第67話 一筋の光
シトスとセネイアの戦う音だけが、森を震わせていた。
シトスの繰り出す剣技を、セネイアは魔力障壁で跳ね返す。
その隙を突いて魔獣達が襲い掛かるが、大気の盾によってシトスの体まで届くことは無い。
シトスが放つ精霊の真空の刃を、死角から放とうが魔獣達は難なく避ける。セネイアが魔獣達の目となり耳となって、個体能力を十二分に引き出しているのだ。
剣技や体術において、シトスはセネイアを上回っていたであろう。しかし、高い魔力を持つセネイアは、魔力の障壁と支配下に置いた魔獣を巧みに操り、徐々にシトスを劣勢の淵へと導いていた。
魔人族と戦っていたムリュー、マート、リシーセは、既に敗北し魔獣の前足によって地面に押さえつけられている。
魔人族達は、セネイアが腹心としている強者であり、魔獣と連携を取られてしまえばムリュー達の敵う相手ではなかった。
三人は、呼吸も自由にさせてもらえない程に強く押さえつけられ、苦しそうなうめき声を上げている。
後方で魔獣との戦闘を繰り広げていたバジェンは、意識無く大地に横たわっていた。バジェンの装備は、血と無数の爪痕によりボロボロの状態となっており、戦いの激しさを物語っている。
バジェンと共に戦っていたグレータエルート達も、戦意を失うほどに痛めつけられ、無事と呼べる者は一人もいなかった。
「さ~て、お仲間は全員動けなくなったみたいよぉ♪アナタも剣を収めたらどう?続けるならぁ、お仲間の手足を一本ずつ食い千切らせてもいいのよぉ?」
セネイアは、魔獣を操りシトスと距離をとると、勝利の笑みを浮かべて言った。
その首筋には汗が滴り、シトスとの戦いに余裕が無かった事をうかがわせる。対するシトスも、静かな表情を崩してはいなかったが、額に汗を浮かべ呼吸も乱れていた。
セネイアに言われずとも、シトスの耳は、周囲の戦いに決着が付いているのを捉えている。
苦戦の音や仲間の傷つく声が、戦闘の最中であっても耳に届いていた。
(自身の未熟をこれ程後悔したことは無いですね。精霊王に助力を願う間も作れず、倒さねばならない相手に集中していても、この結果とは)
シトスの実力で精霊王を使役するには、深い精神集中と長い精霊への語り掛けが必要となる。仲間の援護が無い状態では、使おうと試みる事すらできなかったのだ。
シトスは静かに構えを解くと、剣を地面に投げ捨てた。
「敗北を認めましょう。これ以上、仲間を傷つけないで頂きたい」
「いいわよぉ~。まぁでも、壊しすぎたら、精神を支配した後に使い物にならなくなっちゃうから、私も望むところじゃないのよぉ」
セネイアは、シトスが大人しく従ったことに気分を良くし、無邪気とも取れる笑顔で言った。
(この女性、やはり精神支配の魔法を使うのですね。魔獣を手足の如く扱っていた手並みから、高い精神力を持つ者でも支配下とする実力があるのでしょう)
シトスは確信を得ると、心の中で理性を司る精神精霊へ呼びかけ、頭の片隅へひっそりと住まわせる。
無駄に終わるかもしれないが、精神支配の魔法に少しでも抗う事が出来るかもしれないと考えたからだ。
戦闘で高ぶった神経が、体の疲労感と乖離して通常の冷静な状態へと戻って行く。シトスは、精霊から与えられる感覚を静かに受け入れた。
セネイアの指示で、グレータエルート達は一所に集められる。
まだ動ける者は、両手に魔力の拘束を受け自由を奪われた。
マートが抵抗を示した為、魔人族によって意識を失わされる。倒れたマートにリシーセが駆け寄り、拘束された腕で必死に抱きかかえてシトス達の下へ合流した。
「無駄に抵抗するんじゃないよ。心臓に悪いって、バカ」
ぐったりと意識の無いマートに文句を言うと、リシーセは守るように強く抱えなおす。
シトス達の周囲を魔獣がぐるりと囲み、逃げ出すことなど出来ない状況となっていた。
一か所に集められて、シトスは全員の命が無事である事に気が付く。
重症であるバジェンも、致命傷となる傷は受けておらず、手当てを急げば助かるように見える。
「我々を生かして捕らえたのですね・・・このように面倒な事をしなければ、もっと早い段階で決着を付けられたのではないですか。魔獣の犠牲も少なく済んだと思いますが」
シトスは落ち着き払った口調で、ふと浮かんだ疑問を口にした。
理性の精霊を呼び出した事で、普段以上に冷静に思考が回っている。
「こんな状況で、まだ冷静でいられるのねぇ。貴方みたいな人の精神を、無理やり支配するって考えるだけでゾクゾクしちゃぅ」
セネイアは、頬を紅潮させながら言うと、切なげな吐息をもらす。
「いいわ、ご褒美に教えてあげる。私はねぇ、壊れていない子を四人くらい持って帰れればいいの」
お菓子でも選ぶかのような仕草で、セネイアはシトスとムリューの次にリシーセを指で差した。
「残りの子達には、追手を食い止めさせてあげようと思うのよ。壊れてても、主を守る役割を与えてもらえるなんて、光栄でしょう」
人差し指を唇に当て、ふっと息を吹き出す。
セネイアは、撤退を考え始めた時に、エルート族の追手を食い止める最も有効な手段として、同士討ちをさせる事を思いついていたのだ。
「それ以外にも、理由があるように聞こえますが」
「ふふ、さぁ~て、どうかしらぁ」
シトスの冷静な指摘に、セネイアは妖艶な笑みで答える。
シトスの言葉通り、捕縛に時間をかけたのには理由があった。
セネイアが優秀な精神支配の魔法の使い手であっても、大勢のエルート族を一度に支配することは出来ない。せいぜい四人ほどが限界だ。
その為、戦闘で精霊魔法を使わせることで、精神的肉体的に疲弊させる目的があったのだ。
疲弊し抵抗力の下がった相手ならば、セネイアの魔力をそれほど消費せずに支配下へ置ける。意識を失った者ならば、更に簡単に魔法で支配することが出来てしまう。
(セチュバーの宰相が言ってた、エルート族は真実を聞き分けるって言うのは本当みたいね。メーディット・ロエタへ帰ってから、すごく役に立ちそうじゃない)
魔力ある者が支配者となる魔人族であっても、人が集まり国という形をとれば、政治的な駆け引きも発生する。
氷の魔力の尊ばれるメーディット・ロエタにおいて、苦渋を舐めてきたセネイアにとって、真実を聞き分ける者という手駒は魅力的に感じられた。
「さぁ、無駄話もここまで。冷静なアナタから私の物にしてあげるわねぇ」
セネイアが、シトスの額へ向けて右手をかざす。その手に、魔力を緻密に組み上げながら、セネイアは精神魔法を構築してゆく。
植物の根が絡み合って成長するように、みるみるうちにシトスへその魔手を伸ばした。
セネイアとしては、直接額に触れて支配の魔法を使った方が効果も効率も良い。
だが、無暗に接近し危険を冒す事も無いだろうと、数歩離れた場所からシトスへ向けて精神支配を行おうとしていた。セネイアは戦いの中で、シトスを危険視するほど高く評価していたのである。
その時、シトスの耳に聞き覚えのある音が響いた。
エルート族の広い可聴域でしか聞き取る事の出来ない、高い周波数で交わされる軍の合図だ。当然、魔人族や魔獣に聞き取る事はできていない。
(本隊が我々の状況を把握した。もう少しばかり、時間を稼がなければならなくなりましたね)
シトスの耳に、全敵個体へ同時に攻撃する旨が伝えられてくる。
(敵に接近しすぎている為、我々の身は我々自身で守らなければならないですね。私一人の精霊魔法でどうにかなるでしょうか)
シトスの心を読んだかのように、隣でうなだれて下を向いていたムリューが、歯の隙間から小さく息を吐いた。
それは、グレータエルートが「了解」として使う合図だ。シトスには、それで充分だった。
「最後に聞いておきたいのですが。私の友人がソルジと言う街で、同じ外見の魔獣と戦ったと言っていたのですが」
シトスの言葉に、セネイアの手がピクリと反応し、魔力の根が成長を止める。
「あら、アナタの友人がぁ?ふ~ん、私の下僕になったらじっくりと話を聞いてあげるわね。最後に面白い話題をくれてありがとぅ」
セネイアは、シトスを支配した後の楽しみが増えたと言うように笑顔で答える。
「いいえ。ただ、特徴こそ似ているものの、その魔獣は『無駄』に大きかったと聞きていて、同じ魔獣か気になったもので」
シトスの強調した『無駄』と言う言葉に、セネイアが眉根を寄せる。
「あれはセチュバーの人族に、陽動として必要だと頼まれたから大きくしただけ。気分の悪い事を思い出させないでほしいわ」
一変して、セネイアは冷ややかな口調で言うと、精神魔法の構築を再開する。
シトスの額へ魔力の根が触れた途端、理性の精霊が侵入者を追い出そうと暴れだし、魔力の侵入を阻害する。
「ふん、この期に及んで抵抗するなんてね。でも・・・無駄」
セネイアが魔力を強く込めると、理性を司る精霊は一瞬で霧散した。それと同時に、シトスの耳に攻撃の合図が届く。
「無駄ではありません『大気に満ちる友人達よ、盾となり我らを助けたまえ!』」
シトスは、大気の精霊に仲間を守るよう、素早く語り掛けを完成させる。
『優しき風の精霊、飛来し傷つける物から私達を守って!』
シトスと同時に、ムリューが風の精霊に語り掛け、仲間の周囲へ自然とは異なる風を発生させた。
「今更何・・・を!?かはっ」
シトスとムリューの精霊魔法に反応しようとしたセネイアの胸を、一筋の光の矢が貫いていた。
次の瞬間、轟音と共に大量の精霊魔法が、魔人族と魔獣に降り注いだ。
次回投稿は12月16日(日曜日)の夜に予定しています。




