第75話 真紅の意思
三郎は、浮遊木で造られている幌付きの荷台に乗り込む。
エルート族の軍が、森の中で物資を運搬するために準備した荷台の一つへ、三郎達は乗り込むようにと言われたのだ。
荷台の前に、牽引する輓獣は繋がれていない。精霊魔法によって移動させるのだと、三郎がシトスから説明を受けたのはつい先ごろの事だ。
グレータエルートは、森の中の移動を得意としている。精霊力を駆使した移動において、グレータエルートの速度に追いつける動物はいないと言っても良い。
その為、三郎達も荷台に乗せられる事となったのだ。
幌は空気の抵抗を減らす目的もあり、進行方向に開口部は無く、後方に入り口が付いているだけだった。
明り取り用の窓も付いていないのだが、物質のエネルギーが光りとして輝くピアラタ内部に居る為、荷台の中の様子が三郎にもはっきりと見ることが出来た。
荷台には、軍事物資が詰め込まれており、頑丈そうな幅広の帯でしっかりと固定されている。
先に乗り込んでいたトゥームに促され、三郎はその隣に腰を落ち着けると、同様の帯で体を荷台に固定した。
三郎の前には、ソワソワとした様子で周囲を観察しているシャポーが、同じように体を固定して座っている。
「なぁ、こんな頑丈なベルトで固定しなきゃいけないって事はさ、結構激しい動きをするって事なのかな?」
三郎が、元居た世界のジェットコースターを彷彿とさせるなと思いながら、トゥームへ話しかける。
「荷物が落ちない様に配慮してるんでしょ。浮遊木の荷台だからと言って、道の整備もされてない森の中を移動するんだもの。もしかして、怖がってるの?」
口元に微かな笑いを浮かべて、トゥームが三郎の顔を覗き込む。
「おいおい、俺は絶叫マシーンって呼ばれる、人を怖がらせるためだけに作られた乗り物を、軽く克服している男なんだぜ?」
トゥームの言葉に、三郎はわざとらし声色を作り、両手を広げて問題ないとアピールする。
「ぜ、絶叫マシーン。その名前だけでシャポーは、とても恐ろしい物を想像してしまうのです。サブローさまは、恐ろしい乗り物から生還された凄い人なのですね」
シャポーは頭の中で、阿鼻叫喚の地獄絵図を乗せて、暴走する巨大な馬車を想像しながら言った。
「生還って言うほど大袈裟じゃないんだ。物凄いスピードで移動しながら、上に下に、右へ左へと変な動きを体感して、スリルを楽しむ遊具なんだよ。それだけって言えば、それだけなんだけどね」
三郎が身振りを加えながら、笑って説明をすると、シャポーは「ほへー」と感心したような返事を返した。
シャポーの膝の上に座っていたほのかも「ぽへー」と言って真似をする。
「ふーん、そんな物を怖がって面白がるのね」
「まぁ、トゥームみたいに素早く動ける人には味気ないかもしれないけどさ、物によってはメチャクチャ怖いからな」
本当に怖いのかという疑いを含んだトゥームの視線に、三郎が怖さを強調するかのような口調で言う。
「じゃぁ、怖くなったら、手ぐらい握ってあげてもいいわよ」
悪戯っぽく笑い、トゥームが右手をひらひらと揺らす。
「はは、いい大人なんだから、スリルが楽しめない分けないだろう?逆に、こっちから握ってあげても良いくらいだって」
三郎が肩をすぼめながら、やれやれと言った感じで言い返した。
「そん、な、ずる、いのです。シャポーも、握って、あげ、るの、です、よぉ」
三郎の向かい側に座っているシャポーが、必死に手を伸ばしながらもがくが、ベルトに阻まれてジタバタと手が空を切るだけだった。
三郎が苦笑いをしていると、荷台の入り口からシトスが顔を出した。
「スリルが楽しめるのでしたら、最初から普通に移動しても大丈夫そうですね。我々の部隊だけ、フラグタスまで少しばかり遅れても仕方ないかと思ってましたが、安心しましたよ」
悪気の無いシトスの笑顔に、三郎が一抹の不安を覚える。
三郎達を乗せた荷台を運行してくれるのは、シトスとムリューの所属する部隊なのだった。
「いや、えっと・・・」
「出発の合図です。では、稔り多き旅を!」
遠くから高い笛の音が聞こえると、シトスが一言残して、荷台の入り口から姿を消した。
次の瞬間、三郎達を乗せた荷台が音も無く滑らかに動き出す。
行軍の予定として、森の移動時に浮遊木の荷台で物資を運搬し、フラグタス到着後から、友獣の牽引する馬車に乗せ換えるのだと伝えられていた。
後に、三郎は語ることになる『森の移動は暴力だった』と。
***
修道騎士マフュ・アーディは、壁にもたれながら両腕を組み、険しい表情で会議の様子を伺っていた。
ソルジ教会の一室では、警備隊に新しく着任した隊長と同じく赴任した副隊長、漁師組合長と若衆頭、スルクローク司祭と修道騎士オルガートが顔を合わせて、軍事会議を開いているのだ。
現在、ソルジの北門と東門を警備隊が、南門を漁師達が、西門を修練兵を中心とした混成部隊が守っている。
西門以外においては、堀も壁も門も五百年前のまま、強固な造りを保持していた為、セチュバーの軍も攻め込む様子を見せていなかった。
しかし、人口増加に伴い壁や門を移設された西側は、堀も新しく造られないままであった為、これまで三度に渡り攻撃を受けていたのである。
ソルジ西側の移設工事は、壁こそ強固な物をそのまま移設したようで高い防御力を保持していた。しかし、門は新しい物が使われており、他の門と比べて強度の弱い物である事が、この期に及んで発覚していたのだ。
ソルジの門は、他の町の物とは違い、地中に準備された法陣を使いエネルギー結晶を消費することで、大地から門がせり上がってくる様式となっている。
これは、仮に門が打ち破られたとしても、エネルギー結晶と方陣の続く限り門を再構築出来ようにすると言う、五百年前の戦争時に設置された物であった。
だが、西門新設の際に、エネルギー消費を抑える新しい方陣が採用された為、形ばかりで強度の弱い門となってしまっていた。
一度目の侵攻において、西門はセチュバーの魔導兵器によって打ち破られ、ソルジ内部での戦闘を余儀なくされた。
修道騎士率いる修練兵の部隊の活躍により、何とか西門の外へソルジ兵を押し出し、門の再閉鎖を成功させる事ができた。
しかし、二度目、三度目と門が打ち破られ、その度にセチュバーの軍と激戦が繰り返されており、死傷者の数も増え続けていた。次にセチュバーの侵攻があれば、押し返す事ができないのではないかとの声が囁かれはじめていた。
ソルジがセチュバーの軍に占領されるのも、時間の問題かと思われていた矢先、スルクローク司祭へグレータエルートの部隊から戦闘区域に到着した旨が伝えられて来たのだ。
予想よりも早いグレータエルートの部隊の到着を受けて、緊急に軍事会議が開かれることとなったのである。
「エルートの部隊の規模は、三百程度なのでしょう。ソルジを包囲しているセチュバーの軍は、少なく見積もっても五千は居ます。魔装を着用した重兵が補充されていると観測班からの報告も入っていますし、エルートの部隊がどれ程の実力か知りませんが、我々が打って出るのは無駄に兵力を消耗するだけだと考えます。それに、エルートの軍が救援に来たと言うのが、俄かに信じ難いのも事実です」
警備隊の副隊長が、教科書通りと言わんばかりの言葉を口にする。真面目を絵に描いた様な人物であり、眉間に刻まれた深い皺が印象に残る顔をしている。
ソルジ警備隊は魔獣の襲撃事件後、隊長含む管理職が一新されていた。
警備隊の長官であるベーク・ルルーガが、自分の屋敷で開催した宴において、教会評価理事である三郎と修道騎士トゥームに失言を繰り返したのを払拭しようと、鶴の一声を発した事に起因する。
新任の隊長は、魔獣対策と称して仮設ながらも櫓の数を増やし、魔力により射出される遠距離武器の設置をも行っていたのである。
教会に対する政治的なパフォーマンスであったのだが、結果として、セチュバーが攻めあぐねる要因の一端となったのは言うまでもない。
「信じ難いって言ったってよ、信じるしかねぇだろう。このままセチュバーに攻め込まれて死んじまうよりは、打って出て散った方がましってもんだ。そうだろ、ラオ!」
漁師組合長が、鼻息も荒く机を叩くと、隣に座っている若衆頭の名を呼ぶ。若衆頭のラオは、深く頷いて同意を示した。
「何も警備隊が出撃しない、と言ってはいませんよ。副隊長は、単純に有利不利を踏まえて言ったまで。このまま籠城戦をしていても、結局は物資切れを起こして攻め落とされるのですからね。しかし、セチュバーの攻め方から妙な焦りを感じるのですが。補給路の断たれた我々を、何度も攻める理由がわからない」
新任の警備隊長ヤートマが、警備隊も打って出る意思があると示し、更に、これまでの戦闘で感じた懸念を口にする。前髪をはらい上げる仕草こそ気障ったらしい優男なのだが、警備隊の運用について、ここまで申し分ない働きを見せている。
黙って聞いていたマフュも、ヤートマと同じことを考えていた。
(確かに、ソルジの物資切れを待てば、セチュバー側としては消耗も少なくて済むわ。でも、ソルジを早急に押さえるメリットが大きいのも事実なのよ)
ソルジを占領してしまえば、後顧の憂いも無く、現在中央王都へ向かっている王国の剣や教会の部隊の後ろを突くことが出来るのだ。焦りを感じさせる所を見ると、ソルジを包囲しているセチュバーの軍には、早急に占領するよう指示が出ているのは間違いないだろう。
「で、エルートの部隊ってのは、本当に参戦してくれるんだろうな。俺は漁師をまとめる立場でもあるんだ。身内を不確かな情報の中に放り込むってのも、出来ねぇ相談だからよ」
打って変わって冷静な表情となった漁師組合長が、スルクロークに向き直って言う。
「確かな情報です。ソルジ教会に籍を置いているトゥーム・ヤカス・カスパードからの連絡を受け、私が直接グレータエルートの部隊と連絡を取り合っています」
スルクロークの言葉に、一同から唸るように声がもれた。
「出撃の意向は、概ね決まったと判断できそうですね。では、その作戦及び、前線での指揮を執る者を決めなくてはなりません」
会議の流れを見ていた、修道騎士の相談役であるオルガートが、今後の方針を固めるために口を開く。
オルガートの頭の中では、グレータエルートとの共同作戦についての草案が幾つか固まっており、前線に立つ者によって修正を加えるだけと考えていた。
だが、前線で作戦の指揮を執ると言う事は、本人の身の危険は言うまでもなく、ソルジ全体の運命を背負う事となり、失敗の許されない立場となるのを意味していた。
「前線に出るその役目、この修道騎士マフュ・アーディにお与えください」
会議の場に、玲瓏たるマフュの声が響いた。
(トゥームが与えてくれた好機だもの。絶対に切り開いて見せる)
マフュの燃えるような真紅の眼差しに、異論を唱える者は一人もいなかった。
次回投稿は2月17日(日曜日)の夜に予定しています。




