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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第76話 修道騎士マフュ・アーディ

 会議の場において、マフュが前線で指揮を執る事に異論が出なかったのは、何も彼女が修道騎士であると言う理由だけでは無かった。


 セチュバーの再三にわたる侵攻において、マフュの多大な活躍があったからに他ならない。


 当時、ソルジから遠く西の森付近に、軍隊らしき影が向かっていると警備隊の見張りが視認した。


 その報告を受けて、警備隊がソルジ全門の閉鎖を決断したのは異例の早さだった。


 魔獣襲来の一件もあったが、深き大森林に炎の壁が出現したという情報も入っており、警戒心を強めていた為に早い対応がとれたのだ。


 ラルカと共に買い物に出ていたマフュは、町の空気の変化を察知すると、教会へ急いで戻った。そして、セチュバーらしき軍が西の森から現れたとの情報がスルクロークに入ったと聞くやいなや、マフュは教会に居た修練兵を連れて西門の警備隊へ合流するよう動いた。


 ソルジ西側に堀が無く、防衛力が不足している事を、マフュは既知としていたからだった。


 程無くして、セチュバー軍からソルジ警備隊へ開門するよう要請が届く。だが、警備隊長ヤートマが中央王都に確認を取るまで軍の受け入れは出来ないと、待機するよう申し入れる。


 ソルジは、中央王都管轄の町であり、諸国の軍であろうと王都の許可なくして立ち入る事は出来ないのだ。


 セチュバー軍は、ヤートマからの回答を受け、突然攻撃を開始したのである。


 しかし、セチュバーの魔導兵器から放たれる破城魔法を、ソルジの防壁は難なく跳ね返した。


 ソルジとは、五百年前の戦争において、魔人族の侵略を食い止めた唯一の防衛拠点であり、ここからクレタス開放の一歩が始まったと言われる町なのだ。


 クレタスで生まれ育った者ならば、誰もが歴史として知っている事ではあったのだが、その実際の姿を目の当たりにしてセチュバー軍もソルジの者すらも驚きを隠せなかった。


 警備隊の増設していた櫓も手伝い、セチュバーの軍がソルジの町に入り込むのは容易では無いと思われた。その矢先、西門が数度目の破城魔法を受けて、脆くも崩れ去ったのである。


 セチュバーの軍が、消失した西門から雪崩の様に押し寄せる。


 警備隊の者達は、西門の再閉鎖を試みようとしたが、セチュバー軍の圧倒的な勢いに押されて門の再構築を行う事が出来なかった。


 その場に居る誰もが絶望を感じる中、セチュバーの勢いを受け止めたのは、マフュ率いる修練兵の部隊であった。


 修道騎士マフュの指揮下、連携を維持する修練兵の部隊は、数で圧倒的に上回るセチュバー軍の足を完全に停止させる。そして、オルガートとエッボスという、修道騎士両名が教会より駆け付け戦線に加わると、セチュバーの軍を押し返す事に成功するのだった。


 その後も、攻撃の手を強めるセチュバーの侵攻に対し、マフュは二度に渡ってソルジ防衛を成し遂げてみせていた。


「戦場では、私の姿を見失うな。仲間の位置を常に把握し、孤立だけは絶対してはならない。我々が、いかに優れた教会の兵士であろうとも、囲まれれば終わりだと思え」


 修練兵に飛ばされるマフュの声が、白み始めた早朝の空気に響き渡る。


 馬に跨ったマフュの前には、同じく馬に乗った修練兵達が整然と並んでいた。


 連日の防衛戦で、修練兵にも死者が出ており、その戦力は十分な数とは呼べなくなっていたが、士気の高さは依然衰える事が無かった。


『はっ!』


 修練兵達は、マフュの言葉に覇気のこもった返事を返す。


 訓練を積んだ兵士なればこそ、とも言えたのだが、ここにはもう一つの理由が存在していた。


 若き修道騎士マフュ・アーディの戦う勇姿を目にして、修練兵達は憧れとも呼べる尊敬の念を懐いていたのだ。


「我々はこれより、東門より打って出る。我々に意識を向けた敵の背後を、エルート族の部隊が強襲。敵の混乱に乗じ、エルート族と共闘して東門の外に展開している敵を殲滅する。敵の動きに合わせ、我々は戦場を風となって走り抜ける事になるだろう。我々の動きが、後続の部隊の道となる。戦局の流れを見逃すな」


 マフュはそこまで言うと、踵を返し東門へ向けて馬を走らせた。その後を、遅れる事無く修練兵達が続く。


 戦いの行く末を示すかのように、東の空には光が差し始めていた。




 修道騎士の相談役オルガートの立てた作戦は、マフュが先陣を切る事となり、大きな修正を必要とせずに実行されようとしていた。


 セチュバーの軍は、今日にも西門突破を成功させるため、魔装を装備した部隊を西側に集中させていた。


 必然的に、東側、北側、南側の兵力が薄くなるとは言えど、現在のソルジの戦力だけで突破できないのは明らかだった。


 エルート族との挟撃が出来る事となり、魔装重兵の増強がなされている西側から、一番遠い東門より打って出るのは当然の策であった。


 魔装重兵とは、通常の魔装兵よりも防御力に優れた重厚な鎧を装備している兵士の事を指して言う。


 並みの人族の筋力では、到底動かす事の出来ないほどの重装備ではあるのだが、エネルギー結晶からの魔力供給と、特殊な訓練を受けた兵士が操る事によって、恐ろしいまでの突進力を有する兵器となるのだ。


 修道騎士ならば負ける事もない相手ではあるが、集団戦ともなれば話は違ってくる。


 エルート族の加勢により、魔装重兵が確認されていない東側の敵の殲滅は、容易に進むと考えられた。しかし、問題は敵を無力化するまでの時間だ。


 戦いが長引けば、北と南に展開している兵力が、同時にマフュ達に襲い掛かる事となる。その上、西に展開しているセチュバー軍が、ソルジ内部の戦力低下を察知し、攻撃してくるのは明白である。


 敵味方における全ての情報は、スルクロークに集約され、適時指示を出す事となっている。


 オルガートとスルクロークは、如何なる戦局にも対応できるよう、入念なまでにシミュレートを繰り返し行っていた。


 動きを見計らうタイミングを間違えれば、ソルジ側に多大な損害が予想されるからだ。


 東の空に顔を出した太陽が、疾走するマフュ達の姿を照らしだす。


 セチュバーの軍は、ソルジ東門に動きがあったのをいち早く察知しており、既に臨戦態勢を整えて修練兵等を待ち構えていた。


 セチュバーは、侵略者の洞窟を守る役目を数百年も担ってきた国であり、その軍隊はクレタス一の練度を誇っていると言っても差し支えが無いのだ。


「流石セチュバーの軍って所ね。迎え撃つ陣形を整えるのが早い」


 馬を走らせながら、マフュは小さく呟いた。


 セチュバー側の不意を付くことができれば、尚良しと考えていたマフュであったが、敵の見事な動きを見て、口元には微かな笑いが浮かんでいた。


 セチュバーの軍から、遠距離用の魔導兵器から射出された金属のボルトが飛来する。


 視神経を活性化しているマフュと修練兵達は、巧みに馬を操り、時には剣で払いながら、その速度を落とさずに敵までの距離を詰めてゆく。


 修練兵の後に、警備隊の部隊が続いていたが、まだボルトの届く範囲には来ていなかった。


「槍兵、構え!」


 セチュバーの指揮官も、遠距離武器が修道騎士や修練兵に当たるとは思っていなかったのだろう、冷静な指揮を飛ばし陣形を整える。


 マフュ達に対し、セチュバーの軍が集中したその時、軍の背後で異変が起こった。


「我が軍後方、大地が隆起!地面が襲い掛かってきているとの報告が!!」


「何だと!?」


 報告を受けた指揮官が、自軍の後方を確認する。昨晩まで無かった大小さまざまな大地の壁が隆起しており、後方の部隊が分断され、混乱の中にある様子が目に入った。


 隆起した大地の死角を使い、何者かがセチュバーの軍に接近し、攻撃を仕掛けてきたのだ。


 それはまさに、グレータエルートの部隊が、セチュバーの軍に攻撃を開始した事を意味していた。


「前方部隊の指揮を任せる!後方、陣形を即時立て直せ!対魔導師戦闘。小部隊単位で行動せよ!固まるな!」


 魔法であると判断した部隊長は、報告してきた士官にソルジ側の指揮を一任すると、後方部隊の立て直しをするために自ら馬を走らせた。


 セチュバーの軍は、魔人族との戦いを想定して訓練を積んでいる。一時的な混乱は避けられなくとも、的確な命令を下せば立て直すことも可能だと考えられた。


「向かい来る教会の兵士を包囲殲滅するぞ!陣形そのまま前進!右翼、左翼、遅れるな!」


 指揮権を与えられた士官は、ソルジ方面へ向き直ると、声高に指示を飛ばした。


 士官の言葉に同調するかの如く、練度の高いセチュバーの軍が整然と動き出す。


 だが、士官の眼が修道騎士や修練兵を捉えなおした時、微かな恐怖にも似た感情が心の隅をかすめるのを覚えた。


 マフュと修練兵は、馬から大地に降り立ち、全員が修道の槍を手に突進して来ていたのである。


『修道の槍を構えた修道騎士は、クレタス随一の武力を誇る』


 セチュバー軍士官の頭に一瞬よぎった言葉。それは、訓練において教えられた修道騎士についての一文だった。


「敵は数十人だ、圧倒的に我々が優位である!圧し潰せ!」


 士官は、自分を奮い立たせるかのように大きな声を張り上げた。


 多少の犠牲を払おうとも、修道騎士及び修練兵を打ち取る事さえできれば、ソルジ占領も容易に運ぶ事になると考えたのだ。


 しかし、この時まだ士官の男は気付いていなかった、自分が指揮を託されたあの一瞬が致命的な遅れとなっている事を。


 マフュの部隊は、右翼と左翼の軍が押し寄せる間も与えず、勢いもそのままにセチュバー軍中央へ突撃する。そして、嵐のような勢いで修道の槍を振るい前面の槍部隊を蹴散らした。


 マフュに続いていた修練兵は、オルガートとエッボス直属の修練兵達であり、修練兵の中でも腕の立つ者達だ。


 その為、修練兵ながらに修道の槍の扱いにも長けており、マフュの背中を十分以上に任せられる者達だった。


「修道騎士マフュ・アーディである。『教え』の下、守護戦闘にて迎え撃つ!」


 その声は、戦場に居る誰もが無視することのできない響きをもって、戦場を駆け抜けた。

次回投稿は2月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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