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第百四十八話~益州の戦乱 四~


第百四十八話~益州の戦乱 四~



 建安四年(百九十九年)



 王商の口から紡ぎ出される言葉を聞き、劉瑁もそしてこの場にいるものたちも呆気に取られていた。まず、彼の言う現状の打破についてだが、これは勿論、益州で起きている反乱への対応である。前述した様に、益州では三つの騒乱が同時に起きていた。特に成都のある蜀郡の隣にある広漢郡で元腹心の趙韙が起こした反乱は、早急に静める必要がある。この反乱を押さえつけなければ、漢中郡で起きている張衛の反乱にも、益州南部の三郡にて起きている反乱にも対応できないからだ。何せ広漢郡で勃発した反乱自体、劉瑁にしてみれば喉元に刃を突きつけられている状態に等しいと言っていいだろう。それゆえに、早急な対応が求められるのだ。

しかしながら、その対応策を実行できないでいる。その理由は、兵の少なさにあった。劉瑁は蜀郡と蜀郡属国、それから永昌郡の計三つの郡を影響下に置いている。しかし永昌郡は遠い上、永昌郡自体も益州南部で起きている反乱に対応せざるを得ない。とてもではないが、遠征して劉瑁と合流するなど不可能であった。そこで蜀郡と蜀郡属国に残っている兵で対応しなくてはならないのだが、両郡に残っている兵も実は少ないのだ。

 劉瑁は、その頃はまだ家臣であった趙韙に軍を任せ、益州南部出来ている反乱に対応させるつもりであったことは以前に記していたが、その趙韙に兵を預けた途端、反旗を翻されてしまったのだ。そしてこの預けた軍の兵士には、蜀郡から出した者もいる。つまりこれは結果論なのだが、劉瑁は自らが抱えていた兵を敵に預けたことになる。そして当然だが、遠征軍の兵として拠出をした以上、その分だけ旗下にいる兵が少ないのであった。


「えぇ、っと。つまり王商、そなたは兵のすくなさ補う為の策として張魯……失礼。公祺殿と手をたずさえようと言いたいのか?」

「はい」


 間髪入れずに返答した王商に対して、劉瑁はいささか眉を顰めた。彼の中では、張魯というか五斗米道は敵に等しいのだ。その敵である五斗米道を率いていた張魯であり、今になってその敵と手を組むというのだから劉瑁の反応も仕方が無いと言えるだろう。だが、当の王商は、劉帽の思いなど気付きませんと言わんばかりに、返答後は微動だにしない。このままではらちがあかないと思った劉瑁は、視線を王商から張魯へと移す。すると張魯は、なんと頷いていたのだ。それというのも、このお互いに手を携えるということには、張も利益があるからだ。

 現状、彼の弟である張衛が張魯に対して兵を挙げたことで、劉逞とのと言うか漢との窓口が閉ざされた状況にある。しかし公式的に漢の臣下である劉瑁と手を組めば、閉ざされている漢との窓口も再び開くことになる。その上、張衛から伸びるだろう手に対する手っ取り早い手立てとなるのだ。

 その一方で劉瑁だが、彼の利益は兵不足を補える目処が立つことに他ならない。それというのも、張魯が声を上げればそれなりの数の信者を揃えることが出来ると思われるからだ。直接的ではないにしても、彼らを味方とし兵力として数えることが出来る。兵不足が目下の悩みの種である劉瑁らにしてみれば、正に一息つくことが出来るのだ。


「……分かった、王商。そなたの考えを採用しよう」


 ここに再び、両陣営の同盟関係が構築される。実に劉瑁の先代に当たる父親の劉焉の死によって袂を分かって以来となる関係の復活であった。だがしかし、ことはそう簡単に好転しなかったのである。その理由は他でもない、広漢郡にて勢力固めを行っていた趙韙がいよいよ劉瑁討伐の為の行動を開始したゆえであった。彼は自身に賛同した者たちを勢力下に納めると、拠点としていた綿竹より出陣する。その後は、広漢郡の郡治所がある雒県を経由して、郡境近くにある新都へ入ったのだ。無論、この動きは、成都にいる劉帽の元にももたらされる。すると彼は、すぐに軍議を開くのであった。


「この事態に対し、我らはいかに動くか」

「籠城が最適かと」


 軍議の冒頭で投げかけた劉帽の言葉に対し、間を開けることなく答えたのは張松と言う人物であった。彼は劉瑁の父親である劉焉が亡くなる少し前ぐらいに仕え始めた者である。かなりの才の持ち主であり、短期間の間に別駕にまで出世した人物であった。王商に比べると劉瑁からの信頼度は些か低くはなるが、十分に重臣と行って差し支えがない人物なのである。そんな彼からの言葉であり、同時に納得できるものでもあった。


「やはり、そうなるか」

「はっ。彼我との兵力差は、いかんともしがたいものがあります」


 張魯と同盟を組んだ劉瑁は、すぐにさらなる兵を集めるべく命を出している。だが今回の場合、趙韙の動きが予想より早すぎた。劉瑁や張魯の想定では、敵が進軍を開始するにはあと一月は掛るとしていた。だが現状、進軍が開始されてしまっている。その為、兵の集める期間が短すぎたのである。流石に二倍の兵力差があるとまでは言わないが、現状では趙韙か抱える軍勢の方が劉瑁の元にいる兵の数より五割増しぐらいある。この兵力差で正面からぶつかっては、勝ち目は薄い、だからこその籠城策なのであった。

 とは言え張松も、ただ闇雲に籠城を進言したわけではない。籠城を行うに向けての準備は、行っていたのだ。その準備とは、刈り入れである。例えまだ完全に実っておらず青みが強い状況の作物であったとしても、収穫を強行させたのだ。それにより、成都のある蜀郡では異例の速度にて収穫時期が終わりを見せている。それは即ち、これから蜀郡へ侵攻してくる筈の趙韙の軍勢が略奪できる食料が少なくなることを意味していた。勿論、軍を進めるに当たって輜重は用意するのだが、それとて大量に用意するわけではない。ならば足りない分はどこで補うのかというと、言うまでもなく現地調達であった。そこで劉瑁たちは収穫を早めることで、趙韙たちが兵糧を手に入りづらい状況を作り出したのである。これにより、趙韙の軍勢が侵攻してきた場合、早々そうそうに兵糧不足へおちいるのは明白であった。


「しかし、勝てるのか」

「時を稼ぐことが出来れば」


 自信ありげに言葉を返す張松を見て、劉瑁の気持ちも上向きへとなっている。確かに兵力差はいかんともしがたいものがあるが、前述した策を含めて全くの無手というわけでもない。不利なことは変わらないが、勝機が無いというわけでは無いのだ。


「……よかろう。籠城して飢えさせ、趙韙を軍勢もろとも広漢郡へ叩き返せ」

「必ずや」


 張松は拱手して返答したのであった。



 その頃、趙韙はというと、揚々として新都にいた。

 いよいよ劉瑁を排し、自身がその地位へと就任する。その様な想いを抱きながら、彼は新都の城壁より成都のある方向を眺めていた。とは言うが、全くの懸念がないわけでもない。それは主に二つあって、一つは広漢郡の北にある漢中郡の動静であった。張魯に対して反旗を翻した張衛、その張衛と同盟を組み勢力の拡大に余念が無い宋建。彼らがいつ郡境を越境してくるかが分らない為、ある程度の兵力を残す必要がある。その様な事情もあって、劉瑁の抱える兵力の五割増しという兵は多いが、敵を圧倒できるほどではないという微妙な数になってしまったのだ。

 そしてもう一つの理由というのが、劉逞である。漢の丞相である彼からすれば、動向が見えづらい益州など手早く制圧したいたいだろう。だが、それを許すわけにはいかない。それを許せば、自身の野望が水疱とかしてしまう。ゆえに彼は、袁紹の誘いに乗ったのである。無論、自分を遠ざけた劉瑁への恨み辛みもある。しかし兵を挙げた最大の理由こそ、自身が劉瑁に取って代わろうという野望に他ならなかった。


「しかし、他でもない漢中郡での騒乱が、緩衝地帯となっているとは。何が幸で、何が不幸か分らぬものだ」


 確かに趙韙の起こした反乱に関与しようとすれば、漢中郡で起きている騒乱は邪魔でしかない。文字通り、益州への道を塞ぐ様に漢中郡が存在しているからだ。勿論、劉逞側としても手は打っている。張魯の身を押さえようとするのも、その一環である。他にも手は打っており、司隷校尉の地位にある鍾繇を大将とした軍勢も組織している。そしてこの軍勢には、馬騰と韓遂も将軍として参軍することも決まっていた。


 話を戻す。


 何はともあれ、数日後には新都より出陣して郡境を超える。そうなれば、後は成都を攻略して劉瑁の首を挙げるだけ。そうなれば、少なくとも益州北部地域は自分のもの。後は着実に力を伸ばしゆくゆくは……と再び自身の想いに酔いしれ始める。だが彼の妄想ともとれる想いは、郡境を超えて間もなくから前途多難ぜんとたなんへと陥ることになるとは夢にも思っていなかったのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。

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