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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第61話 おはよう大地

 シトスは、自分達が追い詰められたのだと理解し、ある種の覚悟をきめた。


 それは、負けるための覚悟などではない。一人でも多くこの場を逃れ、仲間へ戦況を伝える為の覚悟だ。


 シトスの部隊は、精霊力を足元へ展開する事で、凍り付く大地から何とか逃れていた。しかし、グルミュリアの部隊は、全員が氷に足を捕らえられ、手までも大地に着いてしまっている者さえいる。


 シトスは、これまで防御に徹することで保ち続けていた均衡が、崩れてしまったことを感じ取っていた。


「ムリュー、我が身を依代に大気の精霊王の力をかり、聖峰ムールスの方角へ道を切り開きます。後の指揮は、貴方にお願いしたいと思います」


 シトスの横には風の防御を展開するため、集中を高めているムリューがいた。シトスは、彼女にだけ聞こえる声でそっと囁く。


 シトスの言葉を聴いて、ムリューは小さく息を飲むと眉間に深い皺を作った。


 その身に精霊王を宿し力を使役することは、自身が精霊と同化する事を意味し、優れた精霊使いでなければ出来ない。


 エルート族でも数人しか扱えない精霊魔法であり、シトスはその訓練を受けている数少ないグレータエルート族の一人だった。


 だが、精霊王を「宿せる」のと「宿して使役できる」のには、大きな実力の壁が存在し、シトスはまだ訓練で「宿せる」までの域にしか到達していない。


 精霊力をかりる加減を誤れば、シトスの存在は精霊となり、精霊達の住まう次元の住人となってしまう。下手をすれば、この世界をたゆたう自然の力となって、存在自体が時間をかけてこの世界に同化して無くなる可能性もあるのだ。


「まってよシトス、貴方ってまだ『宿す』訓練を受けているだけでしょ。そんな事、了解できない」


 ムリューの声が少し震えて荒くなる。そんなムリューに、シトスは諭すような返事を返す。


「大丈夫、自分を失わないよう出来る限りの加減はしますから。それに・・・」


「・・・それに?」


 シトスの言葉に、不安な気持ちを隠すことなくムリューは聞き返す。


「今度ばかりは、きちんと貴女あなたを護らせてください」


 優しい笑顔で言うシトスに、ムリューは返す言葉を見つけることができなかった。




「あー?何だ、緑頭とピンク髪の女が何か相談ぶっこいてやがんな。耳がいいからってよぉ、コソコソ相談したところで不利なのは変わんねぇけどなぁ」


 貫通力を高めるために両手の魔力を練り上げながら、魔人族の一人が大声でがなる。


 防戦しかできなくなっているグレータエルート達に、全ての魔獣を飛び掛からせてしまえば容易く制圧できるのだが、魔獣の被害も少なからず出てしまう。


 それに、自分たちに与えられた任務は『エルート族の捕獲』であり、魔獣に襲わせてしまえばそのほとんどを殺してしまう恐れがあった。


 その上、魔獣を無駄に死なせてしまえば、上司であるセネイアから貰う称賛の言葉や褒美が減ってしまいかねない。


 氷の魔法で足止めの叶った今、相手の精霊魔法の防御を上回る貫通力で、一番厄介な緑髪の男を始末してしまえば、残りのエルート族達はどうとでもなるだろうと、魔人族達は考えていたのだ。


「気に入らないな。ピンク髪の女には、後で何の話をしていたのかジックリと聞いてやる事にしよう」


 冷ややかに言った魔人族の手の上で、貫通力を高めた魔力の塊が完成する。


「死にさらせゃ!緑頭ぁ!」


 怒声とともに、魔人族達はシトスへ向けて魔法を解き放った。




「全力であの魔法を防ぎ、精霊王の助力を仰ぎます。皆は魔獣を警戒。ムリュー風の援護を!」


 シトスは、仲間全員へ聞こえるように声を張り上げると、作り上げていた全ての大気の盾を前面に展開する。


『優しき風の精霊、押し通る悪しき力から私達を護って』


 ムリューの願いを聞いて、風が魔人族の放った魔力の塊へ絡みつき、その速度を徐々に鈍らせる。


 高い集中から紡ぎだされた風の衣は、魔力の通り道を塞ぐ様に幾重にも折り重なって密集して魔力を押し返す。


「へぇ、やるじゃねぇか、あのピンク髪。エルート族ってのは、なかなか強くてたまらねぇ生き物だなぁ」


 魔力を放った手に、鈍い反発が返ってくると、魔人族は下品な笑いを口元に浮かべ更に魔力を込める。


「言葉にいちいち下品な響きを乗せないで。耳が汚れる」


 ムリューも負けじと、精霊への干渉を強めるため集中を高める。


「ふむ、強気なところも気に入った。是非ともセネイア様に褒美として貰わないとな」


 もう一人の魔人族は、冷静な表情をして語っているが、ムリューの耳には薄汚い欲望が聞き取れてしまう。


「だ~か~ら~いちいち下品な響きが、気持ち悪いって言ってるのよ」


 強気な発言とは違い、ムリューは内心焦りを感じていた。


(くっ、シトスの盾に届く前に、一つくらい跳ね返したいのに、風が突破されちゃう)


 魔人族の放つ魔力の速度は、傍目には落ちている様に見えても、その威力を全く削れていなかった。


 シトスの作り出した大気の盾に、一つの魔力の塊が触れて、耳障りな衝撃音を放つ。


 大気の盾は、魔力の大半を削りながらも貫かれて消えてゆく。


「ムリュー、魔力弾の速度を違えてください。同時に盾に当たらなければ、威力を削れます」


 一つ目の魔力の塊は、シトスの作る三つ目の盾まで到達すると、相殺されるように掻き消える。


「わか・・・った」


 精霊の制御で精神が削られながら、ムリューはシトスへ返事を返した。


 ムリューの風とシトスの大気の精霊魔法は連携し、高圧とも言える魔力の塊を二つ三つと相殺する。


 相殺されながらも、攻撃側が有利なのだと理解している魔人族は、次は手数だと言わんばかりに魔法を飛ばした。


「グラアゥゥウゥ!」


 その時、シトスとムリューが魔人族に集中しているのを隙と感じ取った数匹の魔獣が、同時に襲い掛かってきた。


 バジェン、マート、リシーセの三人と、グルミュリアの作る大気の盾が獣の動きをギリギリの所で跳ね返す。


「ちくしょう、大地が凍って冷たいと、樹木の精霊の動きが更に鈍くなっちまう」


 マートの言葉通り、先ほどまでの樹の精霊魔法よりも、効果を発揮する速度が目に見えて遅くなっている。


 それでなくとも、大地の精霊が眠っている状態にある今は、そこに根ざす草木の精霊にも大きな影響が出て、精霊魔法の行使に普段よりも集中力が必要になっていた。


 更に、氷の魔法による低温が樹木に悪影響を与えて、マートが愚痴をこぼしたくなるのも仕方ない所だった。


「遅くなったら、手数を増やせばいいでしょ。文句言ってる暇なんてないよ!」


 リシーセはマートに檄を飛ばすと、蔦の魔法で魔獣をからめとり、別の魔獣の懐へ踏み込んで剣を振るう。


「確かにそうだな」


 マートもリシーセを見習い、樹木の檻を構築して魔獣を牽制すると、飛び越えてきた魔獣の鼻先へ真一文字に剣を繰り出した。




 グルミュリアは、自身が凍てつく大地へ膝を着きながらも、懸命に大気の盾を作り上げて仲間を護っていた。しかし、体力も限界を迎え、精神力のみで繰り出す精霊魔法は、徐々にその威力を弱めて行く。


『大気の精霊よ、盾となりて我等をまも・・・りっ』「ふぐぅ!!」


 不意に腹部を襲った激痛に、精霊への語りかけが中断される。腹部に負った傷から氷の魔法が浸透し、体内へダメージを与えたのだ。


 グルミュリアの盾が無くなった隙をついて、魔獣が防衛の輪の中へ飛び込もうと跳躍する。


『大気に満ちる友人達よ、盾となり我を助けたまえ』


 その動きに気付いたシトスが、グルミュリアの部隊を護るように大気の盾を魔獣の前へ展開した。


「ギャン!」


 魔獣は、鈍い音を響かせて大気の盾へ衝突する。あまりに勢いよく衝突したため、首の骨が有らぬ方へ向いてしまい、そのまま動かなくなる。


「よそ見する余裕は、ねぇだろぉ!」


 シトスの精霊魔法の隙をついて、魔人族は最後に残っていた高密度の魔力の塊をシトスへ押し出した。


「!!」


「シトス!」


 シトスが素早く構築した大気の盾は、シトスの体に直撃する寸でのところで魔力弾を弾けさせた。


 魔力の塊は、戦いの中で多少威力が削がれていたものの、強力な衝撃波をシトスへ与えて後方へ吹き飛ばす。


「かはっ」


 シトスは、全身を襲った鈍痛に我慢できず、胃の内容物を吐き出した。


「はぁ、はぁ、これで緑髪もジ・エンドかぁ。はぁ、はぁ、なかなか手ごたえがあって面白かったぜぇ」


 多量の魔力を消費した為に肩で息をしている魔人族達だが、勝利を確信した様に口の端を吊り上げながら、止めとばかりに魔力を練り上げる。


(精霊王へ助力を求める時間が作れませんね。小さくないダメージを負ってしまった今、精霊王を宿したとしても力を扱えるかどうか・・・)


 シトスは、痛みに咳き込みながらも、次の手を必死に考えていた。大気の盾を構築したくとも、嗚咽と咳で言葉に出すことが出来ない。


 その時、シトスと魔人族の間へ、庇うようにムリューが立ちはだかった。


「はぁはぁ・・・シトスを、死なせたりなんて、しない」


「いい心がけだぜぇ。面倒くせぇから、仲良く死に腐れや」


 魔人族が魔力を開放しようとした刹那、グレータエルート達の耳へ異様に甲高い金属音が地中から響いた。


 それは、並みの聴力では聞き取れないほど、大地の奥深くから響いてきた音だった。


 寝静まっていた大地が急速に生気を取り戻し、大地に普段の森と同様の強い精霊力が取り戻されてゆく。


 グレータエルート達は、一瞬何の響きか理解できなかった。だが、シトスただ一人だけが、戦況の変化に思考が追いついてた。


「くっ・・・バジェン!大地の護りを!!」


 シトスは出せる精いっぱいの声で、バジェンに呼びかける。


 魔人族の放った魔力がムリューとシトスへ到達するその直前、大地が隆起し巨大な盾が姿を現す。


「なんだそりゃぁ!?」


 魔人族の放った強力な魔力を飲み込むと、大地の大盾は地中へとその姿を消した。同時に、凍り付いていた地面も活力を取り戻し、満ち溢れた精霊力が魔力の氷を溶かしてゆく。


「はっはぁ、寝坊助がやっと目を覚ましやがったか。これで本気が出せるってもんだ」


 バジェンは大地を優しく手で撫でると、魔人族へ不敵な笑いを向けた。

次回投稿は11月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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