第54話 おっさんは森を焼き払う
「ほのか、炎の精霊達に協力してもらって、薄くでもいいから魔力の炎を全体的に包み込めないかな?」
「ぱぁぁ」
三郎のお願いを聞いて、ほのかが炎の壁を品定めするかのように見つめて難しい顔をする。
三郎の右手に乗っている始原精霊ほのかは、両こめかみに指を当てながら『悩んでいる人』をオーバーリアクションなまでに演じていた。
(分かってくれたのかなぁ、考えるフリしてるだけとか無いよな?この悩み方って、シャポーの悩んでる時とそっくりなんだが・・・)
一抹の不安を胸に抱きながら、三郎はほのかの様子を窺うのだった。
三郎の思い付きは、至ってシンプルなものだった。
魔力の炎が、精霊力の炎を嫌がるように歪むのを見て、この世界では、同じように見える炎でも別物として存在しているのだと理解できた。
シャポーの『炎についてのレクチャー』を、道すがらに聞いていたから気付けたのだとも言える。
シャポーが話の中で「自然の火には、魔力や精霊力などが混在して影響は与えているのだが、意図しなければ支配している状態にはならない」と言って、三郎に頭を抱えさせてしまったのはつい先ほどの事だ。
三郎はとりあえず、消火の基本に立ち返って考える事にした。
可燃性の物質が高温になり、酸素と結合して燃焼する。火を消す場合、その『可燃性媒体』『高温』『酸素』の三要素のどれかから切り離すのが基本である。
そして、魔力の炎は空気中や物質に含まれる魔力を、可燃物質として取り込む事でも燃焼している。
ならば、魔力の炎を消すためには、精霊力の炎で包み込んで魔力の供給と酸素から切り離してしまえばよいのではないか、と三郎は考えたのだ。
燃焼における二つの要素を取り除いてしまえば、炎は自然と消えると考えたのだった。
三郎の考えが及んでいない部分ではあるが、魔力の炎で熱せられた草木は、発火点を迎えて自然の炎として発火している。その後、魔力の炎に触れる事で支配され『魔力燃焼の連鎖』を起こしていた。
発火した自然の炎を、魔力に先んじて精霊の支配下に置いてしまえば、魔力の炎の広がりを抑えるのは理論的には可能ではあると言える。
グランルート族や魔導師であるシャポーの頭に、その考えも当然浮かんでいた。
だがしかし、森林火災があまりにも広大な面積で起こっているため、現実的に不可能であると、論じるよりも先に分かってしまっていたのだった。
その上、東西へ広範囲に及んでいる炎の壁に対し、炎の精霊を大規模に使役し制御できる者は、グランルート族の中には存在しないというのも、出来ない理由の一つだった。
三郎の思い付きは『知らぬが故の発想』と言えなくもない物なのだ。
「ぱぁ~♪」
思う存分『悩めるシャポー』の真似をして満足したのか、ほのかが機嫌の良い声を上げた。
「おお、ご機嫌って事は、出来るって事でいいのかな?じゃぁ、早速やってみるか」
「ぱっぱっぱぁ~ぱっぱっぱっぱぁ~♪」
三郎の意思が伝わっているかの様に、ほのかは炎の壁に向き直ると、ご機嫌なメロディーを口ずさんで手を打ち鳴らし始めた。
ほのかの音を合図に、地面に倒れていた炎の小人達が、伸びをしたり大あくびをしたりしながらゆっくりと立ち上がる。
(あれ?何だか数が増えてる気がするけど、気のせいか?)
三郎の目には、のそりと立ち上がってくる炎の小人の数が、その存在に気付いた当初の二倍ないし三倍に増えているように見える。
そして更に、ほのかの拍手が繰り返される度に小人の数は増殖して行き、周囲の温度が上がっているのが三郎の肌にも感じられた。
「ぱぁ~ぱぁ~ぱぁっ!」
リズムよく手を打ちながら、ご機嫌に足踏みをしているほのかの小さな背中に、三郎は大きな不安をおぼえてしまった。
(あ~えっと、これって森全部焼き払っちゃうって事は・・・流石に無いだろう、ははは)
三郎は、被害が大きくなってしまった時の言い訳について、不謹慎にも考え始めていた。
***
三郎から十数歩離れた場所で、トゥームとシャポーは様子を見ている。
魔力の炎は、周囲にその手を伸ばさんがため空気をも熱し、グランルート族を含めトゥームやシャポーを、三郎の傍に近づけさせまいとしているかのようだった。
もし万が一にも、三郎が何者かに襲われる様な事があれば、トゥームは即座に駆け込む準備をしていた。体内魔力を活性化すれば、数刻の間ならば熱波の中も活動することができ、三郎を安全な場所まで連れてこれるだろう。
その為、トゥームは三郎を含めた周囲の変化を見逃すまいと、精神を研ぎ澄まして見守っていた。
「・・・炎の揺らめきが変わったわ」
その場の誰よりも早く、トゥームが三郎を取り巻く炎の変化に気が付く。
「サブローさまが、何かされたのでしょうか。炎の魔力の流れが少し変わったみいたいなのです」
トゥームの言葉を受けて、目を細めているシャポーが続いて言う。熱と光のせいで、目を見開いているとすぐに痛くなってしまうのだ。
「はぁ~なるほどなるほど、トゥームさんは精霊と親交も無いのに、良くお分かりになりましたね。サブローさんを中心に、炎の精霊がどんどん活発になっちゃってるって感じですよ。炎の精霊には、温度が上がらないよう活動を自粛してもらってたのですが、やっぱり、サブローさんには何か考えがあるって所でしょうか」
パリィが、三郎の周囲で活発に動き出し、その数を増やし始めた炎の精霊について説明する。
森の中を歩いていた時、パリィの帽子の上で遊んでいた草玉の子達は、魔力の熱を嫌って姿を消してしまっていた。
パリィの言葉を受け、トゥームが更に集中力を高める。何らかの動きがある時ほど、不測の事態は起こるものであると訓練されているからだ。
その瞬間、三郎を中心として、炎が弾ける様に明るく輝き、魔力の炎の壁に沿うように新たな炎が燃え上がった。
「何が起きて!くっ・・・」
伝わって来る熱量が増し、たまらずトゥームが数歩後退する。
「あっつい、あっついのです。シャポーのローブは、イロイロと耐性が高いはずなのに、すごい熱量すぎてシャポーが耐えられないのです」
シャポーも熱に押されて、トゥームから更に数歩下がってしまう。
「ひゃー、炎の精霊が爆発的に増えちゃってますって。やばい、やばいってやつですよ。こっちの燃えていない森にまで、炎の精霊が飛び出しちゃってますって!」
シャポーの隣で暑さに飛び跳ねながら、パリィが騒ぐ。
燃えていなかった草や木の葉が、高温に晒され発火点を超えて燃え出し、そこかしこに炎の精霊が出現しているのだ。
事情の呑み込めていないグランルート族達も、炎の精霊が暴走しただの、大森林が燃えてなくなるだのと口々に騒いでいる。
三郎を助け出すべきか見極めようと、トゥームが視力を強化するため体内魔力を操作した。
だがそこで、予想と違う光景が目に入るのだった。
「んー、何だかサブローは、大丈夫そうね・・・」
トゥームの視線の先には、拳を握りしめて気合の籠ったポーズをしているおっさんの後ろ姿と、その周囲を楽しそうに飛び跳ねている炎の小人達の姿があった。
***
「いけるいける!大丈夫だ!多分!」
三郎は、何だか被害が増しているんじゃないかと思いながらも、ほのかを懸命に応援していた。
当のほのかは、手足を滅茶苦茶に動かすような踊りをしながら、炎の精霊達を鼓舞(?)している。
「ぱぁ~!」
ほのかの呼びかけに応じた炎の精霊は、数を増し魔力の炎を包み込まんと精霊力の炎を展開する。
魔力の炎で高温になっていた森の木々は、始原精霊であるほのかの支援を受けた炎の精霊によって容易く燃え上がり、炎の精霊の支配圏を瞬く間に広げて行った。
三郎は、トゥームやシャポーが無事なのか気になり、ちらりと後ろを確認する。
熱量が増した為か、先ほどよりも遠く離れた場所に居るが、無事である様子が見て取れた。
だが、熱に耐えられなくなった草木が発火して、トゥーム達の方へ火が広がり始めている。
即座に炎の精霊が宿ることで、被害を最小限に抑えられてはいるようだが、傍目には三郎が炎を振り撒いているようにも見えなくはない。
(あっちから見ると、炎の精霊が火をつけてる様に見えるかも・・・後で説明するのって、言い訳みたいになりそうで嫌だな)
そんな事を考えていると、三郎の手の上でほのかが楽しそうな声を上げて飛び跳ねた。
「おお、もしや炎の壁を包み終わったのか?思ったよりも早かったなぁ、さっすが始原精霊って感じか」
三郎が、ほのかの意図するところを読み取って褒めると、ほのかは得意げに腰に手を当てて胸を張った。
「後は、魔力の炎が消滅したら、精霊に火を消すようにお願いするだけだな」
三郎は、そう呟いて炎の壁を見上げる。
三郎の考えを肯定するかのように、魔力の炎は供給される物を失い徐々にその勢いを削がれていった。
空気が軋むという表現が相応しいほどの音を辺りに響かせ、魔力の炎が小さくなるのに引っ張られて、精霊力の炎もいびつに歪みながら燃え移って行く。
そして、先ほどまで魔力の炎の中で、森としての形を不自然に留めていた木々が、精霊力の炎に焼かれ自然の理へ帰る様に朽ちて行くのだった。
次回投稿は9月16日(日曜日)の夜に予定しています。




