第98話 腹部への一撃
「シャポー!気をしっかり持つんだ、シャポー!」
三郎は必死に、奇声を口から上げ続けているシャポーを揺さぶる。
目を見開いてはいるものの、シャポーの様子も表情も正気ではない。
(これ積層魔法陣が、シャキーン!シャキーン!って何か魔法作り続けてるよな。攻撃魔法とかで、仲間を巻き込んで暴発したりしたら、それこそヤバイ)
三郎とシャポーを包み込んでいる積層魔法陣は、光り輝く文字や印が目まぐるしくうごめいていた。
「シャポー、正気に戻ってくれぇ」
揺さぶり続けたおかげか、シャポー口から出ている奇声が少しばかり小さくなってきている気もするが、三郎の不安は膨れ上がるばかりだ。
魔法が構築されているであろう金属音も、鳴り響く速度がすこしだけ遅くなっているような気もするが、停止する様子はない。
「・・・ぱぁぁ?」
揺さぶられているシャポーのフードの中から、眠たげな声を上げてほのかが顔を出した。
数刻前、三郎の頭上から特大の火柱をぶち上げたほのかは、疲れたためか特等席であるシャポーのフードの中に潜り込んで寝こけていたのだ。
ほのかが、シャポーを揺さぶって声をかけている三郎を見て、事態を把握したのか、それともただ単に楽しそうだと思ったのかは分からない。シャポーの頭の上へ腹ばいに乗っかると、手足をばたつかせながら「ぱぁ!ぱぁ!ぱぁ!」と言って、殴る蹴るの嵐をシャポーにお見舞いするのだった。
手足が小さいので、ダメージは全く無いのだが。
「ぃぃぃぃ・・・いぃ・・・ぁ。あれ?さ、サブローさま、先ほど敵が・・・目の前まで迫っていたように思ったのですが・・・」
ほのかと三郎のおかげで、何とか正気を取り戻したシャポーだったが、機巧槍兵が向かってきた後の記憶が抜けているのか、眼を何度も瞬かせて首を傾げた。
積層魔法陣から鳴り続けていた、魔法構築による甲高い連続音も、シャポーが正気を取り戻したと同時に停止した。
「正気に戻ってくれたか、よかったぁ~」
「ぱぱっぱぁ~」
三郎が、大きな安堵のためいきと共に呟くと、ほのかも真似をしてためいきをはく。
「・・・っは!そ、そうなのですね。シャポーとサブローさまは、あの時に命を落としてしまい、今は二人だけの魂の世界に居るということなのですね。サブローさまと一緒なら、シャポーは何も怖くなんてないのです・・・」
両目を瞑って、悲壮感を漂わせながらいうシャポーに、自分も居るぞと抗議の声を上げたほのかが、連続パンチをお見舞いしていた。
「魂の世界とやらには、俺もシャポーも行ってないから大丈夫だからね。うんうん、安心してもう一度正気にもどろうね」
シャポーの肩を軽く叩きながら、再び別の方向へと意識を飛ばしてしまったシャポーに、帰ってこいと三郎は訴えるのだった。
「そ、そうなのですか?えっと、大丈夫だったみたいなのですね」
三郎に言われ、シャポーは辺りを伺うようにくるくると首を動かすと、自分たちの周囲に積層魔法陣が展開されているのを確認した。
「はわ~。えっとですね、いつのまにやらですね、防御魔法『ゼロ式:反動の障壁』が八個も上書きされちゃってますねぇ。ちなみに、ゼロ式というのはです、シャポーの師匠が考えたオリジナル防御魔法でして、攻撃された衝撃を倍以上にして相手にぶつけるのがコンセプトなのです。一般的に使われる反動の障壁は、相手に返る反動が減少してしまうのが普通なのですが、シャポーの師匠は捻くれてねじれてしまった性格なので『やられたら、倍返し以上よ!』と言っていまして、魔導的に反発係数が高くなる数式を組み込んで作った魔法なのだそうです」
シャポーは、積層魔法陣によって構築されていた魔法が何なのかを分析すると、三郎へちょっとした説明も加えて教えてくれた。
「だから、攻撃してきた兵士があんなふっ飛び方をしたのか」
重装備の鎧兵が、放物線を描いて飛んで行くシュールな場面を三郎は思い返しながら、シャポーの師匠が怖そうな人物なので近づかないようにしとこうと心の奥で誓うのだった。
「咄嗟に出せないと、防御系の魔法は意味が無いのだと師匠に厳しく叩き込まれたのが、何だか役に立ったみたいなのです」
どこか他人事のような口調でシャポーは言った。どうやら無意識に発動していたため、魔法を使った記憶が定かではない様子だった。
「シャポーが反動の障壁って魔法を使ってくれなかったら、今頃こうして喋ってもいられなかっただろうからね。本当、ありがとな」
三郎は、シャポーが自分たちの窮地を救ったのだと理解させるよう、やさしい口調で感謝を告げる。
「は、はい!よく分からないうちにですけど、お役に立てたみたいなのです」
三郎の言葉を受けて、シャポーが嬉しそうに返事を返した。
「あの、ところでです。お一つお伝えしておいたほうがいいかもなのですが」
「ん、どした?まさか、この魔法すぐに効果が無くなるとかで、教会へ走る覚悟をしたほうがいいとか!?」
シャポーが、上目づかいに言ってきたので、ここは戦場なのだと思い出した三郎が少々慌てる。
「いえですね。ゼロ式:反動の障壁を八重に発動させてしまっているので、解除するのが少々難しいと言いますか何と言いますか。解除するまで、この場からしばらく動けなくなってしまうのです」
自分で魔法を行使しておきながら、解除に時間がかかってしまうという恥ずかしさから、伝えにくそうに三郎へ言った。
余談だが、反動の障壁という魔法自体も高度なのだが、ゼロ式シリーズと呼ばれる魔導幻講師が創造したオリジナル魔法の数々は、クレタスにいる魔導師では『ほぼほぼ』使える者が存在していないという事実を、この二人が知っているはずもない。
三郎には「頑張って解除してください」としか答えようが無いのだった。
***
「何だありゃぁ」
ラスキアスは、全体重を乗せた強い攻撃を放ち、受け流したトゥームが間合いを大きく取らざるを得ない状況を作ると、突如戦場に発生した光る魔法の球体を目で確認して声を上げた。
少しばかり距離の離れた場所ではあったが、見慣れない魔法が発動されたのを、戦いの最中にあって目の端に捉えての行動だった。
指揮官として培った戦における勘が、トゥームとの戦いよりも『何なのか確認する事』を優先させる警告をラスキアス自身に与えたのだ。
指揮官であるラスキアスの既知としていない事象が戦場でおきたのならば、それは確実に敵が行った事にほかならない。
しかし、それと同時に、ラスキアスは目の前の修道騎士との戦いに、一兵士として集中しすぎて戦況の把握が疎かになっていた自分にも気づくのだった。
『トゥームさん、シャポーさんが防御の魔法を使ったようです』
突然、トゥームの耳元で囁くようなシトスの声が響く。大気の精霊魔法によって、シトスがトゥームへと情報を伝えたのだ。
エルート達と行動を共にしてきたトゥームの集中力が、シトスの言葉で切れることは無い。むしろ、背後で起こったことであったため、振り向くことのできないトゥームには有益な情報だった。
ラスキアスとの間合いが大きくなっていたので、トゥームはラスキアスへと全速の刺突を仕掛ける。ラスキアスが、魔法の球体に一瞬注意を向けた『意識の隙間』だった。
「っ!てめぇ」
迷いの無いトゥームの刺突を、ラスキアスは大剣の槍を振るって応戦する。
大剣の槍に軌道を逸らされながらも、駆ける勢いの乗った修道の槍が力で勝り、ラスキアスの硬い鎧を削り取って腹部へと浅くない傷を負わせた。
「ちっ。火柱の次は、法陣の塊か。どこまで何を隠してやがんだ。めんどくせぇ」
ラスキアスは、敵を前にして集中を切らせた自分に苛立った言葉を吐き捨てる。
腹部に傷を負った人間とは思えない勢いで、大剣の槍を切り返しトゥームの首めがけて振り抜く。
トゥームは、修道の槍のヴァンプレート部へと斜めに受け止め、刀身へ向かい勢いを流すように操りながら後方へと下がる。
修道の槍と大剣の槍は、互いにぶつかり合いながら金属の削れ合う嫌な音を悲鳴のように響かせた。
互いの間合いが開くと、トゥームは修道の槍を正面に構えなおす。ラスキアスは、腹部に受けた傷の痛みによって追い打つ一歩が出せなかった。
トゥームとて、無傷で優位に戦いを進められていたわけでは無い。
修道の槍は、防御に使うヴァンプレート部に幾つもの変形が起こっており、相手の攻撃を滑らかに受け流すことも困難となってきていた。
そして、トゥームの身体には幾つもの裂傷があり、白を基調とした修道騎士の装備に赤い染みを作っている。幸いにして、命に係わるような攻撃については、鎧や籠手があったことによって受けずにすんでいた。
しかし、トゥームとラスキアスの戦いは、ここまで完全にラスキアス優位であったのだ。
トゥームは、荒くなる呼吸を必死に抑えながら、目の前の敵の動きへと集中する。
ラスキアスがトゥームの力量を試すのをやめてから、トゥームの緻密な体内魔力の制御による防御技術だけがラスキアスの猛攻を凌いでいた。
体内の魔力制御によって、無理に引き上げているあらゆる感覚と神経を、一度リセットして落ち着けたいという衝動に駆られる。だが、それを行えば確実な死が待っているのは明らかだった。
もし、体内魔力制御のリセットが許されたとしても、トゥームに活路は無いのだが。
「こいつでようやっと、トントンな所に戻ったって感じか」
ラスキアスは、腹部から流れ出る血を左手で確認すると、口元を笑いに歪めて言った。
(手ごたえは十分あったはず・・・浅かったの?)
ラスキアスの浮かべた余裕ともとれる表情に、微かな焦りが鎌首をもたげるが、必死に心の奥底へと抑え込む。
トゥームは、額に冷たい汗が流れるのを感じながらも、ラスキアスの挙動を見逃すまいと魔力制御を強め、更に集中を高めるのだった。
次回投稿は7月28日(日曜日)の夜に予定しています。




