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第百四十七話~益州の戦乱 三~


第百四十七話~益州の戦乱 三~



 建安四年(百九十九年)



 皇帝へ奏上してから数日後、許可が下りた劉逞は劉弁との面会に臨んでいた。その場で、軍議で話し合われた案件を伝えた。それらを黙って最後まで聞いた後、劉弁が口を開く。それは、劉瑁に関してであった。何せ彼の益州刺史就任については、致し方がなかった事情が存在している。決して、本人の能力が買われた結果などではないからだ。無論、劉瑁が全くの無能というわけではない。曲がりなりにも今は亡き劉焉が、自身の後継者と考えていた人物である。他にも、三人の後継候補がいると言うのにだ。しかも彼は、長男ではない。それであるにも関わらず、自身の後継者として身近に置き続けたと言う点からもどれだけ劉焉が目を掛けていたのかが分かるという物だ。とは言うものの、父親と違って目に見える形で何か功を残したなどという話もない。だから劉弁が、益州で起きている騒動について取りあえず劉帽に任せる形としていることに危惧を覚えたことも不思議な話ではなかった。


「本当に、大丈夫なのか?」

「これは寧ろ、いい機会であると考えております」

「いい機会、だと?」

「はい」


 数日前に行われた軍議の席で行われた蔣奇の表現が、いい例であろう。確かに審配がたしなめてはいるものの、実は彼が蔣奇の言葉を否定したわけではない。確かに、本人の抱えている個人的な感情の発露があっての態度ではあるものの、彼の言動自体をとがめてはいないのである。それが分かっていたからこそ劉逞は、軍議の席に個人的な感情を持ち込むなと二人に対して注意したのだ。その辺りのことは兎も角、今は劉弁からの質問に答える方が先である。それゆえに劉逞は、短く返答した後も言葉を続けたのであった。


「まず劉瑁の動き次第で、彼が我らに対してどの様に考えそして動こうとしているのかを図ることが出来ます」

「ふむ……」

おのれで片付けるもよし。また、こちらへ助けを求めるもよし」


 前者であれば、まだ独立の意思があるとも考えられる。しかし後者であれば、独立よりも朝廷に従う意思が強いと考えられるからだ。無論、必ずそうだとは言い切れない。しかし、一つの目安となることは間違いなかった。


「まぁ、そうかも知れぬ。どう思うか、文若」

「よろしいかと」

「なるほど。そちはどう思うか、鴻豫」


 そういって劉弁が問いかけたのは、郗慮と言う人物である。彼は若かりし頃、弟子として鄭玄に師事していた。優秀な人物であり、それゆえ荀彧によって召し出され、彼は侍中として劉弁に使える様になったのである。彼を見いだした荀彧の目は確かな様で、彼は短い時間で頭角を現し、今では劉弁の側に仕えるまでになっていたのだった。とは言うものの、流石に荀彧や种払、种劭親子には及ばない。しかし、彼らに続くぐらいにまでの信任は得ていたのだ。


「文若殿と同じにございます、陛下」

「そうか、わかった。常剛、良きに計らえ」

「はっ」


 劉弁へ頭を下げた時、劉逞は視界の隅に郗慮を捉えていた。実は劉逞と郗慮だが、顔見知りなのである。果たして彼らがどこで知り合ったのかというと、それは劉逞が若い頃、華北を中心に数年掛けて旅をしていた時にまでさかのぼる。この時に青州にも寄っているのだが、そこで劉逞は師である廬植の縁で鄭玄とも知己を得ている。その際に、彼の弟子として師事していた郗慮とも縁は出来ていたのだ。彼と話す機会はさほど多くはなかった物の、その僅かな間でも確かに優秀だなと思える才覚は感じられていた。だが、劉逞は彼を召し出すことはなかった。それは、彼の中に傲慢ごうまんと言うほどではないが、人との間に優劣を付けたがる様な気質を感じたからである。とはいえ、当時は何となく不快というか気が合わないぐらいにしか感じていない。後に色々いろいろと経験したことで、先に挙げた気質を理解したのであった。そういった経緯もあり、一応は不和をもたらすのではないのかと警戒はしている。その為、彼を監視の対象としてはいるが、現状では万が一を考えてと言う意味合いの方が強い。彼の今の地位で下手に騒動を起こされると、面倒なことが必定だからであった。

 その後、数は多くない物の幾つか疑義について劉弁は問いかけるものの、劉逞はしっかりと返答している。最終的には劉弁も満足した様で、彼からも承認を得られていた。


「いかがでありました、丞相様」

「なんとかなったわ、仲徳」

「それは、重畳ちょうじょうにございます」

「それはまぁ、そうだな」


 何はともあれ、皇帝からの許可は得られたのだ。執務室へと戻ってきた劉逞へ尋ねた程昱の言った通り、喜ばしいことに間違いはないのだ。後は、実行へと移すだけである。劉逞は程昱に指示を出すと、即座に動き始めるのであった。





 その頃、益州では戦国の世さながらと言った有様となっていた。

 当初、益州刺史である劉瑁は、益州南部で起きた反乱に対して趙韙を差し向けるつもりであった。度々たびたび諫言かんげんをしてくる彼を疎ましく思ってはいても、その能力自体は信頼していたからである。だが、よりにもよってその趙韙が劉瑁に対して弓を引いたのだ。まさか反乱までだけならばまだしも成都にまで進軍してくるとは夢にも思っていなかっただけに、知らせを聞いた劉瑁は呆気にとられてしまったという。そして、明確な指示も出せずただオロオロとしてしまっていた。しかし、彼の側にいた王商によって事なきを得る。明確な指示を出せない劉帽に変わり、彼が的確な指示を出して反乱を起こした趙韙の兵を、一度は押し止めたのだ。とは言うものの、いつまでも防げるものでもない。そもそもの問題として、兵があまりいないという現実があるからだ。

 前述した様に、益州南部出来た反乱鎮圧の為に趙韙へ兵権を預けていた。その趙韙が、預けた兵力を利用して反乱を起こしたのである。つまり、益州の州治所があった成都であっても兵は少なかったのである。その状況で、曲がりなりにも一度は趙韙の兵を退けた王商は、なかなかの人物であることに間違いはなかった。こうして一旦は退けたとは言え、兵力は趙韙の方が多いと言う事実に変わりはない。しかも劉瑁に対する不満というのは意外と大きかった様で、趙韙の反乱は予想外の広がりを見せ広漢郡だけに留まらず、隣の犍為郡にまで広がってしまったのだ。

 つまり益州は現在、五斗米道の張衛と彼と手を結んだ宋建が席巻する漢中郡。趙韙の反乱を契機に、劉瑁に対して従わない様子を見せた広漢郡と犍為郡の二郡。これに加えて、益州南部で起きている反乱騒動まであるのだ。今や益州で明確に劉瑁に味方するのは、益州南部の反乱に対して明確に否を突きつけた永昌郡。それと、蜀郡の隣に存在する蜀郡属国だけという何とも刺史としては情けない状況になってしまっていたのだ。

 なお、それ以外の郡や属国についてであるが、彼らは日和見ひよりみを決め込んでいる。この辺りからも、劉瑁にはあまり人望がないことを見て取ることが出来ていた。


「文表よ。これから、いかにすれば良いと思うか?」

「……一応の確認でございますが、もはや独立の意思はないのでございますな」

「ない。父の後を継いだ頃は、父の遺志を継いでという思いはあった。しかし、我には無理だ。特に劉逞……いや丞相殿に逆らう気には今はなれぬ」


 自身が言っている通り、劉焉が死したあとは彼の後を継いで天下に覇を唱えると言う気概を持ち合わせていた。しかし、その気持ちを変えさえる出来事が次々つぎつぎと起きる。しかしてそれがなんであるかというと、劉逞の存在であった。彼は丞相に就任してより僅かな間に、各地の戦乱を収めている。その様な劉逞を見て、劉帽の心は折れてしまったのである。つまり、自分ではこの男に勝てないと。ゆえに彼は、以前と比べてすっかりなりを潜め、できるだけ目立たずにしていたのだった。


「分かりました。では、人紹介したい人物がおります」

「だれだ?」

「おい。我が屋敷に行き迎えに行って参れ」

「どなたをでございますか?」


 王商から使いを命じられた人物が、誰を連れてくるのかを尋ねる。その問いに対して王商の口から放たれた言葉は劉瑁をも驚かせるに十分な名であった。


「我が屋敷にいる閻圃、それから公祺殿だ」

「何だと!」


 ゆえに劉瑁は公祺……即ち張魯の名を聞いて思わず椅子から立ち上がってしまった。

 しかし、それは当然であろう。まさか、自身の側近中の側近と言っていい人物のところに張魯がいるというのだからだ。現状、張魯と劉瑁の関係については前述している通り、表向きは敵でもなければ味方でもない。実質は干戈を交えていないだけで、敵寄りの立ち位置ではある。少なくとも劉瑁は、そう考えていた。しかしてその張魯が成都の、しかも王商の館にいるのだというのだという。もっとも、この件については偶然の産物だと言っていい。そもそも張魯に、劉瑁へ近づく気は無かった。ならばなぜに成都にいるのかというと、彼が目指したのは成都などではなく成都近郊に存在する鶴鳴山なのである。つまり彼は、張衛の元から辛くも成功した脱出後に、五斗米道発祥の地において再起するべく蜀郡まで移動してきたのだ。しかし蜀郡に入ったところで、王商に感づかれてしまう。だが、王商は彼らを捉えるのではなく歓待することにしたのだ。その理由は、劉瑁の気持ちに気付いていたからである。有り体に言えば、彼らの身柄を朝廷に差し出すなりして劉瑁の安堵を図ろうとしたのだ。しかし、相次いで起きた益州での反乱により、その様な余裕などなくなってしまう。ゆえに彼らは、結果として王商の屋敷にかくまわれる状況になってしまっていたのであった。

 王商より聞いた込み入った話に劉瑁は、一先ず納得はする。しかし、ここで彼らを連れてくるという王商の判断は分からなかった。


「文表。そなたは一体、何を考えておるのだ?」

「彼らを利用し、現状の打破を試みます」


 王商の言葉を聞いて、劉瑁を含めこの場にいる誰もが首をかしげたのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。

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