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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第55話 族長は小躍りを踊る

 三郎は、焦土と化した森を目の前に唖然と立ち尽くしている。


 魔力の炎を飲み込んだ精霊の炎は、その勢いを増すと、炎の渦となって上空へ昇り霧散した。


 後には、東西に延々と伸びる朽ちた森が、三郎の想像を遥かに超える規模で凄惨な姿を晒していた。


 空から深き大森林を見下ろす事が出来たならば、その黒く痛ましい帯が、実に森全体の五パーセントにも及んでいるのが分かっただろう。


「・・・これは、副次的な被害と言って、良いものなのだろうか」


 三郎の佇んでいる場所は、魔力の炎の壁が存在していた境界線の位置だったはずだ。


 だが、焼野原と化した森は、三郎の背後にも広がっている。


 奇しくも、三郎の立っているその位置が、自分の提案によって引き起こされた破壊の規模を、本人へ理解させるのだった。


「ぱ~ぁ~」


 三郎の頭の上で、ほのかが寂しげな声を上げる。ほのかは、焼け出された木々から、生命力が失われ精霊達の息吹が無くなっているのを感じ取っていた。


「はぁ・・・目的は達成したけど、喜べる状態でとは言えないよな」


 大きく息を吐くと、三郎は呟くように言った。それは、木々に宿る精霊などの存在を知ってしまった、今だからこそ出る深いため息であった。


「ぱ~」


 心配そうな声を出して、ほのかが三郎の顔を覗きこむ。


「いや、悪い。自分の言った言葉と、実際に起こった事の規模に、頭が付いて行ってないみたいでさ」


 そう言って右手を口に当てると、その手が小さく震えているのに三郎は気が付いた。


(俺みたいな、普通の一般人が受け止められる状況じゃないよなぁ。そりゃぁ、手も震えるって)


 震えを握りつぶすように手を強く握りしめると、三郎は後ろを振り返った。


「とりあえず、何をしたのか、何が起きたのか説明しないとだよな。いい大人がビビッて震えてるだけとか、情けなさ過ぎて笑えないもんな」


 振り返った先には、こちらを心配そうに見守っているトゥームとシャポーが立っている。


 その後ろには、森の焼失に驚きの色を隠せない様子であるグランルート族達の姿も目に入った。


 三郎が歩き出すと、トゥームとシャポーとついでにパリィが、三郎に向かって駆けだすのだった。




 三郎が事の子細を説明していると、パリィ以外のグランルート族達も集まり、三郎の話に耳を傾けていた。


 もっと被害の少ない別の方法があったのかもしれないと話を締めくくり、三郎はグランルート族に対し謝罪の言葉を口にする。


 謝罪を受けたグランルート族達は、狼狽というほどに困惑した。


 なぜなら、ある意味グランルート族が依頼した事を遂行した『人族』が、自分達の気持ちをくんで、結果的に最善では無かったと謝るのだ。


 エルート族の眷属であるグランルート族も『真実の耳』に近い聴力を持ち合わせている。その為、三郎の言葉が、正直な心底から出ているのだと感じ取れた。


 グランルート族は、人族に対し『打算的に嘘をつく種族』という認識をもっている。それは、人族と接する機会が多いため、エルート族よりも事実に近い形での認識だと言えた。


「いやいや、やっぱりサブローさんは、この場で最善と思われる事を実行してくれたって所ですから、感謝の言葉も無いってもんですよ。あのままでしたら、魔力の炎でどれだけの被害が出ていたかって感じで、精霊の炎で自然の理に従い焼け落ちた森は、時間はかかれど、やっぱり自然に回復するってもんですからね」


 パリィが、グランルート族を代表して三郎に感謝を伝える。


「そう言ってもらえると、少し気持ちが楽になるよ」


 三郎は、パリィに返事を返しながら、再び周辺の状況を見回した。


 黒々と焼け落ちた木々が散乱し、森であった面影もないほどに遠くまで見渡せ、焦げたにおいが鼻につく。


 そうしていると、視線が不意にトゥームと重なった。


 トゥームは、三郎に向かって微かに笑顔を作ると、大丈夫だと伝える様に頷いて見せる。


 三郎が更に視線を動かすと、トゥームの横で瞳を輝かせているシャポーと目が合った。


「サ、サ、サ、サブローさまは、偉大な精霊使い様だったのです。こんなに強引で力技としか言えない方法は、思いついても出来る物ではないのです。膨大な精霊力の行使、いえ、その前にです!あの熱量から考えても、マグマをも凌駕してしまいそうなほどの炎耐性!いつの間にかサブローさまは、雲の上の存在になってしまっていたのです」


 鼻息も荒く、シャポーが握りこぶしに力を込めて言う。


「いや、それは多分、ほのかのおかげであって、俺がどうのって話では無いと思うんだよなぁ」


 シャポーの勢いに苦笑いを浮かべつつ、三郎はぽりぽりと頬をかく。


 当の本人であるほのかは、疲れてしまったのか、いつもの特等席であるシャポーのフードに入り込んで眠ってしまっていた。


「それは違うのです、精霊はこちらの世界の事象や存在する者の言葉などを依り代として、力を発揮するものなのです。あの、こんなに興奮して言うのも、不謹慎かと思うのですが、サブローさまは、その、頑張られたと思うのです!えっと、何が言いたいのかと申しますとですね、その、シャポーは上手く言葉が出ないのですが、サブローさまがほのかちゃんの力を行使しなければですね、被害がもっと広がっている可能性もあったと言いますか」


 言葉が進むにつれ、シャポーの瞳がウルウルと揺らめき、喉が詰まるような声色になってゆく。


(ああ、シャポーは、俺がやったことは間違いじゃないから大丈夫だって言ってくれてるんだな)


 トゥームが無言で三郎に伝えた事を、シャポーは言葉を尽くして伝えようとしてくれているのだと、三郎は気づいた。


「そうだな、ありがとう、シャポー」


 シャポーの気持ちに素直に感謝して、三郎は口元に笑顔を作るとシャポーに言った。


「あの、その、シャポーは肝心な時に、言葉が出ないのですが・・・ごにょごにょ」


 頬を赤くして照れながらも、まだ何やら説明を続けているシャポーに、グランルート族達も頬を緩めるのだった。


***


 その頃、グランルート族の町フラグタスでは、商業王国ドートの援軍とグランルート族との間で騒動が起きていた。


 ドートから派兵されてきた軍が、深き大森林への進軍を求めており、グランルート族長がそれを押し留めていたのである。


「我がドートの王カルモラ様より、正式な命を受けた援軍ですぞ。我々ドートの軍は、エルート族を救わんがために動いているのです。そこまで拒まれる理由が分かりかねますな」


 白髪も混じり始め、老獪な雰囲気を醸し出しているドート軍の司令官は、グランルート族長に国王からの書状を見せて言う。


 族長の家には、司令官の他に護衛の者が二人上がりこんでいた。


 最近人族を家に招く機会が多いなと、族長は心の中で三郎達の顔を思い浮かべる。


 だが、今目の前に居るのは彼等とは違い、ドートからの国使であり、招かざる客であろうと迎えねばならない人物であった。


「グランルート族は、森の入り口を預かる種族なのはご存知であろう。エルート族の許可なくして、森へ軍隊を送り込むことなど許可できぬのも、理解していただきたい」


 族長は返事を返しながら、司令官の言葉に多大な違和感を聞き取っていた。


 確かに、急遽編成した援軍であるとは言え、森林火災に対応するよう考慮されており、魔人族との戦闘も考え、正規軍を基に編成されている様だった。


 しかし、司令官の言葉から、エルート族へ恩を売る目的であったり、商業王国ドートの利益であったりと、国の思惑を隠している韻が伝わって来るのだ。


(先ほどから『救う』という言葉のたびに、どうも『支配』の印象が混ざって聞こえる。この司令官の思惑なのか、ドートの国威なのか)


 目の前に座っている司令官からは、生真面目な表情を崩さないながらも、言葉の端々に不快な音調が混ざって聞こえていた。


「エルート族と連絡も取れない状況で、許可も何も無いでしょうに」


 司令官は、至って穏やかな口調で族長へ話しているが、族長の耳には苛立ちを隠しているのが手に取るように分かった。


 そのとき、司令官の後方で控えていた者が、一言断りを入れてゲージを操作する。情報を一読すると、その部下は司令官の耳元に何らかの情報を伝えた。


(私に聞き取られない音量を理解しているのか。やはり、この援軍、早計に受け入れる分けにはいかんな)


 司令官と部下のやり取りを見て、族長はグランルートとの交渉に当たる為の対策を読み取る。


 グランルート族の耳の良さを理解している部下を連れて来ているということは、それを念頭に置いて交渉をするつもりであると言える。


「どうやら、大森林に放たれた炎は、魔力で構築された物であり、今だに被害が拡大しているとか?我が軍には、技研国カルバリより派遣された魔導師団が配備されています。魔力の炎であればグランルート族よりも専門とする所、それでもこの話し合いを続けられますかな?」


 司令官は、軍に配備されている魔導師団からもたらされた情報を、族長に突きつけた。


 しかし、族長は思う。広範囲に及ぶ森林火災に、多少の軍勢が何の役に立つのかと。その上、大勢の人族の気配は森の精霊に影響を与え、グレータエルート族等が魔人族と戦闘をしていた場合、マイナスとも成りえないのだ。


 エルート族と連絡が取れているならまだしも、互いの動きが分からない以上、悪い方向へ働く可能性を受け入れることは出来ない。


「うむ、しかしな、我々も現在対策を講じているところ。軍隊に森へ入られては、進めている物に支障がでるのだよ」


 族長の言う対策とは、三郎達の事である。族長は、その結果を今か今かと内心待っているのだ。


 族長とて、司令官の言葉が全くの善意から出ているのであれば、頑なに断るのではなく理由も説明しよう。だが、裏があると聞き取れている以上、エルート族の眷属として容認する事はできないのだ。


「魔人族との戦闘が後手に回り、劣勢ともなれば、それはグランルート族の責任をも問われる―――」


「族長、失礼します!対応に当たっているパリィより、急ぎの知らせが入りました」


 司令官の言葉を遮り、グランルート族の青年が部屋へ駈け込んできた。


「おお、待っていた連絡か?内容は?」


 急かすように言う族長の言葉に、青年は司令官達を一瞥すると、全員に聞こえる様に内容を話した。


「はい、あの方が炎を消滅させるのに成功し、これより大地の調査へと移る、との事です」


 それまで表情を崩さなかった司令官が、報告を聞き眉をピクリと動かす。そして「あの方?」と小声で呟いた。


「どうやら上手くいっている様なので、森の精霊を刺激しないよう、ドートの方々には今しばらく待ってもらいましょうか」


 族長は、グランルート族の特有の人好きのする笑顔を作ると、司令官に話し合いの打ち切りを告げた。


 心の中では、こぶしを振り上げて小躍りを踊りながら。

次回投稿は9月23日(日曜日)の夜に予定しています。

修正箇所(種族間違えてました、グランルート族⇒グレータエルート族へ修正)

>大勢の人族の気配は森の精霊に影響を与え、グレータエルート族等が魔人族と戦闘をしていた場合、

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