第85話 大地と炎を司る
「ぱっぱっぱっぱぁ~♪ぱっぱっぱっぱぁ~♪」
三郎の頭の上で、ほのかが楽しそうに手拍子を打ちながら足踏みをしている。
(これって、調べてくれてるんだよな。ただ、楽しいからやってるだけじゃないよな)
若干の不安を抱えながらも、三郎は大人しくしていた。全員の視線が三郎とほのかに集中しているので、どんな表情でいればよいのか分からず、自分の瞬きの回数が多くなるのを三郎は感じてしまうのだった。
グレータエルート達は、ほのかの行動を真剣な面持ちで見守っている。それに対し、シャポー以外の人族は少しばかり不安げな表情で口をつぐんでいた。
シャポーは当然ながら、目を輝かせてほのかと三郎の様子を食い入るように観察している。
(ほのか、皆の注目が集まって楽しくなっちゃっただけじゃないわよね。その動きには、意味があるのよね)
トゥームにおいては、三郎とほぼほぼ同じ思いが頭をよぎっての表情であったのだが。
「ぱっぱっぱっぱぁ~♪ぱっぱっぱっぱぁ~♪」
仮設の屋根に落ちる静かな雨音の下、シュールな空気となった話し合いの場に、ほのかの楽し気な手拍子と声が響いていた。
しかし、三郎とトゥームの心配を他所に、それは静かに起こる。
変化にいち早く気付いたのは、グレータエルートの指揮官であるケータソシアだった。
「大地の精霊が、精霊力を増して・・・っ!」
息をのむように言葉を切ったケータソシアが、周辺の大地の変化に慌てた様子で注意を払う。
中腰の姿勢となったケータソシアの額から、大粒の汗が一筋流れ落ちた。
他の者達も、ケータソシアの様子に気付き周辺に広がる大地へと目を向ける。
大地からは、帽子を目深にかぶった小太りの精霊が、地面からのそりと現れるところだった。背丈にして、人の膝程しかなく、小人と呼ぶにふさわしい見た目をしている。
茶系の色で統一された見た目から、この小人達が大地の精霊の一種であることが、三郎にも何となく察することができた。
「地の上位精霊ベラヒアモス。岩石層を司る精霊が、地表に姿を見せるなんて。それも、こんなに多くの存在が同時に・・・」
数にして八人のベラヒアモスを前に、ケータソシアは、信じられないとでも言うように、額に手を当てたまま目を見開いて呟いた。その言葉を聞いて、グレータエルート達の間からもざわめきが起こる。
ベラヒアモス達は、周囲をキョロキョロと見回したり、その場で座って一息ついたり、ほのかに向けて手を振ったりと、思い思いの様子で過ごしている。
ほのかも、ベラヒアモスに手を振り返しながら満足そうな顔をしていた。
「岩石層を司る?」
グレータエルート達の狼狽ぶりに置いて行かれながらも、三郎はケータソシアの言った聞きなれない単語を口にする。その呟きに気付いたシャポーが、爛々と輝かせる瞳もそのままに、三郎へ勢いよく振り向いた。
「岩石層とはですね、私達の生きている大地の表層部分である『地殻』の更に内側にある部分の事を言っているのです。非常に地中深くなので、高位の魔導地質学者の論文でしか知ることができないのですが、構成している鉱物の違いなどで、上部と下部に分けられて呼ばれたりもするそうなのです。更にその下には、外核と呼ばれる高温高圧の層があり、更にさらに、内核と呼ばれる剛性の高い部分も存在するとのことなのですよ。内核とはすなわち、この大地の中心のことなのです。一説によれば、更にその中心となる魔力エネルギーコアが存在すると言われているのですが、あくまで仮説にすぎないのです」
(岩石層ってのは、マントルのことを言ってるのか。ってことは、ベラヒアモスってのは、マントルの精霊ってことでいいんだろうな)
三郎は、シャポーの説明を、自分の知識に置き換えて納得して頷いた。
「さすが、シャポペディア様ってところだな。ありがとう」
「ぺでぃあ?」
三郎がお礼で言った言葉に、今度はシャポーが首をかしげる。
「あー、それはだな、オレの生まれ育った場所で、教育とか学習って意味を持つ単語を語源とした言葉・・・だった・・・かな」
シャポーに説明をしている途中で、自分の横顔へ向けられた突き刺す様な視線に気づき、三郎は言葉の最後をすぼめた。
振り向くと「またか」と言いたげな目をしたトゥームと目が合う。子供をたしなめるように、トゥームは首を横に振って見せた。
(またやっちまった『元居た世界の言葉を使わない』だったよな。はい、本当にごめんなさい)
三郎は、トゥームに愛想笑いで誤魔化しながら、心の中で謝るのだった。
「シャポーは、サブローさまの学習に役立っていると言うことなのですね!シャポーは、これからもがんばるのです。えへへ」
嬉しそうにしているシャポーにも、他所で言わない様に後で伝えておこうと反省する三郎であった。
ほのかが、呼び出したベラヒアモス達に指示を出すと、小太りの精霊達は駆け足で中央王都方面に向かっていった。
お世辞にも、足が速いとは言えないその後ろ姿は「大丈夫かな?」という不安感を三郎に与えた。
しかし、ベラヒアモスは、数歩走ったあと飛び上がると、その姿を地中へと消したのだった。
「ベラヒアモスが、地上の争いごとに協力してくれるなんて、初めて聞きました。争いを好まぬ温厚な性質をしているので、戦いにおいては勿論のこと、その上位性からも呼び出すのは困難だと言われているのですよ」
座り直したケータソシアが、力の抜けた様子で三郎に言った。心なしか、他のグレータエルート達も緊張から解放されたような表情をしている。
唐突に、強大な力を持った精霊に囲まれたので、それは仕方ないことだった。
「ぱぁぁぱぁぁぱっぱっぱぁ」
「えっと、一番早く調べてくれそうな強い子達に、声をかけたみたいです。『調べるだけならいいよ』って言ってくれたみたいですね」
三郎が、ほのかの言葉をケータソシアに伝える。
「ソルジへ向かった者達が聞いたら、羨ましがられてしまうでしょうね。大地の最上位とも言えるベラヒアモスを、見る機会などありませんから」
シトスは、他のグレータエルート達とは違い、緊張していた様子もない穏やかな表情で笑いながら言う。
そう言えば、ソルジに向かってくれたのは大地の精霊と親交の深い精鋭達だったなと、三郎はシトスの言葉で思い出していた。
「シトス殿、ベラヒアモスほどの精霊に囲まれて、よく冷静でいられましたね。私は、必要以上に緊張してしまいましたよ」
別の部隊長が、そんなシトスの様子を見て苦笑い混じりに言った。
「精霊の使役者がサブローでしたからね。安心こそすれど、緊張する理由がありませんでしたから」
シトスは笑顔で返した。
「しかし、サブロー殿が大地の精霊とも親交が深いとは思っておりませんでした。改めて、深い敬意を覚える所です」
ケータソシアが三郎に向けて、それまでとは明らかに違った親しみの込もった視線と口調で言う。
エルート族であれば、純粋に尊敬の念が強くなったのだと、声の響きで分かる所ではあった。だが、真実の耳を持たないトゥームの眉がピクリと動いた。
「大地の精霊に知り合いはいませんよ。ベラヒアモス達だって、ほのかが声をかけてくれたから協力してくれたんですし」
三郎が、まいったねと言いたげに頭を掻きながら答える。
「えっと、ほのかさんは、その外見や精霊力から、炎の精霊もしくは熱を司る精霊かと思っていたのですが・・・」
「エルート族の族長であるイーバさん達に確認してもらったところ、ほのかは地核にも似たエネルギーを備えているとのことでしたが」
三郎が、グランルート族の族長や、エルート族の長達に言われたことを思い出しながら伝える。
ピアラタにおいて、長達がほのかを確認した後に、エルート族全体へ周知させることになっていたのではなかったかと、三郎は記憶をたどる。
「地殻・・・ですか?」
「地核です」
ケータソシアが、大地の表層を手で表現しながら疑問形で聞き返すのに対し、三郎が中心核を表現するジェスチャーで答えた。
グレータエルート達の間に、新たなどよめきが走り抜ける。シトスも同様であったようで、これには驚いた顔をしていた。
シトス達によれば、ほのかが地核の始原精霊ならば、炎と大地の高い精霊性を備えているので、ベラヒアモスが協力してくれたのも納得がいくとのことであった。
褒められたと思ったほのかが、三郎の頭の上で、どや顔でふんぞり返ってみせた。
「ふふふ、こんな大切な情報を、イーバ様達は伝え忘れていたってことなのでしょうね。ふふ、私は自軍の戦力把握も出来ないほどの、無能な指揮官だと思われてしまうじゃないですか」
怖い笑顔を貼りつかせ、ケータソシアが念仏を唱えるかのような口調で言った。
「ケータソシア指揮官殿、落ち着いてください、隠しきれない黒い感情が言葉に乗っています」
若い部隊長が、耳を押さえながらケータソシアをなだめるのだった。
それから間もなくして、ベラヒアモス達が調べを終えて帰ってくる。
入り口付近や出口付近はふさがっているものの、五百年の長い年月を経てミソナファルタの断層道は、狭いながらも人が通れるほどの隙間となって再び存在していた。
大地の精霊と親交の深い者が中心となり、入り口と出口を掘り起こすこととして、ドートやカルバリへの対応が決まると、話し合いは終わりを迎えた。
「雨、降りやまないわね」
野営のテントへと引き上げる際、暗い空を見上げトゥームがぽつりと呟いた。
次回投稿は4月28日(日曜日)の夜に予定しています。




