第97話 速攻発動、立体球状積層魔法陣
恐ろしいほどの破壊力をもって振り回され続けるラスキアスの大剣の槍を、トゥームは精度の高い防御技術によって受け流す。
攻撃へと転ずる隙の無い連撃の中、トゥームは集中を切らすことなく修道の槍を操っていた。
ラスキアスから繰り出される攻撃は、正面から受ければ武器が破壊され、まともに食らえば致命傷となるものばかりだ。
だが、トゥームは冷静に予測し、攻撃の力を受け流し、その軌跡を逸らして対処してゆく。
強く踏み込んで大きく振り下ろした大剣の槍も、切っ先がトップスピードに乗る前に、軌道を逸らされてトゥームの体には届かず空を切った。
「はっ!トレジアとユーゼを同時に相手しているみたいだな。面白れぇ、面白れぇぞ」
攻撃の手を緩めることなく、ラスキアスが大声をあげた。
ラスキアスの言った二名の名を聞き、冷静な表情を崩すことのなかったトゥームの右眉が微かに動く。
トレジア・ヤカス・カスパード。修道騎士の中において、卓越した防御技術を持っていた騎士だ。トレジアと相対する者は、自らの繰り出した攻撃により体勢を崩され膝を着くこととなると言われていた。トゥーム・ヤカス・カスパードの母親の名だ。
ユーゼ・ヤカス・カスパード。戦闘を理論的に分析し、常に冷静であったと言われる修道騎士だ。ユーゼとの戦闘が長引くことは、相対する者の勝機が時間と共に失われることを意味するとさえ言われていた。トゥーム・ヤカス・カスパードの父親の名だ。
トゥームは、セチュバーへ赴任した両親について、侵略者の洞窟における魔人族との戦闘で命を落としたと聞いている。
セチュバー魔装兵団の団長であるラスキアスが、その名を知っていても何ら不思議はなかった。もしかしたら、訓練などで二人とラスキアスが手合せをしていたとしてもおかしくは無い。
なぜ、両親の名をこの場で出してきたのか、トゥームにはまったく意味が解らなかった。トゥームの隙を誘うにしても、到底そうはなりえない言葉だったからだ。
任務に就いた騎士が、そこで命を落とすことなど、トゥームは幼少期から当たり前にあることだと教え込まれ、物心のつくころには覚悟すら持っていた。
「なんだ、気にもしねぇって顔しやがって。可愛げのねぇ姉ちゃんだな」
嬉しそうに大剣の槍を振るいながら、それくらいでなければ張り合いがないと言って、ラスキアスは笑いに歪んだ表情を浮かばせた。
そして、ラスキアスは徐々に攻撃の速度をあげてゆく。まるで、トゥームの力量がどれほどなのかを試しているかのように。
「・・・」
(・・・私の力量を計っている?なら、その侮りを後悔するといいわ)
ラスキアスの様子に気付いたトゥームは、防戦を続けてラスキアスの体勢が大きく崩れて隙が生まれるのを待つのを止めた。攻勢へと転ずる。
大剣の槍が袈裟切りに振り下ろされるのを見極めると、その刀身の根元へと修道の槍の穂先を打ち付ける。
修道の槍の切先を、大剣の槍の刀身を滑らせるように力を受け流しつつ、自身は大きくラスキアスへと一歩踏み込む。
大剣の槍の勢いによって切先を後方へと押されることにより、回転力を得た修道の槍の石突をラスキアスの顎めがけて鋭く振りあげる。
「っ!」
ラスキアスは、咄嗟に上体を反らし顎を引き、トゥームの放った予想外の一撃を寸でのところでかわす。
しかし、それでトゥームの攻撃が終わったわけでは無い。
大剣の槍の動きに押さえ込まれ、力を溜めるかたちとなっていた修道の槍の切先を、弾かれるように解き放ち一瞬でラスキアスの頭上へ振り下ろした。
ラスキアスは咄嗟に大地を蹴り、後方へと回避行動をとる。
トゥームの攻撃は、ラスキアスの鎧前面を縦一閃に斬りつけながら強い火花と、甲高い金属音を響かせて振り抜かれる。
ラスキアスが咄嗟に鎧へと流した魔力と、トゥームが修道の槍へと込めていた魔力の衝突によって、通常よりも大きな火花を辺りへ散らせた。
トゥームは、自分の攻撃がラスキアスの命に届いていないと理解し、追撃をとの思考が浮かんだが、ラスキアスと自分との距離を見定めて素早く修道の槍を構えなおすにとどめた。
トゥームの繰り出した攻撃の圧力で、ラスキアスは思った以上に後方へと下がらされてしまったのだ。
その鎧には、首元から胴にかけて、深い裂傷が一直線に刻み込まれていた。
「くっくっくっ・・・あーはっはっはっはぁっ!」
鎧につけられた傷を指でなぞり、ラスキアスは豪快に笑いだした。
突然のことに、トゥームが警戒を強めて表情を硬くするのを見て、ラスキアスは言葉を続ける。
「いや、試すような戦いなんざーしちゃぁ、失礼ってもんだったな。何せ、若かろうが何だろうが修道騎士様だ。しかも、あの二人の娘なんだからなお更だ」
ラスキアスは満足げに頷くと、顎を手でこすりながら話をさらに続けた。
トゥームが、機巧槍兵であるラスキアスに防御はおろか、屈辱的とも言える『回避行動』をとらせるような騎士であることに、不思議と喜びすら感じていた。
「俺ぁよ、あの二人とは正々堂々やりあってみてぇと思ってたんだが。上からの命令が来ちまったからな、殺らざるをえなかったんだ。まぁ『政治的な思惑』ってやつよ」
「・・・何を、言っている」
眼光をさらに鋭くし、トゥームはラスキアスへと問う。
「お前さんの両親はな、セチュバーがクレタス全土に対しこうやって反乱を起こすってのを、五年も前に気付いて調べ始めてやがったのさ。軍備しかり、魔人族との繋がりしかり、機巧槍兵しかり・・・ってな」
口調の軽さとは裏腹に、ラスキアスの両の眼は、しっかりとトゥームの動きを見据えている。
「魔人族と繋がりのある商人の調査だと偽って洞窟へと連れ出した。洞窟内で魔人族と遭遇させ、背後からは仲間だと思ってた俺達に襲われたんだ。さしものカスパード夫妻も生きては帰れなかったって話だよ」
トゥームを挑発するかのように言いながらも、ラスキアスの眼は真剣なまでにトゥームに向けられていた。
(挑発に乗って、突っ込んでは来ないか。・・・正々堂々剣を交えたかったのは、本音なんだぜ。カスパードの娘さんよ)
構えを微塵も崩さないトゥームを見て、ラスキアスは満足げな笑いを口元に浮かべる。それは、誰にも分からない程度の微かな表情の変化だった。
「こっからは本気だぜ。一瞬で終わらせてくれるなよ」
ラスキアスは呟くと、全力で大地を蹴った。
***
シトスは、機巧槍兵二体を相手に戦っていた。
大気の精霊に呼びかけ、立体的に足場を何重にも構築し、自身の上下すらも反転させながら相手を翻弄する。
だが、硬く分厚い鎧に覆われた敵に、致命傷を与えるまでには至っていなかった。
それは、単なる防御力の高さ故ではなく、鎧には相当量の魔力が循環されており、精霊魔法が通じにくいというのも要因となっていた。
(風の精霊と親しいムリュー等ならば問題ないでしょうが、他の物には一対一で相手取るには辛いでしょうね)
シトスは、機巧槍兵の攻撃を軽やかにかわすと、周囲の戦いの様子を確認する。
思った通り、ムリューは風の精霊が十分に力を発揮できる状況となっているので問題が無いようにみえる。だが、風や大気の精霊魔法を得意としていない者は、機巧槍兵の圧力に苦戦を強いられていた。
シトスが周囲の者達へと向けた意識も、機巧槍兵から繰り出される攻撃によってすぐに引き戻される。
(硬いだけではなく、対魔法戦闘にも優れているのは、魔人族との戦闘を経験しているセチュバーの兵士だからでしょうね。精霊魔法を行使する時間を作らせまいと、攻撃の圧力を緩める気配がない)
機巧槍兵を二体も相手取っているにもかかわらず、シトスは冷静に思考を巡らせ分析していた。
一撃受けてしまえば致命傷ともなる相手であるため、余裕がある分けでは無い。それでも、時間こそかかれどシトスが負けるような相手ではないのも事実だ。自分かムリューが、現在相手取っている敵を倒しさえすれば自分たちが勝てるのだと判断していた。
そう、シトスが勝利するまでの間、仲間のグレータエルート達が持ちこたえさえしてくれれば。
だがその時、シトスの耳に鈍く叩きつけられる音と、骨の砕ける不快な音が同時に届く。
音の方を確認すると、一人のグレータエルートが、機巧槍兵の体当たりを避けきれずにふき飛ばされ、宙を舞っている光景が飛び込んできた。
グレータエルートの体は、何度も石畳の上を跳ねながら制止し動かなくなった。
(まずい・・・ですね)
シトスは、目の前の敵から繰り出される攻撃をいなしながら、心の中に微かな焦りを滲ませる。
拮抗していた状況が、今まさに崩れたのだ。
突き飛ばされたグレータエルートは、地面に横たわったまま動かなくなっていた。
機巧僧兵は、相手が動かなくなったのを確認すると、次の敵を探すように首を巡らせる。
その機構槍兵の視線の先に、周囲を警戒しながら、出来るだけ目立たぬようにじりじりと教会本部の方へと移動している二人の人影が映った。
「ラスキアス様の言っていた、重要人物らしき司祭か」
腕のたつグレータエルート達に加え、団長であるラスキアスと渡り合えるほどの修道騎士が編成された部隊に、守られるようにしていた司祭と魔導師なのだ。
取り押さえることが出来れば、何らかの役に立つ可能性は非常に高く、殺してしまっても十分な戦果と言えるだろうと考えると、機巧槍兵は次の目標をその二人に見定めて動き出した。
グレータエルートが突き飛ばされ、機巧槍兵が向かってくる姿を見て、三郎は焦りを隠す事など出来なかった。
トゥームやシトス達が全員戦っているのが分かっていたし、三郎達を助けるために動ける者などいないことも十分理解していたからだ。
自分が全力で走って逃げきれる相手ではないのは、戦いの様子を見ていたために痛いほど分かっていた。でも、ただ茫然と立っているわけにはいかないことも分かっている。
「シャポー!逃げるぞ!全力で走・・・って、シャポーさん!?固まってる場合じゃないぞぉ!」
三郎が駆けだそうとして振り返ると、そこに居たのは恐怖に停止したシャポーの姿であった。その両目は、向かってくる機巧槍兵へと向けられ見開かれている。
「シャポー!逃げるんだ!シャポー!!」
(やばいやばいやばいやばい、ぜったいやばい)
三郎の脳内でも、警報のように『やばい』という言葉が繰り返された。それでも必死に、シャポーの両肩を揺さぶり正気を取り戻させようと努力する。
担いででも走り出そう。そう三郎が決意した瞬間、シャポーの口から奇声が発せられた。機巧槍兵が、三郎達へ向けて大剣の槍を振りかぶった瞬間でもあった。
「ひぃ!ひぃぃぃぃぃやぁぁぁあっぉぁああぁぁぁ!!」
三郎とシャポーの周囲に、球状の魔法陣が突如出現する。
出現したのは、魔導師が作れると言う仮想の思考空間に保存していると言っていてた積層魔法陣、正式名称『立体球状積層魔方陣』だった。
三郎は一度だけ、これを外側から見たことがある。カスパード家の地下訓練場にて、積層魔法陣の組み換えをする時に見学させてもらった記憶が頭をよぎる。
積層魔法陣は、表面に浮かぶ魔法文字や印を『超』高速で組み上げながら、様々な金属音を響かせて魔法を構築してゆく。
機巧槍兵は、突如目の前に出現した魔法に臆することなく大剣の槍を振り下ろした。
なぜなら、魔導師がいるのは目で見て解っており、何らかの魔法が使われるのは予想していた。だが、魔力を乗せた大剣の槍を防げるだけの魔法が、短い時間で構築できるはずもないと確信ももっていたのだ。
積層魔法陣に、大剣の槍が触れる。
刹那、振り下ろした大剣の槍とともに機巧槍兵の体は、明後日の方向へと吹っ飛ばされていた。
(あ・・・ホームランだ。まぁ、バッターの方が吹っ飛んだ感)
積層魔法陣の内側から見ていた三郎は、あまりにも現実離れした光景を前に、妙な考えを浮かべることしか出来ないのだった。
三郎の隣では、奇声を上げ続けているシャポーが、いまだに積層魔法陣を強化し続けていた。
次回投稿は7月21日(日曜日)の夜に予定しています。




