第83話 ミソナファルタの断層道
三郎は、戦争という多くの人の生死が関わることに対し全権を委ねられ、胃が締め付けられる思いがしながらも、表面上をなんとか取り繕って軍議の席に着いていた。
(トゥームとかシトス達と事前に話し合ってたから、この場に座ってられるけど、何も無い状態だったら平静を保てていなかっただろうな。上辺だけだけどさ・・・)
内心で呟く三郎の前で、各軍の保有している戦力や中央王都の防衛構造など、戦いに必要とされる情報の確認と共有が行われている。
ドートとカルバリの軍は、攻城魔導兵器と潤沢な装備を有した軍を持ち、ことカルバリにおいては、カルバリ魔導師団と呼ばれる優秀な魔導師を中心に編成された部隊を保有していた。
王国の剣は、その名の示すとおり両手持ちの長剣のみを武器としている攻撃に特化した騎士団だ。実直なスビルバナンが団長に相応しいんだなと、すんなり三郎に納得させるのだった。
教会の兵力やエルートの軍についても説明が終わった所で、カルモラが声を上げる。
「グレータエルート族の方々でしたか。いやはや、先だっての紹介の折には『エルート族』と名乗られていましたからね。まさか、戦闘のエキスパートだと聞き及ぶグレータエルート族の方々と、肩を並べ共に戦えることになるとは光栄ですね」
カルモラは満足げな表情をして、ケータソシアやシトスに何度も頷いてみせた。その言葉が本心から出ているのだと、三郎でも分かるほどの表情の変わりようだ。
だが、三郎の心に疑問がわく。グレータエルートもグランルートも、全てがエルート族であり、固有の呼び名は敬称を付けた種族名なのだと教えられた。ドートの国王が、自領内に生活圏を持つ種族の呼称を把握していないものなのだろうか。
三郎が、カルモラの誤った認識を直してあげなくて良いのだろうかと、ケータソシアやシトスに視線を向けて首をかしげる。
気付いた二人から笑顔が返され、説明しなくても良いのだと三郎に理解させた。
軍議の後で聞くことになるのだが、親しくもない人族に自分たちの文化風習を知ってもらう必要はないのだと、彼らは三郎に言うのだった。
軍議は、情報共有が終わり次第、より具体的な作戦についての討議へと移ってゆく。その場に居る全員の視線が、三郎へ自然と集まる。
机の下で組んだ手が、緊張から小刻みに震えるのを感じて、三郎は大きく腹で息を吸い込むと、目を閉じてゆっくりと吐き出した。
元の世界に居た際、緊張を強いられる大きな会議でプレゼンテーションをする前に行っていた、気持ちを落ち着ける方法だ。
時間を開けすぎず、かといって焦った様子でもないという、企業勤めで身に着けた絶妙な間を置いて三郎は口を開いた。
「我々の戦力の把握もおおむね終わったので、これからの動きについてお話しさせていただきます」
「ほう、理事殿は既に作戦を考えておいでか」
三郎の発言に、オストーが片眉を上げて返す。三郎は、オストーに向けてゆっくり頷くと、目の端でカルモラも自分に注目しているのを確認し言葉を続けた。
「動議の程は後にお願いするとして、まず、ドート並びにカルバリ両国の軍と王国の剣は、中央王都正面より攻撃をかけてもらいます」
カルモラが「ほう」と、肉に埋まっている顎を上げて小さく唸った。
「初動において、こちら側の戦力を減らさぬよう動き、セチュバー側の注意を中央王都正門へ引き付けていただきたい。ご存知の通り、中央王都は広大な面積を有しています。王都正門へと敵兵力が集中すれば、王城及び教会本部は敵が手薄となり、正門から戻られるにしても時間が稼げます」
「初動?ふむ、手薄となった王城に対し、内部に居る教会本部の者が攻撃をかけると。そのような手筈を整えていると、解釈してよいのでしょうかね」
策も何もあったものでは無いな、という表情でカルモラが鼻を鳴らす。
「いえ、現在教会本部に残っている兵力は、修道騎士十四名と百名にも満たない修練兵です。トリアやテスニスを含め、要人を救出するには不足しています。王国の盾をセチュバー側が殲滅した際の兵力から考えれば、教会本部に残っている者だけでは確実性は低いでしょう」
三郎が、事前に仲間達とすり合わせていた答えを返す。
セチュバーが王国の盾を打ち破った時、王城防衛の役は王国の盾が握っていた。セチュバー軍の者は、自国の王の護衛として最小限度しか入城を許されていなかったと言う。
だが、最小限度の人数で王国の盾に壊滅的な打撃を与え、王城制圧までをも瞬く間に行って見せたのである。そして、王国の剣がクレタス中央平野に到着するまでのわずかな期間に、自国の軍本隊を中央王都へと導き入れるのに成功していたのだ。
「ならば、王城に残っている者に協力させるとでも言いたいのでしょうか。それこそ無理というもの。城に残っている軍の者は、命を奪われたのかゲージを押収されたのか、いずれにおいても連絡が取れないという状況ですからね」
カルモラの言うとおり、兵士に限らず城内に居る者との連絡は取れなくなって久しかった。
(動議は後からって前置きしておいただろう!いちいち口を挟まれてやりにくいっての・・・まぁ、こんな客先やら上司もいたから慣れてるっちゃー慣れてるけど)
心の中で悪態をつきながらも、三郎は営業スマイルを忘れずに保つ。
「カルモラ王の言う通り、城内の状況はつかめないので無理でしょう。よって、我々教会の兵とエルートの軍が、増援に向かおうと考えています」
「なにを馬鹿げたことを。正門が閉ざされている以上、中央王都への侵入など出来るはずもない。断崖絶壁を登り、城壁をも飛び越えるとでも言いたいのか。はてさて、それほど優れた飛行魔法をお持ちならば、是非ともご教示ねがいたいものですがね。どうやら、理事殿は全権を任され、動揺されているのではありますまい」
三郎の言葉に、オストーが肩をすくめて首を横に振りながら言った。ドートやカルバリの軍幹部達からも嘲笑がもれる。誰かが「穴でも掘るおつもりか」と笑い、別の者から「何年かかるのだ」との言葉が返される。
「サブロー殿を否定するわけでは無いのですが、王国の剣の団長である私からも、正門以外に王都へ侵入する道など存在しないと断言いたします」
スビルバナンも、心配そうな表情で三郎に進言した。
軍議の場がざわめく中、三郎は参加者の様子をうかがいながらしばし時を待った。雑談化した会議において、どのような発言をしても受け入れられないことがある。
言葉を挟むには、場が静まり意識がこちらへ向く必要があるのだ。
そんな中、ドートの王カルモラだけが黙って三郎の様子を観察していた。三郎はその視線に気づくと、微かに頭を下げる。
カルモラは、面白い物でも見たかのように口元を歪めると、左手を上げて皆を黙らせ、三郎に話しを進めるよう促がした。
「今は確かに存在していないでしょう。しかし、五百年前に別の道があったのは、歴史として学んでいる者も多いと聞いています。『ミソナファルタの断層道』と呼ばれ、五百年前に魔人族が中央王都を攻める際に使ったという道です」
天幕の中に、大きな沈黙が腰を下ろした。天幕に振り注ぐ雨音が、場の空気を支配する。
王城の背後を守るようにそびえる巨大な岩山『ミソナファルタ』と、中央王都の広がる台地は地質が大きく異なっている。ミソナファルタは、クレタス全土を形成するに至った、隕石の欠片だと言う地質学者も存在していた。
そのため、異なる地質の間に断層が走っており、五百年前には、魔人族が断層の隙間を利用し中央王都内部に侵略してきたと言われているのだ。
「それは、中央王都を奪還した後、教会と王政府の協議によって破壊されたと歴史上なっていますよ。もし、秘密裏に残されていたともなれば、別として問題視すべきことでしょうね。非常に興味深い所ではありますが、確証はあるのでしょうか」
沈黙を破り口を開いたのは、ドートの王カルモラだった。
カルモラの言った「興味」の示すところは、ミソナファルタの断層道の存在自体でもあったが、教会や中央王政府が秘匿していたのかという部分が大きい。
「教会と王政府は、確かに破壊し封印したようです。その件については、長命であるエルート族が知り及んでいました」
三郎の言葉に、カルモラが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
重大な事実を隠していたのであれば、政治的な駒としての利用価値もあったのだが、エルート族が保証するのであれば無意味といわざるを得ない。
「しかし、破壊が十分でなかったのか、経過した時間によるものなのか、エルート族と精霊の協力を得れば通ることが可能な状態であることが判明しています」
三郎が言い終わると、一同からどよめきが起こった。
『ミソナファルタの断層道』三郎達が偶然にも知ることとなったのは、二日ほど前にさかのぼる。
次回投稿は4月14日(日曜日)の夜に予定しています。




