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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第5話 篭いっぱいの結晶

 シャポー・ラーネポッポには、厳しい修行の合間、心を癒してくれていた一冊の本がある。


 小難しい専門書ばかりが置かれている師匠の書斎の片隅で、埃をかぶっていた物だった。その本について師匠に尋ねても、どうして書斎にあるのか心当たりがないと言う。


 シャポーがその本を欲しがると、師匠は二つ返事で譲ってくれた。


 凡百あるであろう、恋物語を書いた一冊。主人公の女性を、運命の相手である男性が優しく助けてくれる物語だ。


 おっちょこちょいな自分にも、こんな人が傍にいてくれたらどんなに幸せな事だろうと、何度も読み返した本だった。


 そして今、シャポーは物語の主人公に自分を重ね、高ぶる気持ちを抑えるのに必死であった。なにせ、自分のピンチを颯爽さっそうと助けてくれた人物が、目の前にいるのだから。


「サブローさまは、教会に『居候している』という事ですが、司祭様ではないのですか?」


 司祭やそれに類する者ならば、教会をあずかっているだとか、勤めているといった表現をしそうなものだ。三郎が自分の事を、教会の居候だと言ったため、シャポーは気になってしまったのだ。


 この町の司祭であるなら、町の人を助けたりするのは至って当然とも思う。だが、司祭で無いのなら、自分を助けてくれたのは『運命』なのかもしれないと、淡い期待が膨らんでしまう年頃のシャポーなのであった。


「司祭じゃないんだ。行くところが、無くてね、お世話になって、いるんだよ(⋯⋯さま?)」


 様付けで呼ばれるのに慣れていない三郎は、多少の気恥ずかしさを覚えつつ、ぽりぽりと頬をかきながら答えた。


「司祭様ではないのですね、うんうん、なら大丈夫です」


 シャポーは頷きながら呟き、何やら納得している様子だった。首の動きにあわせて、ふわふわと細くて軟らかい髪が揺れる。


 三郎は、シャポーの言葉から、魔導師が教会の司祭に助けられたら、何か問題があるのかも知れないと勝手な想像をした。そして、立ち入った内容だったら悪いかなと思い、あえて深掘りせずに別の話題を振る事にする。


「ところで、何だか、唐突にからまれて、いたね」


 三郎からすれば、目を離した数分のうちに三人の男に絡まれていたのだから、唐突と言っても過言ではない。それに、ソルジはとても平和な町だとも聞いている。少なくとも三郎は、ソルジに住み始めてから一度も、人が絡まれている場面に遭遇した事などなかった。


「結晶いりませんか、と声をかけたら、からまれてしまったんです」


 シャポーは、悲しそうにうったえてくる。完全に客を選ばず売り込んでしまい、ああなってしまった様だ。


「もう少し、客を見て、声をかけたら、いいと思うよ」


 三郎が苦笑交じりに言うと、シャポーは「客を見て?」と首を傾げてしまう。仕方が無いので、今後絡まれる事が少なくなるようにと、三郎は顧客のニーズ等について簡単な言葉でさらっと説明してあげた。


「サブローさま、シャポー分かりました!」


 うるうると大きな目を潤ませて、シャポーは尊敬の眼差しを三郎に向けてくる。


「うんうん、今後は、気をつけるんだよ(⋯⋯さま⋯⋯)」


 三郎も、最近は教わるばかりになっていたので、とても気分良くシャポーの眼差しを受け止めていた。本当に理解しているかどうかは、ともかくとして、教えた満足感は確かなものだ。三郎としては、今後この教えを、大いに役立ててもらいたいと思うところである。


「ところで、その『さま』って付けて、呼ばれるのは、落ち着かないん、だけど」


 三郎の言葉に、シャポーは一瞬きょとんとしたが、満面の笑顔を作って答える。


「シャポーはピンチを救われたのですから、当然の敬称です」


 さも当然であるかのように言われたので、そういう文化が存在するのだろうかと三郎は一応納得した。文化や習慣を否定するのは、後からこの世界に入り込んだ三郎がしてはいけないと考えている。様呼びされるのは落ち着かないけれども、ここは甘んじて受け入れようと心に決めるのだった。


 しかしながら、この世界においても大げさな呼び方なのだと三郎が知るのは、遠い未来ではなかったが。


「ところでサブローさま、先ほどから、お魚屋さんがサブローさまに用事がありそうなのですが?」


 シャポーの言葉で、はっとした三郎は魚屋の方を向く。道路の向こうからニヤニヤとこちらを見ている魚屋の主人と、笑顔で手を振っている奥さんが並んで店先に立っていた。


 魚屋の主人のあの顔は、恐らく完全に勘違いして楽しんでるなと、三郎は心の中で頭を抱える。教会の面々に、三郎が町でナンパしていたなどと吹き込まれたらたまったものではない。


 ここは、魚屋までシャポーに来てもらい、事の顛末てんまつを説明するのがベストだろうという考えに三郎は行き着いた。


「お魚屋さんで、買い物をしていたのですね」


 そんな三郎の思いなど知らないシャポーは、魚屋の夫婦に向かってにこにこと手を振っている。


「いや、魚じゃなくて、結晶を買いに行く途中で⋯⋯(あっ)」


 三郎の言葉に敏感に反応したシャポーは、三郎の袖を掴み瞳を輝かせて見上げてくる。シャポーの腕に下げられた大きな篭から、エネルギー結晶の先端がチラチラとのぞいていた。


「顧客ニーズです!」


「⋯⋯ですね⋯⋯」


 教えた手前、シャポーの結晶を買ってあげないと駄目だろうなと半ば諦めつつ、三郎はひとまず誤解を解くため魚屋までシャポーを連れて行くのだった。



***



「──で、こうなったと言うわけね」


 教会のダイニングテーブルの上に、大きな篭がのせられている。それは先ほどまで、シャポーという見習い魔導師の持ち物だった篭だ。そこには、大きめのエネルギー結晶が六個も詰め込まれている。


 その篭を挟むように、トゥームと三郎は向かいあっていた。


 三郎が教会に帰ると、昼食の準備が終わっていて、すぐに食事となってしまった。そのため三郎は、買い物に行った先で起きた出来事を伝えるタイミングを失ってしまう。


 食事中に話題が出たときも、魚屋の夫婦から貰ったお菓子の話でティエニとリケが盛り上がってしまい、三郎は機を逸した。そして昼食も終わり、ようやっと買い物の詳細を話し終えたのが、今現在のこの状況なのであった。


 ちなみに、何かを察したのだろうか、スルクロークは食事の後、いつの間にやら姿を消していた。


 トゥームの半目がいつもより鋭く感じるのは、三郎が責められている気分だからだろうか。


 そんな二人の様子を、窓辺のソファーに行儀良く座り、魚屋の夫婦から貰って来たお菓子をほお張っているティエニとリケが眺めていた。


「はい、ええ、おっしゃる、とおりです」


「なにも『おっしゃって』ませんけど」


 目は口ほどに物を言うんだよ、と三郎は教えてあげたいのだが、トゥームの目を直視できない。三郎が持たされていたのは、大切な教会のお金で全てトゥームが管理している。


 豊富とは言えない資金から、三人の子供達に不憫な思いをさせないようにと、トゥームが日ごろから頑張っているのは、三ヶ月も一緒に過している三郎には分かっている事だった。


 しかもそこに、三郎と言う大人の男が一人加わったのだから、やりくりの苦労が増えたのは言うまでもない。


 そして、いくら個数が多いとはいっても見習い魔導師の作った結晶を、予定金額から足が出る状態で買ってきたのだから、三郎としては始末が悪かった。




 魚屋の主人の誤解を解いた後、シャポーは、見習い魔導師として独り立ちし、ソルジのおいしい魚が食べてみたくてこの町に来たのだと話していた。


 だが、幼少の頃から師匠について魔導ばかりを学んでいたため、金銭感覚がおぼつかず、宿代がさっそく底をついてしまったのだという。そこで、持っていたエネルギー結晶を路上で売る事を思いついたのだった。


 例の傭兵風チンピラに声をかけてしまったのも、魔導しか教わっていなかった弊害なのかもしれない。


 見習い魔導師は、むやみに魔法を使ってはならないと言う法令が定められている。そのため、とても困っているところを三郎に助けられた形となったのだ。


 魚屋の主人も奥さんも、彼女の話を聞くと、ちょうど三郎が結晶を買いに行くところなのだからシャポーから買ってあげなさい、と言いだす始末。普通は見習い魔導師から買わないんじゃなかったのか、と突っ込みたかったが三郎には言えなかった。


 恐らく『ソルジの美味しい魚を食べに来たんです』と言うシャポーの言葉が、夫婦の好印象を買ったのだろう。


 三郎は断ることも難しく、六個の結晶を銀貨三枚で譲り受けることとなった。数量としては得なのだが、品質までは三郎には見分けがつかない。


 シャポー曰く『中央王都で造られた結晶よりも品質はいいです』だそうである。




「品質は、いいそうだから、だめだったかな?」


 三郎が申し訳なさそうに聞くと、トゥームは複雑な表情で結晶を手に取りながめた。三郎には思いも及ばなかったのだが、トゥームが一番懸念してたのは、三郎が自らトラブルに足を踏み入れたという事実だった。


 今回、大した問題にはならなかったから良かったものの、三郎の身に何か起こってしまっていたらと考え、トゥームは自責していた。そして、三ヶ月と言う短い期間で、三郎に気を許しすぎていた自分にも気づき、トゥームはその事にも少なからず動揺していたのだった。


 まだ、三郎の素性について話し合ってもいないうちに、一人で外出させてしまったのだから。


「⋯⋯ごめんなさい、責めているわけではないの。その、心配した⋯⋯と、言えばいいのかな」


 トゥームが弱々しい微笑で三郎に言う。普段見たことも無い表情に、三郎も胸に何かが引っかかる。


「心配、させちゃったか、こっちこそ、すまない」


 三郎の言葉に、トゥームは黙って首を横に振った。


 沈黙が二人の間に割って入る。その空気を、理解せずとも感じ取っているのか、ティエニとリケもお菓子を静かに食べながら見守っていた。


「身分証も持たせていないのに、一人で出歩かせてしまったのは、私が軽率だったわね」


 トゥームは、自分が反省すべき事であって、この場の雰囲気を悪くするべきではないと思い、話題を変えるため身分証の話を持ち出した。恐らく三郎も、その話題に乗ってくれると思ってのことだ。


「身分証?そんなもの、あるの?」


 トゥームの言葉に、そんな事は初耳だと言わんばかりの表情で、三郎は聞き返す。


「ええ、クレタスの人族はみんな持っているものなの」


 そういうと、トゥームはスカートのポケットから、半透明で厚みのあるアクリル板の様なものを出して三郎に見せた。


「なに、それ?」


 三郎がその板を覗き込むと、トゥームが魔力を微かに込める。すると、トゥームの身分証の様なものが板の中に浮かび上がる。


「この身分証を持っていないと、何か事件に巻き込まれたら、一番に怪しまれてしまうと思うわ」


 その言葉を聞いて、三郎はティエニとリケへ振り向く。二人もトゥームと同じような物を、自慢するかのように三郎へと見せてきた。


 しかし、スルクロークから司祭のアミュレットを渡されているので、それが仮身分証の役割を十分に果たしているのだが、トゥームは言わないでおいた。アミュレットを持っている事で、安心されても困るからだ。


「だよな、おれ、身分証ない、不審人物だよな」


 完全に今更感が否めないが、三郎は自分がただの不審人物なのだと実感する。トゥームの思惑よりも、三郎は危機感が増してしまい、顔が青ざめてゆくのを感じるのだった。


 そんな三郎のころころ変わる表情を見て、お菓子を食べ終わったティエニとリケが楽しそうに笑っていた。


「そうだ、トゥーム。スルクローク司祭とトゥームに、今夜でも、いいから話が、あるんだけど」


 買い物へ出た時に、教会の扉の前で考えていた事を、トゥームに告げる。心配させたのなら尚更、話をしなければならないと感じたからだ。


 それに、三郎は身分証の件も、非常に気になってしまっていた。正体不明の何某さんで居つづけるのは、元の世界で免許証を持ち歩いていた身としては、気分的に落ち着かない。作れるものならば作りたいとも三郎は思うのであった。


「そう⋯⋯ちょうど私も、話さないといけない事があるから、スルクローク司祭に伝えておくわね」


 三郎の言葉を受けて、何ら思うところがあったのだろう、トゥームは少し考えた後、笑顔で答えた。


 そんなトゥームの表情をみて、三郎は胸の引っ掛かりが薄れるのを感じながら、いまだ面白がっている子供達の相手をしに窓辺へと向かうのだった。

次回更新は10月1日(日曜日)の夜の予定です。

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