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第四十二話~皇帝崩御~


第四十二話~皇帝崩御~



 中平六年(百八十九年)



 劉逞がまだ慣れぬ州牧としての政務に励んでいた頃、幽州から彼の元へ知らせが届く。その知らせというのは、管子城から逃げ遂せ鮮卑へ逃れた張純に関してであった。


「……張純が討たれたか」

「はい。食客の王政によって首を討たれたよしにございます」

「しかし、伯安殿が賞金を張純に掛けていとは意外であったな」


 管子城からの脱出に成功した張純は、そのまま万里の長城を越えて幽州より落ち延びると鮮卑の厄介となっていた。その鮮卑では、和連が死亡したことで後継者争いが起こっていたこともあってか、鮮卑の一部によって彼らは食客として受け入れられていたのである。その為か、張純や王政に対する待遇が悪かったということはなかった。しかしながら、鮮卑へ落ち延びる際に引き連れていた者は漢の人間である。当然だが彼らは、望郷の念というものを持っている。そのような彼らの元へ、ある噂が流れてきたのであった。

 その噂だが、張純の首を取ったものには賞金を与えるというものである。しかもそれだけでなく、帰順した者へ罪は問わないとしていたのだ。つまり罪は、あくまで反乱を引き起こした張純にあるということとなる。この噂を聞きつけた王政らは、すぐに行動に移った……わけではない。彼らが先ず行ったこと、それは噂の真偽を確認することであった。すると噂どころの話ではなく、全て事実であることが判明する。そこで王政と彼に賛同した者たちは、張純へ宴と称して酒を大量に飲ませると酩酊状態におとしいれたのでる。その上で彼らは、張純の首を討ったのであった。

 彼らはその後、鮮卑から抜け出したのである。そのまま再び長城を越えて漢国内へ戻ると、劉虞に降ったのであった。なお、この噂を流しただけでなく実際に賞金を掛けたのは、劉虞が主導したわけではない。これらの策をたてて実行に移したのは、劉虞の家臣で東曹掾の地位にある魏攸であった。


「……まぁ、いい。ともあれ、張純が討たれたことはよきことである。あの反乱鎮定に関わっていた者としては、実に喜ばしいことだ」

「はっ」

「ご苦労であった。それとこれは、褒美だ」


 劉逞は、下がろうとした密偵の一人に褒美を与える。密偵はうやうやしく受け取ると、今度こそ劉逞の前から辞したのであった。





 明けて翌月上旬、洛陽に派遣している密偵のうちの一人が晋陽へと戻ってくる。その密偵がもたらしたもの、それは皇帝劉宏の死であった。確かに劉宏は、このところあまり体の調子が良くなかったと劉逞も承知している。しかしそれでも、この報告は青天せいてん霹靂へきれきであった。

 しかもこの皇帝崩御を切っ掛けとして、ある問題が顕在化する。その問題とは、次期皇帝の人事であった。それというのも劉宏は、立太子の儀を行っていない。つまり次期皇帝が誰なのか、決めていないのである。そこにきて決めなければならない筈の皇帝劉宏が亡くなってしまったので、次期皇帝の座を巡って争いが起きたのだ。とは言うものの、普通であれば長兄である劉弁が皇帝に選出される筈である。しかし、外戚と宦官の争いが関与しているので、必ずしも劉弁が皇帝となることができるか分からない。一つ間違えれば、次男の劉協が皇帝となるかも知れないのだ。

 

「さて、どうなるのか……そなたたちは、どう思う?」

「普通に考えれば、長兄たるお方が次の皇帝になるでしょう。それは、宦官も分かっている筈です」

「で、あろうな。だがそうなると、大将軍や何皇后が権力を握る。それは、宦官としては面白くないだろうな」

「はい。ですから、何らかの手を打ってくるのは間違いないかと」

「してその手だが、そなたらは何があると思う?」


 劉逞の問い掛けに、盧植と董昭。それから、荀攸と田豊が顔を見合わせた。盧植が述べたように、何らかの手を打ってくるのは間違いない。そしてその手だが、可能性としては勅を持ち出すことである。亡くなったとはいえ、劉宏は皇帝であることに間違いはない。その皇帝が死ぬ間際に勅を出したとすれば、外戚であろうが宦官であろうが文官であろうが武将であろうが従うのは道理であるからだ。

 だがここに、一つの問題がある。くだんの勅が本当に亡くなった皇帝の出した勅なのか、それとも偽勅なのかを判別できないことにあった。そしてもし本当の勅であれ偽物の勅であれ、勅があると発表するのは十中八九じゅっちゅうはっく宦官となる。そもそもの話、このまま事態が推移すれば、黙っていても劉弁が皇帝になることは間違いない。つまり何進ら外戚の方が、有利なのだ。それを覆す為の手段として、宦官が勅を出す。前述したように、出された違勅が本物なんか偽物なのかは分からない。だが分からないからこそ、有効となる。真なる勅であろうと偽勅であろうと勅は勅であり、それに逆らうということは不遜以外なにものでもないからだ。

 しかし、このようなことを言うのは少しはばかられる。だからこそ先に上げた四人は、おたがいに顔を見合わせてしまったのだ。するとその時、唯一顔を合わせなかった程昱が一歩進み出る。そして彼は、代表する形で劉逞へ進言したのであった。


「恐らくですが、宦官が勅を出してくるかと思われます。真の勅か偽物かは、判別できませぬが」

『仲徳!』

各々方おのおのがた。我らは、常剛様の軍師にございます。なれば、問われたことには誠実に答えなければなりますまい」


 正直に自らの考えを進言した程昱に対して、盧植たちは窘めるような雰囲気を醸し出しながら彼の名を呼ぶ。しかし程昱は全く慌てることなく、先ほどの返答をしたのであった。その答えを聞いて、四人は思わず俯いてしまう。それは程昱の述べた言葉が、正に真実を表していること他ならなかったからだ。そんな幕僚たちの様子を見て、劉逞は小さく笑みを浮かべていたのである。しかしすぐに表情を引き締めると、劉逞は程昱へ尋ねていた。


「勅か。確かにそれならば、宦官の逆転も可能であるか」

「はい。そして当然ですが、大将軍側も対処は行っているでしょう」


 劉逞は、劉弁にも劉協にも関わり合いを持っている。その劉逞からすれば、長兄の劉弁が次の皇帝となる方がいいと思えた。何より劉協では、若すぎるのである。確かに周りにいる家臣が支えることができれば可能であろうが、劉協が皇帝となると宦官が後ろ盾となってしまう。宦官の全員が悪だ……などとまでは言わないが、後ろ盾の中心となるのがあの十常侍となるのは間違いない。それでは今までと変わらず……否! 今まで以上に悪くなるのは間違いない。あの張譲であれば、幼い皇帝を傀儡くぐつ化するのは必至であった。


「やれやれだな。ともあれ、必要以上に皇帝就任が長引くようであれば、今回に限っては大将軍へ加担するとしよう」

「それしかありません」


 そして劉逞は、一つ溜息をついたのであった。



 しかしてその洛陽では、急速に情勢が動いていた。その中で活発に動いていたのが、宦官の蹇碩である。彼は偶然にも、劉宏の死に目に会っていたのである。この時に劉宏が死の間際に残したとして彼は、劉協を皇帝に担ぎ上げようとしたのだ。これが本当に劉宏の残した遺言なのか、それとも蹇碩がでっち上げた遺言なのかまでは分からない。何せ彼以外、誰も皇帝の死に立ち会っていないからだ。それゆえ、蹇碩の言葉が嘘だとも言い切れないのである。とはいえ、何進も座して見ていたわけではない。彼は蹇碩の動きを察知すると、同郷の宦官である郭勝を動かして他の宦官が蹇碩へ同調しないように仕向けたのだ。同時に、大尉の馬日磾に代表される儒家を動かしたのである。儒教では、長子相続が推奨される。このことを利用したというわけであった。

 因みに郭勝だが、十常侍の一人である。郭勝によって何進の妹が皇后に推挙されたことで、連動する形で何進は取り立てられたのである。その経緯から郭勝は、十常侍でありながら何進との関係は悪くなかったのであった。また協力を依頼された馬日磾などだが、内心では複雑な思いがあった。自分たち儒家の者が、何進たち外戚に利用されるという事態はあまり面白くはない。しかし、宦官の思い通りになるよりはましであったからだ。


「……致し方あるまい。十常侍に比べれば、まだ大将軍の方がましであろう」

『確かに』


 不承不承ふしょうぶしょうながらも馬日磾たちは、劉弁の皇帝即位に協力の意向を示す。こうなってしまうと、いかに宦官といえども無理強むりじいは難しくなる。彼らもまさか、外戚と官僚が手を組んでしまうとは夢にも思っていなかったのだ。しかも、何進の意向を受けた郭勝が動いたことで宦官の足並みも乱されている。流石に不利を悟り、張譲らもついに折れたのであった。

 しかしながら、流石は海千山千うみせんやませんの宦官である。彼らも、ただでは転ばなかった。張譲や趙忠などの十常侍は、蹇碩の身柄を何進に売ることで自身たちの保身と存続を図ったのである。すると何進は、この十常侍の思惑に乗った。その理由は言うまでもなく、蹇碩を陥れることができるからである。何進としては、皇帝の後継を巡って対立した蹇碩へ意趣返いしゅがえしをしたいと考えていたからだ。どのようにして行おうかと考えていたところに、十常侍側からでたのがこの提案である。何進としては、乗らない理由がなかったのだ。

 このこのようについ先日まで敵味方であった何進らと宦官らの思惑が一致したことで、蹇碩には弁解の機会を与えられることもなく捕らえられてしまう。そして間もなく蹇碩は、獄中で死亡させられたのである。

 正に、死人に口なしであった。

 なおこの外戚と宦官による協力体制だが、蹇碩が死亡するまでのものでしかなかったことは言うまでもない。新皇帝擁立時に発生した諸々もろもろの厄介ごとを押し付けた蹇碩が死亡したことで、すぐに外戚と宦官の対立は再燃したのは語るまでもないことであった。



 思ったよりも早く次期皇帝が決まったことを知った劉逞は、新皇帝となった劉弁への挨拶もあって晋陽より洛陽へ向けて出立した。しかも今回は、使匈奴中郎将である劉備も同行している。また、新皇帝への挨拶ということもあり、父親の劉嵩も洛陽に向かうこととなっていた。

 太原郡の界休にて劉備と落ち合うと、彼らは一路洛陽を目指す。家臣に関親子や徐晃がいるので、道案内も問題ない。一行に問題らしい問題が降り掛かるなどといったこともなく、彼らは無事に洛陽へと到着していた。その足で、二人は屋敷へと向かう。だが劉備は、以前と違い常山王家の屋敷に厄介になることはなかった。実は、それほど大きくはないが彼は屋敷を洛陽に構えていたのである。しかもそれは、劉逞の力を借りずにであった。となると誰が用意したのか、それは劉備が使匈奴中郎将に就任したあとに招いたある人物のお陰である。その人物とは、牽招子経であった。実は劉備と牽招は、若かりし頃から交友があり刎頸ふんけいの交わりを誓った間柄である。その若い頃の縁を頼り、劉備は彼を招聘したのだ。その時点で牽招は、当時車騎将軍であった何苗に仕えていたのだが、驚いたことに彼は何苗の元を辞してその招きに応じたのであった。


「まさか、招きに応じてくれるとは思わなかったぞ」

「何を言うか、玄徳。友の頼み、応えない理由がない」

「……ありがとう、子経」


 こののち、彼は簡雍と共に文の面で劉備を支えていくこととなった。

とにもかくにも牽招は、洛陽にいた頃の伝手を使って劉備の屋敷を手に入れたというわけである。劉逞も劉備が洛陽に屋敷を用意したことについては周知していたが、実際にその屋敷を訪れたことはまだない。そこで、新皇帝である劉弁との面会後に訪問する約束を取り交わしていた。

 さて、劉備と別れて常山王家の屋敷に入った劉逞は、そこで先に到着していた父親と面会する。彼は劉逞が洛陽へと入る二日前に、到着していたのだ。


「父上。一月いちがつ以来ですな」

「うむ。そなたも息災で何より。それと、蓮姫だがどのような塩梅か?」

「医者の話では、来月にでも生まれるのではないかとのことです。その為、同行はしておりませぬ」

「その方がよかろう。我は無論だが、そなたの母も楽しみにしておるぞ」

「そうですか……生まれましたら、きちんとお知らせします」


 父親の言葉に、劉逞は昨年の年末年始に見せた孫に対する猫可愛がりを思い出して苦笑を浮かべている。その様をみた劉嵩は、首を傾げていた。劉嵩は、息子から孫馬鹿だと思われているとは露のほども思っていない。だから、息子の浮かべた苦笑の意味に首を傾げたというわけであった。

 明けて翌日、朝廷へ使者を出して面会の伺いをたてている。その裏で、他者からも情報を集めていたのである。先代皇帝が亡くなったことで大尉から解任された馬日磾や、荀攸との繋がりから荀爽などに会う約束を取り付けていた。情報という点で言えば、彼らと会う必要が必ずしもあるわけではない。しかし実際に洛陽にて政治に関わっている彼らからの話を聞ける機会を、生かしておきたいと劉逞は考えたからであった。

 それから二日後、朝廷からの返事があり、劉逞は参内することとなる。果たして新皇帝へ就任した劉弁の前に進み出た劉逞は、亡くなったことで諡号を送られて孝霊皇帝と号するようになった劉宏に対するお悔やみと言葉と送ると共に、劉弁へ皇帝就任の祝う言葉を送ったのであった。


「常剛、大儀であった」

「はっ」


 劉弁からの言葉を賜ったあとで、劉逞に対して改めて人事が伝えられる。すると劉逞の并州牧の地位も、そして度遼将軍の地位も変わらない。つまるところ、現状維持であった。何せ度遼将軍の地位にしても、就任から漸く一年というところである。并州牧に至っては、僅か数ヵ月しか経っていない。劉逞が何か問題を起こしたなどいった理由でもあれば話は別だが、彼は問題を起こしたわけではないのでわざわざ変更する理由がないのだ。これは、翌日に宮城へ参内した劉備も同じである。彼もまた、使匈奴中郎将の地位と西河郡太守の地位は安堵されたのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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