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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第68話 おっさん達は平常運転

「これが、ピアラタへの入り口」


 三郎の目の前には、透明で巨大な壁が姿を現しはじめている。


 二度目の野営を終えて、翌日の昼に差し掛かろうかと言う時刻だ。


 透明な壁は、高さが三郎の身長の五倍ほどもあり、横幅は成人男性が六人ほど並んで悠々と通れる広さがあった。


 三郎はそんな壁を見上げ、呆気にとられて声を漏らしていた。


「別の空間への入り口なんて、初めて見るわ」


「ほわぁぁ~」「ぱわぁぁ~」


 トゥームやシャポーも、驚いたような顔をして同じように見上げている。ほのかは、シャポーの頭の上に乗って、シャポーの口真似をしていた。


 パリィに至っては「いやぁ、久しぶりの里帰りって感じですかね、やっぱり」と言って楽し気にしている。


 何の変哲もない至って普通の森の中、エルート族の数人が精霊魔法を使い、隠されていたピアラタへの入り口を出現させようとしているのだ。


「普段は数多あまたの精霊に頼み、エルート族の我々ですら認識できない程に隠されているのだよ。この場所も、目印となる物が無い様にと我々が管理している。エルート族の案内無しには、ピアラタへ立ち入る事も出来ないだろう」


 三人の驚いた様子の呟きを聞いて、部隊長は誇らしげな表情で説明した。


「エルート族でも認識できない様にしているのですか。ならなら、どうやってこの場所にたどり着けたのですか?目印も無いのでしたら、迷ってしまうと思うのです」


 シャポーが湧いた疑問を口にする。魔導師としての好奇心が、驚きで止まった思考を動かしたのだろう。


「精霊の隠し物は、精霊しか知り得ないと言ってね、我々エルート族は入り口の正確な場所を精霊に尋ねて知る事が出来るのだよ。まぁ、聖峰ムールスと太陽や星の位置から、だいたいの場所を覚えてしまっている者がほとんどなのだがね」


 部隊長が、シャポーの質問へ丁寧に答えを返した。


「私達人族の作る高い壁とは、比べ物にならないほど防衛として完璧なのね。流石エルート族と言った所かしら」


 トゥームが感嘆の声を漏らす。


 三郎は、聖峰ムールスと空を見上げて『俺には、ムールスの東側って事だけしか分からないなぁ』と思うのだった。


「なるほどなるほど、精霊魔法の使えない人には、見つけるのがほぼ不可能と言う事なのですね」


 感心したようなシャポーの言葉に、部隊長の耳が一瞬震えて反応する。パリィも同様に、シャポーへそれと無く視線を向けていた。


 シャポーの言った『ほぼ不可能』という部分から、出来る可能性のこもった響きを聞き取ったのだ。


「偉大なる小さき魔導師よ。入り口を見出す方法を思いつかれた様子だが、願わくば試さずにいてもらえると助かる」


 部隊長は、シャポーの言葉へ敬意を込めて言葉を返した。


 シャポーは、シトスやムリューを助けた件に加え、森の大地を正常な状態へ戻した実績によって、エルート達から高い評価を受けていた。


「あ、えっと、試そうなんて絶対にしないのですです。ただ、サブロー様がほのかちゃんにお願いして魔力の炎を制していたので、逆も出来るかなって考えちゃっただけなのです。他意は無いのです。他意は。それに、偉大だなんて・・・ごにょごにょ」


 シャポーが恐縮していると、部隊の者から部隊長へ、入り口の隠遁解除の完了が伝えられる。続いて、警戒に当たっていた部隊員から、周辺の安全も問題が無い旨が伝えられた。


 部隊長に促され、三郎達が部隊長の後に続いて入り口へ向かう。


 透明の壁に見えるものは、空間に起きている次元のズレにより発生しており、別の空間であるピアラタへ通ずる入り口となった物だ。


 次元のズレは、光りを複雑に吸収し反射させ、明暗を孕んだ光の干渉作用を引き起こして存在しており、三郎へ踏み入る勇気を必要とさせた。


「ほへ~、一枚の膜の様に次元の断層が出来ていて、別の空間への入り口になっているのですね。こちら側と向こう側の空間に微小差がある為、次元断層となっているのですね。ふむふむ~すごいのです。勉強になるのです」


 部隊長に続いて、トゥームとパリィは既に別空間へ姿を消している。


 シャポーは透明な空間を突っついたり、出入りを繰り返しながら独り言を呟いていた。


「よし!行くぞう!」


 三郎は、ある演歌歌手を頭によぎらせながら、気合を入れてピアラタへ足を踏み入れるのだった。




 ピアラタとは、魔力や生命力や精霊力が光となって輝きを放つ世界だ。


 三郎の目の前には、踏み固められた太い道が真っ直ぐに伸びており、その両脇に深き大森林と同じ様子の森が広がっている。


 違いがあるとすれば、全ての木々が淡く優しい光を放出していて、影で暗くなる場所が見当たらない所だろうか。


 見上げた空は全面が白く輝き、目を凝らすと七色に揺らめくオーロラが薄っすらと浮かび、幾重にも重なっている。


「わぷっ!サブローさま、入ってすぐ立ち止まっていると危ないのです」


 入り口の次元断層にご執心だったシャポーが、立ち止まって呆けていた三郎の背中に顔をしたたかにぶつけると、おでこを押さえながら言った。


「ああ、ごめんごめん。この景色にびっくりしちゃってさ。影の無い世界って表現すればいいのかな」


「景色にびっくりです・・・か。っはわわわ、すごい、すごいのです。木も地面も光っているのです。空が、空が白いのです。魔力・・・だけじゃなく、色々な力に満たされているのが解るのです。とんでもない空間にシャポーは踏み入ってしまったのですぅ」


 三郎に言われて、シャポーは初めて景色に目を向けたようで、三郎の袖にしがみつきながら驚きの声を上げる。


「ちょっと、二人とも立ち止まってないで早く来なさいよ。町へはもう少し歩くみたいよ」


 トゥームが道の少し先で振り返り、入り口に居る二人へ声をかけてきた。その隣で、パリィと部隊長が三郎とシャポーの様子を笑顔で見ている。


 三郎とシャポーは言われるままに、トゥーム達へ追いつく。その後から、部隊のエルート達がピアラタへと入り、精霊に入り口への隠遁の行使をお願いしていた。


「トゥーム、ピアラタに入ってから、景色見てそこまで驚かなかったのか?」


「驚いたに決まってるじゃない、感動も覚えたわよ。最初の勇者と同じ地に足を踏み入れたってね」


 三郎の質問に、何を言っているんだと言いたげな表情でトゥームが返した。


 だが、三郎の目には普段通りのトゥームと違いが無いように映る。


「そうか?俺なんて、まだ心臓がドキドキしてるし、シャポーなんてこんなだぞ」


 三郎は、袖にしがみついているシャポーを指さして言った。


「ししし、仕方ないのです。ちちち、知識にも経験にも無い事ですし。あああ、頭が追いつかないのです。ししし、心臓が飛び出しそうなのででです」


 理解の範疇を超えた時、シャポーは動揺モードへ突入してしまうようだ。


「なりたてとは言え、私は修道騎士なのよ。動揺する心を長く引きずってたら有事に対応できないでしょ?それくらいの訓練は受けているつもりよ。サブローってたまに、私が騎士だって事を忘れてるでしょ?」


 やれやれと言った調子でトゥームが肩をすくめる。


 三郎はトゥームの右手にある修道の槍を見ながら、たしかになと返事を返した。


「そういえば、さっきパリィに教えてもらってびっくりしたんだけど、両手で包むようにして影を作っても手の中が暗くならないのよ。二人ともやってみてよ、けっこう驚くから」


 トゥームがパリィから聞いた事を、得意気に三郎とシャポーに教える。


「両手を包むようにして・・・って、おおお、周りの光が遮断されてちょっと明るさは変わるけど、俺の手自体が淡く発光してる」


「シャポーが、シャポーの手が輝きを放っているのです。どういう仕組なのでしょう、えっとえっと、全然思い浮かばないのです。まだまだ世界には未知があふれているのです」


 両手で作った穴を覗き込みながら、三郎とシャポーが子供の様にはしゃいだ声を上げた。


「やっぱり、クレタスとピアラタに詳しいパリィは、楽しい話題を提供出来ちゃうって感じで、敏腕発揮しまくりって所ですかね」


 はしゃいでいる二人をみて、パリィが歯を見せて笑う。


「まてよ。ってことはだ、この世界には夜が無いって事?明るすぎて寝不足の人とか増えそうじゃないか。エルート族の睡眠事情って大丈夫なのか」


 はしゃいでいた三郎が、ふと抱いた不安を口にする。


 三郎は目を瞑ってみて、普段よりも明るさを感じているのに気付いた。瞼の裏ですら淡く発光しているようだ。


 快眠には、寝る時の部屋の暗さが重要であり、目覚めの時に光を浴びるのも大切だとか何だとか、睡眠関係の本で読んだ記憶が思い出される。


 三郎の頭の中で、エルート族が不眠症に悩んでいるのではないかと言った、とても場違いな心配が鎌首をもたげてきた。


「ははは、確かに眠る時に明るいと快眠はできないな。だが、心配することはない。クレタス側で日が落ちれば、ピアラタの光も弱まってゆくからな。夜に目を瞑れば、ほぼ真っ暗となるから寝るのに問題は生じないよ」


 隊長は吹き出すように笑うと、三郎は変なことを本気で心配するんだなと言って、三郎の肩を何度も叩いた。


「変な所に思考が行くのは、けっこう慣れてきたつもりだったけど、エルート族の睡眠事情の心配を今する?」


 トゥームは左手で目を押さえ、呆れたように呟いた。


「いえいえ、今の三郎さんの疑問と部隊長さんの回答には、大変興味深い所があったのですよ」


 シャポーが人差し指を立てると、神妙な顔つきで会話に割って入る。


「ほう、魔導師殿は、この会話で何らかの真理を発見されたのか」


 部隊長がシャポーの言葉に、好奇心を持った様子で聞き返した。


「真理と呼ぶほどではないのですが、重なった次元について魔導師の間では『存在し、影響しあってはいるが、直接侵すことのできない領域である』とされてるのです。別次元『から』の影響については、色々な事象の研究で証明されて来たのですが。別次元『への』影響は、確認した魔導師はいないのです。それは、別次元に魔導師が立ち入る事が出来なかったからなのです」


 シャポーは鼻息も荒く続ける。


「クレタスの日が落ちれば、ピアラタも暗くなるというのは、影響の証明と言っても過言ではなく、大変興味深いお話なのです。シャポーは今、次元研究の第一人者としての一歩を踏み出したのかもしれないのです」


 シャポーの演技がかった物言いに、部隊長も含む全員が「おお~」と感嘆の声を上げた。


 五百年の時を経て、ピアラタへ来訪した旅人達は、多少の動揺はあれど何とも平常運転だった。

次回投稿は12月23日(日曜日)の夜に予定しています。

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