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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第96話 カスパードの血

「トゥームさんは、サブローとシャポーさんを、教会までお願いします」


「二人を送り届けたら、手当てを受けて戦線に復帰できる者を集めてみるわね。なるべくはやく戻れるようにするわ」


「お願いしますが、くれぐれも、一人だけで戻ろうなどと無理はしないでください。我々エルートは、人族よりも乱戦を得意としています。簡単にはやられることはありませんから」


 シトスが自分の耳を指し示しながら笑顔でいうと、トゥームは頷いて返した。


 戦場は、混沌とした消耗戦の様相を強めており、三郎達の部隊に与えられていた『囚われた者達の救出』という任務の遂行は困難となっていた。


 グレータエルート族は、戦いの音が錯綜さくそうし混乱を極めた戦場においても、口から発する短い合図を互いに送りあうことで情報共有がおこなえる。


 優れた聴覚による戦況の把握能力は、隊列が崩壊しても尚、部隊としてまとまった行動が可能なのだという。


 シトスの部隊は、ケータソシアの指揮下に入り戦いの中へと向かうこととなった。


 そして、乱戦の中では足手まといにしかならない三郎を、トゥームが教会本部まで護衛し連れ帰ることとしたのだ。


 シャポーはといえば、頑張ってついて来てはいるものの、顔からは血の気が引いていて唇まで普段の紅色を失ってしまっている。


 誰の目から見ても、魔法を使った戦闘の援護など無理だと分かるため、三郎と共に戻されることとなったのだった。


「しゃっ、シャポーも頑張ってサブローさまを、きょきょきょ、教会まで無事に送り届けますので」


 両の拳を握りしめ、口数のめっきり少なくなっていたシャポーが、健気にも三郎を守ってくれるという。


 そんなシャポーの様子に、三郎は頬を緩ませ「頑張って戻ろうな」と言って、シャポーの頭にそっと手を置くのだった。


 穏やかな表情の下で、三郎は別の事を考えずにはいられなかった。


 こちらの世界に来てから、トゥームに剣の扱い方を教わっていれば戦いに加われたのだろうか。

 シャポーと言う魔法使いに出会ったにもかかわらず、魔法を学びたいという考えになぜ結びつかなかったのか。

 そして、ほのかという上位らしき精霊に巡り合ったのだから、シトス達に精霊魔法を習っていれば少しは役に立てていたのではないだろうか。


 召喚された勇者君(まだ会ったこともないが)と、同じ世界から自分も迷い込んで来たのだ。何かやっていれば違ったのだろうか・・・


 いやしかし、それらの考えは数か月間の生活を少しばかり思い返しただけでも『あ~、ちょっと無理だ』との結論へとすぐに行きついた。


 よくよく考えなくとも、クレタスの言葉の読み書きを必死に学び、文化や習慣を頑張って覚え、クレタスの社会で生きるため身分証を作り、流れに流れて現在に至っているのだ。


 例えばの話、正式に召喚されて言葉の壁もなく修行の時間なんてものを与えられたのならば、話は全く違うのだろうが。


(主人公補正ってば、それだけでチートなのな。ってか、勇者君って無事なのか)


「さぁ、二人とも急ぐわよ」


 トゥームの呼ぶ声で、三郎は束の間の思考から現実へ戻される。三郎は「ああ、急ごう」と返事を返し、シャポーを促しながら振り返ろうとした。


 だが、二人と共に教会本部へ向かおうとしたトゥームが、咄嗟に身を翻し修道の槍を構えたのを受けて三郎も足を止める。


 トゥームが鋭く見据えているのは、教会方面ではなく戦場。


 シトスやムリューも含め、グレータエルート達もトゥームと同様に戦闘態勢をとっていた。


「ほほぅ、こいつぁ面白れぇ。戦場から逃げ出そうとしてやがるから、突撃でもかましてやろうとしたんだが、殺気にはしっかりと反応するじゃねぇか」


 ニヤついた笑いを浮かべ、顔に大きな古傷のある男ラスキアス・オーガが、三郎達に向かって真っ直ぐに歩みを進めていた。


 その周囲は、側近なのだと分かる鎧をまとった機巧槍兵達が付き従っていた。


 ラスキアスの後方では、機巧槍兵とグレータエルートの激しい戦闘が繰り広げられている。


 背後の戦いを意に介す素振りも見せずに迫るその姿は、三郎達のもとへ戦場を引き連れてきたかの様にも映るのだった。


「サブロー、シャポーを連れてなるべく下がって。出来るなら、この場から離れて」


 トゥームは、三郎の方を振り向くことなく言い残すと、戦闘態勢をとっているグレータエルート達へと合流していった。


 最後に小さく「お願い」と聞こえた気がして、三郎は言葉を返すタイミングを失ってしまうのだった。


「トゥームさん」


「サブローには、戦場を離れるよう伝えたわ。盾役は一人でも多い方がいいでしょ?」


 心配そうなシトスの声に、トゥームは敵を見据えたまま答える。


「確かに、先ほど剣を交えた者達とは、違う圧を感じます。戦うにせよ退くにせよ、どちらも難しいですね」


 シトスの言葉どおり、装備の見た目だけではなく、統制の取れた隙の無い動きから手強い相手であるのは容易に想像がつく。


 その上、先の戦闘でトゥーム以外のグレータエルート達は、多対一の形を作り優勢に戦えたのだが、今回はそうもいかない。向かってきている相手は、トゥームを加えてもほぼ同数といったところだ。


「・・・中央の男は私が引き受けさせてもらうわ」


 そうすることで、グレータエルート達の連携も取りやすいだろうと考え、トゥームは一歩前に出る。


 中央の男ラスキアス・オーガは、明らかに他の兵士よりも多くの魔力エネルギーをその身から発散していた。人族としては、エネルギー量が多すぎるように感じる。


 隙の無い動きから見ても、一番腕の達つ者であることは間違いない。


「分かりました。周囲の者は我々が」


 先だっての戦いを見て、シトスはトゥームの実力を高く評価していた。そのため、トゥームの言葉を迷うことなく受け入れた。


 シトスは短く言葉を切ると、部隊へと合図を送りながら飛び出す。大地を駆け、大気を蹴って向かいゆくグレータエルート達の動きは、敵の進軍する足を止めさせた。


 トゥームもグレータエルート達とほぼ同時に、ラスキアスへと全力で駆ける。


「いい判断だ。いい判断してるぜ。俺達の後続が加わっちまう前に戦闘開始してーよな。なんたって、お前らの後ろにはお仲間がいねぇんだもんなぁ」


 ラスキアスは豪快に笑いながら、高速で迫りくるトゥームに合わせて右手に持った大剣の槍を横一線に振るった。


 並みの騎士ならば、武器の間合いの前で停止するか、修道の槍によって防ぐかするところであろう。


 だが、トゥームは加速する。


 右前方へ向けて、たった二歩程度の加速であったが、大剣の槍の内側へと滑り込む。


 トゥームを追うように迫る大剣の槍へ、修道の槍を流れるようにあてがい、振り抜かれる武器の勢いを自身の加速へ加えると、更に一歩前に出る。


(面白れぇ!!)


 ラスキアスは心の中で叫んでいた。これ程の動きをする修道騎士が、いまだに存在していた喜びの叫びだった。


 大剣の槍に抱き込まれるように動きながら、トゥームはラスキアスの喉元に向けて修道の槍を繰り出す。


 手傷を負わせる目的はない。ただ全力を込め、ただ命を刈り取るが為の一撃だ。


 ラスキアスは、振り抜く大剣の槍に力を加えると、自身の重心を左へと咄嗟に傾けて刺突の軌道上から首をずらす。


 修道の槍がラスキアスの首筋を切り裂きながら通過した。


(浅い)


 トゥームは、直感的に致命傷を与えていないと感じ取る。


 反射のみで行われたラスキアスの動きによって、頸動脈まで達するほどの致命傷を与えることが出来なかったのだ。


 トゥームは刺突の勢いのまま、大剣の槍の間合いの外へと飛び出し、身を翻し構えをとる為に大地を蹴って更に間合いをとる。


 背を見せたトゥームに対し、ラスキアスの追撃が来ると予想したがため、通常ではとらない大きな間合いをトゥームはとった。


 トゥームが正眼に修道の槍を構えた瞬間、目の前の石畳が破壊音と共に砕けて飛び散る。


 どれほどの無理な体勢から放ったれたのか、ラスキアスが通り過ぎるトゥームの背中に向けて、大上段から槍を振り下ろしていたのだ。


 石畳へと食い込んでいたのも構わずに、ラスキアスは大剣の槍を持ち上げてトゥームへ向ける。


 切っ先が触れ合うギリギリの間合いで、ラスキアスの血走った眼とトゥームの冷静な瞳が重なる。


「昔な、相手の力を巧みに受け流す修道騎士がいた」


 ラスキアスが唐突に口を開いた。視線は一直線に交錯し、切っ先は互いを牽制している。


 微かな隙が生じれば、どちらからでも踏み込みそうな張り詰めた空気の中、ラスキアスはさらに言葉を続けた。


「それとな、次の攻撃を知ってるかのように予想して動きやがる修道騎士もいた」


 ラスキアスの口角が嬉しそうに吊り上がってゆく。


「修道騎士のねーさんよ、殺しちまう前に名前をきいておこうか」


 半歩下がって大剣の槍を立てると、騎士の礼をもってラスキアスが名乗る。


 ラスキアスの両目はトゥームを見据えており、半歩の開きが踏み込む隙を殺していた。


「魔装兵団団長、機巧槍兵ラスキアス・オーガ」


「・・・修道騎士トゥーム・ヤカス・カスパード」


 トゥームは、修道の槍の穂先を軽く揺らし略式の礼をもって名乗り返した。


 だが、トゥームの名を聞いた途端、ラスキアスの口元が歪な笑いに歪められてゆく。


 その形相は、喜びを通り越し怒りにも似た表情となっていった。額に浮かび上がった血管が痛々しいほどに脈打つ。


「ああ、やっぱり血ってやつか。体が覚えて無かったら、最初の突きをまともに食らうところだったぜ」


 顔にある大きな古傷を強く撫でおろし、ラスキアスは喜びに打ち震えるかのように大剣の槍をトゥームに向けて構えなおした。

次回投稿は7月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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