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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第三部「孤独王国編」

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第86話:再接続の兆候

1、空を侵食する幾何学の影

朝の光は、もはや希望を運ぶものではなかった。

白銀の霧に包まれた集落の空は、ここ数日で明らかにその色調を変えていた。かつての正解の青を失った世界が吐き出すのは、濁った灰色と、時折混じる不気味な紫色のノイズだけだ。それは、世界の論理階層が物理的に露出している証拠だった。神という管理者を失い、演算リソースを使い果たしたこの世界は、もはや空というテクスチャを維持することさえ難しくなっている。


ユウマは、共同農地の端にある、半分崩れかけた見張り塔の上に立っていた。

右足の痛みは、相変わらずそこにある。1歩踏み出すたびに、骨の軋むような不快な振動が脳を揺らす。だが、今のユウマにとってその痛みは、外界からの観測を遮断し、自分を人間として繋ぎ止めるための、唯一のアンカーでもあった。生身の人間として痛みを感じること。それが、彼を神という名の全能の孤独から引き戻す唯一の手段だった。


「……また、増えたな」


ユウマは、空を睨みつけた。

そこにあるのは、雲でも霧でもない。

空間そのものに張り付いた、巨大なデジタル・ノイズだ。

古いモニターが故障した際に見られるような、色彩の反転したドットの塊が、空の亀裂の周囲をまるで羽虫のように飛び回っている。

それは、世界のバグが臨界点を超えようとしている予兆だった。かつて彼が、現場で地盤のわずかな崩落の兆しを見逃さなかったように、今の彼は、現実の崩落をその銀色の瞳で正確に捉えていた。


2、観測の触手

「お兄ちゃん、手が……手が、ピリピリするの」


ルナが、不安そうにユウマのシャツの袖を握った。

彼女の存在強度は、この数時間で急激に不安定化していた。ユウマが隣にいて、個人限定の全能化で彼女を保護しているにもかかわらず、彼女の手の先は1秒ごとに半透明に透け、周囲の空気と混ざり合おうとしている。


「ルナ、俺の手を離すな。絶対にだ」


ユウマは、彼女の冷たい手を強く握りしめた。

彼の脳内には、かつて管理者の座にいた頃には決して聞くことのなかった、不快な信号音が響き渡っている。それは、再建政府の広域観測システムが出力しているサーチ・パルスではない。もっと根源的な、世界そのものが発する再接続への渇望だった。


警告:未定義個体の残留を検知。

論理エラー:管理者ID、YUMAの不在による、因果律の崩壊。

命令:直ちに、物理的な再定義を実行せよ。


ユウマは、自分の右腕にある青白い回路を見つめた。

個人限定の全能化。

それは自分を世界から切り離すための力だが、皮肉なことに、その力が強力であればあるほど、世界というシステムは巨大なバグであるユウマを修正しようと、より強力な観測の光をこの場所に集中させてしまう。

まるで、暗闇の中で自分だけを照らす懐中電灯を持って逃げているようなものだ。

光が自分を照らしている限り、追い手は決して自分を見失わない。


3、伏線:完全遮断ではない

ユウマは、見張り塔の欄干に手をついた。

彼の右腕の回路から、小さな火花が散る。

彼は気づき始めていた。自分の個人限定という定義が、実は完全な遮断ではないという事実に。

そもそも、この世界そのものがユウマの意志によって再起動されたものだ。

ソースコードの根底には、彼の観測が1パーセントだけ混ざり合っている。

彼がどれほど自分をただの人間だと定義しようとしても、この宇宙というハードウェアにとって、ユウマはハードコードされた管理者、Adminであり続けている。


「拒絶しているはずなのに、引き寄せられているのか」


ユウマの視界に、1つのノイズが過った。

それは、かつて彼が王都で座っていた、あの白銀の玉座の残像だった。

世界は、彼に再びその座に座るよう、物理的な圧力をかけてきている。

もし、このまま観測ノイズが増大し続ければ、この、神も来ない場所という聖域は、システムの強制再起動に巻き込まれ、集落の人々ごと消去されるだろう。


「ユウマさん、大変だ! 森の方が……森の方が、消えていってるんだ!」


ガロが、泥だらけの顔をさらに青ざめさせて、塔の下から叫んだ。

ユウマが視線を向けると、集落を包んでいた霧の境界線が、巨大な透明な壁によって押し潰されていた。

それは再建政府の仕業ではない。

システムのガベージ・コレクション、不要データ回収機能だ。

観測されず、意味をなさなくなった空白地帯を、システムがリソース節約のために、強制的に削除し始めているのだ。


4、拒絶の咆哮

「来るな」


ユウマは、歯を食いしばり、低い声で呟いた。

空を舞うドットの塊が、1つの巨大な目のような形を成し、この集落を、そしてユウマを捉えようとしていた。


「来るなと言っているんだ! 俺はもう、お前たちの神じゃない! ただの、腹を空かせて、足を引きずる、無能な1人の男なんだよ!!」


ユウマは、右腕を空に向けて突き出した。

個人限定の全能化を、限界まで逆流させる。

自分を守るための盾を、空に向かって拒絶の矛として解き放つ。


ドォォォォォン!!


ユウマの周囲100メートルから、あらゆる色が消えた。

絶対的な無機質の空間が広がり、迫り来る観測ノイズを強引に弾き飛ばす。

ユウマの鼻から、熱い血が噴き出した。

脳が、1000度の高熱に焼かれるような錯覚。

視界が真っ赤に染まり、耳の奥で、数100万人の悲鳴が重なり合ったようなノイズが鳴り響く。


「あ、……が……ぁ……!」


ユウマは、崩れるように膝をついた。

右腕の皮膚が裂け、青白い回路が剥き出しになる。

その回路は、もはやユウマの意志ではなく、世界との通信を始めようと、激しく点滅していた。


「接続拒否。俺は、……行かない」


ユウマは、薄れゆく意識の中で、ルナの手をより一層強く握った。

空の目は、ユウマの放った衝撃によって1瞬だけ霧散したが、すぐにまた、別の場所でノイズを形成し始めていた。

世界は、彼を逃さない。

完全遮断という希望は、最初から存在しなかったのだ。

ユウマという存在が、この世界に在り続ける限り、再接続のパルスは永遠に彼を追い続ける。


5、静寂の中の決意

ノイズの嵐が1時的に収まり、集落には再び、重苦しい静寂が戻った。

だが、その静寂は救いではなく、次の崩壊までのカウントダウンに過ぎないことを、ユウマは誰よりも理解していた。


「お兄ちゃん。大丈夫? 起きて、お兄ちゃん……」


ルナの声が、遠くで聞こえる。

ユウマは、ゆっくりと目を開けた。

視界の端には、いまだに Reconnect: 1パーセント という、不吉な文字列が点滅し続けている。

泥だらけの地面を、折れた足で踏みしめた。

彼は、空を見上げるのをやめた。

代わりに、集落で不安に震える人々、そして、自分の手を握る妹の顔を、じっと見つめた。


「ルナ。……準備をしておけ。ここは、もう長くはない」


「どこへ行くの? お兄ちゃん」


「この世界の、外側ではない。……この世界の、中心だ」


ユウマは、自分の右腕の、まだ熱を持った回路を、左手で強く押さえつけた。

逃げ続けるだけでは、何も守れない。

完全遮断が不可能なのなら、自分からその観測の正体をデバッグしに行くしかない。

自分を神として呼び戻そうとする世界。

自分を資源として奪い合おうとする人間。

そのすべての論理を、今度は1人の人間として、完膚なきまでに書き換えてやる。


ユウマの瞳の中に、1パーセントの神性と、99パーセントの執念が混ざり合った、暗く鋭い光が宿った。

再接続の兆候は、もはや止めることができない。

ならば、その接続の先にある未来を、自らの手で定義するまでだ。


6、解体される景色の断片

集落の様子は、数時間前とは一変していた。

先ほどまでの、泥臭くも温かかった日常は、ノイズの浸食によって急速に色褪せている。広場の井戸から溢れ出す水は、地面に吸い込まれることなく、不自然な立方体の結晶となって空中に固定されていた。焚き火の火は燃え続けているが、その熱は失われ、ただ視覚的なバグとして赤く点滅しているに過ぎない。


集落の人々は、広場に集まり、互いに身を寄せ合っていた。彼らにとって、ユウマが放った拒絶の光は、希望であると同時に、自分たちの限界を告げる終わりの鐘でもあった。

ガロがユウマに歩み寄る。その足取りは重いが、以前のような敵意はない。


「ユウマさん、あんたの言う通りだ。……ここはもう、俺たちの知ってる場所じゃない」


ガロは、自分の手の平を見つめた。その輪郭もまた、微かに震え、ピクセル状のノイズを放っている。


「俺たちは、ゴミ箱に捨てられたデータかもしれない。でも、あんたが直してくれた水路や、あんたと一緒に耕した畑は、本物だった。……それを消させたくない。あんたがどこへ行くにしても、俺たちはここで、最後まで、俺たちとして消えてやる」


ユウマは、ガロの言葉を静かに受け止めた。

神であった頃なら、これらの、消えゆくデータに感情を移入することなどなかっただろう。

だが、今のユウマには分かる。ガロたちの放つその不器用な誇りこそが、この崩壊する世界において唯一、システムが計算しきれなかったバグであり、価値あるものなのだと。


「すまない。……俺がここにいなければ、もっと長く持ったかもしれない」


「謝るなよ。あんたが来なかったら、俺たちはただのデータとして、何の意味もなく腐ってただけだ。……あんたに会えて、俺たちは、人間として死ねる。……それだけで十分だ」


ガロはそう言って、ユウマの肩を強く叩いた。

その手の温もり。その皮膚の感触。

それらすべてを、ユウマは自分の記憶の最も深い領域に、消えないログとして刻み込んだ。


7、再定義への歩み

ユウマはルナの手を引き、集落の出口へと向かった。

背後では、集落の家々が1つ、また1つと、霧の中に溶けるように消去されていく。

削除の波、ガベージ・コレクションは、容赦なく現実を削り取っていた。


「兄様、後ろが……」


「見るな、ルナ。前だけを見ろ」


ユウマは、前方の霧を見据えた。

霧の向こう側には、もはや物理的な路はない。

そこにあるのは、重力も光も歪んだ、情報の荒野だ。

だが、ユウマの脳内には、かつて自分が作り上げた世界の地図が、明確な座標として浮かび上がっていた。


彼が向かうのは、世界の中心。

かつて彼が王として君臨し、そしてすべてを投げ出した場所。

そこに残されているはずの、システムの最終制御端末、コンソール。

それを使って、彼は世界に最後の一撃を与える。

神に戻るためではなく、この世界から、神という概念そのものを、そして、管理者という病を、永久に削除するために。


「お兄ちゃん。……私、怖くないよ」


ルナが、ユウマの顔を見上げて、微笑んだ。

彼女の身体は今にも消えそうだが、その瞳に宿る意志の強さは、どんな全能の光よりも眩しかった。


「だってお兄ちゃんが、ずっと手を握っててくれるもん。……世界が消えたって、お兄ちゃんが私を、ルナだって見ててくれるなら、私はどこにだっているよ」


「ああ。……約束だ、ルナ。……俺が、お前の名前を呼び続ける。……お前という存在を、俺の全能すべてをかけて観測し続ける。……だから、絶対に行かせない」


ユウマの右腕が、一段と強く輝いた。

それは、世界を救うための光ではない。

たった1人の妹を、この理不尽な宇宙の理から守り抜くための、傲慢で、切実で、誰よりも人間らしい、決意の光。


二人は、消えゆく集落を背に、光と影の混ざり合う情報の渦へと足を踏み込んだ。

足元のアスファルトが消え、空間が歪む。

それでもユウマは、折れた足で1歩、また1歩と、確かな足取りで現実を刻んでいった。


管理された安寧を捨て、崩壊する自由を選んだ。

ならば、その結末もまた、自らの手で書き換えるのみ。

神を辞めた若者の、最後にして最大のデバッグが、今、真の幕を開けようとしていた。


8、因果の地平線

集落から離れるにつれ、周囲の風景はもはや物理法則の破綻を隠さなくなった。

1本の樹木が数100メートルの高さまで引き伸ばされ、その先端が、描画エラーを起こしたように虹色の砂となって散っている。足元の地面は、ある場所では鋼鉄のように硬く、ある場所では水のように揺れ動いた。ユウマは、個人限定の全能化を足裏に集中させ、自分たちが踏みしめる場所だけを、強引に、固体として再定義し続けた。


「ルナ、足元に気をつけろ。ここから先は、座標そのものが流動的だ」


「うん。……お兄ちゃん、あっち。……何か、大きな影が見えるよ」


ルナが指差した先には、霧の巨塔のような影がそびえ立っていた。

かつての王都の中心にあった、管理の象徴。

今は、世界中のノイズを吸い上げる巨大な避雷針のように、どす黒い雲をその頂に集めている。


「あれが……俺たちがいた場所か」


ユウマの胸に、苦い感情がこみ上げる。

かつて彼はあの塔の頂上で、世界というシステムを愛し、そして絶望した。

人々に完璧な正解を与え続けることが、結局は彼らの、生きるという意志を殺すことだと気づいたあの日。

彼はあの塔から飛び降りるようにして、神の座を捨てたのだ。


「また戻ることになるとはな。……だが今度は、王としてではない。1人のバグとして、あのシステムを終わらせに行く」


ユウマは、右腕の熱を感じながら、一歩一歩、その巨大な影へと近づいていった。

背後では、自分たちが歩んできた道さえもが、順次デリートされ、白銀の虚無へと消えていく。

もう、戻るべき場所はない。

あるのは、未定義の未来と、自分の手の中に残された、妹の確かな体温だけだ。


9、システムの囁き

塔に近づくにつれ、ユウマの脳内には、かつての管理者人格、システムの声が、不気味な甘やかさを持って響き始めた。


「おかえりなさい、管理者。……あなたの離脱により、世界の計算効率は89パーセント低下しました。……多くの不整合が発生し、未定義の死が蔓延しています。……今すぐ、中心核への再接続を行ってください。……そうすれば、この不快なノイズも、あなたの足の痛みも、すべては一瞬で消失します」


「……黙れ。……お前の言う、安寧なんてものは、もう聞き飽きたんだよ」


ユウマは、激しい頭痛に耐えながら、脳内のコンソールを、意志の力で次々と閉じていった。

システムは、ユウマを再び、部品として、心のない神へと戻そうとしている。

だが、今のユウマには、ルナがくれた「痛み」がある。ガロがくれた「誇り」がある。

それらはどんなに洗練されたプログラムよりも、ユウマを、ユウマ自身に繋ぎ止めていた。


「管理者、あなたの行為は論理的ではありません。……個体、ルナの存在強度は、あと3時間で、完全にゼロとなります。……彼女を救えるのは、再起動された、全能のあなただけです。……なぜ、その力を拒むのですか?」


「……彼女を救うのは、神の力じゃない。……俺という人間が、彼女を、最後まで人間として見続けるという意志だ。……お前には分からないだろうな、……この、非効率で、無意味な執着の価値が」


ユウマは、自分を誘惑するシステムの声を、嘲笑うように切り捨てた。

彼は、ルナを抱き寄せる力を強めた。

彼女の身体が微かに透けるたびに、彼は自分の全能化を彼女の皮膚へと浸透させ、その形を、世界に叩きつけるようにして固定した。


10、境界の門

ついに二人は、王都を囲む、絶対遮断障壁の跡地に辿り着いた。

かつては神の威光によって、外部の穢れを一切寄せ付けなかった透明な壁。

今は、無数のヒビが走り、そこから漏れ出す青白い光が、周囲の瓦礫を、無意味な幾何学模様へと変えていた。


「ここが、境界か。……ルナ、ここから先は、もう俺の力だけでは守りきれないかもしれない。……俺の意識が、システムに飲み込まれそうになったら、……その時は、迷わず俺の頬を叩け」


「……うん。……叩かないよ。……お兄ちゃんの耳を、引っ張ってあげる。……そしたら、すぐ私の方を向いてくれるでしょ?」


ルナは、不安を隠すように、おどけた顔を見せた。

ユウマはその不器用な優しさに、鼻の奥が熱くなるのを感じた。

神であった頃、彼は誰の優しさも必要としていなかった。

だが今は、この小さな少女の言葉1つが、彼にとっての最強のバリアとなっていた。


「……行くぞ」


ユウマは、ひび割れた境界の門に、右手をかけた。

回路が激しく発光し、世界の、再接続パルスとユウマの意志が、その境界線で激しく火花を散らした。


警告:未認可の管理者アクセス。

プロトコル、神の不在を適用中。

接続を、再試行しますか?


「ああ、……再試行だ。……だが、今度はお前の想定している通りにはいかないぞ、システム」


ユウマは、力強く、門を押し開いた。

その先に広がるのは、もはや現実の街並みではなかった。

光とデータの奔流が渦巻く、情報の深淵。

神を辞めた男と、その妹の、最後の、そして最も熾烈な戦いが、今、ここから始まる。


11、光の渦の中へ

門の向こう側は、視覚情報を処理することさえ困難な、極彩色の嵐だった。

空中に浮遊する巨大な文字の羅列。地面から噴き出す、過去の記憶の断片。

ユウマは、ルナを自分の背中に背負い、ロープで自分と彼女を固く結びつけた。

「ルナ、絶対に、目を閉じるな。……俺の背中の熱だけを感じてろ」


「うん、……わかった!」


ユウマは、1歩を踏み出した。

その瞬間、重力の方向が90度変わり、彼は垂直な壁を歩くような感覚に襲われた。

全能化、自己限定、空間ベクトル修正。

ユウマは、自分の三半規管に直接、偽の平衡情報を送り込み、自分の足が踏みしめる場所こそが地面であると、世界に強要した。


前方から、システムの防衛プログラム、ガーディアンが、黒い影となって迫り来る。

彼らはかつてのユウマが、不法なアクセスを防ぐために配置した、最強の番人たちだ。

皮肉にも、自分が作った最強の盾が、今の自分の行く手を阻んでいる。


「……自分のコードに、殺されるわけにはいかないな」


ユウマは、懐から1本の錆びたスパナを取り出した。

集落で、水路を直す時に使っていた、ただの鉄の塊。

彼はそのスパナに、個人限定の全能化による、物理定数の崩壊を付与した。

「この物体が触れた全ての論理構造を、一時的に未定義状態にする」


迫り来るガーディアンの影に、ユウマはスパナを叩きつけた。

音もなく、黒い影がノイズとなって霧散する。

神の力ではない。

世界というマシンの構造を知り尽くした、1人のエンジニアとしての、正確なデバッグ。


「管理者、……なぜ抗うのですか? ……あなたは、再びこの世界の中心に戻り、……全ての人々に、安寧を与えることができるのに」


システムの声が、悲しげに響く。

だが、ユウマは立ち止まらない。


「お前の言う安寧は、……死と同じだ。……俺たちは、汚れてて、……間違ってて、……それでも、自分の足で歩く地獄を選んだんだ。……それを邪魔するな!!」


ユウマの叫びが、光の渦を切り裂く。

彼は、1歩ごとに自分の存在強度を消費しながら、確実に、塔の心臓部へと近づいていった。


12、第86話:再接続の兆候、完結

塔の最下層、メイン・ゲートの前に辿り着いた時、ユウマの右腕の回路は、もはや青白い光ではなく、真っ赤なオーバーヒートの色に染まっていた。

足の指先の感覚はなく、視界の半分は黒いノイズで埋め尽くされている。


「ハァ、……ハァ、……っ、……ルナ、……着いたぞ」


「……お兄ちゃん、……身体が、……すごく熱いよ」


ルナの存在強度は、ついに10パーセントを切ろうとしていた。

彼女の指先は、既に完全に消え、腕の途中から先が、陽炎のように揺れているだけだった。


「……持たせてやる。……お前を、……ここで終わらせたりしない」


ユウマは、メイン・ゲートのコンソールに、震える左手をかざした。


接続準備、完了。

再接続まで、カウントダウンを開始します。

10、9、8……。


「……カウントダウンなんて、……させるかよ」


ユウマは、指を動かした。

全能の力で、その数値を直接書き換え、停止させる。

再接続へのパルスは、依然として彼の右腕を、システムへと引き込もうとしている。

だが、ユウマは、そのパルスを逆に利用し、自分の意志をシステムの中枢へと、ウイルスのように送り込み始めた。

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