第62話 シャポーのすごい解除魔法
「かなり上手く・・・できてしまったのです」
シャポーは、自らが行った結果ながら、びっくりして目を丸くしていた。
組み上げた解除魔法が、あっさりと四層目の魔法陣を初期化するのに成功し、大地への影響が消え去ったのだ。
日の傾きかけた時間ではあったが、東西に長く焼け出されて見通しのよくなっている森は、まだまだ視界に困らない明るさだ。
「ん?終わった?」
シャポーの呟きを受けて、三郎は確認するように聞く。
「はいです。中央王都で買った魔導書に載っていた、新しい術式を組み込んでみたのが良かったのでしょうか。すごーく上手くいったのです!」
瞳を輝かせながら、両手を強く結んだシャポーが、三郎へ嬉しそうに返事を返した。
「ああ、カルバリの物産展で買った本だっけ?立体球体魔法陣ってのを、地下室で組み直してた時に見てたアレか。早速応用したとか、すごいな」
「正確には、立体球状積層魔法陣なのです。でもでも、その時の魔導書で合ってるのです」
三郎が思い出しながら言う言葉に、シャポーは間違いを指摘しながらコクコクと頷いて相槌を打つ。
三郎とシャポーが会話し始めたことに気が付いたパリィとトゥームは、周辺に気を配りながら近づいてきた。
「やっぱり、解除魔法は作り上げるのが大変そうでしたが、大地に解き放ってからは、さくさくっと終わっちゃうってところですか。シャポーさんは、やっぱりすごい魔導師さんですね~。いやー、お近づきになれて光栄って感じがしちゃいますよ」
人好きのする笑顔を向けながら、パリィはシャポーを褒めちぎる。その手にはゲージが既に取り出されており、連絡が取れるようになったかどうか確認する様子だった。
「ふぇぇ~、そそっ、そんな大げさに言われましましまま、ひゃ!」
顔を真っ赤にしながら首を振っていたシャポーが、不意にバランスを崩して倒れそうになる。
倒れる寸前で、傍まで来てたトゥームがシャポーの体を受け止めた。
「ちょっと、大丈夫?」
「あはは、ありがとうです。無事にシャポーの役割が終わったなって思ったら、急に力が抜けてしまったのですよ。かっこ悪いのです」
恐縮した表情でトゥームに言い、シャポーは不安定な様子ながらも体勢を立て直した。
緻密な魔法の構築やその制御を長時間行っていたのだ、並みの魔導師ならへたり込んでしまっている所である。
「かっこ悪いところなんて、一つもないわよ」
トゥームが優しい笑顔で言うと、シャポーは大きくて丸い目を潤ませてトゥームを見上げた。
三郎の頭からシャポーの頭へ飛び移ったほのかが、手足をじたばたと動かして、シャポーを元気づける不思議な踊りを踊っていた。
「たしかにたしかにー、ゲージでの連絡も完ぺきに直ってますし、かっこ悪いどころか、カッコイイ感全開でいいんじゃないですかね」
今まで以上の笑顔を作って、パリィは全員へゲージを見せた。ノイズが乗ったり操作が中断されていたゲージは、正常な機能を取り戻している。
「よしよし、今日の目標達成も叶ったところで、急いで戻るとするか。真っ暗な森を歩くことになっちゃうから・・・どうした、トゥーム?」
日の高さを確認し、三郎が前哨基地へ向けて帰路に立つ提案をした時、トゥームが南側の森へ鋭い視線を送っているのに気付いた。
「複数の気配が、突然現れたわ・・・サブロー、シャポー、私の後ろへ」
修道の槍を隙無く構え、緊張した表情でトゥームは言った。
三郎はトゥームの焦りを含んだ声に、ただ事ではないと感じ取ると、シャポーの手を引いて黙って後ろへ下がる。
トゥームと並び立つように移動したパリィは、何処から取り出したのだろうか、メーシュッタスの剣を手にしていた。
(まさか、魔人族の集団とかに見つかったのか。あっちの森までは結構な距離があるけど、走って逃げるとか無理なんだろうなぁ)
手の平にじわりと汗がにじむのを感じながら、三郎はゆっくりと下がる。いざ逃げるとなった場合の為だ。
身体能力的に考えて、三郎とシャポーが足を引っ張るのは目に見えていた。
いや、子供のラルカにすら、追いすがるので精一杯だった実績を考えれば、三郎が一番のネックだとも考えられる。
ほのかは三郎の頭の上へ戻ると、トゥームやパリィの緊張した様子を感じ取り、同じように鋭い視線を森へ向けていた。
緊張の高まる中、耳に神経を集中していたパリィが口を開く。
「ん?ややや!あれは、エルート族の精霊使い達って感じですよ!いわゆる、エルートの軍隊ってとこですね」
パリィは明るい声で言うと、何処へともなく剣を納めて、遠くの森へ向けて両手を振って挨拶を送る。
「どうもどうも、グランルート族随一の案内役パリィですよ。・・・ええ、ええ、そうなんですよ、いやー魔人族かと思って警戒しちゃいましたよ。そうそう、この騒動は、魔人族が――」
パリィは、知らない人が見れば一人芝居の様な素振りをして、大きな声で会話を始めた。
どうやら、遠い場所に居ながら、エルート族へ事の子細を説明をしているようだった。
「エルート族の軍?パリィがそう言うなら大丈夫そうね」
トゥームは、相手側からの緊張の気配が消えるのを確認すると、修道の槍を下げて警戒を解いた。
そして、振り返って三郎に安全だから大丈夫だと声をかける。
三郎は、過緊張の為か、額に流れる汗を拭いながらトゥームとパリィの近くへ戻ってきた。
(パリィのこれは、姿も見えないエルート族と会話してるのか。文化の違いって一見すると妙に見えるよな。文化というか、生物的な違いと言うべきか。耳良すぎるだろ)
一人で会話を続けているパリィの様子に、グランルート族やエルート族の耳の良さを、三郎は再認識するのだった。
「あ、あの!サブローさま、そろそろ手を引かれなくともシャポーは大丈夫と申しますか。決してですね、繋いでいるのが嫌と言うのでは無く、そのその」
ごにょごにょと語尾があやふやになるシャポーは、顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「おっと、ごめん、緊張してたせいでずっと掴んじゃってたよ。痛かったか?」
言われて気付いた三郎は、謝るとすぐに手を放す。
シャポーは掴まれていた手を胸元に抱えて、もじもじごにょごにょを続けるのだった。
***
「何だ貴様ら、二人とも先ほどまでと動きが別物ではないか」
太い枝の上で、シトスの剣技をギリギリの所でしのぎながら、魔人族の一人が声を荒げる。
魔力を練ろうにも、シトスの攻撃が先を取って集中が乱されてしまい、苛立ちだけがつのってゆく。
その足元では、魔獣達が大地の防御に阻まれて手が出せなくなり、活発になった草木の精霊に押されるように、その数を減らしていた。
魔人族の二人は、魔獣に指示を出して立て直したい所であったが、攻撃へと転じたシトスとムリューがそれを許さなかった。
「ちぃぃ!ちょこまかと動きやがって、空中で動きが変化しやがって、くそっくそっくそがぁっ!」
ムリューの動きに翻弄され、魔力の弾を無駄に打たされている魔人族は、体力と魔力が底を突きかけている。
(おかしい、魔力も体力も、攻撃を続けていた我々の方に分があったはずだ。少なからず一対一となって優勢にこそなれど、劣勢になるとは考えられん。なぜ押されている?)
シトスと向かい合い剣を構え、魔人族は焦りを滲ませる。
シトスを早々に打ち倒し、仲間の援護へ向かいたい所だったが、シトスの剣技はそれを許すほど甘くは無かった。
魔人族は考える。
緑髪の男は、剣技において自分を上回るのは理解できた。
魔力を使おうとすれば、集中を乱すよう素早い攻撃が飛んでくるため、優位に進められないのも分かった。
だが、相方である魔人族がピンク髪の女に圧倒されているのは不可解だった。
自分と同等の力を持っている魔人族が、魔力をも使えている状況の中、明らかに劣っている相手に一対一で押し込まれているのだ。
「・・・解せん」
「腑に落ちませんか?彼女が優位に戦っている事が」
魔人族の呟きに、感情を読み取ったシトスが質問を投げかける。
「人族から聞いていたが、貴様達は言葉から心を読むと言うのは本当らしい」
言葉を発する隙をついて、シトスが斬撃を放つが、魔人族は寸での所でいなす。
心を読むという表現は明らかな誤認であるが、シトスは間違いを正す気はなかった。
「これほどの力量なら、初めから一対一で我等を圧倒すればよかったものを」
「それでは仲間に被害が出ますからね。それに、この戦いを一対一だと思っていたのですね」
シトスは冷たく感情の乗らない声で返すと、間合いを詰めて素早い斬撃を繰り出す。
メーシュッタスの樹液で作られた軽い剣から繰り出される斬撃は、魔人族には防ぎきる事が出来ず、浅い傷を増やしてゆく。
(一対一ではない・・・だと!?まさか、此奴!)
「貴様!精霊魔法を私に使っていないのは!」
魔人族は気づいた。シトスは、先ほどから剣技のみで戦い続けている。
シトスほどの精霊魔法の使い手が、攻守において剣のみで戦っているのだ。
それは、精霊魔法の全てを別の事、すなわち、あちら側の戦いへ向けていたからに他ならない。
「ええ、彼は一対二だから追い込まれているのですよ」
その時、ムリューと対峙していた魔人族の断末魔の声が響く。憎しみと怒りに満ちた響きを持つ、不快なる最後の叫びだった。
「貴様ぁ!私をなめていたのか!ふざけるなぁ」
魔人族は怒りも露わに、シトスへ向けて剣を繰り出した。
「それに、我々大気や風の精霊と親交の深い者達は・・・」
シトスは、剣の勢いを削ぐようにタイミングを合わせて、半歩引きながら魔人族の剣を難なく受け止める。
魔人族の目が、驚きで見開かれた。
シトスの引いた足が、空中へ投げ出されていながらも、しっかりと踏みしめられていたからだ。
そして、それが最後に見た光景となる。
「・・・エルート族の中でも、攻撃を得意とする者なのですよ」
シトスに剣を受け止められ、完全に動きが停止した魔人族の横には、既にムリューが迫っており、その首へ向けて剣を繰り出していた。
驚きの表情のままに、切り離された魔人族の頭と胴は、大地へ向かい落下していった。
「はぁ、何も丁寧に、説明してあげる事、なかったのに」
肩で息をしながら、ムリューがシトスに声をかける。
「そうですね。さて、魔獣との戦いにも決着が付きそうですよ」
シトスは、ふと笑顔を作り、下での戦いの行方を見定める。
息の一つも乱していないシトスの様子に、ムリューは恨めしい視線を向けた。
大地の精霊は、精霊魔法の中でも特に防御面に優れており、統制の取れていない魔獣の攻撃を十分に防いでいた。
十匹程度まで減っていた魔獣達は、魔人族が倒されたのを知ると、躊躇することなく北へ向けて森に逃れて行く。
「逃がすかよぉ!」
マートとリシーセが草木の精霊を使い、逃走を阻止しようとするが、二匹を捕らえただけで残りは森の中へ姿を消した。
更に追おうとしたマートの背中に、シトスから声がかかる。
「追う必要はありません。彼らの向かった先には、我々エルート族の軍が展開していることでしょう」
シトスの言葉通り、魔獣の逃げた先には聖峰ムールスがそびえ立ち、エルート族の世界へと繋がる門が有る。
それに、追撃をすればグルミュリアの部隊を置いていく事になり、危険だと判断した為でもあった。
「私達は、傷の手当を優先しましょう。そして、まだ息のある獣は、苦しみから解放してあげてください」
シトスは指示を出すと、一番の重症と思われるグルミュリアの所へ走る。
「大丈夫ですか?」
横たわるグルミュリアの傷を見るため、シトスは肩に手をかけるとあお向けになる様にそっと動かす。
一緒に駆け寄っていたムリューが、応急用の道具を取り出して傷の手当てを始めた。
「くっ・・・シトス、終わったのね。理由は分からないのだけれど、ゲージが使える様になっているの」
そう言って、痛みで表情を曇らせるグルミュリアの手には、ゲージが握られている。
グルミュリアは、哨戒任務に出ていた内の一部隊が近くに居て合流する旨を伝えてきた事や、本国に粗々の情報を送ったことをシトスに伝えた。
そして、哨戒任務に出ていた内、三つの部隊の者と連絡が取れなくなっていると、苦々しい口調で伝えた。
倒された後、ゲージの復活に気付いたグルミュリアは、うずくまりながら敵に気付かれない様に各所へ連絡をとっていたのだ。
「グルミュリア、無理はほどほどにしてください。まったく、貴女ほど責任感の強い人はそう居ませんね」
シトスが、呆れたような声でグルミュリアに言った。
グルミュリアの傷は浅くはないのだが、意識がしっかりしている事に安堵する。
「何言ってんのよ、まだ完璧じゃないくせに、自分を犠牲にしてまで精霊王を呼ぶとか言い出した人が、言える立場じゃないでしょ!」
二人の会話を聞いていたムリューが、グルミュリアの腹部へ巻いている包帯を力強く結びながら言う。
「いたたた、ムリュー、シトスの分まで、私に当たらないで、死んじゃう」
グルミュリアは涙目になりながら、ムリューに訴えるのだった。
グルミュリアの処置をムリューに託し、シトスは立ち上がって状況を確認する。
シトスの部隊は、ほとんど無傷ではあったが、グルミュリアの部隊員は、全員一人で歩くのも困難な状況だと見て取れた。
手や足を、一時的にとは言え凍らされてしまった影響は大きい。
応急処置から手の離れたマートが、大木に手を当てている。樹木の精霊に、周辺の状況を聞いているのだろう。
「近くに居る部隊の手をかりつつ、警戒しながら帰還するしかないですね。軍本隊の状況を確認して、合流できるならするべきでしょう」
シトスは独り言のように呟くと、自分のゲージを手に取るのだった。
次回投稿は11月11日(日曜日)の夜に予定しています。




