第77話 おっさん修道騎士二人組み
マフュ率いる修練兵の部隊と、グレータエルートの部隊に強襲され、ソルジ東に展開していたセチュバーの軍は瞬く間に崩壊してゆく。
セチュバーの軍は、後方から襲い来る謎の部隊が、エルート族の部隊だとは思いもしていなかった。
ソルジ東に残されていた通常兵装の魔装部隊を、後方から迫りくる謎の部隊の対応に当たらせるべく速やかに移動させる。
大地を操っている事から、魔導師を含んでいる部隊だと考え、現状一番の脅威であると判断した為だ。
壁の出現が多い地点を迂回し、敵側面へ回り込んで移動するよう、指揮官は魔装部隊に指示を出していた。魔法で土砂を持ち上げて壁を作っているなら、密度のなくなった地中に落とし穴が作られている事も考えられる。
その上、敵部隊の後方に配置されているであろう魔導師らを、早急に倒す事が戦局を大きく左右するのは間違いない。
「優秀な魔導師が居るな。カルバリの魔導師団か」
指揮官は、自軍後方の様子を確認しながら呟いた。壁の魔法を巧に操り接近し、セチュバーの軍を分断しながら襲い来る様は、まさに脅威と言える。
魔法との連携に熟達している敵の様子から、カルバリの特殊部隊と称される魔導師団なのではないかと指揮官は考えていた。だが、カルバリの部隊がソルジ救援に到着するには速すぎるし、ソルジなどよりも中央王都へ向かうのではないかとの疑念も浮かぶ。
指揮官の指示のもと、セチュバーの軍は混乱から脱し体制を立て直しつつあった。しかし、敵の勢いを抑える事が出来ているかと言えば、答えは否だ。
戦闘が始まってから、さほど時間が経っていないはずなのだが、セチュバー軍の被害は大きくなっている。
だが、戦局を覆せるのも、時間の問題だと指揮官は考えていた。ソルジを取り囲むセチュバー全軍に、東側の状況は既に伝えてあったのだ。
「北と南に展開している軍が到着すれば、我々の勝利だ。対魔法戦闘維持、気を抜くな!」
号令を飛ばしたその時、指揮官は敵の姿をその目の端に捉える。そして、自分達の戦っている相手に、多大な違和感を覚えた。
隆起した大地の壁の間を、人族より一回りほど小柄な人影が横切ったのだ。
クレタス諸国の兵士には見られない、森を彷彿とさせる独特なデザインの軽装に身を包んでおり、何よりも特徴的な耳が指揮官の目に焼き付いた。
(・・・小柄な姿、長く尖った耳。大地の・・・精霊魔法!エルート族!?)
「全軍後退!魔装兵を中心に陣形を組みなおす!敵は魔導師ではない!」
指揮官は、思考すると同時に新たな命令を飛ばす。そして、左胸部に固定してあるゲージに手を当て、魔装部隊へも作戦の変更指示を送った。
魔装部隊が狙いと定めている、敵後方に居るはずの魔導師の部隊は存在していない。
魔導師と連携した部隊と戦うのと、魔法を自ら行使する部隊と戦うのとでは分けが違う。更には、エルート族が訓練で教えられた通りの戦士達ならば、精霊を手足の様に使う分だけ、人族との個体能力差は大きなものだ。
魔法を行使しているのが、敵部隊そのものであるのだから、魔装兵を中心に数を揃えて挑まなければならない相手だったのだ。
指揮官の命令を受け、セチュバーの軍が後退する動きを始めた。まるで同時に指示を受けたかのように、グレータエルートの部隊も動きを変化させ、大地の壁を出現させる場所を操作し始める。
セチュバー軍の攻撃を阻んでいた壁が、後退を阻害するように出現しはじめた事で、セチュバーの兵士達は混乱の中へと飲み込まれていった。
(魔人族が、深き大森林で敗北したとの情報は入っていたが、何故エルート族がこの場に居る?我々と魔人族との繋がりが露呈したのか。だとしても、ソルジの救援にエルート族が来るなど・・・くそっ、考えても仕方ない事か。被害を抑え、北と南の軍に合流させるのが先決だ)
「全軍散開!南北の軍へ合流しろ!急げ!」
指揮官は、疑念について考えるよりも、この場をどう乗り切り、この後にどうつなげるべきかへ思考を切り替えて叫んだ。敵の存在を仲間へ伝え、出来るだけ消耗を抑える形で味方へ合流するのが、最悪の中の最善だと考えられた。
修練兵と戦っている者達も南北に散開させる必要があると判断し、命令を出す為に馬を操る。
だが、踵を返したその先に、指揮官が馬を走らせる空間は存在していなかった。身の丈の倍はあろうかと言う壁が、そそり立っていたのである。
「貴方の声は聞こえていました、セチュバーの指揮官殿」
指揮官の背後から、静かで冷ややかな女の声がかけられる。
「っ!」
ぞくりと身を震わせたと同時に、指揮官は声に向かって、振り向きざまに鋭い斬撃を放った。しかし、声の主はそこにはおらず、剣は空を切る。
「我々エルートを敵と見なしているその響き、確かに聴き取らせてもらいました」
耳元で声がしたかと思った次の瞬間、指揮官の首は胴体と別れていた。
声は大気の精霊によって届けられた物であり、風が刃となって首を落としたのだと、指揮官の男が知る事はなかった。
***
「どうせお前の事だ、マフュをこちら側に来させない為に、話し合いへ連れて行ったんだろう」
エッボスは、口元を笑いで歪めながら、隣に並び立っているオルガートに話しかけた。
自慢のスキンヘッドを鳴らしたい所ではあったが、籠手を装備しているため、頭を叩いてしまったら流血騒ぎとなってしまうのでグッと堪える。
「戦いの先陣を切る役目、マフュさんにお願いすれば間違いないと思ったまでですよ」
エッボスの質問に、何食わぬ顔をしてオルガートが答える。
エッボスもオルガートも、修道騎士専用の鎧に身を包み、右手には修道の槍を装備していた。
「表の舞台は若者に任せて、地味な裏方を受け持つってのが、老骨の務めってやつか」
がははと笑いながら、エッボスは修道の槍を握りなおす。
西門の内側では、オルガートとエッボスに加え、漁師や警備隊の中から選ばれた者達が、セチュバーの侵攻に備えて防御を固めていた。
エルート族の援軍を受けて、東側のセチュバー軍を攻めるにしても、ソルジからそれなりの規模の部隊を編成し出撃させる事が必要だった。そこで、修練兵全てと警備隊の半分をマフュに託し出撃させていた。
必然的に、ソルジ全体の防衛力は低下するので、セチュバーの軍がこの期を見逃さず西側から攻めてくる確率は高い。
修道騎士である三名の内、誰かが先陣を切る役を担い、残り二名がソルジ西側の防衛に当たらなければならなかったのだ。
エッボスは、オルガートが意図的に、マフュが先陣を切る役を買って出る様に仕向けたのだと考えていた。もし、西側の防衛戦が始まれば、今まで以上の激戦となり、経験の浅いマフュには荷が勝ちすぎる。その上、魔装重兵が配備されているともなれば尚更であった。
明け方から始まったソルジ東側での戦闘は、マフュ率いる修練兵の部隊とグレータエルートの活躍により、予想以上に早い決着を見ていた。
東側の戦況を受け、北と南に展開していたセチュバーの軍は、増援に向かうために進軍を開始する。
しかし、南の軍が動き出すのに合わせて、漁師兵達が南門より『船』を出し、動き出したセチュバー軍の側面を突いた。海の魔物をも撃退せしめる巨大な銛の攻撃を受け、セチュバーの南の軍は、東への増援に遅れを取る事となる。
マフュ達は、南の軍の出足が遅いとの報告を受けて、北に展開するセチュバー軍との戦闘へ突入するのだった。
「そろそろ西も動き出す頃合いかと思いますが」
オルガートがそう言うと、轟音と共に西の門や壁に衝撃が走る。
「はははっ!久しぶりに本気が出せそうだな。お前ら、オレやオルガートの槍の届く範囲に入るんじゃねーぞ!敵と一緒にぶった切っちまうからなぁ」
エッボスは、漁師や警備兵を指さし、楽しそうな笑い声をあげて言った。
彼等に対し、エッボスは事前に、自分達の討ち漏らした敵を掃討するよう指示を出していた。
「オルガート・アルーマ。守護戦闘の使命により、ソルジ防衛を執行しましょう」
二人の修道騎士が、体内魔力を操作し、全ての感覚を研ぎ澄ませる。そして、脳へも徐々に魔力を循環させ、処理能力をゆっくりと向上させてゆく。
それは、トゥームやマフュの行う脳の一部を麻痺させた筋力制限の解除とは違い、脳の処理能力を数段階引き上げることで、持続的な高い戦闘能力を引き出すという修道騎士の技であった。
現在、安定して使用できる者は、オルガートとエッボスを含めて三名しかいない技で『翔底我』と呼ばれている。
オルガートの脳裏に、確か彼は教会本部に居たのではなかったかとの思いと共に、残り一名の顔が浮かんでいた。
その時、数度目となる轟音が、ひび割れる音を含んで鳴り響く。
不快な音に視線を戻すと、西門の表面に巨大な亀裂が走り、砕け散る寸前となっているのが目に入った。
次回投稿は3月3日(日曜日)の夜に予定しています。




