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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第79話 鎧と槍

 エッボスは、一瞬意識を手放しかけながらも、頭を振って何とか踏みとどまった。


 魔装重兵二体の捨て身ともとれる攻撃を、ぎりぎりの所で修道の槍を操って受け止めることが出来たのは、日頃の訓練の賜物としか言いようがない。


 建物の壁に衝突する際、一体の魔装重兵と体を入れ替えることで、エッボス自身が壁へ直撃するのは避けられた。それでも、衝撃は激しい物であった。


 クレタスの建物は、建築の際にエネルギー結晶の魔力を利用して、地中にある土砂を引き上げて建築する様式が用いられている。壁を構築する際、土に含まれる石灰成分などを表出させることで、家々が滑らかな漆喰の風合いに統一されるのだ。


 エネルギー結晶の魔力で造られた土壁であるので、強度はかなり高い物となっている。西門から侵入して来たセチュバー兵に対し、町並みを利用して動きを制限できたのも、壁の強度の高さ故と言えた。


 エッボスと魔装重兵達は、強固な壁を突き破っても尚抑えきれない勢いで、奥の壁にまで衝突する事となった。


 奥の壁にぶつかるまでの一瞬の間で、エッボスは腰に下げていたブロードソードを左手で抜き放ち、魔装重兵の鎧のつなぎ目から装着者の首筋を狙う。


 衝突の勢いに合わせ、エッボスは全体重を剣に乗せ、魔装重兵の重装甲の奥深くまでブロードソードを突き立てた。


 剣は根元から折れてしまっていたが、魔装重兵の鎧の奥深くまで侵入し、装着者の命を確実に打ち取るのだった。


「かはっ・・・きっついぜ。でかい鈍器で、ぶん殴られた気分だ」


 エッボスはのそりと立ち上がりながら言うと、左手に握っている柄だけとなった剣に目を落とす。


 名の有る刀剣匠による業物であり、家に伝えられて来た剣であったのだが、剣身は根元から折れて無残な姿となっている。


「この剣でなければ、生身まで到達しなかったかもしれんな」


 エッボスの呟きの示す通り、魔装重兵の鎧のつなぎ目は隙間を感じさせないほどの精工な造りをしていた。並みの剣では、半分も到達せずに折れてしまっていただろう。その手ごたえが、エッボスの左手にじんわりと残っていた。


 剣身が無くなり、鞘に納めることの出来なくなった剣の柄を床に落とし、右手に握っていたはずの修道の槍の行方を求めて室内へ視線を巡らせる。


 薄暗い部屋のほぼ中央に、壊れた壁の残骸や散乱した家具と共に修道の槍が横たわっていた。


「槍を手放しちまうとは、まだ修練が足りてない証拠だな」


 苦笑交じりに言いながら、修道の槍を拾い上げる。持ち上げる瞬間、右胸に鈍い痛みが走った。


 剣へ全体重を乗せた際、柄頭に右胸部を押し当てた為にダメージを負ってしまった様だった。鎧も少しばかりくぼんでしまっている。


 全身に残る鈍い痛みに加え、利き腕の動きを阻害しかねない打撲をしてしまったなと、エッボスは苦い表情を作った。


「自らダメージを作るなんざ、本当に修行が足りてねぇ。まだまだ敵は居るってのに・・・」


 エッボスが外に向かうために踏み出したその時、倒れている家具の背後から、大きな音を立てて一体の魔装重兵が飛び出してきた。


 風を切り裂く音と共に、エッボスの左から、魔装重兵の分厚い剣が頭上めがけて振り下ろされる。


 重い金属のぶつかり合う音が、薄暗い室内に響いた。


「不意打ちか。見た目の割に、上手く気配を消すじゃねぇか」


 エッボスは、研ぎ澄ませていた五感に救われ、辛うじて魔装重兵の剣を受け止めることが出来ていた。


(こいつが気配を消すのが上手いんじゃないな。まだ、少しばかり頭がはっきりしてないか・・・)


 鍔競り合いの中、右胸や関節などに痛みが走る。


(それに、思った以上にダメージがでかいな。出せて全力の八割って所か)


 エッボスは、冷静に自分の体の状況を分析する。


「だがな、修道騎士を舐めるな」


 そう言い放ち、相手の右足へ向けて一歩踏み込み、修道の槍を寝かせる様に魔装重兵の体へ沿わせと、気合の声と共に魔装重兵の重い体を室外へ突き飛ばした。


***


 オルガートは、三体の魔装重兵の誰が最初に踏み込んで来るのか、高い集中を維持して気配を探っていた。


 その時、エッボスが姿を消した建物から金属音が響くと、続いて魔装重兵が背中から飛び出してきた。


 地面に長い足跡を残して魔装重兵が停止すると、建物に大きく空いた穴から、エッボスがゆっくりと姿を現す。


「・・・簡単には、死んではくれない様だ」


 左肩に裂傷のある魔装従兵はそう呟くと、手を振ってサインを送り、オルガートに相対していた内の一体をエッボスへ向かわせた。


 オルガートはその一瞬をついて、左胸のゲージを確認する。


 スルクロークから端的に伝えられている戦況の中から、ソルジ内部に展開している敵の状況を瞬時に読み取る。


(少し戦線を下げなければなりませんね)


 オルガート達の抑えている道とは別の通りで、警備隊や漁師が防衛戦を下げている情報が入っていた。


(それには、この者達を早々に討つ必要がありますが)


 自分を囲む敵が二体に減りはしたが、脚部の換装が気がかりとなって仕掛けられずにいた。速度が増す以外に、何らかの効果を持っていないとも限らない。


 オルガートが考えを巡らせる中、エッボスの怒声が響き、連続した重金属音が立て続けに響いた。


「少しばっかり速くなったからと言って、勝てると思うなよ!はっはっはっ」


 猛スピードで繰り出される蹴りや剣、脚部出力を活かし不自然に変化する魔装重兵二体の猛攻を、すんでのところでかわしながらもエッボスは余裕の表情を崩さない。


 敵一体に、修道の槍のヴァンプレイト部を利用した体当たりを見舞い、数歩の距離を後退させると、その間にもう一体へ渾身の突きを放った。


 体当たりを食らっていた一体が、飛び上がりざまに加速する蹴りを放つが、エッボスはそれを紙一重でかわす。


 一見、エッボスの動きは問題が無いように見えるのだが、オルガートの目には、動きの細部で精彩を欠いている様子が映っていた。


(・・・気になることがあると少しばかり考えすぎるのが、私の悪い癖ですか)


 エッボスの戦いぶりを受けて、オルガートは考えばかりを巡らせていた自分に反省しつつ、口元を微かに緩ませて首を振った。


 何らかのダメージを受けながらも豪快に戦う仲間の姿に、警戒心ばかりが先立つ自分が滑稽に思えたのだ。


「前後に敵を抱えた状況で笑えるとは、我々など相手にならないと言った所か」


 裂傷のある魔装重兵が、オルガートの表情を見て静かに言う。


 オルガートに初動の突撃を簡単に避けられたと感じ、彼等もまた動けずにいた。


「いえ、思考優先となってしまう自分を笑ったまでですよ」


 そう言うと、オルガートは表情を鋭くし、裂傷のある魔装重兵に冷たいほどの視線を向ける。


 視線の交錯した魔装重兵は、背中に冷たい汗が流れるのを感じながらも、攻撃が来ると考え構えている両腕に力を込めた。


 刹那、オルガートの姿が目前に迫り、左肩へ振り下ろされる修道の槍が視界に飛び込む。


「っっく!」


 右脚部に貯めていたエネルギーを解き放ち、体をひねる動作が間に合い、左腕に装備した剣で間一髪のところでいなす。


 体制が崩れるのも構わず、右腕の剣を押し出すようにオルガートの胴めがけて突き出した。


 突き出された剣が体に届く寸前、オルガートは剣の平へ左手で掌底を当て軌道を逸らす。


 振りぬいた修道の槍の勢いと共に体を反転させ、再び上段からの攻撃を体勢の崩れている魔装重兵へ振り下ろした。


 攻撃を受けて、魔装重兵の体は地面に強く叩きつけられ、鈍い金属音を響かせる。


(流石の硬さですね。勢いが足りませんでしたか)


 跳ね返されるような反発力を押さえ込みながら、オルガートは魔装重兵の防御力の高さを再認識させられた。


 魔装重兵の装甲は、エネルギー結晶からの魔力供給を受け、構成している金属以上の強度を持つ。


 対する修道の槍も、修道騎士の体内魔力を循環させる機構をしており、通常の武器よりも破壊力のある武器だと言える。


 斬撃としては効かずとも、打撃として魔装重兵の装着者へダメージが少なからず届いていた。


「ぅぐ」


 くぐもった嗚咽が、魔装重兵からもれる。


 致命の一撃とならなかったと悟り、オルガートが次の攻撃へ移ろうとした時、その背後からもう一体の魔装重兵が迫り、オルガートへ向けて横薙ぎの一閃を放った。


 その鋭い攻撃は、オルガートの鎧をわずかにかすめて空を切った。金属音と共に火花が散る。


 背後の気配を察知したオルガートが、前方へ飛び込む形で回避したのだ。


(やはり、移動速度はかなりの物ですね)


 オルガートは、滑り込みざまに片膝を着いて体勢立て直し、魔装重兵二体を正面に捉える。


 倒れていた一体もその隙に起き上がり、苦しそうな様子ではあったが、オルガートへ向けて剣を構え直した。


 オルガートの後方からは、エッボスの戦う音が響いくる。


「難敵と呼ぶに相応しいですが、早々に倒さねばならないのですよ」


 そう言って、オルガートは全力の刺突を繰り出すのだった。


次回投稿は3月17日(日曜日)の夜に予定しています。

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