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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第93話 流れを変える者

 『分権の象徴』と呼ばれる巨大な壁が、戦いの行方を見守るかのようにそびえ立っている。


 セチュバーの圧力に押されるかのように、教会とグレータエルートの軍は徐々に戦線を下げながら戦いを続けていた。


 教会側が劣勢かの様に見せながらも、修道騎士の防御とグレータエルートの素早い攻守の切り替えによって、その被害は減りつつある。


 グレータエルートの指揮官であるケータソシアが、指揮権を任され作戦を変更したのが功を奏したのだ。オルトリスの後任として指揮官となった修道騎士は、機巧槍兵の槍の前に返らぬ人となってしまっていた。


「我々が押している分けではないな」


 右手に見えた分権の象徴を一瞥し、モルーがラスキアスに声をかける。


 先ほどまで主たる戦場が王城前であったのだが、気が付けば教会までの道のりの中ほどまで攻め上がっているのが分かった。いや、進軍させられていると表現するのが正しいか、とモルーは心の中で自身の考えを訂正する。


「ああ、指揮系統が変わりやがったのか、グレータエルートと修道騎士の連動が嫌な感じだぜ。手ごたえのぇ草を、大剣で切り付けてるような感じがしやがる」


 足元に倒れている兵士の数は、明らかにセチュバー側の者が多くなっていた。不機嫌な表情を作りラスキアスはモルーに返事をよこす。


「お前が言うのなら、指揮官が変わったのだろう。面倒だな」


 モルーは、戦い全体を捉えるラスキアスの感覚を信じている。肉食動物の本能のような、悪く言えば野生の感覚とも言える戦勘いくさかんをラスキアスは備えていた。


 若い頃、侵略者の洞窟における戦闘で、何度その勘に助けられたことか。


「だがよ、第一兵団はこちら側が圧倒していると完全に思っちまってる動きだな。優勢だった状況を、引くことで立て直されつつあるってのによ」


「こちらが一度引くか」


 ラスキアスとモルーは、会話をつづけながらも襲い来るグレータエルートを退ける。


「いや、相手さんの用兵から考えて、引けば食らいついて来るだろうな。足並みをそろえねぇと、第一兵団から崩壊することになっちまう。悔しいが、俺よりも戦慣れした指揮官が相手にいるんだろうさ」


 嬉しそうに口元を歪め、ラスキアスは言う。


 そして、斬りかかってきた修練兵を、大剣の槍を振りぬいて縦に二分して答えの先を続けた。


「劣勢から抜け出そうとあがいてるところ悪りぃが、教会建屋に一度お帰り願おうじゃねぇか。広い土地ならこのまま粘れただろうが、生憎と狭い街中なんだよなぁ」


 教会本部にまで攻め込めれば、言うことは無いとラスキアスは考える。


 絶命する修練兵の瞳には、両目を大きく見開き笑っているラスキアスの鬼神の如き表情が写っていた。


***


 中央王都正門が打ち破られ、どれ程の時間がたったのだろうか。


 セチュバー宰相にして魔導師であるメドアズは、建物の屋上から戦場を見下ろして考えていた。


 先陣を切って王都へと流れ込んできたのは、意外にもドート軍であった。


 正門までの矢受けとして先導していたはずの、王国の剣ではなかったのだ。


「中央王都を開放したのはドート軍だと宣言するため・・・か。その軍の運用、勝つ為に集中できていれば被害も少なく出来ただろうに」


 正門から入ってすぐに広がるヴィービアス大道には、兵士止めや魔導式の罠等が準備してあった。まともに前線指揮がとられていれば、門を破壊した際に見えたそれらの物に警鐘を鳴らしただろう。


 だが、破壊と同時に我先にと雪崩れ込んだ軍に、冷静な判断と指揮は存在していなかったようだ。


 設置された兵士止めがフィルターとなり、セチュバー軍は苦戦を強いられることもなくドートの兵士を次々と倒してゆく。


 更には、魔導式の罠があると分かっていながらも、雪崩れ込む後続に押されて自滅する部隊すら出ていた。


「愚かとしか言えない。ただ単に『攻め込め』という指示だけが出ているとしか思えないな」


 勝機と疑わずに雪崩れ込む軍勢を、気勢と反する指揮のもと停止させるのは容易ではない。


 メドアズは、冷めた視線を破壊された正門の外へと向ける。そこには、隊列を組みなおそうとしている王国の剣が、ドート軍の流れに巻き込まれまいとしている様子が見て取れた。


 兵士止めや罠が全ての敵兵を受け止めきれるなどとは、当然メドアズは考えていなかった。実際、ドートの兵が望まずとも、攻め込むための道を体を張って切り開いている状況となっているのだ。


 設置したものが、効力を失うのも時間の問題だった。


「王国の剣が侵入次第、カルバリの軍と分断するのが最善・・・か」


 正門を再構築するタイミングを考えてひとり呟く。


 メドアズの指揮下にある第二兵団と魔導師の数は、王国の剣を十分に圧倒する兵力を持っている。ドート兵が幾ばくか加わろうとも問題は生じない。


 カルバリの軍は、再度出現した正門の破壊に終始することとなり、魔力の消耗も大きくなってゆくだろう。その上、正門前にあふれかえっている自軍の兵士に向けて、攻城魔導兵器を発動させるわけにもゆかず混乱は避けられない。


「王都内に分断した兵を駆逐次第、こちらから打って出る手もとれる。第三兵団の消耗は痛手だが、オストーとドートのゴーレム兵を引き付けられたのは幸いだったか」


 メドアズのもとには、第三兵団が劣勢となっている報告が上がっていた。オストーが、側近である力ある魔導師達を引き連れていたのが理由であった。


 しかし、ドートの奥の手と考えられるゴーレム兵を引き付け、数体の破壊を成功させているのだから善戦と言える。


 メドアズが考えるべきは、第三兵団が敗退するまでの時間であり、その時までに、いかにして確実な勝利へと導けるかのみなのだ。


 仲間の死を憂う時間など、メドアズには必要ない。


(第三兵団が、自軍の全滅を伝えられないとも考えられる。戦況報告が入らなくなった場合、想定しておかなければならないな)


 冷めた表情を崩さないメドアズであったが、第三兵団の全滅についての考えを口に出して呟くことはなかった。


***


 三郎の左手前方に、巨大な壁が王城と教会を二分している。


 ミソナファルタに接続している壁は、虫一匹通さないほどの強固さに見えた。


 最後尾にいたはずの三郎達も、戦場が圧縮されたため、前線に程ちかい位置にまで来てしまっていた。


「隙を突ければ王城へ抜けたいわね」


 真剣な表情で前方に意識を集中しているトゥームが、部隊全員に聞こえる声で言う。


 王城に囚われている中に戦える者が残っていれば、その分戦況が良くなるとの考えがあるのだ。


 周囲には、戦いの喧騒が響いてきており、自然と交わす言葉も大きくなっていた。


「それは無理かもしれません。ケータソシアの指揮で被害は抑えられているようですが、セチュバー側の戦況把握が恐ろしく早く、数の上での劣勢が今も尚つづいているようです」


 シトスから、グレータエルート達の間で交わされている情報がもたらされる。


「私達の部隊は、早めに引いた方がいいんじゃない。サブローやシャポーも居るんだし、教会の建物に一度戻るなら先に移動した方がいいかも」


「確かにそうですね。後退しながらの戦闘をこのまま続けるには、教会までの距離が短すぎます。それに、精霊の力が滞ってしまっていて、精霊魔法の減衰が思いのほか大きいようです」


 ムリューの提案に、シトスが肯定の言葉を返す。


 この戦いの全権を(一応)持っている三郎や、エルート族を救ってくれたシャポー達を消耗戦の中に突入させるわけにはいかないと考えたのだ。


「精霊の力が滞るって、あれか。人工物ばかりの街中だから、精霊本来の力が出ないってことか」


 三郎は、隣のシトスに確認するように聞いた。その表情は、嗅ぎなれない鼻につくような血の匂いに歪められている。


「少しニュアンスが異なりますが、三郎の言うとおりです。この王都の舗装された地面や建物は、魔力に傾いたエネルギーに支配されているので精霊魔法が威力を発揮しづらい環境となっています。そのうえ、建物等で自然の風の流れが歪められていて、風や大気の精霊も威力を落としているのです」


 シトスの言葉のとおり、グレータエルート達は中央王都での精霊魔法が、思った以上に弱まってしまうのを実感して戦っていた。


 風や大気の精霊においては半分程度の、草木の精霊に至っては八割方の威力がそがれてしまっている。


 そんな中にあっても、グレータエルート達は自身の体に精霊から助力を得て、インビジブルや速度の上昇を駆使しながら戦っているのだ。


 だが、自然の中にあって発揮される本来の力を出せていないのが現状であった。


「すまない。そんな状況で戦ってもらってるのは、俺の責任だよな」


「我々グレータエルートが、王都での戦闘を見通せていなかったのです。サブローが誤ることではありません」


 三郎の謝罪に、シトスが即答で返す。


 会話を三郎の頭の上で聞いていたほのかが、突然、腰に手を当てて仁王立ちで立ち上がった。


 眉間にしわを寄せた表情をして、ほのからしからぬ空気を発している。


「ん、ほのか、何かあった・・・」


「ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


 雰囲気の変化に気付いた三郎が声をかけたとたん、いつぞや森で聞いたことのある轟音を発し、ほのかが口から大きな炎の柱を立ち昇らせた。


 炎に熱せられた大気は上昇し、周囲の風の流れを強制的に引き寄せて上空へと運んで行った。


「ちょっと、どうしたの。すごい熱量だったんだけど」


 驚いたトゥームが、三郎のもとへ駆け戻り、頭の上で仁王立ちしているほのかと三郎の顔を交互に見る。


 めらめらと燃え上がる炎を両目にたたえ、ほのかは険しい表情を崩そうともしない。


「いや、何だか突然ほのかが不機嫌さんになっちゃって。自然の流れがないなら自分で引き寄せなさいって感じに、精霊達に怒鳴った・・・みたいだ」


 三郎も、動揺の隠せない様子でトゥームに答えを返す。自分の頭上から巨大な火柱が立ち昇ったのだから、その動揺も仕方ない。


 ほのかの引き寄せた大気の流れを維持するように、精霊達の動きが変化しているのをグレータエルート達は気づき始めていた。

次回投稿は6月23日(日曜日)の夜に予定しています。

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