第84話 ぱぁ語を理解する者
ドートとカルバリの軍が、クレタス中央平野へ到着する二日前、三郎達は王国の剣との合流を果たす。
王国の剣との情報共有も終わり、グレータエルートの軍が野営の準備を進める中、主だった者が集まって話し合いの場を設けていた。
仮設された雨除け用の屋根の下で、エルート族独特の色彩豊かな敷物の上に、出席者が輪になって腰をおろしている。
三郎が、屋根に使われている布地も綺麗だなとか、敷物の下から雨が染み込んでこないのかなとか、壁もないのに雨が吹き込まないのは精霊魔法なのかなとか、色々と感心しながら観察していたのだが、三郎以外が何事もなく当然のようにしていたので、空気を読んで口を開くのを自重していた。
いや、三郎の隣で同じようにソワソワしている者が一人だけいた。シャポーである。
まるで小動物かのように、周囲を見回している。
(すごく目をキラキラさせちゃってるなぁ。あー、二人並んで興味津々にしてたのは、ちょっと絵面てきに恥ずかしかったか。まぁ、シャポーは『かわいい』で済むけど、オレが目を輝かせててもな・・・ってか、それに比べてトゥームは動じないと言うか、大人として見習いたいところだな、うんうん)
三郎は、シャポーという同類を見つけたことで何となく気持ちを落ち着けると、トゥームを見習って話し合いへと気持ちを切り替えるのだった。
話し合いの場には、グレータエルートや三郎達に加え、合流した修道騎士の代表者が加わっている。短くそろえられた髭と険しい表情の似合ういぶし銀な強面だが、口を開けば非常に気さくな男だ。
グレータエルート軍からは、部隊長が数人と指揮官であるケータソシア、そして一部隊の隊長としてシトスが顔を並べている。とは言え、エルート族は聴覚が優れているので、周辺で野営の準備をしているグレータエルート達も話をきくだけは聞いているという状況ではあるのだが。
「私達グレータエルートが、風や大気の精霊と親交の深い者を中心に編成した部隊をつくり、戦闘での混乱などを利用して、壁を超えて中央王都に先行すると言うのも一つの手として考えられますけれど。多くて四百名程度の部隊という、少数になってしまいますが」
グレータエルート軍の指揮官であるケータソシアが、穏やかな口調で言った。
ケータソシアは、外見からは想像もつかないのだが、五百年前に起こった魔人族との戦争にも参加している人物だ。三郎がグロッキーになった以外、行軍がスムーズに行えたのは、彼女の優れた統率能力によるものだった。
話し合いは、王国の剣からもたらされた情報を基に、打てる手立てが無いか検討するところまで進んでいた。
「四百名ですか。スビルバナン団長の話によれば、中央王都の防衛構造は不定期的に更新がかかり、防衛パターンの詳細は王城の防衛局でないと把握できないとのことでした。グレータエルートの部隊が城門を越えるとして、継続的な戦闘が可能となる数はどれくらいになると考えられますか」
「話の通りの防衛構造を備えているならば、最悪の場合、半分になってしまうかと」
トゥームの質問に、ケータソシアは首を横に振りながら答える。素人である三郎にも、二人の表情から、その作戦が良い物ではないことが伝わってくる。
王国の剣騎士団の団長であるスビルバナンの話では、城壁に備えられた法陣が侵入者を感知すると、衝撃や爆発などのトラップ魔法が作動し、侵入者を排除するのだという。法陣の位置は、侵入者が対策を立てられない様にするため、不規則で不定期に更新され配置が換わるのだ。
「壁を越えられる、と断言してもらえる時点で敬意を覚える。だが、エルートの方々に、そこまでのリスクを負ってもらう作戦は立てられん。やはり、スビルバナン殿の言うように、ドートとカルバリの両軍が加わり次第攻めるしか無いだろう。教会本部も、我々の動きに合わせると言ってきているからな」
修道騎士の代表者は、三郎達が到着する以前から、王国の剣の者達と再三にわたり中央王都奪還について話し合っていたのだろう。
中央王都の備蓄や防衛配置の予想、膨れ上がる味方の補給についても検討がされており、ドート軍及びカルバリ軍が合流したならば、早急に攻撃を開始せねばならないと結論が出ていた。
その上、セチュバーが魔人族と繋がりがある以上、いつ魔人族の軍隊が現れるかもわからないため、全てのことは急を要する。
「お気づかいは無用です。既にこの戦いは、我々の戦いでもあります。それに、サブロー殿に仇なす者は、我らの敵対者であるとも申し上げておきましょう」
ケータソシアは、微笑みながら言葉を返した。
代表者は「頼もしいな。改めて、ご協力に感謝する」と言って深々と頭を下げるのだった。
「そっか、急いで合流できたはいいけど、打つ手がない状況に変わりは無いってことか」
三郎が、深いため息をつきながらトゥームに呟いた。グレータエルート達に、中でもシトスやムリューに無理をさせてしまったな、と言う思いが強くなる。
深き大森林での魔人族との戦闘から、継続する形で三郎に付き合ってくれているのだから。
「変わりがないわけじゃないわ。私達の動きがあったからこそ、ドートやカルバリの軍が動いたのよ。合流した意味は十分にあるわ」
三郎の落胆に、トゥームが元気づけるような口ぶりで、無駄ではないことを伝えた。
「良い方向に向かってるって考えないとダメだな、ありがとう。しかし、中央王都ってあれだけ大きいのに入り口が正門だけなんだな。五百年前に中央王都を占領したって言う魔人族は、相当な戦力で攻めてきたってことか。奪還した時の話は、最初の勇者が獅子奮迅の活躍をして、巨大な正門を破壊したって本にあったけどさ」
トゥームの言葉に礼を言うと、三郎は顎に手を当てて、ふと湧いた疑問を口にした。
三郎の頭の上で、ほのかが同じように顎に手を当てて難しい顔を真似している。
「魔人族も攻めあぐねていたと聞いていますよ。しかし、ミソナファルタと呼ばれる巨大な岩山と中央台地の断層の隙間を利用し、王都内へ侵入して混乱に陥れたと記憶していますが」
ケータソシアが、遠い記憶を手繰り寄せるかのように考えながら言った。
「みそ・・・何たらって岩山の隙間。それって利用出来ないんですか」
ケータソシアに、三郎が目を丸くして聞き返す。だが、答えは別の所から返ってきた。
「ミソナファルタの断層道なのです。文献では、人が一人通れるほどの隙間がですね、台地の上まで続いていたと書かれていたのです。王都内は舗装されていたので、隙間の存在に気付けなかったのではないかと言われているのです。でもです、王都を取り戻した後に、その断層隙間は魔法によって破壊され、閉ざされたとされているのですよ。ちなみにです、王都内側の出口の上には、現在の教会本部の建物が建てられていて、地下に『閉ざしの間』という使用してはいけないお部屋があるはずなのです」
えっへんと聞こえそうなほど、得意気な表情でシャポーが知識を披露する。「部屋の名前まで、よく知ってるわね」と、トゥームが感心したような声を上げたので、間違いではないのが三郎にも理解できた。
「確かに、隙間の破壊については、我々エルート族にも報告が来ていましたよ」
ケータソシアが、シャポーの言葉を肯定するように付け加えた。
「はぁ~、そうですかぁ、そんな物騒な隙間なんて埋めて当然ですもんね」
落胆する三郎の顔を、頭の上からほのかが覗き込む。
「もし使えるなら、教会本部内に出口があるなんて、うってつけの入り口だったのになぁ。『もしも』の話なんかしても意味無いか・・・」
「ぱぁぁ、ぱぁぁ、ぱぁ!」
呟く三郎のおでこをペシペシと叩きながら、ほのかが何事か訴えかけてきた。ほのかの小さい手なので、三郎は痛みなど毛ほども感じない。
「ん?ほのか、どうした」
「ぱぁ、ぱぱぱぁ、ぱっぱっぱぁ~」
おでこを楽しそうに平手で連打しながら、ほのかは三郎にぱぁ語で語りかける。
「えっ!?まじか。いや、あれば助かるけどさ。でも、埋めちゃったって話だよ」
「ぱぁぱぁ~」
三郎に返事をしながら、ほのかが両手を上げて嬉しそうに立ち上がった。
「サブロー、ほのかは何て言ってるの」
ほのかと会話する三郎を、だいぶ見慣れてきたトゥームは、ほのかが協力を申し出てるのだと気づいて三郎に質問する。
シャポーも興味津々に、身を乗り出して三郎の顔を見上げた。
「今言ってた『みそなふぁるたの断層道』が、使えるかどうか調べてくれるらしいんだけどさ。どうやるんだろうね」
三郎がトゥームに答えると、グレータエルート達の間でどよめきが起こった。
ケータソシアも目を丸くして「そこまではっきり、精霊と言葉を交わせるなんて・・・」と口を押える。
「サブロー、突然精霊との対話などという高度な技を、当然のように披露しないでください。皆が驚いてしまっていますから」
シトスが、苦笑い混じりに三郎へ言うのだった。
次回投稿は4月21日(日曜日)の夜に予定しています。




