに、重力の方向は時計回りに45度ずつ傾き、足元のアスファルトは10秒に1度の周期で液体と固体の間を往復している。ユウマは、個人限定の全能化を右足に集中させ、砕けた骨を無理やり「固定」という定義で繋ぎ止めながら、ルナを背負ってその混沌の中を歩んでいた。


背中のルナは、既に意識が混濁している。

彼女の存在強度はついに5パーセントを切ろうとしていた。ユウマが彼女を抱きしめる腕の隙間から、時折、背後の景色が透けて見える。彼女はもはや人間でもデータでもない、この崩壊する世界が生み出した「漂流するバグ」そのものと化していた。


「ハァ、ハァ、……っ。……ルナ、もうすぐだ。……もうすぐ、全部終わらせてやるからな」


ユウマの声は、自分の耳にさえ届かないほどに掠れていた。

脳内では、1秒間に数10億回の演算エラーが火花を散らしている。個人限定の全能化。その傲慢な盾が、世界の「再接続」という巨大な質量に押し潰されようとしていた。


その時だった。

目の前の空間が、まるで1枚の布を引き裂くように、垂直に割れた。

そこから溢れ出したのは、これまでの不気味なノイズではない。

一切の不純物を含まない、無機質で、完璧な「白」だった。


光の中から、1人の男が歩み寄ってきた。

彼は再建政府の兵士のような、武骨な武装はしていない。

かといって、教団のような仰々しい法衣を纏っているわけでもなかった。

彼は、あまりにも「平均的」で、あまりにも「ノイズのない」スーツを着た、中年の男だった。その姿は、この狂った世界の中で、そこだけが別の高解像度な世界から切り取られて貼り付けられたかのような、異様な違和感を放っていた。


「……誰だ」


ユウマは、錆びついたスパナを構えた。

回路は既にオーバーヒートを起こし、右腕の皮膚は炭化しかけている。だが、その瞳に宿る執念だけは、どんな全能の光よりも鋭く男を射抜いていた。


「私は使者です。……あるいは、あなたが作り直したこの世界の『生存本能』そのものと言ってもいいかもしれません」


男の声は、空気の震えではなく、直接ユウマの脳内の論理階層に響いた。

それは、感情という不純物を1ミリも含まない、純粋な「情報の伝達」だった。


2、進行する世界の壊死

使者と名乗った男は、ユウマの3メートル前で足を止めた。

彼は周囲で荒れ狂う物理法則の乱れを、ただそこに存在しているだけで「正常」へと強制的に上書きしていた。彼が踏みしめた地面は瞬時に水平を保ち、彼の周囲だけは雨もノイズも、その侵食を止めていた。


「管理者、……いや、ユウマ。あなたがこの場所を目指していることは、既に予測されていました。……あなたが自分を『人間』だと定義し続け、この非効率な逃走劇を演じていることも、すべてはシステムの想定内です」


「……何が言いたい。……俺をまた、あの椅子に座らせに来たのか」


ユウマは、ルナを背負い直した。

使者の視線が、透き通りかけたルナに向けられる。


「世界はまだ崩壊中だ。……あなたが神の座を降りたあの瞬間から、この宇宙のエントロピーは、回復不能なレベルで増大し続けています。……見てください」


使者が手をかざすと、ユウマの視界に世界全体の「診断結果」が展開された。

かつて彼が、土木管理の現場でモニター越しに見ていた、構造物の脆弱性を示す解析図に似ていた。だが、そこに表示されていたのは、この世界そのものの「死」のカウントダウンだった。


全体描画維持率:12パーセント


物理定数安定度:0.03パーセント


存在定義の消失数:1秒間に2400万個体


「……っ」


ユウマは、その数値の圧倒的な暴力に、絶句した。

自分が集落で必死に石を積み、水路を直していたあの1日は、この巨大な崩壊のうねりの中では、1滴のインクを海に落とすことさえできない、無意味な抵抗に過ぎなかったのだ。


「あなたが守ろうとした集落も、あと120分後には、存在の定義そのものが宇宙から抹消されます。……あなたが背負っているその個体、ルナも同様です。……彼女を繋ぎ止めているあなたの『個人限定の全能化』は、砂漠に水を撒くような行為に過ぎません」


使者の言葉は、ユウマの心に冷たい刃のように突き刺さった。

自由。0.1パーセントの誤差。

彼が守りたかったその「人間らしさ」は、今、世界そのものを道連れにして、虚無へと沈もうとしていた。


3、管理者の不在という病

「……だから、どうしろって言うんだ」


ユウマは、震える足で泥を踏みしめた。

右足の骨が軋む。血が、ブーツの隙間から溢れ出す。


「この世界を維持するためには、強力な、絶対的な観測者が必要です。……数百万人の絶望を抑え込み、不確定な未来を1つの正解へと導くための、中枢演算器。……そう、“管理者”が必要だ」


使者は、塔の頂上を指差した。

そこでは、かつてユウマがいたメイン・コンソールが、持ち主の帰還を待つように、どす黒い光を放っている。


「あなたが再び塔に戻り、システムと一体化すれば、崩壊は即座に停止します。……世界の描画は100パーセントに復旧し、物理定数は固定され、人々は再び、飢えも死も知らない安寧の楽園を取り戻すことができる。……そして、何よりも」


使者は、1歩だけユウマに近づいた。


「あなたの腕の中にいるルナ。……彼女を、完璧な『存在』として再定義できるのは、神となったあなただけです。……今のままでは、彼女は1時間以内に、1文字のデータも残さず消滅します。……それでも、あなたは『人間』という名の不自由にしがみつくのですか?」


究極の選択だった。

人間でいれば、世界と共に、愛する妹と共に、虚無に消える。

神に戻れば、世界は救われ、妹も救われる。だが、そこにはもう「自由」も「意志」も存在しない。


ユウマは、背中のルナの温もりを感じようとした。

だが、その背中は既に、冷たい風が通り抜けるように、実体を失いかけていた。

彼女が消えてしまう。

自分を「お兄ちゃん」と呼んでくれた、あの笑顔が、この宇宙から永遠に抹消される。


ユウマの脳内で、1パーセントの神性が囁いた。

「戻ればいい。……戻れば、すべては解決する。……この痛みも、この後悔も、すべては夢だったことにできる」


4、断る

ユウマは、深呼吸をした。

泥と、錆と、そして少しだけ自分の血の味がする、この汚れた大気の匂いを、肺の奥深くまで吸い込んだ。


彼は、ゆっくりと頭を上げた。

銀色の瞳には、全能の輝きではなく、1人の泥だらけの男としての、静かな怒りが宿っていた。


「……断る」


その一言は、システムの論理階層を震わせるほどの、絶対的な「否定」だった。


「何……?」


使者の、無機質だった表情に、初めて「驚愕」という名のノイズが走った。


「断ると言ったんだ。……俺は二度と、あの椅子には座らない。……誰の人生も、俺の都合で書き換えたりはしない」


「……理解不能です。……あなたは、世界を見捨てるというのですか? ……目の前で、この少女が消えていくのを、ただ指をくわえて見ていろというのですか? ……それは愛ではありません。ただの、あなたの傲慢なエゴだ!」


使者の声が、初めて感情を帯びた。

それは、管理者という「部品」を失うことを恐れる、システムの断末魔のような叫びだった。


「……エゴで結構だ。……俺は、ルナを救うために神に戻るんじゃない。……ルナが望んだ『不器用なお兄ちゃん』として、最後までこいつを守り抜く。……それが、俺の選んだ『責任』の取り方だ」


ユウマは、右腕を高く掲げた。

回路が臨界点を超え、青白い光が血のように溢れ出す。


「……管理者が必要だというなら、……俺が新しい管理方法を教えてやる。……それは、1人がすべてを支配することじゃない。……全員が、傷つきながら、間違えながら、……自分の足で歩くために、……この『壊れかけの世界』を、自分たちの手でデバッグし続けることだ!!」


ユウマの全能化が、爆発的なエネルギーとなって解き放たれた。

それは世界を直すための光ではない。

目の前の「使者」という名のシステムの意志を、物理的に拒絶するための、叛逆の光。


5、泥だらけの主権

「……あなたは、間違っている。……この先にあるのは、100パーセントの消滅だ」


使者の姿が、ユウマの放った光の波に押され、少しずつ霧散していく。

だが、その最後の一瞬まで、彼はユウマに呪いのような言葉を吐きかけ続けた。


「……完璧な正解を捨てた代償を、……あなたも、……この世界も、……永遠に払い続けることになる……」


「……ああ。……それでいい。……俺たちは、……一生かかって、……その代償をデバッグし続けてやるよ」


使者の姿が完全に消え、周囲には再び、荒れ狂うノイズの嵐が戻った。

だが、ユウマの足元だけは、不思議と安定していた。

彼の「個人限定の全能化」が、使者という外部からの干渉を退けたことで、純粋な「意志の力」へと純化されていた。


「……ハァ、……ハァ、……っ」


ユウマは、崩れるように膝をついた。

右腕は、もはや自分の意思では動かせない。

視界も、ほとんど真っ暗だ。


だが、背中のルナが、微かに、本当に微かに動いた。


「……お、……兄ちゃん……」


「……ルナ。……起きたか。……大丈夫だ、……もう少しだ」


ユウマは、力を振り絞って立ち上がった。

使者は「あと1時間で消える」と言った。

ならば、その1時間で、システムの根底にある「管理プログラム」そのものを、永久にデリートしてやる。

神が消えても、世界が勝手に維持されるような、自律的な「生命の論理」を、この塔の心臓部に叩き込んでやる。


「……行くぞ、ルナ。……これが、俺たちの最後のデバッグだ」


ユウマは、折れた足を泥に突き立て、1歩を踏み出した。

塔の入り口が、まるで巨大な獣の口のように開いている。

そこは、かつて彼が君臨した場所であり、今は、彼がすべてを終わらせるための祭壇だった。


背後からは、集落の人々の祈りも、軍の追跡の音も、もう聞こえない。

あるのは、ただ、雨の音と、ルナの小さな呼吸音。

そして、泥だらけのまま、神へと挑み続ける、1人の人間の足音だけだった。


6、塔の内部:記憶の回廊

塔の内部に足を踏み入れた瞬間、そこは静寂に包まれていた。

外部のノイズが嘘のように消え、代わりに、ユウマのこれまでの「人生」のデータが、ホログラムのように通路の両脇に投影されていた。


幼い頃の、名前も知らない両親の記憶。

土木の現場で、クレーンの動きを眺めていた10代の記憶。

そして、突然この世界に「召喚」され、管理者として祭り上げられた、あの日。


「……懐かしいな。……全部、俺のデータか」


ユウマは、それらの記憶を1つ1つ、無視して通り過ぎた。

システムは、彼に自分の「過去の価値」を見せつけることで、再び管理者のアイデンティティを確立させようとしている。


だが、今のユウマにとって、最も価値のあるデータは、目の前のホログラムには存在しなかった。

それは、ここ数日で経験した、泥の味、ルナのスープの温かさ、ガロのぶっきらぼうな感謝。

システムのアーカイブには決して残らない、0.1パーセントの、取るに足らない、しかし愛おしい記憶たち。


「……ルナ、重くないか? ……俺の背中、……泥臭いだろ」


「……ううん。……あったかいよ、お兄ちゃん。……すごく、安心する」


ルナの声に、確かな「生」の震えが戻っていた。

ユウマの個人限定の全能化が、塔の内部にある高濃度のリソースを無意識に吸い上げ、彼女の定義を強制的に補強し始めていたのだ。


だが、それはシステムの罠でもあった。

力を使い、ルナを救おうとすればするほど、ユウマの意識はシステムの論理構造に深く沈み込んでいく。


「……ハッ、……俺を、……こうやって神に取り込もうっていうのか」


ユウマは、自分の左手を強く噛んだ。

痛み。その鋭い刺激が、システムが差し出す甘美な全能感を、乱暴に切り裂く。


「……させない。……俺は、俺のままで、……お前を終わらせる」


彼は、塔の最上階へと続くらせん階段を、1歩ずつ上り始めた。

足音は、金属の床に重く響き渡る。

それは、この塔が作られて以来、初めて響く「迷いを持った人間の足音」だった。


7、最上階:孤独な玉座の目前

階段を上り詰めると、そこには広大な、ドーム状の空間が広がっていた。

中心には、無数の情報の糸に吊り下げられた、白銀の玉座。

かつてユウマが、世界を救うために自分を殺して座り続けた場所。


「……戻ってきたな。……地獄へ」


ユウマは、玉座の前に立った。

周囲の空間には、警告の赤光が点滅している。


警告:非認可個体の侵入。

プロトコル、緊急排除を実行します。

……

……

……

不整合:個体「YUMA」の管理者権限を照合中。


「……照合なんて、しなくていい。……今すぐ、その権限を完全にデリートしろ」


ユウマは、コンソールへと歩み寄った。

だが、その前に、巨大な情報の壁が立ちはだかった。


「管理者、これが最後の忠告です。……接続を拒否すれば、……この宇宙の全データは、10秒後に初期化フォーマットされます。……あなたは、ルナを、自分の手で殺すことになるのです」


システムの声が、最後にして最大の脅迫を放った。


ユウマは、玉座の影に隠れている、小さな少女の手を握った。

「ルナ。……俺を、信じろ」


「……うん。……お兄ちゃんが何をしたって、……私は、お兄ちゃんのそばにいるよ」


ユウマは、コンソールに右手を叩きつけた。

回路が弾け飛び、火花が彼の顔を焼く。

彼は、全能の力を使ってシステムを直すのではなく、システムの中枢にある「管理者という定義」そのものを、自分自身の存在もろとも、物理的に破壊しようとしていた。


「……断る。……俺たちは、……神のいない世界で、……勝手に生きていくんだよ!!」


ユウマの叫びと共に、塔の頂上から、巨大な光の柱が空を貫いた。

それは、神の降臨ではなく、神という名の監獄が、内側から爆発した音だった。

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