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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第8話 西から来る魔獣

「サブローさん、鎧戸閉めてきてもらっていいですか」


 ラルカが夕食をダイニングテーブルに並べながら、手伝っていた三郎に言った。


「おお、忘れてた。了解、了解」


 三郎は返事を返すと、手を止めて玄関へと歩いていく。生活の場と聖堂の間を廊下が隔てており、その先に外へ出る玄関がある。聖堂の入り口とは異なり、日常生活で使っている出入り口はこちらの玄関だ。


「だいぶ、日も長く、なってきたな」


 玄関から出ると、まだ微かに明るい空を見上げて三郎は呟く。鎧戸は部屋の中から閉めることも出来るのだが、初夏の時期になると窓の明かりに寄せられた虫が室内に入り込んでしまうため、季節がら外から鎧戸を閉めた後に内側の鍵を掛けるのが常識となっている。


 三郎は慣れた様子で、聖堂やダイニングなどの鎧戸を閉めて回った。


 公園の外に目を向けると、町が人々で賑わっている様子が木々の間から遠目に確認できた。公園の真ん中に建つ教会が薄明かりに沈み、まるで別空間の様に三郎には感じられる。


「都会のオアシス、ってほどソルジは、都会でも無いのかな」


 不意に三郎は、この教会が今の自分の心のり所となっている事に気がついた。数日後、中央王都への長旅に出る為、そんな思いを三郎に抱かせたのかもしれない。


 頭をぽりぽりと掻きながら、室内に戻っていく。三郎は、妙に感傷的になっている自分に気恥ずかしさを覚えていた。


 リビングに戻ると、夕食の支度が終わっており、待ちわびたティエニが声を上げる。


「おっちゃん、遅いよー」


「わるい、わるい」


 ティエニの横である定位置に、三郎は急いで腰を落ち着ける。三郎の着席を確認したスルクロークが、食事の挨拶をすると皆もそれにならい復唱した。


 夕食が始まると、三郎とトゥームが中央王都に身分証を作りに行く話題で持ちきりとなった。


 それは夕方、スルクロークがリビングに教会の全員を集めて、二人が旅に出る話をしたからだった。最初、子供達は突然の話に驚いていたが、スルクロークやトゥームが丁寧に説明をすると、三郎に激励の言葉をかけてくれた。


 三郎はそんな様子をみていて、ティエニとリケとラルカの三人をただ子供として扱うのではなく、きちんとソルジの教会の一員として話をしているのだと感じ、三郎自身もその姿勢を見習っていこうと感心した。


 いくら必要に迫られて中央王都の教会に行かなければならないとは言え、懐いている大人が二人も長い旅に出てしまうのは、子供達にとってみれば一大事なのだから。


「中央王都はね、すっごく綺麗なんだよ」


 三郎がスープを口に運んでいると、ラルカが懐かしそうに話をしてくる。ラルカの両親は、規模は小さいながらも堅実な商人としてソルジで評価が高かった。中央王都のエネルギー結晶とソルジの良質な魚を主に商っていたのだと、三郎は聞かされていた。


「そうか、ラルカは、中央王都に行った事、あるんだな」


 ラルカの両親の話に触れそうだったので、三郎は一瞬戸惑ったのだが、そのままラルカの話に合わせる事にして返事を返した。懐かしそうに話すラルカの表情から、暗い雰囲気を感じなかったからだ。


 三年ほど前、ラルカとラルカの両親は中央王都からソルジに向かう旅の途中、数匹の魔獣に襲われてしまった。奇跡的にラルカは無事だったのだが、両親は帰らぬ人となっていた。その為、独りになってしまい身寄りの無かったラルカは、ソルジの教会で引き取られる事となったのだ。


「こう見えても、クレタスで行った事のない場所はないんだよ」


 ラルカは自慢げに胸を張って、三郎に言った。三郎は素直に「すごいな」と感嘆の声を返す。


「って言っても、私は小さかったから記憶なんてなくて、お父さんとお母さんがそう言ってただけなんだけどね」


 三郎は、照れるように笑いながら言うラルカを見て、まだ十二歳の少女が両親の思い出話をする場面に複雑な気持ちになってしまった。しかし、普段と変わらない様子で話をしているラルカに対し、大人である三郎が複雑な気持ちを表情に出すのは情け無い事だと考え、普通に話すように気をつける。


「そうか、ラルカも将来は、商人になろうって、考えてたり、するのかい」


 ティエニが漁師になると言っていた事を思い出し、三郎はラルカも親のやっていた仕事に就きたいと考えてるのだろうかと思い聞いてみる。


「私はね⋯⋯トゥームお姉ちゃんみたいに、人を護れる修道騎士になりたいと思ってるの」


 ラルカは逡巡した後に、少し恥ずかしそうな、それでいて意思の硬い表情ではっきりと言った。


「ラルカなら立派な騎士になれると思うわ。でも、私はまだ、修道騎士じゃないから、今度来る騎士達を見て目標にしたらいいんじゃない?」


 トゥームはラルカの気持ちを汲んで、優しく後押しするように言葉をかける。


「いいの、私はトゥームお姉ちゃんを目標にするって決めたんだもん」


 先日、ラルカが学校の剣術教練の授業で、先生に褒められたと嬉しそうに話しをしていたのを三郎は思い出した。


 ラルカはスルクロークに許可をもらって、教会の地下倉庫から自分の体に合った小ぶりのブロードソードをかりている。そして、トゥームに見てもらえる時だけ剣の練習をして良いと許しを得ていた。


 三郎も時折、その練習風景を見に行ったりしており『剣道少女だ』などと思いながらぼんやり眺めていたりする。


「修道騎士か、オレも、見てみたいな。早く、来るといいな」


 三郎はソルジの警備兵くらいにしか会う機会が無く、騎士と呼ばれる人々には、いまだにお目にかかったことが無い。トゥームも修練兵と呼ばれる兵士ではあるのだが、身なりが修道女なので三郎にはトゥームが兵士だという感覚が殆ど無かった。


「そうですね。私としても、警備隊と漁師達の関係が大分悪くなっていますから、早急に修道騎士が到着してくれると魔獣問題も一先ひとまず落ち着いてくれるので助かる所です」


 三郎の「早く」と言う言葉に対し、スルクロークが同意を示す。スルクロークは夕刻前に教会の執務室において、ソルジの町長と漁師組合の組合長、そこに警備隊の主任を加えた四名での会合を行っていた。


 町長と組合長は、町の安全のため漁師達が持ち回りで警護団を組織して警備に参加している現状を、苛立たし気に話した。思うように漁へ出られていない漁師達から不満が出ているのだ。警備隊に不安さえ無ければ、こんな状況にはなっていないだろうと、警備隊の主任を口々に責め立てた。


 本来なら、警備隊からは隊長が会合に参加するはずだった。だが、副隊長を代理に立てるでもなく、なんと更に下である()()を出席させてきたのだ。主任は会合中「自分では分かりかねます」と頭を下げるばかりで、町長や組合長の苛立ちを増長させたのは言うまでもない。


 ソルジ警備隊に所属している者の多くは、高官や貴族の子息ばかりであった。


 平和なソルジの警備隊に所属させる事で安全に軍歴を付ける事ができ、後々中央王都へ戻た時にその軍歴が出世に役立つのだ。


 警備隊の幹部達は、魔獣探索などに隊員をかり出されて万が一にも命を落とされたら自分達の立場が危うくなってしまうため、命に関わらない様な任務だけで抑えておきたいのが本音なのである。


 会合の最後には、西門の警備が手薄いと言う具体的な話まで出ていたのだが、警備隊主任は頼りない言葉ばかりで解決には至っていない様子だった。


「スルクロークさんが、修道騎士を、要請してなかったら、会合は更に、大変だったんでしょうね」


「いやはや、まったくですよ」


 苦笑いしながら言う三郎に対し、スルクロークは穏やかに笑いながら返事を返す。


 三郎としては、会合後の町長と組合長が、肩を怒らせながら帰っていくさまを見ていたのでとても大変だったのだろうと思ていたが、スルクロークの返事が穏やか過ぎて拍子抜けしてしまうのだった。


 その後も、中央王都のお土産は何が良いだの、道中の宿は何所が良いだのと話が弾んでいたのだが、唐突に来客を告げる鐘の音が何度も何度も響き渡り、穏やかな夕食の時間を停止させた。


 普段と様子の違う雰囲気に、トゥームとラルカが逸早いちはやく玄関に向かう。ティエニとリケも食事の手を止めて、大人しくなってしまっていた。


「何か、あったの、でしょうか?」


 三郎は、突然張り詰めた空気に我慢しきれず、スルクロークに尋ねた。玄関の方で、話し声がしているのは分かるが内容までは聞き取れない。


「こんな時間ですからね、大事でなければよいのですが」


 スルクロークはそう言うと、様子を見に行くために立ち上がり、三郎にティエニとリケをお願いしますと伝える。三郎が頷き返したその時、リビングにトゥームとラルカに手をかりて、荒い息をついている若者が入ってきた。


 彼の名前はヤッカと言い、漁師の若衆のひとりで三郎とも面識のある人物だ。普段は爽やかな好青年なのだが、その表情は険しく引きつっているようにも見える。全速力で走ってきたのであろうか、肩で息をしており、大粒の汗が額から流れ落ちていた。


「スッ、スルクローク司祭様!西門に魔獣が、魔獣が何匹も向かってきてるんです!警備のヤツ、門も閉じれないヤツばっかりで!」


 ヤッカはスルクロークの顔を見た途端、せきを切ったように言葉を並べ立てる。スルクロークは落ち着いて話してくださいと促し、ラルカに水を持ってきてくれるようお願いした。


 ラルカが急いで水を持って来ると、ヤッカは受け取りざま一気に飲み干す。


 そして、西門で魔獣との戦闘が始まっているかもしれないのだと話しはじめた。

次回投降は10月22日(日曜日)の夜の予定です。

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