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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第92話 消耗戦へ

「オルトリスが負傷して、戦線を離れたみたい・・・。指揮官の変更が伝えられているわ」


 トゥームが、左胸に備えたゲージへ入った情報を読み取り、三郎に伝えた。


 教会とグレータエルートの両軍では、迅速な戦況の把握を行うため、ゲージによって情報共有がとられている。王城前に第一兵団と魔装兵団が展開している、との情報の後に入っていたのが、トゥームの言葉にある情報だった。


「オルトリスって、副騎士団長の人のことだよな。修道騎士の中でも相当強い人なんだろ。何かあったのか」


 戦いの音も響いてきていない様子だったので、三郎は何らかのトラブルが起きたのではと思いトゥームに問い返す。


 その問いと同時に、ゲージへ目を向けていたトゥームの表情が険しいものへと変化した。


「モルー高司祭様が、オルトリスを負傷させたようだわ。我々の敵として、セチュバー側に付いたそうよ・・・」


「え、修道騎士で高司祭でもあるって程の立場の人が、裏切るなんてありえるのか」


 三郎の問いに、トゥームは真剣さを増した真っ直ぐな視線を返す。


「恐らく『信念の置所の違い』があったのかもしれない」


「信念の置所」と、三郎がトゥームの言葉を繰り返して問う。


「例えば、サブローが教会と対立することがあった場合、私がサブローを正しいと判断していれば、私は『修道騎士として』サブローと共に教会と対立する立場をとるわ」


 三郎は、眉根を寄せて「ふむふむ」と頷き返す。


「一修道騎士である私の単なる理想論かもしれないけれど、モルー高司祭・・・いえ、モルー卿も、何ら故あっての行動なんだと考えるわ」


 真剣な表情を変えずに言ったトゥームの言葉には、修道騎士たちがモルーの背中へと咄嗟に斬りかかれなかった理由が含まれていた。


 平和を重んずる『教え』を学び、教会でも一握りしかなれない修道騎士となりえた者が、理由なく裏切るという行動をとるとは考えられないのだ。


「でも、どんな理由が存在しようとも、今は私達の敵である事に変わりはない」


 そう言って前を向いたトゥームの横顔が、普段通りの表情であるのを見て、三郎は『意外とあっさりしたものなんだな』と考えていた。幼馴染の負傷、知った者の裏切りがあったのだから、自分がトゥームの立場だったらここまで冷静でいられるだろうかと思ったのだ。


(そんなもんなのかね・・・)


 少しばかり、胸の奥に引っかかる物を感じながらも、三郎は自分を納得させるかのような言葉を心の中で呟いた。


「そういえば、シトス達が居たにもかかわらず、モルーさんはよく真実の耳で気付かれなかったよな」


 ふと湧いた疑問が、三郎の口をつく。


 会話の相槌からでも、感情を聞きとることのできるエルート達がいたのだ。裏切りなどという心情が、誰かに聴かれていても不思議ではなかったのではないだろうか。


「確かにそうですね。一つとしては、トゥームさんの言う所の『信念』だけが聴こえていたのかもしれません。そのモルーという人物が、邪念を抱かずに、ただ真っ直ぐな信念のもと行動していたのでしたら、単純に信念の強い人物として聞こえていたと考えられます。が、我々が聞き損じたという可能性は低いでしょう。少なくともエルート族の増援に対し、裏切っている者が負の感情を全く抱かないというのは無理でしょうからね」


 三郎の問いにシトスが一つの答えを返す。


「もう一つ考えられるとするならば、我々の真実の耳を理解したうえで、意図的に会話を持たないようにしていたのではないでしょうか。参戦される高司祭殿について、無口な方だとの話も伺っていましたからね」


「モルー卿が修道騎士団と合流したのは、出陣直前だったし、コムリットロアの代表としてご挨拶してくださったのは、エンガナ高司祭様だったものね」


 トゥームは、シトスが二つ目にあげた可能性について、裏付けをするかのように後を続けた。


「そこまで警戒させるって、真実の耳は、やっぱりすごい能力なんだな」


 人族が、相手の表情から感情を読み取るように、声色から感情を聴き取るのだと聞かされてはいるが、その技能が段違いに高いのではないかと三郎は再認識するのだった。


「トゥームさんの言葉をかりる様ですが、我々エルート族もサブローから信ずるに足る響きを聞き取っていれば、友として並び立ちますので、変に気を使わないでください」


 シトスは少しだけ表情を崩すと、三郎の言葉から響いた『わずかな警戒心』をほぐすように言った。


「まぁ、これだけ会話しといて、今更気を使った所でどうしようもないだろうなぁ」


 乾いた笑いを浮かべ、三郎はシトスに返事を返した。


(ってか、トゥームが正しいって判断できなかったら、俺はどうなるんだ。何だか前に、命をかけてとか何とか言われたような気がするけど、どうだったかな)


 三郎の心を知ってか知らずか、タイミングよくトゥームが修道の槍を抱えなおした。その様子をみて、今は聞かないでおこうと三郎は思いなおすのだった。


 教会とセチュバーの軍勢が、戦闘を開始した音が徐々に広がり、大気を震わせはじめていた。




「修道騎士ってヤツは、この程度の手ごたえなのかよ。モルーだの、セチュバーに赴任してきていたヤツ等から考えて、もーっと強ええと思ってたんだがなぁ」


 口元に笑いを浮かべ、ラスキアス・オーガは大剣の槍を横薙ぎに振り払った。腰を入れて全力を込めた一閃だ。


 修道の槍で防御を試みた修道騎士二人が、その圧力を受けて後方へと飛ばされる。槍のヴァンプレート部は、魔力を流して強化していたものの、大きくひしゃげてしまっていた。


「・・・」


 ラスキアスの横で、モルーは黙々と修道の槍を振るっていた。


 翔底我ショウテイガと呼ばれる、修道騎士の技を使いこなし、向かい来る者達を完全に圧倒している。モルーの操る槍の前に、二人の修道騎士が命を落とし、数名の修練兵が動かぬ躯と化していた。


 そんな戦いの中にあって、モルーは冷静に周囲の戦況も分析していた。


 機巧槍兵の実力は、修道騎士とほぼ互角であると見てとれる。防御を巧みに織り交ぜて戦っている分、修道騎士の被害のほうが少なく見えるが、その総数において機巧槍兵が勝っているので優勢であると判断できた。


 第一兵団を合わせたセチュバーの軍は、グレータエルートを含める教会の兵力の倍以上は存在し、数の上では優位な状況と言えるだろう。現に、修練兵へ与えている被害は、かなりのものとなっている。


「このまま、余裕でおしきれそうじゃねぇか。さっさと片付けて、メドアズの坊やを助けに行って、でかい貸しを作ってやろうぜ・・・っと」


 突き飛ばされた修道騎士の一人が、ラスキアスへ鋭い刺突を放った。それをすくい上げる様に、ラスキアスは大剣の槍を振り上げる。


 修道の槍を弾き上げられ修道騎士の胴に隙が生じ、機を逃すことなくラスキアスが横薙ぎに胴を狙う。


 修道騎士は後方へ逃れようと地面を蹴るが、大剣の槍が追尾するかの軌跡を描き、腹部への致命の一撃を与えた。修道騎士から、絶命の声が発せられる。


「まだ、余裕だと考えない方がいいぞ」


 頭上で大剣の槍を二度ほど振り回し、正面に向けて構えをとりなおしたラスキアスに対し、モルーが指摘するように言った。


「まぁ、確かに、グレータエルートと剣を交えてねぇからな。しかし、この状況なら数の差もでかくなって、グレータエルートと言えども容易くは俺達を抜けねぇだろ」


 しかしその時、セチュバーの軍に異変が起こる。


 グレータエルートの操る精霊魔法が飛来し、数人のセチュバー兵を吹き飛ばしたのだ。更に、姿の見えない何者かが、教会とセチュバーの兵が戦う中へと加わってきていた。


 ラスキアスは、自分に向けられた殺気を感じ取り、大剣の槍を縦に構えて見えない刃を受け止める。鈍い金属音と共に、鋭い衝撃が武器を伝ってラスキアスの手に届いた。


「インビジブル!姿を隠した兵が紛れ込みやがったぞ。対インビジブル戦!」


 ラスキアスの指示が飛ぶと、機巧槍兵を筆頭にセチュバーの軍が敵への対応を速やかに開始した。


 混乱したと呼べる時間もないほどに、迅速に態勢が立て直される。


「隙をついたつもりだったが、良く受け止めたものだ。統率力もかなりのものか。軍の練度も高い」


 ラスキアスの目の前の空間が微かに揺らぎ、そこからラスキアスとセチュバー軍への素直な称賛の声が響く。


「そちらさんも大したものだよ、このオレに防御をとらせたんだ。自慢していいぜ」


 大剣の槍を強く押し出し、揺らぎのある空間が後方へ飛んだ着地点に合わせ、素早い横薙ぎの一撃を振るう。


 しかし、敵を切り裂く手ごたえは返ってこず、大剣の槍は空をきった。


「ほう、さっさと引きやがった、なかなかいい判断じゃねぇか。気配を感じ取られてりゃ、見えてるのと同じだからな。それよりも、一度引いて『見えない敵が表れる』と思わせといた方が有益だわなぁ」


 口元に大きな笑いを浮かべながら、ラスキアスは言った。


 これを境に、戦は消耗戦の様相を強めてゆくこととなる。

次回投稿は6月16日(日曜日)の夜に予定しています。

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