第60話 シャポーの解析魔法~その2~
ぶよぶよとした不定形の大きな塊が、空中に浮かんでいる。
シャポーの手の動きに合わせて、塊は形を変えながら、思考次元で再構築された魔導文字を吸い上げてゆく。
「はぁ~」「ぱぁ~」
(杭の次はスライムか・・・絶対あれのイメージはスライムだよな。クレタスでスライムなんて見た事ないけど)
三郎は、そんな解析魔法(スライム)を唖然と見上げていた。三郎の頭の上に乗っているほのかも、同じような声を上げて見上げている。
淡い金色に輝く文字がびっしりと刻まれているスライムは、三郎の目に妙なシュールさをもって映っていた。
不定形の物体を形成し、そこへ魔導文字を埋め込んで解析魔法を作り上げるのは、大変高度な技術だ。
しかし、シャポーが高度な事をしていると気づけるほど、魔法に対し造詣の深い者はこの場に居なかった。
ちなみに、シャポー本人も、師匠に教わった事をしているだけと言う感覚なので高度だとは気付いていない。
『解析魔法三ノ三式、解析開始』
シャポーの言葉を合図に、地面に潰れる様に落ちた解析魔法は、ゆっくりと静かに地中へ染み込んでいった。
(地味だ。見た目はそこそこ派手なのに、異様な地味さだ・・・って、見とれてる場合じゃない、俺の役割は全体の把握だった)
三郎は、魔法に気を取られていた自分に気付き、パリィやトゥームの様子をうかがうのだった。
***
「解析が完了したのです!」
「ぅえっ、早っ!」
シャポーの元気な声に、三郎は驚いて変な返事を返した。
シャポーが解析魔法三ノ三式(スライム)を発動してから、一刻と時は経っていない。
スライムを模した大変高度な解析魔法は、地中で分裂しながら各五階層の魔法陣へ溶け込み、それらの構造を余すことなくシャポーへ伝えた。
当然、六層目の全体防衛用の魔法は働いてしまっているので、解析魔法には回避用の文と演算をしっかりと組み込み、六層目へのアプロ―チも避けさせた。
前段階である解析魔法(杭)の情報を入力できた為、第二の解析魔法は結果を早く出すことができたのだ。
「いやー、やっぱりシャポーさんは、シトスさんが褒めるほどの魔導師さんってところですか」
声を聞きつけたパリィが、感心した声を上げながら近づいてくる。トゥームも様子に気付き、三郎達のもとへ歩いてきた。
「思ってたより早かったわね」
「ふっふっふー!シャポーはやる時はやる子なのですよ」
トゥームの言葉に、シャポーはどや顔で胸を張る。
三郎の頭の上で、ほのかもシャポーの真似をしてふんぞり返った。
「それで、解除方法とか何か分かったの?」
得意気なシャポーに、トゥームは疑問を投げかけながら、周囲への警戒も忘れずに目を光らせる。パリィも同様に警戒を忘れてはいない。
「ただ得意気にしているだけではないのですよ。なんとですね、シャポーは解除方法をいくつか思いついてしまったのです」
「「「おおー」」」「ぽぉー」
あまりにも良い答えが返ってきたので、全員がシャポーへ注目した。
「あの模倣スライム型の解析魔法はですね、対象となる魔法へ、こちらの解析魔法を染み込ませる様に展開できる画期的な物なのですよ。対象への浸透圧や防衛トラップ回避などなどの演算や式が難しいところなのですが、一個目の解析魔法で深度や構造について、粗方の情報を吸い上げて組み込むことで、それらの演算を容易にすることが出来るのです。そしてですね――」
いきいきとした表情で説明を始めたシャポーの声を聞きながら、三郎は(やっぱりあれはスライムだったのか)と思うのだった。
シャポーの話によれば、一つ一つの魔法陣に対して詳細な解析を行い、解除するのも可能であると分析できたのだと言う。
しかし、複雑に組まれた五層からなる魔法であり、六層目の防御魔法も起動してしまっているので、解除用の魔法を各魔法陣へ対応させるようにカスタマイズするのに時間がかかってしまうとの事だ。
別の方法として、パッケージ魔法全体を一つと捉えて考えると、四層目の座標魔法がパッケージ全体を深き大森林へ固定する役割を担っているので、四層目を発動前の状態へ初期化することで、発信元であるゼロ点へのフィードバックが可能なのではないかと言う。
その根拠は、全体の移動を行った五層目の魔法が役割を終えて停止しており、この場にパッケージ魔法を留めているのが四層目のみであること。そして、魔法全体へ魔力の供給が常にされていて、発動元との繋がりが維持されていることなどから、可能であると考えられるのだとシャポーは説明する。
また他に、各魔法陣のコアとなる魔導文も組み込まれた箇所が分かったので、それらを破壊して停止させるのも可能ではあると言う。
しかし、大規模な魔法を強引に破壊すると、内包されている魔含物質が拡散されて魔力による汚染が広がってしまう。拡散された魔力は、魔力溜まりの発生する原因となるのでお勧めできないのだと、シャポーは付け加えた。
「まず一つ目は、解除魔法を準備して解除する方法。でもこれは、時間がかかると」
「はいです。準備に一日・・・と言いたい所なのですが、五つも大規模な魔法が重なっている物なので、丸々二日はかかってしまうかと思うのです」
三郎が人差し指を立てて確認すると、シャポーは難しい顔をして返事を返した。
「六層目の防御用の魔法ってのは、解除しなくて大丈夫なの?」
三郎は、ふと沸いた疑問を口にする。
「五つの魔法を解除してしまえば、防御魔法は消えてしまうのです。各魔法陣に付随した物なので、魔法陣の存在自体が五つの魔法に依存しているのですよ」
「へ、へぇ、そうなのか」
シャポーがさらっと説明してくるが、三郎には今一ピンと来ない。だが、聞き返すと説明が長くなるので、三郎はあえて流すことにした。
「で、二つ目は、座標を固定してる魔法を初期化して、ゼロ点である発動元へ帰してしまう・・・で合ってる?」
三郎が、二本目の指を立てて確認する。
「合っているのです。その根拠も先ほど説明した通り、解析から明らかなのです。上手くすればですね、発信元の位置する方角だけでも分かるかもしれないのですよ。ただし、魔法自体は生きたまま戻るので、四層目へ座標を再入力したり五層目を再起動するなどされて、時間はかかると思うのですが再び発動してきたら同じ現象が起こるかもです」
シャポーは握りこぶしを作って強くうなずきながら、懸念される事についても付け加えて説明した。
「三つ目の方法は、パッケージ魔法を破壊する系の方法だけど、魔力の汚染が出るから止めといた方がいいのか」
「そうなのです。深き大森林に魔力溜まりがいっぱい発生して、森の植物や生き物などが魔獣になってしまうかもしれないのです。生態系の破壊なのです」
三郎が三本目の指を立てて聞くと、シャポーは首を横に振りながら答える。
(第三案は無しとして、確実に解除するなら第一案なんだろうな。しかし・・・)
三郎は顎に手を当てて、しばしの間考えこんだ。
確実な解除の準備に二日かかるなら、それが致命的な遅れとなる可能性だってあるのだ。
その上、地中に展開された魔法に、二日の間で改修が行われたら準備も無駄になってしまう。既に、六層目の防御魔法が働きだした状況なのだから、発信元の術者に気付かれていると思った方が良いのは確かだった。
「なぁシャポー、二つ目の『四層目を初期化』する方法なんだけどさ、時間的にすぐにできる物なのかな?」
三郎は考えを巡らせながらシャポーに聞く。
「そうですね、第四層の構造は解析済みなので、日が落ちる前には初期化できるのです!」
シャポーが日の高さを確認すると、力強く答えた。
発信元の情報について、少しでも得られる可能性があるなら迷う必要も無かったか、と考えながら三郎は全員に向けて言う。
「なら、二つ目の方法を取るべきだな」
***
日が傾き始めた頃、九人のグレータエルート達が、三十体以上の白い魔獣に包囲され防戦一方となっていた。
シトス達の部隊は、救援を求めていたグルミュリアの部隊と合流することはできていた。
だが、魔獣の包囲網を一時的に分断し、包囲を抜けようと試みた矢先、強力な氷の魔法によって行く手を遮られたのである。
グルミュリアの部隊を包囲していた魔獣とは別に、数匹の魔獣と二人の魔人族が身を潜めていたのだ。
「シトス、救援を求めていた私が言うのもおこがましいのだけど、貴方達を巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。魔人族が潜んでいたなんて・・・」
シトスの隣で荒い息をつきながら、薄紫色の長い髪をした女性が謝罪を口にする。魔獣から受けた傷が体のいたる所にあり、体力も限界を迎えているのが一目で分かる様だった。
その言葉からは、自分が囮の役割を果たし、シトス達をおびき寄せるのに一役買ってしまったという後悔がにじみ出る。
「何を言うのですかグルミュリア。他の部隊も気付いているかもしれません、諦めるにはまだ早いと思いますよ」
シトスは、空気の壁を展開して魔獣の攻撃から広範囲を守りながら、グルミュリアに優しく声をかける。
「本気で言っているのが、本当に貴方らしい」
弱々しい笑顔を作って、グルミュリアは剣を構えなおした。
シトスが迷いなく本気で言っているのだと、グルミュリアの耳に響いてきたからだ。
グルミュリアの部隊には、グルミュリアの他に樹木の精霊と親交の深い者が一人と、三人の大地の精霊と親交の深い者が所属していた。しかし、大地の精霊と親交の深い者は二名に減ってしまっている。
ゲージが使えなくなり、大地の精霊が寝静まった様になっている中、よくここまで戦い続けていたものだと、シトスは敬意すら覚える気持ちだった。
シトスの部隊員であるバジェンが、大地の精霊と交信できなくなったと言った時、シトスは引き返す事も考えたほどだ。
エルート族は、親交が浅いからと言って他の精霊に助力を求められないわけではない。
しかし、親交の深い精霊と浅い精霊に助力を求めた場合では、精霊力の発動速度や威力に明確な差が表れてしまう。
現に、バジェンも風の精霊力などを駆使して戦ってはいるが、瞬発力も威力も大地の精霊を使っている時と雲泥の差が出ていた。
バジェンも含む三人が、大地の精霊力を使えれば包囲から抜け出せる可能性も出てくるのだが。
「エルート族ってのは、あいつ達の言ってた通り、整いまくった見た目してるな」
下卑た笑いに混じり、不快な言葉の響きがシトス達の耳を打つ。
強力な魔法を使い、グレータエルートを追い詰めている魔人族の一人が言ったのだ。
「セネイア様は、今回の褒美として捕まえたエルート族も何人か与えると言っていたからな。俺はあのピンク色の髪の女が・・・気に入ったなぁっと」
もう一人の魔人族がそう答えながら、ムリューに向けて強力な魔力の塊を放つ。
ムリューが二匹の魔獣の攻撃を剣でいなし、後方へ飛んだタイミングを狙ったのだ。
「きゃぁ!」
ムリューは魔力弾に反射的に反応し、風の精霊力を展開して防いだが、間近で炸裂したため勢いよく吹き飛ばされる。
気付いたバジェンが、咄嗟にムリューの体を受け止め、包囲している魔獣の中へ投げ出されてしまうのを防いだ。
「大丈夫か、魔獣の動きにばかり気を取られていたら、あいつ等の魔法のいい的になるぞ」
「けほっ・・・ええ、ありがと。直撃はしなかったから」
ムリューはバジェンに返事を返し、すぐさま剣を構えなおした。言葉とは裏腹に、左手で腹部を押さえており、衝撃波をまともに受けてしまったようだった。
「オレはよぉ、ボロボロになりながらずっと健気に頑張ってる紫髪の女が、何だかたまらねぇんだよなぁ!」
下卑た笑いを浮かべた魔人族は、両手に氷の柱を出現させると、グルミュリアへ狙いを定めて勢いよく放った。
「させません」
シトスは、大気で作り上げた分厚い盾を押し出し、二本の氷柱にぶつける。
大気の盾と氷柱は、互いの固さを誇示するような金属音を森に響かせて砕け散った。
「へぇ、エルート族ってぇのぁ、結構本気で作ったオレの魔法を防げるのか」
ニヤけた表情を作りながら言う魔人族の言葉に、嘘をついていない響きを聞き取りながら、シトスは返事をすることなく大気の盾を再構築する。
「だがなぁ・・・砕けちまった氷が降り積もるんだよなぁ」
グレータエルート達の足元に、粉状となった氷がうっすらと敷き詰められてゆく。
「これは!?ぐっ、足が地面に凍り付いて、動きが!」
バジェンは、靴底が地面に張り付くのを無理やりはがしながら、仲間の状況を確認する。
体力的に限界となっているグルミュリアの部隊の者達は、引きはがす力も出せずに膝をついてしまっていた。
「へっへっへっ、これでちょこまかと動けなくなるよなぁ」
魔人族達は下卑た笑いを浮かべ、シトス達に見せつけるかの様に、両手に魔力の塊を作り狙いを定めるのだった。
次回投稿は10月28日(日曜日)の夜に予定しています。




