混濁・からっ風・波枕
流行病に倒れて、というのは今の時世では冗談でも言えたものではないが、私がインフルエンザに罹ったのは五年くらいも前のことだ。予防接種を受けそびれた結果なのだから誰かを責めることもできず、その反対に職場の同僚に迷惑をかけてしまったものだから、私は流行病に起因しない胃のキリキリとした痛みを味わうことになった。ならばいっそ――ここでいっそという言葉を使うのはどういうことだろう――、とばかりに自棄になってキャプテン・ビーフハートの「トラウト・マスク・レプリカ」なる音楽を聴くことにしたのだけれど、まるで部屋が回転しているかのような心地を味わうはめになった。そうして人為的に起こした悲劇というのは喜劇にも転化し得るのだけれども、真の地獄はそこから始まったのだった。
ある晩、意識が混濁していたのか、私の眠る平屋の一室に向かってとてつもないからっ風が吹き付けてきた。からっ風はひどく我が家を脅かすのだけれど、振動のようなものはまるでなく、それがただのこけおどしであることが直に分かった。つまり、からっ風は私の頭の中で渦巻いている幻想、言ってみれば幻聴なのだった。そこまでこの熱は高まっているのか、私はこの先危ないのかもしれない、そう思った矢先、今度はさざ波が聞こえてきたのだ。田んぼに囲まれた内陸部のこの家に聞こえてくる波の音は何だろう。言うまでもなく、私の頭の中でさざ波が立っているのだ。からっ風が吹いているにしてはやけに波の音は大人しく聞こえるし、波の音を伴っているにしてはからっ風の音は乾きすぎている。
私の頭の中で起こっている不思議な現象を一言で表すなら、それはそう、夢という一言で済ますことができる。ああ、そうだ、私は夢を見ているのだ。そう思ってしまうともう怖いものはなくなった。からっ風よどんどん吹け、さざ波よ異国の産物をたくさん集めてこい。ついに有頂天になった私の意識は、そこで途切れた。
次に目覚めたとき、ちょうど夜明けの門が開かれるところだった。私はベッドから立ち上がり、カーテンを全開にして新しい朝の光を待った。いつまでもいつまでも、待ち続けた。




