第57話 シャポーの解析魔法
魔導砂を発見してから程無くして、ゲージに変化がある事に気づき、三郎達は足を止めていた。
「やっぱり、前哨基地の仲間へメッセージが送れない感じになってますよ。それに、フラグタスで発信してる情報が、見れたり見れなかったりしてるんで、大地の情報網が安定していないって所なんですかね?」
パリィが、定期的に行っていた仲間への連絡が送れなくなったと、ゲージを見せながら言う。
そこは、魔力の炎が燃え盛っていたほぼ中央に位置し、南へ進めばゲージが更に使えなくなるのだろうと想像出来た。
三郎達は、焼野原を歩いているおかげで、靴や服の裾などが煤で黒く汚れてしまっている。
風が吹くと、燃えカスと化した草や葉が舞い上がって、呼吸とともに吸い込んでしまいそうな状況だ。
だが、パリィが風の精霊にお願いし、三郎達の周囲にそれらから保護する様な風の流れを作ってもらったおかげで、灰を吸い込まずに済んでいた。
「もっと先に進んだ方が、シャポーは調べやすいか?」
進めば危険度も増すのだが、どうしたものかと思い三郎はシャポーに聞く。
炎が消えたと知った魔人族が、三郎達を察知していないとも限らないのだ。
見通しの良いこの場所なら、トゥームの目やパリィの耳が敵を見つけるのも早いだろう。しかし、開けた場所から視界の悪い森に入る時が、特に警戒をしなければいけない場面だろうなと、三郎は素人ながらに考えを巡らせていた。
「うーん、どうでしょうか・・・」
三郎の問いかけに対し、シャポーはしゃがみ込んで大地に手を当て目を閉じる。
シャポーの右手には大地を通して、自然の魔力の流れの中に、別の魔力の波長が混ざりこんでいるのが感じられた。
「何らかの影響が感じ取れるので、解析魔法が使えるのです。解析すれば、魔法による影響なのか、または別物なのかもご説明できると思うのですよ」
顔を上げたシャポーが、真面目な表情で三郎に言う。
三郎は、そうかと返事を返すと空を見上げた。時刻としては、昼をだいぶ過ぎた時間となっていた。
朝日とともに中継基地を出発してから、休憩らしき物を取らずにここまで来ていたなと、空腹感が三郎に知らせてくる。
「軽く何か腹に入れてから、シャポーに解析をお願いしようか」
「ええ、荷物を取りに前哨基地まで戻らないとならないから、ゆっくりはできないけど休憩したほうがいいわね。シャポーの作業も、夕方前には一区切り付けてもらって出発した方がいいわ。日が落ちてから、開けた場所で後方を狙われるのは好ましくないから」
トゥームは、三郎の提案に頷き返すのだった。
***
シャポーは解析魔法として、三つの物を準備していた。
一つ目は、魔法であるのかそうでないのかを判断するスタンダードな解析魔法だ。しかし、それにはシャポー独自のアレンジが加えられており、魔法であった場合に、魔法の種類とその深度まで大まかではあるが分析が可能だというオプションが付いている。
魔法の深度とは、一つの効果を発揮している魔法でも、複数の魔法が何重にも重なった結果、事象が起こっている場合がある。
例えば、火球の魔法の場合、一般的に魔導師が使う『火球の魔法』を行使しているならば、一種類の魔法を使っているのであり深度は浅いと言える。
それに対し、炎の魔法で発生させた火を、大気の魔法で球状に形成し、物体移動の魔法で放ったならば、見た目には同じ『火球の魔法』に見えても三種類の魔法を使っているので深度は深くなったと言えるのだ。
前者の魔法を打ち消す場合、解呪の魔法は一つで事足りるのだが、後者を打ち消す場合、解呪の魔法を三つ使わなければ全ての効果を打ち消すことは出来ない。炎の魔法が消えたとしても、残った魔法によって切り裂かれたり、突き飛ばされたりしてしまう結果となる。
魔法の深度を理解するのは、他者の魔法を解除する際とても重要な要素なのだ。
だがしかし、戦いの中で複雑な三重の魔法を使って『火球の魔法』を使う者など居ないし、『解呪』を行使するよりも防御魔法や回避をした方が効率が良いのは間違いない。
二つ目に用意しているのは、魔法の種類と深度が判別した後、更に詳しく分析するための魔法である。
発動している魔法へ根を張るように取りつき、組み込まれた術式などを解析する。これは、解除した時に思わぬトラップ魔法が発動しないようにする意味合いも強い。
三つ目の物は、先の二つでは分析出来なかった場合、強制停止を行うための解析魔法だ。
魔法には、コアとなる術式や文言が存在しており、この解析魔法はその部位を特定する。そして、特定した箇所を直接攻撃することで術式自体を破壊するのだ。
しかし、魔法を破壊する際、大規模であればあるほど内包魔力が多く『ゆり返し』が大きくなり自然環境を破壊してしまう恐れがあるので、強制停止は最後の手段と考えるのが魔導師達の常識となっている。俗に『魔導汚染』と呼ばれる物が起こるのだ。
『シャポー・ラーネポッポの名を起動宣言とし、解析魔法二ノ三十二式、組み込み演算八階層、平行数列五を起動』
シャポーが両手をかざした先に、金色に発光する文字で形作られた、巨大な杭が浮かびゆっくりと回転していた。
長さにして成人男性二人分を超え、太さは一抱えするほどの物だ。大地に向けられた先端は鋭く尖っており、地中へ向かって撃ち込まれるのが誰の目にも明らかに見える。
(なんか、すごい物をぶっ刺して調べるんだな。これこそ力技に見えるんだが、俺の感覚が間違っているのだろうか・・・)
三郎はシャポーから少し離れた場所で、空中に浮かぶ巨大杭を見つめながら、大地の中をえぐる様に突き進む姿を想像していた。突き刺さった際、相当な破壊音を上げるのだろうと思いながら。
シャポーの唱える魔導用言語が進むにつれ、杭に浮かぶ文字が機械的な動きで組替わり、解析魔法として成立してゆく。
『重力素へコンマ三の修正を加え発動許可とする』
完成した解析魔法二ノ三十二式(杭)は、シャポーの声を合図に入射角を修正すると、大地へ向けてゆっくりと降下を始めた。
巨大魔法杭の鋭い先端が、大地へ触れる。
三郎は、思わず両耳に手を当てた。硬い物がぶつかり合って擦れる音や、金属音がとても苦手なのだ。
眠りから覚めていたほのかは、三郎の頭の上に乗っており、そんな三郎の真似をして両耳を押さえて頭を振って遊んでいる。
しかしながら、魔法で作られた杭は、音を立てるどころか石の一つも飛び散らせずに、ゆっくりと大地へ姿を消して行った。
「うわぁ、すんごい地味に入っていった。けど、何だかすごいな」
杭の形である必要性や、色々と突っ込みたい気分ではあったが、三郎は邪魔をしてはいけないだろうと、小声で呟くのだった。
シャポーの周囲には、解析魔法からもたらされる情報が、大地から吸い上げられるように次々と浮かんでくる。
(巨大な法陣が五階層に重なっていますね。一層目は地上と地中を分断する種類の物で、蓋の役割をしているのです。これがどうやら大地の精霊に悪影響をあたえているのです)
シャポーは、吸い上げられた情報を素早く読み解いていく。
二層目の法陣が情報網封鎖としてメインの役割をしており、一層目は二層目の補助的な扱いで組み込まれている事が解る。
一層目については、精霊を押さえつける目的とも考えられるのだが、情報にはその意図が上がっておらず、副作用として精霊が抑えられてしまった様だった。
三層目が、五層からなる巨大魔法を一つのパッケージとして繋げる役割を担い、四層目が位置座標の確定要素を、五層目が大がかりな転写装置としての機能を有しているのだと理解できた。
(四層目の特定した座標に向けて、五層目の転写魔法が全体を移動させたのです。五層目はすでに役割を終えて起動停止していますし、四層目も固定魔法として動いているだけだと考えられますが、これだけ大規模な魔法なのですから、詳しく調べないで答えを出すわけにはいかないのです)
シャポーの準備した二個目の解析魔法は、より詳しい解析を可能にするため、これらの情報を事前に組み込んでから発動しなければならない。
粗方の情報収集を終えようとした時、六層目となる小さい魔法が組み込まれているのが解った。
(・・・六層目の魔法陣、見落とすところだったのですよ。これも解析しとかないといけないのです)
六層目の種類を見極めようとした瞬間、シャポーの解析魔法が弾かれて破壊された。
「ふわわっ!あぁ!・・・・っひぃ!」
シャポーの周りに浮かび上がっていた大量の情報が、解析魔法の破壊と同時に弾け飛んで四散した。
「シャポー!」
異変にいち早く気付いたトゥームが、シャポーの名を叫んで駆け寄る。三郎も少し遅れて後を追った。
突然の事に驚いたシャポーは、その場にしゃがみ込んで小さくなってしまっていた。
「シャポー、大丈夫!?何があったの!?」
「はひぃ、大丈夫なのれす。魔法が弾けちゃったのです・・・」
トゥームが肩を抱くようにして話しかけると、弱々しいながらもシャポーが返事を返す。
「はぁぁ~、無事なら良かったよ。怪我とかしてないか?」
三郎は心臓の辺りを押えながら、シャポーの無事を確認すると安心のため息をついた。
しかし、シャポーは青ざめた表情をして顔を上げると、大きく唾を飲み込む。
「良くないのですよぉ~解析結果も全て飛んじゃったのですよぉ~ふぇ~」
目にいっぱいの涙を浮かべ、シャポーは言うのだった。
次回投稿は10月7日(日曜日)の夜に予定しています。




