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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第80話 おっさんはグロッキー

 ソルジ西門では、セチュバー軍の一部隊が、戦況の把握と軍の運用で慌ただしく動いていた。


「前線にて修道騎士二名と交戦していた魔装重兵、全滅。押し切るのは難しい状況かと・・・」


 ソルジ侵攻軍の総指揮官へ、情報将校から現状報告が上げられる。その声は、平静を装いながらも微かに震えていた。


 日頃から冷静さを失わない情報将校の表情が、悔しさに曇っているのを見て、総指揮官は作戦の失敗と自分の責任を重く受け止めた。


 壮年も後半に差し掛かったその顔に、深い皺がくっきりと浮かびあがる。


 与えられていた作戦において、最低限であり最も重要とされる事すら達成できていないのだ。


「オルガート・アルーマ、エッボス・ウムは」


「はい。両名共に魔装重兵との戦闘で負傷しながらも、戦闘継続中とのことです。防衛線を下げられ、修道騎士の背後へ部隊を向かわせるのは難しいようです」


 情報将校の答えを、総指揮官は瞑目して聞く。


 魔装重兵という手札を失った今、オルガートとエッボスの背後へ回り込み挟撃したとしても、確実に命を奪えるとは言い切れない。


 最低限であり最も重要とされていたのは、その修道騎士二名を討ち取ることであった。


 討ち取った後、ソルジ統括司祭スルクロークの身柄の拘束、ソルジ占領、状況に応じて中央王都へ向かっている王国の剣へ軍を進める事となっていたのだが。


 狂いはどこから生じていたのだろうか、そう考えながら総指揮官は目を開いた。


 風に運ばれてくる血生臭さが鼻をつく。そして、下で起こっている争いになど無関心な様に、ソルジの上には清々しい青空が広がっていた。


(アーディ家出身の若い修道騎士を甘く見た結果か。修練兵が配備されていたためか。警備隊の動きが内偵と違ったことか。漁師の力量を民間人と侮った慢心か)


 全てにおいて、想定を上回っていたのは事実だ。それでも、最低限の任務は遂行できる範囲にあったのも、また事実である。


 討伐対象であった二名の修道騎士の実力の高さ故であったかと言えば、想定していた通りの戦闘能力であったと言える。


 では何かと聞かれれば、明確な答えが一つ存在していた。


「まさか、エルート族がソルジの町などを救うために現れるとはな」


 総指揮官は、そう呟くと首を小さく横に振った。


 動きが全て後手に回った原因でもあったし、西門から攻め込むのに対しタイムリミットを設けられてしまったことで、魔装重兵の運用を誤り全てを失う結果となったのだ。


 そして、口に出してみて思い出す物があった。


 グランルートの町フラグタスへ、教会の馬車がエルート族の者を送り届けていたという情報だ。


「教会とエルート族が、援軍を出すほど親交が深いとは聞いたこともない。が・・・」


「ソルジ北部、教会の兵とエルート族の部隊に突破されました」


 情報将校の言葉に、総指揮官の思考が中断された。


「南に展開していた軍は、どの位置に居る」


 総指揮官は、考えていたことをひとまず頭の隅へ押し込み、戦いへと意識を集中させる。


「ソルジ北東を進軍中です」


「南の軍が敵の後ろへ追いつくまでの間、我々と魔導師部隊で、教会の兵とエルート族を足止めする」


 情報将校の答えに間髪入れずに言うと、総指揮官は武器をもって歩き出した。慌てて、情報将校と近くに居た側近がその後に続く。


「しかし、南の軍に編成しているのは、指揮系統以外は民兵ばかりです。敵に追いついたとして、修練兵やエルート族とまともに戦えるとは・・・」


 側近の者が、表情を曇らせて総指揮官の傍によると、注進するかのように言った。


 東や北に展開させていた部隊も、半数以上が民兵で構成されていた。数を揃え、ソルジを包囲し孤立させる目的で運用されていたのだ。


 マフュが、戦場において感じた疑念『敵兵の若さ』の理由は、ここにあった。


 東門と北門は、中央王都へとつながる道である為、ソルジから打って出てくる事も考慮し正規兵を組み込んで編成していた。


 だが、海へと通じるだけの南側は要所ではないため、軍が展開しているという事実だけがあればよかった。


 側近の言葉の意図するところをくみ取り、総指揮官は立ち止まると、側近へ向き直り聞き返す。


「撤退指示を出したいのは、私も同じ気持ちだ。だが、セチュバーの民がそれを素直に受け入れると思うか」


 総指揮官は静かな声でそこまで言うと、一呼吸おくように言葉をきった。側近の眉間の皺が深くなる。


「民であろうと、覚悟をもって戦いに挑んだセチュバー人は、全てが等しく兵士である。振り下ろした拳によって、一人でも多くの敵を倒そうではないか」


 そう言って、総指揮官は固く握った右手を側近の肩に置いた。



 日が落ちても尚続いた戦いは、セチュバー軍の全滅をもって終わりを迎える。


 勝利したソルジにおいても、中央王都へ援軍として出せる兵力は残っていなかった。


***


 ソルジの攻防が終わって数日経った後、三郎達の姿はフラグタスにあった。


「おえっ・・・っぷ」


 三郎の嗚咽が、フラグタス入り口広場の喧騒にかき消される。


 昼前にフラグタスへと到着したエルート軍は、グランルート達によって準備されていた友獣の引く馬車へと、物資を移動していた。


 三郎達も、教会馬車に合流し、自分たちの荷物を積み込んでいる所であった。とは言え、三郎本人は、馬車の横にへたり込んで役に立っていなかったが。


「本当にこのまま進軍を続けて大丈夫なの?ここ数日、まともに食べられてないじゃない」


 荷物整理の終わったトゥームが、三郎へ心配そうに声をかけてくる。


 浮遊木で造られた荷台での移動は、思った以上に激しい動きをして、初日で三郎をダウンさせていた。


 同乗していたトゥームとシャポーは、けろっとしたもので、楽しいとさえのたまっていたのだが、おっさんにはきつい旅路となったのだ。


「だ、だいじょうぶ・・・出る物も無いから、うっ。きもちわるいだけだから」


 幾分か頬のやつれた表情で、三郎が健気にも強がる。『おっさんの健気に頑張る様子なんて、見て得する奴はいないだろうな』などと頭の隅で考える余裕は残っていた。


「サブローさまは、こんなにも頑張られているのです。シャポーが背中をさすって介抱してあげるのですよ」


 ここぞとばかりに瞳を輝かせながら、シャポーが優しく三郎の背中に手を沿える。


 そのシャポーの頭の上には、握りこぶしを振り上げて変な踊りを滅茶苦茶に踊っているほのかが居た。


 真剣なその表情から、三郎を応援しているつもりなのが伝わって来る。が、笑いそうになってお腹に力が入ると、嗚咽がこみ上げてくるので、勘弁願いたいなと三郎は思うのだった。


「そうだ、ちょっと待ってて。パリィが教えてくれた、乗り物酔いに効く飲み物があるか聞いてくるから」


 そう言い残すと、トゥームは足早に去って行く。


 当のパリィは、ピアラタにて三郎達と行動を別にしていた。


 エルート軍の行軍の安全確保に動きだした、グランルート族の部隊と合流して、森の警戒に当たってくれたのだ。彼らのおかげで、エルートの軍はほぼ警戒に時間を費やす必要がなく、速やかにフラグタスまで到着することができるのだった。


 その分、荷台の揺れも激しい物になったのは、言うまでもない。


 現在、グレータエルートの準備が整い次第であるが、午後一番でフラグタスを出発する予定となっている。それまでに、昼食や休憩を済ませるよう全軍に伝えられていた。


 三郎がシャポーに背中をさすられていると、小走りに駆け寄って来る足音が近づいてきた。


 足音が目の前で止まると、程よく冷やされた薄黄色の飲み物の入ったグラスが差し出される。


「グランルート族長に聞いたら、すぐに用意してくれたわ。飲めるようなら、一口でも飲んだほうがいいわよ」


 トゥームの言葉に「ありがとう」と礼を言って、三郎はグラスを受け取った。


 酸味も雑味も無い清水のような飲み物で、グロッキーな三郎の五臓六腑に優しく染み込む様だった。


「はぁ~、飲んだら何となく落ち着いた」


 腹の奥に不快感が残ってはいるものの、あれほどこみ上げていた嗚咽が、不思議なほどに止まっていた。


「昼食・・・は、無理そうね。馬車に入って休んでたら?私達も昼食を済ませたら戻って来るから」


 トゥームの提案に、三郎は素直に従って馬車に潜り込むと、据え付けの長椅子に横になった。


 馬車の前で、友獣のクウィンスが、三郎の子守は任せておけと言わんばかりに「クゥー」と声を上げた。



 『エルート族動く』との情報がクレタス全土を駆け抜けたのは、この日であった。

次回投稿は3月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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