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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第89話 閉ざしの間

 中央王都正門の防衛構造について、数日という短期間で構成配列や法陣の改編をおこなえるほどの優秀な魔導師の数は限られる。


 その一人に入るであろう男が、王都の防衛局でセチュバー軍の指揮をとっていた。守衛国家セチュバーの宰相メドアズである。


 防衛局は、正門にほど近い地下にあり、正門を含め防壁の運用を一括管理している場所だ。


「メドアズ宰相、カルバリの攻城魔導兵器が、正門に対し攻撃を開始しました。第三兵団は、未確認のゴーレム一体を破壊。しかし、カルバリのオストー王が指揮と魔導補助に入っており、押し切れていないとのことです」


「攻城魔導兵器は、稼働前に潰せれば良かったんだが。王国の剣やカルバリ魔導師団が存外優秀だったというところか。第三兵団の被害状況は」


「ゴーレムとの戦闘で、魔装重兵を三体失っています。他、魔装兵の被害は著しいものではないとの報告を受けています」


「さて・・・ドートの『お人形』一体と我が魔装重兵三体の交換は、果たして重いと見ればよいか、軽いと見ればよいのか」


 無表情に言ったメドアズの横顔を、情報将校の男は黙って見守った。


 メドアズの脳内では、立体的な戦場のイメージが浮かんでおり、上げられた報告を受けて随時更新をかけていた。思考領域に仮初の空間を構築できるという、魔導師ならではの状況整理方法といえるものだ。


 現在、第三兵団には、ゴーレムを十機以上も破壊できる戦力があるとメドアズは結論付ける。オストーの魔導補助が未知数だが、人族の魔導師一人が保有する魔力を考え、戦闘が長引けばセチュバー側の優位へと傾くだろうと予想ができた。


 しかし、第三兵団の全滅も視野に入れて動かねばならないとも、メドアズは同時に考えるのだった。


「作戦は継続するよう伝えろ。私はこの場を離れ、前線指揮をとる」


「はっ!」


 情報将校の返事を聞き、メドアズは踵を返して足早に防衛局を後にした。


 正門が破壊され、ドートやカルバリの兵が雪崩れ込んできたとしても、王都までの坂によって隊列は伸びきっている。


 如何に兵力差があろうとも、正門というフィルターを上手く利用出来れば、セチュバー側が劣勢になることは無い。その為には、メドアズが逐次指示を与え、セチュバーの軍を一つの生き物の様に動かさねばならないと考えていた。


「それに、あの男が準備した門の再構築もある。エネルギー的に一度しか発動できないが、タイミングさえ違わなければセチュバーの優勢は揺るぎないものになる」


 そう呟くと、メドアズの脳裏に五十も過ぎた壮年の『あの男』の顔が不意に思い出された。考えを読み取る事の出来ない、暗い瞳が印象に残る白髪の男の顔だ。


(軍事技術の為に、人体実験を繰り返すという犯罪行為を犯した男ではあるが、ここまであの男の技術が役立ったのは認めねばならないか。テスニスの工作が、その人体実験から出た産物だと知っていて、利用している私も共犯なのだろうな)


 長い廊下に足音を響かせながら、同じ魔導師として名を呼ぶことすら嫌悪を抱く『あの男』について、メドアズは思考を巡らせる。


 流刑地であるエネルギー結晶鉱山に幽閉してはいるが、それでもその存在が不気味に思えるのは気のせいだろうか・・・と。


(体内魔力を乱され、魔法の使えなくなった魔導師など、魔導師見習い以下。ただの人と変わらないか)


 メドアズは、杞憂を振り払うかのように頭を振ると、大きく息を吸い込み戦へと意識の集中を戻すのだった。


 その思いが、虫の知らせにも似た『予感』であるとも知らずに。



***



 精霊達の発する淡い光を頼りに、三郎達は暗い断層の隙間を登っていた。


 幾つもの急な傾斜が立ちふさがってはいたが、グレータエルート達の設置する足場により、行軍はいたってスムーズだと言える。


 数日の雨の影響で、地盤に水が浸透している恐れも考えられた。しかし、中央王都の治水が非常に優秀なためか、断層道内部に水が溜まっていなかったのは、人族の者にとって幸いであった。


「そろそろ、教会の地下に到達するくらいじゃないかしら」


 声が必要以上に響くため、トゥームは後ろを歩く三郎に小声で話しかける。


「はぁ、はぁ、そう、だと、ありがたい。そろそろ、足が、けっこう・・・はぁ」


 三郎も、小声で返そうと努力するが、乱れた呼吸がそれを許してはくれなかった。


 日頃からの運動不足も祟り、急な坂を上り続けるのは、おっさんにはキツい。


「サブローさま、がんばってくださいです。もう少しなのですよ」


 三郎の後ろから声をかけて来るシャポーからは、魔導師だというのにも関わらず余裕が感じられる。それもひとえに、体内魔力の循環を上手く行えれば違うのだということの表れだった。


 ほのかのおかげで、精霊力と呼べる多量のエネルギーが三郎の中にもあるにはあるのだが、上手く使えなければ意味が無いのである。


「ぱぁ!」


「はひぃ、二人ともありがとう。はぁ、はぁ」


 ほのかも淡い光を放って行軍を助けながら、三郎にエールを送ってくれるのだった。


 前方を行くグレータエルート達が、出口を掘り起こす作業を開始すると、三郎が呼吸を整え終わる程の束の間の休息をとることができた。


 掘り起こされた出口の先には、小さなホールほどの空間が開けていた。


 左右の壁は、自然に出来た空洞がそのまま残されていたが、天井と奥の壁が人工の構造物となっている。


 その奥の壁の中央に、両開きの重厚な金属製の扉が設置されており、教会の印や文字が装飾豊かに彫り込まれていた。目を凝らせば、人工物である天井や壁にも、細かな装飾がなされているのに気付いただろう。


 漂う精霊達の光が、無機質な空間を幻想的な遺跡の様に照らしていた。


「はわ~天井と奥の壁、それに扉から、強い防御魔法が感じられるのです。魔導師の使う魔法とは異なるので、これは教会魔法なのですね。そうするとです、ここが『閉ざしの間』ということになるのでしょうか」


「閉ざしの間はあの先よ。扉に見覚えがあるもの。実際のところ、扉の先がこんな風になってるなんて知らなかったのだけれどね」


 シャポーの質問に、トゥームが左右に首を振って答える。


 修道騎士は任命されると、お披露目の際に、閉ざしの間へも案内されてその意味を説明されるのだ。


 任命されて日の浅いトゥームにとって、まだ新しい記憶の中に扉の姿が残っていた。


 グレータエルート達は、ホール内が安全だと確認すると、三郎達に道を譲るように後方へ動いていた。


「エンガナ高司祭様には連絡を入れているから、到着したと伝えれば扉の解錠をしてくれるはずよ」


 トゥームは扉の前まで来ると、自分のゲージを取り出しながら三郎に言った。


 ゲージを操作しようとした瞬間、扉から連続した高音が何重にも響き始める。


「うぉ。何だ!」


 驚いた三郎が声を上げると同時に、トゥームが三郎を護るように修道の槍を身構えた。


 近くに来ていた修道騎士たちも槍を構え、グレータエルートも攻撃に備える。


 重たい金属音を響かせながら、ゆっくりと両開きの扉が三郎達に向けて開きだした。


「あらあら、皆さん険しい表情で、大変な道だったでしょう」


 そこに立っていたのは、柔和な笑顔をたたえたエンガナ高司祭、その人であった。


「エンガナ高司祭様・・・私から連絡を入れる前だったのですが」


 トゥームが目を丸くして驚きの言葉を口にする。


「ふふふ、驚かせてしまったかしら。そちらの小さいホールは、誰かが入ってきたら感知できる仕組みになっているのよ。とても便利よね」


 嬉しそうに笑うエンガナの周りには、数名の修道騎士と秘書官の女性が伴われていた。


「頼もしい人たちが大勢来てくださって、教会の者として感謝の言葉を言わなければならないわね」


 エンガナは、閉ざしの間から歩み出ると、トゥームやシャポーの肩を優しく抱きしめる。


 そして、三郎の胸に手をあて感謝の言葉を口にするのだった。

次回投稿は5月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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