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第一章   よそ者

 のどかな農村の片隅で、不穏な空気をまとう男たちがいた。


「なぁ、オレらに、ちぃっとばっか金を恵んでくれねぇか」


 無精髭を生やした男は、にやにやと口元を歪めて、青年の肩に腕を回した。

 銀髪の長い髪を娘のように胸元でゆるくくくり、青空よりもなお深く澄んだ蒼い目をした青年の容姿は、この辺りでは珍しいものだ。光沢のある外套も、身のこなしですら品があり、よそ者であることが一目で見て取れた。

 ここらではめったにお目にかかれないほど整った顔をしている青年は、けれど一向に動じた気配を見せない。

 その余裕が男たちの癇に障ったのか、屈強な体格の男が眉をつり上げた。


「…ッンの。すかしてんじゃねぇ!」


 振り上げた拳は真っ直ぐ青年の顔へと向かう。

 が、青年は身を屈め、それを避けたため、拳は後ろにいた仲間へと当たってしまう。


「イっっってェェェェッ!」

「…ッす、すまねぇ。いや、だって…コイツが避けるもんだから」

「ちゃんと狙えやっ。オメェは、前から狙いを外しやがる。目ン玉、ひんむいてンのか!?」


 青紫に腫れ上がっていく頬を押さえ、ペッと血が混じった唾を吐き捨てた無精髭の男は、眉を寄せ睨めつけた。


「ンだとッ!? てめぇこそ、ここだってときゃ、噛みまくるだろうがッ」

「そ、それは関係ねェだろっ」

「いんや、ある。これからだってときの空気がぶちこわしだ! 笑われてンのがわかんねぇのか!」

「おいっ、やめろって」


 喧嘩をはじめた二人を慌てて仲裁するのは、強面の男だった。


「また、やってるよ」

「構って欲しいんだろ、あの子に」

「毎回、絡まれる旅人はかわいそうだけどね」


 村人たちは、青年が絡まれても無視していたのに、喧嘩がはじまったとたん、やれやれとばかりに肩をすくめていた。

 三人から離れた青年が訝しげに小首を傾げたそのとき、軽やかな足音とともに少女の高い声が聞こえてきた。

 周囲から、スーランだっ、と小さな歓声があがる。


「こらぁ~~~ッ! 諍い事は禁止だって、あれほど言ったでしょ!?」


 少年のようなこざっぱりとした服に身を包んだ少女は、頭上高くで束ねた、輝くような黄金の髪を揺らしながら、三人に近づいた。


「ぁ……」


 彼女を目に入れた青年が思わず声を漏らす。

 大きな紫色の目が、きらきらと輝いているのが魅力的だ。小柄で、化粧気がないせいか、黙っていれば可愛らしい少年のような風体だった。年頃は、十四、五くらいだろうか。


「ス、スーラン──……ッ!」


 彼女の声が聞こえた瞬間、ぴたりと争いを止めた二人は、顔を倍ほどに腫れ上がらせた醜い姿をさらした。

 よほど加減をしなかったのか、いたるところから血を流し、青あざを作っている二人を、スーランと呼ばれた少女が、腰に両手を当てて見下ろした。


「ガナス、状況説明」


 唯一無傷だった強面の男をスーランが一瞥した。


「いや、その……」


 情けなく眉を下げ、歯切れ悪く言葉を返す彼の姿は、とても先ほどまで青年を脅していた男と同一人物にみえない。

 それはほかの二人にもいえることで、しおらしく両肩を落とすと、その場で正座した。


「悪かったよ……」

「カッと頭に血がのぼっちまって」


 素直に謝る彼らは、スーランを恐る恐るといった感じに窺っていた。


「スーラン。もっと言っておやり。この村にわざわざ来てくれた、奇特な旅人さんにわざとちょっかいだしてるんだから」

「ンだと、クソババアッ」


 太った女が愉快そうに笑いながら口を挟むと、強面の男が声を荒らげた。が、スーランに名前を呼ばれると、とたん気まずそうに口を閉ざした。


「決め事第十二条、よそ者にちょっかい出さないこと。って、わたし言ったよね? それを堂々と破るなんていい度胸してるじゃない。そんなにお仕置きされたいの?」

「ち、ちが──っ」

「元はといえば、ソイツがオレにぶつかって……!」

「俺たちは悪くな……っ」

「言い訳は、しないっ」


 口々に言いつのる彼らをぴしゃりとはねのけたスーランは、ちょっと悲しげに俯いた。


「……あーあ、信じてたのになぁ」


 小さく呟かれた言葉。

 裏切られたとばかりに、声を落とすスーランに、男たちは慌てだした。互いに目配せしあうと、黙って見物していた青年に近寄って勢いよく土下座した。


「わ、わりゅ…、悪かっ、た」

「この通りだ、許してくれっ。いや、ください!」

「俺からぶつかったのに、いちゃもんつけて申し訳ねぇっ」


 額を地面にこすりつける勢いである。

 どうするべきかと、視線を巡らせた彼は、スーランと目があった。彼の逡巡を読んだように、にやりと笑うと、近寄ってきた。


「許すことなんかないよ。謝ったってまた同じこと繰り返すんだし。それより、怪我ない? 手当するよ」

「ああ、大丈夫。俺のことはほったらかして、喧嘩をはじめてしまったから。──それより、美しい目の色をしているね。光に当たると、赤い花びらが明けた空の中で踊っているようにみえる。どんな宝石だって、君の魅惑的な瞳には敵わないだろう」

「やだなぁ~、それって褒めすぎだよ。けど、ありがと。あんたの髪の色もとっても綺麗。銀色ってはじめて見た。雪に覆われた大地みたい。太陽に反射して、キラキラ光ってすっごく綺麗なんだ。へへっ、わたしたち、ちょっと珍しい色を持った同士だね」

「そうだね。俺たちは、女神の寵愛を受けている、とでもいうべきかな」

「うん、あんたは月の女神で、わたしが暁の女神だね」


 夜を支配する月の女神は、それは見事な銀の髪を持っているという。闇夜の中あって、なおいっそう光り輝く、一筋の光明のように。

 そして、暁の女神は、別名、戦女神ともいわれ、この国の兵士たちは戦地へと赴く際、必勝祈願として暁の女神に祈りを捧げたという。金髪に、紫の双眸のたおやかな容姿の女神の見かけは、とても戦女神からかけ離れていたが、魔物から我が子を守るために決然と立ち向かい、勝利を収めた武勇もまた伝説として残っている。

 女神と同じ色を持っている者は少ないが、稀に周囲が面白がって揶揄する者もいるのだ。女神の寵愛を受けて産まれたから、女神と同じ色を持っていると。

 もちろんそれはただの戯言であるが、目と髪の色までそっくりになると、女神の化身とも囁かれ崇拝の対象にされてしまう。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は、アルツィ。先ほど、この村に着いたばかりなんだ。よろしく。勇ましい暁の女神のお名前をお訊きしても?」

「アルツィ、ね。わたしは、スーラン。スーラン・ライザだよ。ようこそ、アドラン村へ。歓迎するよ。けど、なんだってこの村を選んだのさ。あんたの興味を惹くような特産品も、観光地もないはずだけど。豊かなのは、土壌だけ。新鮮な野菜ならたんまりあるけどね!」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ったスーランは、しげしげと青年の姿を眺めると顔をしかめた。


「うちの村ってさ、そんなに人の出入りが激しくないの。だから、よそ者って目立っちゃうんだよね。しかも、あんたみたいなカッコイイ男ならなおさら。この村人たちはみんないい人ばっかだけど、アレの例もあるしね」


 まだ頭を下げ続けている三人を睥睨したスーランは、肩をすくめた。


「関わりたくないなら、もうちょっと地味な格好をするべきだね」

「はは、忠告ありがとう。実は、もう、道中に何回も襲われているんだ。すっかり慣れてしまっていた部分もあったけれど、やはり服装にも問題があったのか」


 納得した、とばかりに微笑む青年──アルツィに、スーランは額に手を当てた。


「あんたって、お気楽な坊ちゃんだねぇ。よく、死ななかったよ。西のほうから来たなら、あそこには盗賊がいるって噂だよ。たまに来る商人のおじさんたちも、被害に遭ってるっていうし。よく無事だったね」

「腕には多少覚えがあるからね。なんとか、ね。それに、俺には心強い相棒がいるから」

「相棒? 一人じゃなかったんだ」

「もうすぐ野暮用を終えて戻ってくるんじゃないかな」

「ふぅん、なら、わたしも一緒にいてあげる。待ち人が来たら、村を案内してあげようか? ま、さっきも言ったけど、目新しいものなんかないけどさ」


 にこっと笑ったスーランから視線を逸らしたアルツィは、ちらちらとスーランの様子を窺っている三人組を一瞥した。


「彼らは、いいの?」

「ああ、放っておいて平気。平気。ここで甘い顔すると、躾によくないからね」


 内緒話をするかのように声を落としたスーランの眼差しは、どこか優しげだった。


「あれで気の良いヤツらばっかなんだよ。見た目はちょっと怖いけどさ」

「見た目だけ?」

「あはっ、あんたはっきり言うね! 確かに、手癖も口も悪いけどさ。問題ばっか起こすし。ほんと躾直さないと駄目だなぁ」


 そう言いつつも嫌がっていないのは、三人のことが好きだからだろうか。

 スーランのほうが十も年下に見えるのに、まるで彼らの母親みたいな慈愛深さがあった。

 アルツィは、目をわずかに細めると、スーランを好ましげに見つめた。


(紫の瞳に金髪、ね。うん。悪くない。どうやら、エルゼンの報告を待つまでもないな)


 長旅にようやく終止符が打たれると、アルツィの表情も明るくなった。


「スーラン……見捨てないでくれよぉ~」


 聞こえてきたなんとも情けない声を受け、スーランは泣きべそをかいている三人のほうに向き直った。


「決まり事を破った罰として、今日から一週間、一日十善行。それで許してあげる」


 スーランが腰に手を当てて宣言すると、通りがかった村人の一人が口笛を吹いた。


「いいねぇ、助かるや」

「さっすが、スーラン。わかってるわねぇ」


 彼らに手を挙げて応えたスーランは、十善行……と呆然とする男たちに向かって人差し指を突きつけた。


「さ、日頃の行いを悔い改めなさい!」


 聖職者のように重々しく言い放ったスーランを見て呆けていた三人は、勢いよく腰を上げると、痛々しい姿のまま困った人はいないか見つけに走ったのだった。


「あ~あ、帰ってきたらちゃんと手当てしてあげないと。あのまま放っておいたら、化膿しちゃうよ。まったく、…バカなんだから」


 呆れたように彼らが走り去った方向を見つめていたスーランは、言葉の端々に愛情を覗かせながら悪態を吐いた。


「──獰猛な獣に首輪をつけるのは簡単じゃない。どうやって手懐けたの? ずいぶんと君を慕っているようだけれど」


 アルツィが感嘆としながら問いかけると、スーランが振り向いて、含み笑いを浮かべた。


「気になる?」

「あんなに牙をむき出しにした、懐かない獣を言葉だけでなく、存在だけで黙らせることができるのは君くらいだろ。どんな手法を使ったのか、気にならない方がおかしいよ」

「あはっ、そうだよね。事情を知らない人が見たらそう見えるのかも」


 後ろで腕を組んだスーランは、うーんと伸びをすると、赤みがかった紫の双眸をきらきらと輝かせた。


「別にね、たいした理由じゃないんだ。わたしがあの三人組を取り締まってるのは、わたしが村での諍い事を許さないからだよ」

「君が……?」

「そ。叔父さんがね、この村の守人なんだ。村の平和と秩序を守る叔父さんの手伝いをわたしはしてるってわけ。だからね、別にあの三人だけじゃなくて、ほかの人たちが喧嘩してても仲裁に入るし。ま、回数はアイツらのほうがだんぜん多いけどね」


 アルツィは、思わず眉を寄せた。


(仲裁……? 風に吹かれれば、木の葉のように吹き飛ばされてしまいそうなほど華奢な体つきだというのに)


 スーランに遠慮して、実力を発揮できないのだろうかと、考えを巡らせていると、そんな心中を見通したように、スーランがくすりと笑った。


「これでも結構、喧嘩には自信あるけど……、っ」


 そのとき、突然後ろへ下がった。笑みの消えた顔が緊迫感を帯びる。


「──だれ?」


 いつの間にか、スーランの背後に人が立っていた。

 彼の姿が見えていたアルツィは、ホッと表情を緩ませた。


「エルゼン、遅かったな」

「おっと、お待たせしましたかね。情報収集にちょっと手間取ってね」


 エルゼンは、琥珀の双眸に、右目の下にある黒子が色香漂う青年である。腰まで届く赤毛をスーランのように頭上でひとくくりにし、濃紺の外套を羽織っていた。背丈はエルゼンのほうが少し高く、アルツィは軽く視線を上げなければならなかった。

 いつも緩やかに細められているエルゼンの目が、警戒心をあらわにしているスーランへと向くと、わずかにその双眸が見開かれた。


「これは、また……」

「これもまた、神のお導きだろう」


 アルツィは静かにそう告げた。



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