第58話 一年目の新人おっさんリーダー
シャポーは、力なく肩を落としながら事の子細を三郎達へ話す。
二つ目の解析魔法について、最初の魔法の情報を埋め込んで発動させる魔法なのだ、という事も付け加えて説明した。
その目には涙がこぼれそうなほど溢れ、話の合間合間に「やっぱり自分は大事な所で失敗する」と言って何度も謝るのだった。
「シャポーは、五層から成る魔法陣それぞれに防御魔法が組み込まれているだけだと、頭から思い込んでいたのですよ。でもです、全体を一つのパッケージ魔法と見なした場合、それを保護するための魔法が、分かりにくい様に埋め込まれる事があるのを失念していたのですよぅ。ふぇぇ、試験と一緒なのです・・・シャポーは、本を読んで知識として知っているだけの、実践も応用もできないダメな魔導師なのです」
話しながら、目にためた涙をこぼすまいとして、シャポーは口をへの字に曲げた。
シャポーの用意していた解析魔法二ノ三十二式(杭)は、解析対象となる魔法に仕掛けられた防御魔法を発動させずに、解析が行える構造となっている。
見習い魔導師が扱える様な魔法ではなく、かなり高度な解析魔法なのだ。
その為、大地へかけられた五層の魔法を分析する間、各々に張られた防御魔法と全体保護の六層目の魔法に引っかからなかった。
だが、直に六層目の魔法へ解析をかけたことで、保護魔法の発動条件を刺激してしまい、シャポーの魔法が弾かれてしまう結果となったのだ。
パッケージ魔法の保護魔法なのではと疑えていれば、打てる手立てはあったのだが。
もしシャポーが言い訳をするならば、これほどの大掛かりな五つの魔法を一つのパッケージとして組んだ魔法など、そうお目にかかる物ではないと言うことができた。
大型パッケージの保護魔法など書物で読むだけであり、大きな戦争が無い昨今、対峙する機会は無いに等しい代物なのである。
五層各々の防御魔法に感知されなかっただけでも大したもので、今のクレタスで魔導師と呼ばれている者のほとんどが、解析魔法を大地に放った途端、保護魔法を発動させてしまい弾かれる事であろう。
しかし、シャポーは言い訳をしない。魔導師としての矜持が彼女の中にもあるのだ。
「でも、解析が粗方終わってたんなら、情報は吸い上げれたって事で、一応の目的は達成できて・・・あっ」
三郎が、魔法に詳しくないながらも完全な失敗ではないのだと伝えようとした時、シャポーの言っていた言葉を思い出した。
「うぅ、そうなのですよ。解析した情報も吹き飛んでしまったのですよ。シャポーは、情けなさ過ぎて言葉もないので・・・う」
落胆するシャポーの目から、大粒の涙がこぼれた。
トゥームとパリィは、シャポーの話を聞きながら、周囲の警戒に気を配っていた。シャポーの魔法が感知されたのなら、三郎達の居るこの場所も特定された可能性が無いとは言えない。
「サブロー、状況も掴めたのだし、前哨基地まで引き上げた方が良いんじゃないかしら。この場所も特定されてないとは言えないわ」
トゥームが三郎にそっと耳打ちする。
打ちひしがれているシャポーには悪いのだが、留まっていればいるほど危険だとトゥームは判断していた。
「そうだな、安全の為に引き返して対策を考えるか。情報の復旧なんて言葉がちらっと浮かんだけど、機械じゃないんだから自動でログ取ってる分けでもないだろうしなぁ」
三郎は、独り言のように呟きながら前哨基地のある方向へ顔を向けた。
元居た世界で、会社から貸与されていたパソコンの調子が悪かったのを先送りし、クラッシュしてその日の仕事が全部消え、とても苦労したのを思い出していた。
それ以来、こまめに外部媒体へバックアップを取る様にしていたのが、今や遠い昔のように感じる。
「ずびび・・・ログれすか?自動?情報の復旧・・・ずびっ・・・残っている視覚情報を画像情報として思考次元に復旧、再読しながら入力する文字として構築して・・・いえいえ、それでは時間がかかるのれす。ずびびびび!なら、画像ではなく次元的な情報として復旧すれば、思考次元の仮想空間内に直接魔導文字として浮かべられるのです!ならなら、次の詳細解析用の魔法に載せられるのですが、正確性を保つために、記憶領域からの補正も必要ですのです」
三郎の呟きを聞いて、シャポーが徐々にスピードを上げながら独り言を語り出した。その声は、語尾に向かうほど大きくなってゆく。
三郎とトゥームは驚いてシャポーを見る。パリィは少し離れた所で耳をビクリと動かした。
「サブローさま!!」
「はひ!?」
突然大きな声で名を呼ばれ、三郎は声を裏返らせてしまう。
「サブローさまは、アイディアの神様なのです。シャポーはもう、脳ミソがジュワッとなる思いなのです。覚醒なのです」
瞳をランランと輝かせたシャポーが、握りこぶしを作って三郎に詰め寄った。
「お、おおう。それは、大変結構なお手前で」
勢いに押された三郎が、意味の通らない返事を返すが、シャポーは気にしない。
「今の内なら、頭の中に視覚情報が映像として残っているのです。それに、シャポーの記憶には情報が吸い上げられた順番から内容に至るまで、補正に足りうる情報があるのです。前にお話ししたことのある、魔導師の持つ思考次元と言う仮想空間に、情報を魔導文字として復旧する事で、次の解析魔法に組み込める物ができるのですよ。お時間もかからないと思うのです」
「要するに、えっと、記憶の中に残ってる映像から飛んじゃった情報が作れる、って事でいいのかな?」
シャポーの語る内容の殆どが理解できないながらに、三郎は要約を試みる。
「ですのです!」
三郎の言葉に、シャポーが元気よく返事を返す。
どうしたものかと考えあぐね、三郎はトゥームへ視線を向けた。敵に察知されている可能性という危険が、無くなったわけではないのだ。
トゥームは口元を少し緩ませると、周辺警戒へ全神経を集中させた。三郎がどんな答えを出そうとも、自分の役目は変わらないのだと言うように。
そこへ、ぴょんぴょんと弾むような足取りで、倒木を避けながらパリィが近寄って来た。
「話は伺ってたってところで、やっぱり安全を考えて出直すってのも選択肢なんですが、エルート族の事を考えると、一手でも進めてほしいってのが本音でして。お願いする立場で言うのも恐縮しっぱなしですけど、パリィも全力でお守りする覚悟でいますんで、やっぱりその復旧ってのをやってもらえないでしょうか」
パリィが、何時になく真剣な表情で三郎に頭を下げてくる。
(いやぁ・・・お願いされても、頑張るのはシャポーなんだけどなぁ。今の内ならってシャポーも言ってたし、出直してからだとイロイロ遅いんだろうな)
当のシャポーも、三郎の指示を待つかのように、輝く瞳で真っ直ぐに見上げてくる。
「よし!トゥームとパリィは周辺警戒を厳に、異常のある時は対応よりも情報共有を優先。シャポーは解析魔法の二つ目に集中。前哨基地までの帰還も頭に入れて、状況により切り上げる事を常に意識しておく様。俺は・・・なんだ、全員の状況を常に把握できるように努める!」
三郎は、そう全員に宣言して行動開始の合図を送った。
シャポーとパリィは嬉しそうに返事をして、各々の役割を開始する。
トゥームは、修道の槍の穂先を天に向け、三郎へ騎士の礼を取った。
(やっばい、ほとんど理解してない新人が、プロジェクトリーダー任されたみたいになってきたぞ。指示出ししたって事は、責任者は俺ってことだよな。胃に穴空くやつだコレ)
異世界一年目のおっさんは、心の中で呟くのだった。
次回投稿は10月14日(日曜日)の夜に予定しています。




