第81話 セチュバーの思惑
数百頭からなる馬車列が、灰色の空の下を中央王都へ向けて整然と駆け抜ける。
馬車には、エルート族の印や紋様が自然の色彩豊かに施されており、あたかも森が移動しているかのようであった。
だが、それら馬車列を先導するのは、空色をした友獣の牽引する白色の馬車だ。流線型を彷彿とさせる形状の幌には、銀色の刺繍糸で教会のシンボルが刺繍されている。
白銀に輝くシンボルの意味を、クレタスで生まれ育った人々の中で知らない者はいない。
『修道騎士とエルート族が、クレタスの平和を護る為、中央王都へ向かっている』
その情報は、馬車の一団が通過した宿場町から、クレタスの至る所へと瞬く間に広がって行くのだった。
「これだけの数の馬車が走ってるのに、砂埃が舞い上がらないってのも不思議な光景だよな」
三郎が、後方へと流れてゆく景色に目をやりながら呟いた。
「風と大気の精霊に加護をもらっていますからね。後続の馬車の視界を妨げないよう、動いてくれているのですよ」
三郎の独り言に、シトスが丁寧にも返事を返す。
エルート族の馬車は、模様の中に精霊文字が組み込まれており、風や大気の精霊がその運行の一助として働いていた。
舞い上がる砂埃を抑えるだけでなく、風の抵抗をも無くし、牽引する友獣ワロワへの荷重の軽減にも貢献している。更には、遠距離武器の攻撃に対し、ある程度の防御を発揮してくれるのだとも言う。
エルートの模様が施されていない三郎達の馬車へは、シトスとムリューが乗り込み、風と大気の精霊に呼びかけて同様の効果を与えてくれていた。
それにより、他の馬車に遅れることも無く先頭を進む役を担えているのだと、御者含め三郎達は考えていた。
だが実のところ、走るのが楽になったクウィンスが、後続のワロワ達が自分から遅れないように速度を調整して走っていたりする。
精霊の助けが無くとも、先頭を行くのなど容易いクウィンスであった。
「そう言えば、精霊魔法を使い続けるのって疲れたりしないのか」
「疲労しないとは言えませんね。しかし、今行使しているのは、戦闘に使う精霊魔法のように、相手の膂力や魔力、精神力や体力などを上回らなければならないものとは違い、高い精神集中を要しませんので、疲労困憊してしまう程ではありませんよ」
シトスの答えを聞いて、三郎はそのシトスの表情から、言葉通り疲れ切ってしまう様な物ではないんだろうなと理解し「そうなのか」と言って頷き返した。
「精霊魔法と魔導師の使うスペル魔法は、同じように言葉を利用して構築するのですが、大きな違いがあるのですよ」
三郎とシトスの会話に、シャポーが目を輝かせて混ざり込む。
「『大きな』って、そこまで大きな違いがあるんだ」
ゲームやら漫画やらで得ていた三郎のファンタジック知識において、精霊使いと魔導師の違いくらいなら分かっている気になっていた。だが、シャポーの語り口から、もっと大きな違いがあるような勢いを三郎は感じ取って聞き返す。
「そーなのです。シャポーみたいな魔導師がですね、スペル魔法の効果を持続するには、魔法への集中力を途切れさせてはいけないのです。集中が途切れたら、そのスペル魔法は効果を失うのです。でもです、精霊魔法はですね、友人とも呼べる精霊達に助力を願うことで成立する魔法なので、たとえ術者が精霊魔法の完成した後に意識を失っても、出現した精霊が約束を守ろうとしてくれる間は効果が持続するのです。更には、この空間に『存在』している限り友と認める者を助けると言うのです。凄い違いなのです」
シャポーはそこまで一気にまくし立てると、一つ大きな深呼吸をした。
三郎がシトスへ確認するように「そうなんだ」と言うと、シトスは「間違いありませんよ」と三郎に笑顔で返す。
「現に!そこで眠りこけているムリューさんの風の精霊魔法も、途切れることなく働いているのです。本で読んでいたので、何となく解っていたつもりだったのですが、目の当たりにすると学びも深まるのですよ」
荷台の床に敷いた敷物の上で、気持ちよさそうに寝息を立てているムリューを指さしてシャポーが力説する。
エルート族との関りによって、シャポーの精霊魔法への知見は広がっているようだった。
「そっか、うん、すごいんだな」
しかしながら、シャポーの力の入り様とムリューの寝顔とのギャップに、三郎は苦笑いをしながら返事を返す。
「ん~・・・呼んだぁ?ふぁ~なになにぃ、もう到着しちゃった~?」
名を呼ばれたムリューが目を覚まし、伸びをしながら大きなあくびを混ぜて言った。
「そうね、そろそろ丘を越えてクレタス中央平野が見えて来るわ。王国の剣と教会の軍は、平野の中ほどに陣を立てているみたいだから、このまま合流できそうね」
ゲージを片手に情報収集をしながら、地図を確認していたトゥームが顔を上げて言う。
なだらかな丘を越えた先に待つ運命を占うかのように、一粒の雨が地面を濡らした。
***
中央王都にある王城と教会の土地は、隣接しながらも高い壁によって分断されている。
その壁は『分権の象徴』と呼ばれ、王政府と教会が独立し監視対象として存在していることを意味していた。
『分権の象徴』は、王城の背後を守るようにそびえたつミソナファルタと呼ばれる岩山へと繋がっており、互いに通ずる通路すら無く、教会と王城を完全に分断する役割をしていた。
「教会への隠し通路の一本も無いとは、さすが分権の象徴と言ったところか。さて、どうしたものかな」
セチュバーの若き王バドキンは、大きな執務用の椅子に深く座りながら口元を笑いに歪めて言った。
中央王都の王城で仮の執務室として使っている部屋には、宰相メドアズと魔装兵団の団長が顔をそろえていた。
団長であるその者は、顔に大きな古傷を持った、体の大きな壮年の男だった。
「警備隊の懐柔も終わり、王都は落ち着きを取り戻しています。抵抗した貴族を一族諸共見せしめに粛清した為、我々に傾倒している貴族を中心に、現時点での抵抗は抑えられていると言って良いでしょう。しかし、ソルジでの敗戦が、今後どのように響くか警戒する必要があります。中央王都に家族等ある者については、警告を発令しておきましたので、王国の剣も迂闊な行動はとれないでしょう」
メドアズは、バドキンの言葉の先を読んで答えを返した。
中央王都内における杞憂は、教会本部を残すのみであることを伝えたのだ。
ソルジの作戦において、修道騎士の幹部であるオルガートとエッボス両名の命さえ奪えていれば、教会内部を掌握する足がかりともなったのだが。
教会本部へは、セチュバーの軍が一度占領を試みていた。しかし、修道騎士と修練兵に簡単に押し返され、その後、教会は教会魔法を発動し門を固く閉ざし護りを固めていた。
次に、教会本部を攻めるのならば、一つの城を攻め落とす程の戦いとなるのが予想出来る。
長引けば、民衆への動揺は大きくなり、セチュバーに反乱する者を無駄に増やすことにも繋がりかねないのだ。
「教会本部へ大々的に攻め込むのは、内外的に良い策とは言えまいよ。教会の者が一番動けぬ状態である『人質』を取り、大人しくしてもらうのが最善ではないかな?王国の剣を粉砕したその先で、対応すれば問題無いと思うがな。あ奴も息を潜め、こちらの出方を伺ってるだろうし、上手く合わせてくれるだろうよ」
魔装兵団の団長が、無礼ともとれる口調でバドキンに進言する。
だが、バドキンもメドアズも、その態度を気にする様子はない。メドアズは、団長の言葉を引き継ぐ様に進言する。
「確かに、ラスキアス団長の仰る通りかと。中央王都、テスニス、トリアの国王の身柄を押さえ、勇者と呼ばれている少年も我らが手中に収めています。教会の動きを封じるには十分です」
「エルート族が教会の働きかけで動き出し、呼応してドートやカルバリもこちらへ軍を向けたようだが、問題は無いと考えてよいのだな」
バドキンの言葉にあるとおり、エルート族の動きを受け、ドートの王カルモラが中央王都奪還への大号令を発令していた。
「ソルジでの敗戦を利用し、ドートの軍へ潜り込ませている者に我が軍が脆いとの情報と、大量の正規兵を失ったという偽りの情報を流させています。攻城兵器も無く、中央平野にて様子をみている王国の剣も、ドートとの合流を機に攻めざるを得なくなり、中央王都を攻め落とす難しさ、その身をもって思い知ることになるでしょう。エルート族についても、本国より対応策が上がっていますのでご安心を」
メドアズが、冷徹な表情と声色でバドキンに答えた。
「ふん、ソルジで失った命も策に組み込めるよう準備していたか。恐ろしい男だよ、お前は」
ラスキアスは、気にくわないといった調子で言う。
策を講じることに異論は無い。だが、民兵として加わったセチュバーの国民が命を散らすことを、開戦当初から策として考えに入れていたのが気に入らないのだ。
その時、執務室の扉を叩く音が響く。
入室してきた男は、メドアズの部下であり、テスニス方面の情報将校として起用している者だ。
情報将校は、部屋に居並ぶ面々へ深々と頭を下げると、端的に報告を済ませる。特徴のない顔つきの男で、あえて印象に残る箇所を上げるならば、異様に細い目のみであった。
「テスニスにて、修道騎士十九名の身柄を拘束したと報告が入りました。新興勢力はテスニス全土をほぼ掌握し、セチュバーの動きに対し不干渉とする意向を示しています」
メドアズは、眉一つ動かすことなく報告を聞くと、情報将校を下がらせる。
「これで後顧の憂いも無く、王国の剣をへし折る準備が出来たってことだな」
魔装兵団の団長ラスキアス・オーガは、首を鳴らして不敵な笑いを浮かべるのだった。
次回投稿は3月31日(日曜日)の夜に予定しています。




