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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第82話 おっさん、全権を移譲される

 降り続いている雨が、天幕を不規則なリズムで打ち付ける。


 天幕の中では、複数の者達が長テーブルを囲んでおり、重苦しい空気が漂っていた。


 三郎達から遅れること二日、商業王国ドートと技研国カルバリの軍が到着し、王国の剣騎士団の大天幕にて軍議が開かれているのだ。


 両国の軍の到着を待つことになってしまったのは、王国の剣が攻城兵器の類を備えておらず、中央王都を攻める手立てを持っていなかったためであった。そして、王族を人質に取られていることもあり、慎重な対応が求められたためでもある。


 更には、ドートの王カルモラより王国の剣騎士団の団長に宛てて、到着を待つよう要請が早々に入っていたのも理由の一つであった。


 現在、クレタス中央平野には、数万に膨れ上がった兵力が集結している。雨でなければ、遠く離れた中央王都からでも、軍営が確認できたであろう。


「この戦いにおける全権は、ドートの王であるカルモラ殿が持たれるのが筋であろう。異論ある時点で疑問がわくと言うもの。我々を、攻城兵器の運搬係か何かと勘違いされているのではないかな」


 カルバリの王オストーが、不機嫌な表情を隠すことなく言い放つ。


 オストーは、体つきが細く背も高い。筋の通った細く高い鼻が目立つ顔立ちの男で、茶色がかった黒髪が顎のラインまで真っ直ぐに整えられている。年齢は、三郎よりも少し上と言ったところであろうか。


 三郎がオスト―に抱いた最初の印象は『縦長の男』だった。


「決してそのような考えはしておりません。しかし、中央王都奪還ともなれば、王都防衛の子細を理解している我々『王国の剣』の指揮下に入っていただくのが最善と申し上げているのです。諸王国間での協定でも、有事の際における中央王都所属の軍が指揮権を持つことが定められていますので」


 王国の剣騎士団長スビルバナンが、困惑しながらも正論を返す。


 スビルバナンは真面目で実直な男で、好印象を与える外見の通り、裏表のない性格をしている。三十代後半と年齢が近いこともあり、三郎に気が合いそうだなと思わせる場面が、ここ二日で何度もあった。


 真実の耳を持つエルート族からも、その実直さにお墨付きが出るほどの人物だ。


 スビルバナンの言う通り、中央王都は巨大な台地の上に存在し、天然の要害となって敵を阻むため、攻めるにしても容易ではない。


 その上、王都を取り囲む壁には、魔導装置による防衛構造が組み込まれており、精霊魔法等によって自然の台地部分を越えたとしても、簡単には中央王都に侵入できるものではないのだ。


「それこそ、王国の剣には我が指揮下となってもらい、王都奪還の一助となってもらえれば良いではないですか」


 ドートの王カルモラが、満面の笑みを浮かべながらスビルバナンに言う。だが、微笑や丁寧な口調とは裏腹に、瞳の奥が笑っていないなと三郎は感じた。


 三郎がカルモラに抱いた最初の印象は『横に広い男』だった。


(カルバリとドートって同盟国みたいなんだったっけか。王様どうしが縦と横だから、コンビ的にバランスはすごくいいよなぁ)


 三郎は、向かい側に座る諸国王二人に対し、場違いな感想を思い浮かべながら軍議の席に参加している。戦争などと言われても、いまだに現実味がわいていないのが本音のところではあった。


 三郎の背後には、トゥームが秘書官として控えており、右手側にはエルート軍指揮官とシトスの順で席を並べていた。上座に当たる左手側には、修道騎士の代表が腰を下ろし腕を組んで厳しい表情を作っている。


 対する向かい側には、カルモラから順にオスト―が座り、下座へ向かって軍幹部が顔を並べていた。彼らの背後にも護衛の者や文官が立ち並び、人数によって場を威圧をする目的であることが、三郎の目にも明らかだった。


「協定ある限り、中央王都の軍である王国の剣の指揮下に、諸国の軍は入っていただかなければならないと申し上げているのです」


 この場の上座にいるスビルバナンは、困っているのをありありと浮かべた表情で、両国の国王と対峙している。


 真面目さゆえの頑固さは流石であるが、一筋縄では行かない国王二人に対し、真っ直ぐ押し返すような問答を繰り返していた。


 主権を握ろうとする言葉のやり取りにおいて、スビルバナンはまだ若すぎるなと、三郎は内心思うのだった。


「諸国とはセチュバーやテスニス、それに『動かず』を決め込んでいるトリアも含みますか。当のセチュバーは、魔人族と手を組み我々の敵として目の前に立ちはだかっていますね。テスニスは訳の分からぬ勢力に制圧されたと聞いていますよ。動かないトリアなど名を並べる価値もない」


「今はそのような話を・・・」


「しているのですよ」


 反論をしようとしたスビルバナンであったが、口元に笑顔を貼り付かせたカルモラが言葉をかぶせて遮った。


「協定を交わした三諸国と中央王都が、すべからく協定を履行できない状況となっているのは理解できていますか?中央王都奪還に動いている最大の兵力は、我々ドートとカルバリの軍なのも理解してください。中央王都戦力の片翼である『王国の盾』は、大した損害も与えず壊滅したのでしょう?攻城兵器の備えが無い王国の剣も、我々が共に戦わねば同じように壊滅してしまいますよ」


 細い目を薄っすらと開き、カルモラは言う。口では笑顔を作っているが、やはり目の奥は笑っていない。


 この軍議の本当の目的を理解できていないスビルバナンに、カルモラは脅しにも似た圧力をかける。そして、話の矛先は教会へと向けられた。


「教会の方々においても、テスニスで十八名もの修道騎士が、新興の勢力に拘束されていると聞いています。教会本部も身動きが取れない今、和を乱さぬためにも私の傘下に入ってもらいますよ。そちらの理事殿も、ご理解して頂けると勝機も高まるというものなのですが」


 カルモラの言葉に、修道騎士代表者の肩が微かに動く。何事か言いたげな様子ではあったが、三郎へ視線を向けると『まかせる』といった表情で姿勢を戻した。


 教会の者達の間で、軍議前に事前の打ち合わせをしており、何故か三郎が受け答えをする役回りに決まってしまったのだ。高司祭と並ぶ、教会評価理事の肩書を持ってしまったがための宿命とも言えなくはない。


 その打ち合わせの終わりに、なぜかトゥームが満足そうな顔をしていたことが、三郎の脳裏をかすめるのだった。


(とうとう、こっちに話が振られたかぁ・・・。ってか、エンガナさん、肩書だけだから気楽にとか言ってた気がするけど、騙された。俺は騙された)


 心の中で嘆きながら、大きなため息をつきたい所をぐっと我慢し、三郎は口を開いた。


「有事である事は理解しています。しかし、教会は中央王都含め諸国の勢力下に入ることは出来ません。あくまで、共闘という立場を取らせていただきたいと思っています」


「それでは、指揮が乱れて王都奪還も難しくなると言っているのですがね」


「共闘との立場では、駄目だと言うことでしょうか」


「命令の出所が違えば、行動も別になってしまう。戦場に置き去りにされたくはないでしょう」


 カルモラが、総指揮の主権に固執するのにも理由があった。


 ドートとカルバリの軍は、潤沢な資金と高い魔導技術に裏打ちされた軍事力を誇っており、多少の犠牲を払えども中央王都の奪還に自信があった。そのため、戦後処理にまで考えが及んでいるのだ。


 中央王都へ攻め込む際に主権を握れば、中央王都を取り戻した暁に、発言力は強大な物となる。


 人質とされている者の命を、セチュバーが苦し紛れに断とうものなら、クレタス全土を領有することも考えられるのだ。


 カルモラの薄く開かれた目に見据えられ、三郎は背筋に汗が流れるのを感じながらも、営業スマイルを忘れない。


 束の間に視線を交錯させた後、カルモラは三郎の隣に居るエルート軍の指揮官に意識を向けた。


 均整の取れた顔立ちをしたエルート族の女性で、名をケータソシアと言う。白色に近い銀色の髪を後ろへ流し、動きを止めてしまえば作り物では無いかと思わせるほどの容姿をしている。


「エルート族の方々にも、我が指揮下に加わっていただきたい。真実の耳によって、私の思惑なぞ聞き分けておいででしょう。『エルート族と人族の連合軍指揮官』その誉れが欲しいのですよ。他にも色々と聞こえているでしょうが、それは人族同士の話ですのでエルートの方々には関係の無いもの。私がエルート族に抱く思いはそれだけですよ」


 カルモラは表情を一転させ、目にも笑顔を浮かべながらケータソシアとシトスへ、自分の内心までをも伝える。


「確かに、強い情念が混ざってはいますが、我々に向けられた言葉に偽りの響きはありません。中央王都奪還に絶対の自信があるのも、聞き取っています。セチュバーは魔人族と結託し、エルートにも害を及ぼす共通の敵ではあります」


 ケータソシアは、落ち着き払った口調で話し出すと、一呼吸置いて言葉をつづけた。


「しかしながら、エルート族は、我らが友と認めるサブロー殿の下に集っています。サブロー殿の要請以外、受けることは無く、必要もありません」


 最後ははっきりとした口調となり、ケータソシアは断りの意思を示す。


 横で聞いていた三郎が、必要以上に突き放した感じなのではないかと心配するほどだ。


「ほぅ、エルート族の方がそこまで言われるとは、理事殿はそれほどの人物でありましたか」


 カルモラが睨むかのような視線を向けて、三郎を値踏みする。その口元には、いまだに笑いが張り付いており、得も言われぬ恐怖を三郎に与えた。


(ケータソシアさん、カルモラさんに強く言い過ぎたんじゃないっすかねぇ。嫉妬かってくらい睨まれてるんですけど)


 何とか営業スマイルを崩すことなく、三郎は心の中で泣き言を叫ぶのだった。


「一つ、お伝えしておきましょう」


 底冷えのするような響きをもって、ケータソシアの声がその場を支配する。


 その場の全員が注目せざるを得ないほど、意図的に感情を押し殺したのが分かる冷たい響きだ。


「我らを救いし者に、害意を以って行動するならば、エルート族と精霊の全てを敵とする覚悟をお持ちなさい」


 ドートやカルバリの兵達が思わず身構える程に、ケータソシアの声には圧倒させるものが宿っていた。


 真実の耳があるが故、人族の交わす含みある言葉の無意味さに、怒りを覚えていたためでもあったのだろう。


 カルモラが手を上げ、身構えた兵士達を落ち着かせた。


「ふむ、エルートの方を憤慨させるつもりは無かったのですが、私もまだまだですね」


 流石の胆力と言うべきか、カルモラが目の笑っていない笑顔に戻って言うと、更に言葉をつづける。


「ではいかがでしょう、サブロー殿に全権を委ねるとするのは。協定にも『こと、魔人族との戦いにおける、クレタス戦力の教会指揮権』は認められていますからね。セチュバーとの戦闘は、奇しくも条件を満たしています。スビルバナン団長も異論ないことでしょう」


 続けて出たカルモラの言葉に、オストーですら驚きの表情を見せた。だが、カルモラの表情から何かを察したのか、異議を唱えることは無い。


「協定の履行であるならば、王国の剣は教会の指揮下に入りましょう」


 嬉々とした表情となり、スビルバナンは何の疑いもない声で返事を返す。


「は?いや、全権って、そこまでは・・・ねぇ」


 三郎達が、事前の打ち合わせで目標として設定していたのは『教会とエルートの軍は、個の作戦をもって別行動できるよう認めさせる』だったのだが。


 カルモラの突然の手の平返しに、三郎は周囲へ助けを求めて視線を巡らせる。しかし、返ってくるのは、満足げな表情と頷きだけだった。


(まーじーかー)

次回投稿は4月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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