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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第66話 覚悟を決め、風となりて

 シトスは、セネイアを注意深く観察しながら、なぜ魔人族と魔獣の接近に気付けなかったのか思考を巡らせる。


(森の葉や草の全てが、目となって我々に敵の動きを教えていたはず。マートやリシーセは、樹木の精霊と深く親交がありますから、彼らへ迫る危険を精霊達が見逃すのは、考えられない事です)


 森の中、特にこの深き大森林の中にあって、精霊に助力を頼み警戒を行っていたエルート族が、敵の接近に気付けないなど在りえないことだった。


 シトスの頬を、冷たい汗が一筋流れる。


 シトスに焦りを感じさせているのは、何も接近された事だけでは無い。


(魔獣達の気配が、先の戦闘の時とは別物の様に感じます。落ち着き払っているとでも言えばいいのでしょうか、まるで私とムリューが初めて森で襲われた時の、理性とも取れる様子が窺い知れますね)


 魔獣の数は七十を超えている。対するシトス達は、怪我人を入れても十四名であり、数の上では圧倒されていた。


 野生の魔獣なら、自分達が獲物より優位だと感じ取れば襲ってくるはずだ。だが、襲い掛かってくる様子が微塵も感じられない。


 それらは、統制された軍隊の様に、不気味な静けさを持ってセネイアの後ろに控えていた。


 目の前のセネイアを警戒しつつ、シトスは仲間の様子を気配で探る。


 セネイアの他に三人の魔人族が紛れており、ムリューとマートとリシーセが、各々その動きに注意を払っている。


 後方のバジェン達は、怪我人を下がらせる機会を伺いながら、相手に気取られぬ様にゆっくりと動いて防衛体制を整えていた。


「何だか五人ほど数が増えちゃってるみたいだけど、まぁいいわぁ。緑髪の貴方と桃色髪の貴女、あーんなに高い崖から飛び降りて生きてたんですものねぇ、ご褒美として私のペットにしてあげるから、死なない様に頑張るのよぉ」


 セネイアが、妖艶な笑みを浮かべてシトスとムリューを指さした。


 艶のある口調だったが、グレータエルート達の耳には、苛立ちと殺意が響いてくる。


 初めて魔獣に襲われた時の事を思い出していたシトスは、頭の中で崖というキーワードが即座に結び付いていた。


「何故アナタが、その事を知っているのです」


「飛び降りたことかしら?だぁってぇ~、この子達に命令してたのは私だし、森の中から見ていたものぉ」


 笑顔で言うセネイアに、シトスは息を飲んだ。シトスの横で、ムリューもハッとした様に体を震わせる。


(言葉から偽りが感じられない。とすれば、あの時も今も我々に存在を感知させる事無く近づく事が、この女性には可能と言う事になります。その上、魔獣達は彼女の指揮下にある時、本来の力を発揮できるという事にもなりそうですね。この魔人族の女性は、危険です)


 シトスの考えは正しかった。


 セネイアは、魔人族の中でも精神魔法に長けている。


 精神魔法には、相手を直接支配する魔法の他にも、多様なバリエーションが存在していた。


 意識を混濁させたり、人格を豹変させてしまう物も精神魔法の一種だ。その中に、高難易度の魔法として『認識阻害』と呼ばれる魔法が存在する。


 これは、生物やそれに準ずる者達の無意識下へ影響を及ぼし、使役者の存在を周囲から捉えにくくさせるという物だ。


 セネイアは、使役者である自分のみならず、七十以上の存在を森から認識させないようにして移動していた事になり、それは彼女の力量を容易に想像させる物だった。


 その上、森の精霊達に自分達が別の場所に留まっている様に『誤認』させていたのである。脅威と呼ぶにふさわしい実力の持ち主だ。


「んふふ、私を更に警戒したような貴方の顔、ゾクゾクしちゃう♪」


 嬉しそうに赤黒い瞳に暗い光を滲ませ、セネイアは手を振り上げた。それと同時にシトスが声を上げる。


「以前戦った魔獣と同様に考えてはなりません!ムリュー、マート、リシーセ、各々魔人族をお願いします。私は彼女を抑えます!」


 セネイアの手が振り下ろされ、戦闘が開始された。


***


「怪我人を中心に護りを固めるぞ!俺は守りに徹する!一匹でも多く叩き伏せてくれ」


 バジェンの声が飛び、グレータエルート達から了解の言葉が返る。


 周囲を囲むように素早く移動した魔獣達が、既に襲い掛からんと目前に迫っていた。


『大地の精霊達よ、その力強きかいなもたげ、我が敵の侵略を阻まん』


 バジェンの語り掛けが完成されると、大地は幾本もの塊を形成して隆起し、魔獣達の侵攻を阻害する。


 突如として現れた大地の壁に、顔面を打ち付ける獣や胴を突き上げられる獣が出る中、数匹の魔獣がかいくぐって迫り来る。


「ちっ、前に戦った時より段違いに速い」


 昨日の戦闘では、バジェンの大地の壁を突破する魔獣は居なかった。だが、同じ精霊魔法を受けて、数匹の魔獣が対応して見せたのだ。


 その時、隆起した大地の壁から、植物の蔦が伸びて二匹の魔獣を捕らえる。


 バジェンの横に居たグレータエルートが、バジェンの精霊魔法にタイミングを合わせ、魔獣を捕縛したのだ。


「ふん!」


 バジェンの気合とともに、蔦共々魔獣を巻き込んで、隆起していた大地が地中へと勢いよく戻っていく。


「ギャロゥゥゥ・・・」


 断末魔の叫びすら飲み込まれてしまったかのように、魔獣は地中深くへとその姿を消した。


 大地が元に戻った隙をついて、一匹の魔獣が駆けてくる。


 バジェンは、新たな大地の壁を何個も呼び出して対応しようとするが、魔獣は素早い動きでかわしながら近寄ると、最後の壁が隆起する勢いを利用して、バジェンの上空から襲い掛かってきた。


「やるじゃないか!」


 再び大地を隆起させて迎え撃っても、足場として使われ軌道が読みにくくなると考え、バジェンは獣の爪と顎が届く瞬間に、自分の足元の大地を体一つ分沈ませた。


 目標を失った爪と顎が空を切り、魔獣の体勢が崩れる。


 崩れた所に合わせる様に、バジェンは再び足元を隆起させると、その勢いを利用して魔獣へ切りかかる。


 速度を増したバジェンの剣は、魔獣の体を首から尻尾へかけて長く切り裂いた。


 絶命の声を上げる事も出来ずに、魔獣は動かぬ骸となり果てて大地へ落ちる。


 バジェンが地面に降り立つと、休む暇を与えまいと別の魔獣が飛び掛かって来ていた。


***


 シトスは、セネイアと何度となく切り結んでいる。


 セネイアは、既に魔獣から降りており、ドレスをなびかせながらシトスの動きと対等に立ち回っていた。


 驚くことに、切れ味鋭いメーシュッタスの剣を、セネイアは魔力を込めた素手でいなす。


 その合間で、隙を突くかのように数匹の魔獣が攻撃に加わり、シトスは精霊魔法を駆使することで何とか凌いでいた。


「いい、いいわぁ♪」


 セネイアが、口元に歪んだ微笑を作って言う。支配や欲望の響きが籠った、耳触りの悪い言葉だった。


 シトスは、大気の精霊に願って、高圧縮の空気を作り疑似的な爆風を起こすと、魔獣を吹き飛ばせながらセネイアから距離をとる。


 魔獣の爪をかわしたシトスの横っ腹に、セネイアが魔力を高めた手刀を叩き込もうとしたからだ。


「うふふふ、貴方本当に反応が良いのねぇ。精霊魔法の構築も、この中では一番優秀みたいじゃなぁい?」


 セネイアは、そよ風でも受けたかのように乱れた髪を手で整えると、満足そうな笑顔でシトスへ言った。


 その言葉には、純粋な称賛の響きが含まれている。


 セネイアの余裕のある様子を見ても、シトスは全く驚かなかった。セネイアの魔法防御の展開速度を何度も見ており、爆風を防がれてしまうのも予想できたからだ。


「アナタこそ非常に優秀な指揮官であり、武人でもあるようですね」


 シトスはそう答えを返すと、セネイアと魔獣達から追撃の様子が無いのを見て、仲間達の戦いを確認する。


 魔人族と戦っているムリュー、マート、リシーセは、魔獣からの攻撃も加わり防戦一方となっており、完全に遊ばれているようだった。


 後方で魔獣の猛攻を防いでいるバジェン等も、徐々に追い詰められていた。怪我を負い、戦闘から離脱する者も出ている。


 セネイアの統制下に置かれた魔獣達は、互いの動きをカバーするかのように動いており、数の差で圧倒されているシトス達にどうこう出来る物ではなくなっていた。


 セネイアは満足気な笑顔を浮かべ、シトスがこの状況にどの様な判断を下すのか楽しそうに待つ。


「我々が全滅するまでの間に、どれだけ速くアナタを倒すかによって、道連れに出来る数も変わる様です」


 そう言うと、シトスは剣を構えなおし、腰を低く落とす。


 刹那、セネイアの周囲で幾つもの爆発が巻き起こり、セネイアの傍らに居た魔獣達を吹き飛ばした。


「諦めないで頑張るなんて、私好みよぉ♪貴方の精神を、ぐちゃぐちゃにして支配してあげる♪」


 爆発の衝撃を、魔力障壁で全て防ぎながら、セネイアは高笑いとともに言い放つ。


 爆風は何度も再構築され、魔獣達からセネイアを孤立させた。そこへシトスは、風の様に全力で踏み込むのだった。

次回投稿は12月9日(日曜日)の夜に予定しています。

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