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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第95話 トゥームの実力

 機巧槍兵の踏み込みは、迷いがなく鋭い。


 クレタスのどの軍よりも、攻撃に特化していると言う矜持が攻撃以外の雑念をすてさせるのが理由だ。


 更に、自身の魔力を循環させている鎧に厚い信頼を置いるため、二手三手と続くのは防御行動を考えることすらない攻撃の連続だった。


 トゥームは、絶え間なく続く攻撃を冷静な判断で防いでゆく。威力を流し、踏み込むことで速さを抑え、振り抜かせることで次の手に移る時間を僅かに遅らせる。


 トゥームの構えの微かな隙を狙い、機巧槍兵の攻撃は繰り出されてくるが、感覚を研ぎ澄まし体内魔力の循環を高めているトゥームには、その全てを捉えらることができていた。


(修道騎士と同等の腕を持つとみて間違い無いわ。微かな隙を突き、私の防御を力でこじ開けようとしてくる。技術も力も高い以上、私が攻撃へと転じた隙を狙われる可能性があるわね。部隊として安全に対処するなら、今は守備に徹するのが第一・・・)


 背後に二人の人間の気配を感じながら、トゥームは引くことが許されないという難易度の高い防戦を、焦り一つ滲ませることなく遂行している。


 トゥームは心の中で、修道騎士の本懐ともいえる『守護戦闘』であるが故、精神がいつも以上に集中できて凌ぎきれているのだと考えていた。


 目の前の敵は、トゥーム達の場所に到達するまで、激しい戦闘の中を潜り抜けてきたのは事実だ。トゥームが、必要以上の警戒をもって相対しようと判断したのは間違いのないものだった。


 だが、対する機巧槍兵は、膨れ上がる焦りを必死に抑え込みながら大剣の槍を振るっていた。


(何を考えている。貴様の腕ならば攻撃に転ずる機会なぞいくらでも作れるだろう。何を待っている。グレータエルートの動きが変わった以上の、何かがあるとでもいうのか)


 打ち込む攻撃は、その威力を完全に流され、踏み込まれることで自分が一歩も二歩も下がらなければ次の攻撃へと繋げられない。


 トゥームの防御の僅かな隙、そこへ渾身の一振りを放つも、流され、いなされ、避けられてしまう。


 見つけた隙ですら、攻撃を誘う罠なのではないかと、機巧槍兵の脳裏に疑念が貼りついてはがすことが出来なくなってゆく。


 まるで、戦闘の訓練をされているかのような、それでいて、攻撃の手を間違えれば自分の命が無いと理解できてしまう状況。


「ウォォォォォォ!!」


 堪えきれなくなった焦りを吐き出すかのように雄叫び、修道の槍をも粉砕するほど渾身の力をこめ、大剣の槍を振りおろした。


 機巧槍兵の中にあって、五本の指に入るであろう鋭さをもった自慢の一閃。


 その一撃は、掠るような金属音の後、舗装された硬い地面を砕く感触を両腕に伝えてきた。


 人を切った感覚は一切ない。


 機巧槍兵の目の前には、完全に身体を横向きに変化させ、大剣の槍を受け流すために体の前面へ修道の槍を立てた状態のトゥームが、冷静な鋭い目を自分に向けていた。


 視線が交錯した時間など、刹那の時間であったであろう。だが、そのあまりにも冷静な視線が、機巧槍兵の脳裏へと深く刻み込まれる。


「っ!ガァァァ!」


 石畳に食い込んだ大剣の槍を引き抜く勢いもそのままに、機巧槍兵はトゥームを下から上へと切り上げた。


 その動きを予想していたトゥームは、ステップを踏むように大剣の槍の攻撃範囲から逃れる。機巧槍兵と三郎達の直線上に移動すると、修道の槍を構えなおした。


「・・・これ程の修道騎士が、後詰めにいたとは」


 機巧槍兵は、誰に言うでもない呟きをもらす。


 言葉の指し示す通り、広場での戦闘が開始されてから数人の修道騎士と剣を交えて来ていた。


 どの修道騎士に対しても、噂通りの強さであると感じながら槍を振ってはいた。兵士の数で圧倒している部分も大きな要因であったが、修道騎士達の強さは『噂通り』の域を出ていないものなのだなと感じていた。


 修道の槍は、防御にも使われる武器だ。ならば、防御された分だけその『武器へ』ダメージを与えればいい。


 攻撃してくれば尚更、突出してきたその『武器へ』ダメージを与えればいい。


 機巧槍兵にとって、敵対者の装備するものすべてが破壊の対象だ。その為に魔装を与えられ、その為に訓練されてきた。


 一対一であれば、修道騎士ですら対等以上に剣を交えることができると、この戦場において実感を得ていた。


 しかしどうであろう、今、対峙している修道騎士は、武器へのダメージすら通させない戦いを当然の様に進めている。


 攻撃を予測して対処しているのはもちろんのこと、あの修道騎士はあからさまに『目で捉えてから確実に防御をしている』のだ。


(この修道騎士は、一命にかえても討ち取る)


 トゥームとの距離をじわりじわりと詰めながら、機巧槍兵は集中を高めて行く。


 間合いに入れば、全力の刺突を繰り出す。大剣の槍は避けられてしまうだろうが、硬い鎧に包まれた自らをぶつけるのが目的だ。


 それすらもかわされるならば・・・。その時、トゥームの背後にいる三郎の存在に注意がいった。


 なぜ、武器も持たない司祭の男が、戦場にいて修道騎士やグレータエルートに守られているのか。


 機巧槍兵の頭にふと疑問がわいたのだ。


(教会の要人・・・か?ならば)


「・・・行く!」


 気合の声と共に、機巧槍兵は地面を蹴った。


(やはり、その司祭を護っている)


 避ける動作へと入らないトゥームに、機巧槍兵は確信をする。


 司祭の男は護衛すべき要人だ。そして、修道騎士は自分の全力の刺突を避けることが出来ないと。


 更に一歩加速しようとした瞬間、機巧槍兵の全身を衝撃が何度となく打ち据えた。


 機巧槍兵はたまらず、地面を踏みしめて鎧に魔力を集中させる。その場から逃れようにも、あまりの衝撃に立っているのがやっとの状態となる。


 まるで、巨大な鈍器の雨が天空から降り注ぐかの様だった。


「くぁっ!」


 逃れねばと前を向いたその時、機巧槍兵の目に映ったのは、眼前に迫った修道騎士と自分の首に突き立てられた修道の槍の姿だった。


 意識を手放す瞬間、機巧槍兵は理解した。


 目の前の修道騎士は、確実に勝利するためグレータエルートの援護を待っていたのだと。




「ありがとう。援護をもらわなかったら、魔装兵の突撃を正面から受け止めなければならないところだったわ。傷を負った人は・・・いないみたいね」


 トゥームは、戻ってきたシトス達に感謝の言葉を伝えると、被害の有無を確認するように全員を見渡した。


 敵が少人数であったとはいえ、呼吸も乱れることなく無傷で勝利できたのは、この部隊の者達が優秀であるが故だと、トゥームは心の中でケータソシアに感謝する。


 三郎やシャポーの安全を考え、部隊編成をしてくれたのはケータソシアだった。


 戦場に目を向けると、今戦った者達は突出し抜け出してきた部隊だったようで、こちらを目標に向かい来る敵はいないようだった。


「トゥーム、みんな、大丈夫だったか?」


 少し遅れて、駆ける足音が二つ、トゥームのもとへ近づいてくる。足音の主の一人が、さも心配そうな声色で声をかけてきた。


「怪我を負った者はいないから、大丈夫よ。サブロー」


 トゥームは振り返ると、安心させるような表情をつくり返事を返す。


 それを見てほっとしたのか、三郎はこわばった表情を緩めて何度か頷いた。


 三郎の後ろには、若干青ざめながらも頑張って着いてきているシャポーの姿があった。戦場での殺し合いを、初めて間近に見たのだから仕方ない。


「しかし、魔装兵って言うんだっけ。遠目から見てただけだったけど、重そうな鎧を装備してるのに、凄い動きだったな。嵐のようなって表現すればいいのか・・・」


 そう言って、三郎は足元に横たわっている鎧姿の躯を見た後、自分でも気づかぬうちに目を強く閉じて両手を合わせていた。


「サブロー?」


 三郎の行動に驚いたトゥームが、怪訝な様子で三郎の名を呼んだ。


 周囲の警戒に意識を向けていたグレータエルート達も、同様に三郎へ複雑な表情を向けていた。


「あ、いや。敵・・・ではあるんだけどさ、死者に対して『安らかにお眠りください』っていう、鎮魂の願い・・・みたいなさ。説明するのちょっと難しいんだけど・・・良くない行動だったか・・・な?」


 三郎は、咄嗟に出てしまった行動だったので、慌てたように取り繕うが上手く説明が出来なかった。


 もしかすると、クレタスでは敵であった者の魂へ手を合わせるのはタブーだったのかもしれないという考えが、三郎の頭の中をよぎる。


「純粋な慰霊の念から出た行動だったのですね。直立して目を瞑り手を合わせる、見た事のない行動でしたので少し驚いただけですよ」


 シトスは、三郎の肩を軽く叩くと、問題が無い事を伝えてきた。


 他のエルート達も同様に、頷き合って周囲の警戒へ意識を戻した。


「人族においても、戦った相手に敬意を表したり、鎮魂や慰霊の気持ちを持つのはあるわ・・・でも」


 言葉を濁したトゥームへ視線を向けると、三郎を心配しながらも、たしなめるような視線とぶつかる。


 それは、三郎が『元居た世界の言葉』を使ってしまった時に見せるトゥームの表情だった。


(あ~、またやっちまった)


「・・・すまない」


 三郎は短い謝罪の言葉をトゥームに言った。


 元居た世界の言葉を使わないとは、言うなれば、あからさまな習慣や珍しいと感じ取られる行動について、尚更出してはならないことも意味する。


 戦場という特殊な状況下においても、咄嗟に出てしまうような行動に対し、三郎は十分に気を付けねばならないのだとトゥームは伝えようとしてくれているのだ。


 ましてや、死者への鎮魂の祈りという善行ともいえる行動を、トゥームは咎めるような立場をとらなければならない。


 それは、三郎が『迷い人』であると知られるだけで、様々なことの引き金になりかねないからだ。


(人族の勢力争いに巻き込まれれば大変なことになるし、魔人族に今の勇者以外にも迷い込んでいる者が居るなんてばれたら、攻め込んでくる可能性が高まるんだったよな。まして、教会に所属してるなんて今更ばれたら、勢力争いどころじゃ収まらないんじゃ・・・。って、俺ってトゥームに滅茶苦茶負担かけてるんじゃないか)


 トゥームを見れば、分かってくれたならそれでいいという表情で、微かに微笑み三郎へ頷いてみせた。


 クレタスに来た当初、手で表すジェスチャーですら、変な意味にとられかねないと気を付けていたはずなのに、気のゆるみが出ていると実感せずにはいられなかった。


(トゥームに、あんな表情させたらだめだ。もっとしっかりしろよ、良い歳したおっさんなんだから)


 三郎は、自分に喝を入れるように強く強く心に誓うのだった。


***


「火柱の見えた方へ来てみりゃぁ、司祭と修道騎士と・・・なんだ、ありゃぁ魔導師か?んでもって、それを囲んでるグレータエルートの部隊ねぇ」


 ラスキアスは、先行した機巧槍兵が乱した敵陣を、傷を広げるかのように進んでいた。


 そのラスキアスの横に、修道騎士モルーの姿は無い。ラスキアスの願いを聞いたモルーは、既に次の行動へと移り広場から姿を消していた。


「なんつーか、あの部隊は潰さねぇといけねぇって匂いがプンプンするぜ」


 いまだ、戦場の先に見える部隊を見据え、ラスキアスは口元を笑いに歪ませる。


「時間稼ぎも大事だがよ、俺の勘がアイツ等を潰すのが優先だっていいやがる」


 大剣の槍を振り回し、向かい来る精霊魔法を一気に霧散させた。


 その勢いのまま、乱戦にも関わらずついて来ている自分の直属の部下達へ、大剣の槍をもって敵の位置を指し示す。


 数こそ減ってはいるものの、いまだにその士気は高い機巧槍兵達だ。


 獲物と定められ、鬼の如き男が向かいつつあることを、三郎達はまだ知る由もなかった。

次回投稿は7月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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