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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第53話 おっさんは理科の実験を思い出す

 森林火災が近づくにつれ、煤けた匂いが空気に混ざる。危険を察知しているのか、動物の声や虫の音も耳に届かなくなっていた。


 木々の間から空を見上げると、時折、風に流された白い煙が頭上を過ぎていくのが見える。


 三郎達は荷物を手放すため、グランルート族がいくつか設営していると言う前哨基地の一つに立ち寄る事にした。戦闘も含め、各々が装備を整える理由もあった為だ。


 訪れた前哨基地は、精霊の力を借り大地から隆起させて作った壁に囲まれている。


 中に足を踏み入れた三郎は、中継基地とは全く雰囲気の違う様子に目を丸くした。


「中継基地とは打って変わって、急ごしらえな感じなんだな」


 三郎の言葉通り、スペースを効率的に使うためテントは隣接して設営され、無駄と思える物は一つも見当たらない。


 テントの数も少なく、その間を、服や頬を煤で汚したグランルート族が行きかっている。


 しかし、煙たかった森の空気は、前哨基地の中には届いていない。グランルート族が風の精霊にお願いして、基地内部の空気を清浄に保っている為だった。


「そりゃー、中継の基地は観光用の施設を流用してますからね。シャットゥーや美味しい食事もお出しできるってもんですよ。やっぱり、緊急時なんで、前哨基地はこんな物だと思いますがね。サブローさんには、今回の件が終わりましたら、是非とも観光で訪れてくださいって感じですよ。当然、案内はこの敏腕パリィをご指名頂きたいってところで。まぁ、森が無事だったら、の話になっちゃいますが」


 この時三郎は、言葉の最期を曇らせるパリィを初めて見た。終始明るい敏腕(仮)観光案内だったが、森を心の底から憂いているのが伝わってくる。


「じゃぁ、さっさと支度して、炎の壁とやらの所まで行ってみますかね」


 三郎がそう言うと、パリィは表情をパッと明るくして、準備をするためのテントへ一行を案内した。


(とは言った物の、オレは本当に何かの役に立てるのかな・・・いや、何とかしないとダメだよな。火が燃える仕組みが、元の世界と同じとも限らないから、後でシャポーに聞いておくか)


 考えを巡らせながら、三郎は聖峰ムールスへ視線を向ける。煙で濁った空気が、その堂々とした姿へ薄いフィルターをかけているかの様だった。


***


「炎ってこんな風に燃えるんだっけ・・・」


 轟音を立てながら立ちはだかる赤々とした炎の壁を前に、三郎は呆然とその姿を見上げていた。


「すごい熱量ね、少し離れたこの位置ですら、息苦しく感じるほどだわ」


 三郎の横に立ったトゥームが、口元に左手を当てながら同じように見上げて言う。トゥームは、右手に修道の槍を持ち、専用の篭手とグリーブを装備して、いつでも戦闘に対応できるようにしていた。


 二人の見上げる炎は、普通の火と同様に近くに居るだけで熱も伝わって来るし、上へ向かう気流が発生していて朱色の濃淡が揺らめいてはいる。だが、木や葉などを燃料に燃えていると表現するには、炎のありようが異なっていた。


 木々の間の空間でさえ、赤く染まる炎に埋め尽くされ、燃えて朽ち果ててしまっていてもおかしくない木々が、燃えながらにその姿を留めている。


 さながら、火属性の森であり、これが通常の状態ですと言われても納得させられてしまいそうな光景が広がっていた。


「先ほども言ったのですが、これは魔力で作り出された炎なので、自然の炎とは存在も姿も異なるのです。酸素も取り込んではいるのですが、基本として『その場に炎を出現させる』というのが前提なので、空間自体が魔法で燃え上がっていると思えば分かりやすいかと思うのです。でもです、これほどの広範囲に高密度の炎を維持していると言うのは、いくら魔人族がやったとは言え信じられないのです」


 シャポーも説明をしながら、炎の森を前にして驚きを隠せない様子だった。


 シャポーは、自分の師匠であれば、広範囲に炎の壁を出現させる魔法が使えるかもしれないと言う。だが同時に、出現時からの威力をそのままに数日間維持し続けるなど、なんの準備も無しに出来る事ではないのだとも三郎に伝えていた。


 膨大な魔力が必要になるので、自然界の魔力エネルギーを利用するため、大規模な魔法陣を設置するなどの入念な準備を行わなければない。


 魔人族が森でそんなことをしていれば、エルート族に気付かれない訳がないのだ。


 もし、準備も無しに単体でこの炎の壁を出現させ、維持し続けていると考えるならば、それは恐ろしいほど強力な力を持った魔人族がクレタス内部に居ることになってしまうのだ。


「これだけの熱量がありながら、この周辺で燃え広がっていく様子が無いのは、グランルート族が頑張ってるおかげなんだな」


 三郎は、慌ただしく動き回っているグランルート族達に目を向けながら言う。


 グランルート族は、魔力の炎で熱せられて、発火点を迎えてしまった草木が燃え上がらないよう、精霊魔法を駆使しながら抑えているのだ。


 そして、魔力の炎自体が広がらないよう、精霊力と魔力が拮抗し反発するように、精霊達に助力をお願いしているのだ。


 しかし、森林火災の範囲に対し対応するグランルート族の数が少ないのは事実で、燃え広がるのが速い場所へ行って対処するのが手一杯となってる。


 そのため、手の回っていない箇所の被害が大きくなると、そちらの対応に向かわざるをえなくなり、もぐらたたき状態となってしまっているのだ。


 グランルート族の頑張りを嘲笑うように、森林火災の範囲は徐々に広がってしまっているのが現状だった。


「ここも今は、何とか出来てるんですけどね、他が燃え広がるとそっちに行かないといけなくなるんで、どちらにせよこのまま行けば、ここら一帯も炎に包まれちゃうって感じなんですよ」


 パリィが悔しさを滲ませながら、炎の壁を睨みつけて言う。


「そっか、それじゃほのかにお願いして、この炎が制御出来るかどうか、早々に試してみないとだめだな」


「ぱぁぁ~!」


 三郎に名を呼ばれたほのかが、シャポーのフードから飛び出して、ご機嫌な様子で三郎の頭の上に着地した。


「ほのか、この炎が制御できるかどうか、消せるかどうか試してもらってもいいかな?」


(精霊にお願いするって言うのは、こんな感じでいいのかね・・・不安しか無いわぁ)


 三郎は、道すがらパリィに尋ねていた『精霊魔法の使い方』について思い出し、ほのかに言う。


 パリィ曰く、精霊魔法と言う物は、精霊に何と無くやってほしいことが伝われば良いのだ。


「っぱぁ!」


 ほのかは三郎に元気よく返事をすると、身振り手振りを大きくしながら、炎の壁に向かって何事か話しかけ始めた。


(え・・・説得?説得するの?炎同士ってそういう感じ?いや、上手くいくなら問題ないけど、ファジーだなぁ)


 しばらくすると、突然ほのかが地団駄を踏んで悔しそうな声を上げると、どかっと座り込んで頬を膨らませてしまった。


「ん?ほのか、どした?交渉決裂でもしちゃったか?」


 三郎が聞くと、ほのかはふわりと三郎の前に浮かんだ。


「ぱぁぁ、ぱぁぁ、ぱぁ!」


 ほのかは、炎の壁を指さしたり、三郎の袖をぐいぐいと引っ張ったりして、何事か訴えてきた。


「ああ、もっと近づかないとダメなのか?」


「ぱぁ!」


 ほのかの言わんとしている事を察した三郎が言うと、嬉しそうにほのかが返事をする。


 三郎は、ほのかに引かれるままに、一歩一歩と炎の壁に向かって歩き出した。


「ちょっと、サブロー!そんなに近づいたら危なっ、くぅっ」


「ひゃぁぁ!ダメです。これ以上は近づけないのですよう。あっつい!あっついのです」


 三郎の後に付いて行こうとしたトゥームとシャポーが、数歩後ろで足を止めて炎の暑さに顔を歪める。


 当の三郎は、ほのかに袖を引かれるまま、さらに進んでいた。


「ん?そんなに熱いか?まぁ、熱気はすごいけどさ、耐えられないほどじゃないんじゃないか?」


 後方の二人に向かって、三郎は振り返る事無く、呑気な返事を返した。


「ぱぁぁ!」


 ちょうど良い距離まで来たのか、ほのかは満足そうな表情をする。


 そして、袖を引かれて前に付き出していた三郎の右手に乗っかると、先ほどと同じように炎の壁に向かって騒ぎだした。


「お、説得開始か?いいぞ、がんば・・・れ、って言うか、俺炎に近づきすぎてないか?」


 ほのかを応援するも束の間、三郎は目の前で燃え盛る炎に目を奪われる。突き出した右手は、炎に触れる寸前の所にあった。


「ははは、これってヤバイ距離だ。絶対そうだ、ですよね・・・ほら、皆あんな後ろの方に居る」


 乾いた笑いを漏らしながら、三郎が後ろを振り返ると、心配そうに様子を窺っているトゥームと目が合った。


 トゥームは三郎へ向かって何か言っているが、炎の上げる音が邪魔をして上手く聞き取れない。


「はぁ~すごいなぁ、こんなに火に近づいて大丈夫ってのは、ほのかのおかげなんだろうな」


 三郎が、感心しながらほのかへ意識を戻すと、先ほど上手くいかなかった時と同様に、頬を膨らませたほのかが腕を組んで座り込んでいた。


「あれ、だめだった?ん~困ったなぁ。どうしよっかねぇ・・・」


 ぷりぷりと怒っている様子のほのかを見ながら、三郎はシャポーに聞いた魔法の炎についての話を思い出していた。


(そういえば、魔法の炎は自然の火と違って精霊が宿らないんだっけか。現象は似ていながら、作りや内容が違うとか言ってたな)


 三郎が炎について尋ねると、通常の燃焼現象に加え、魔力を媒体として燃える炎や精霊力を源にする炎、別の重なった次元からエネルギーを引き出して使う炎など、シャポーは多種多様な炎についてのレクチャーをしてくれた。


 その中で、三郎はこの目の前の炎が、魔力を媒体に燃える精霊の宿らない炎だと結論づける。


「ほのか、この炎は言うなれば『心のない炎』なんだよ。説得するのは難しいのかもしれないな」


 三郎の言う通り、ほのかは仲間だと思った炎の壁に向かって話しかけていたのだ。呼びかけても無視してくる炎の壁に、ほのかは怒ってしまったのである。


 そして、三郎の心がないと言う言葉を聞いて、ほのかは鼻息を荒くして立ち上がる。


「ゴゥゥゥ!」


 今まで発したこともないような轟音を響かせ、ほのかが怒りの炎を壁に向けてぶつけた。


 魔力の炎は、精霊力の炎を嫌がるかのように歪に湾曲し、三郎の周囲から力を失い霧散する。


「おお、ほのかすごいぞ、魔力の炎が消し飛んでる。これで消せるんじゃないか?」


 三郎の期待も空しく、しばらくすると炎の壁は、周囲から魔力を補充して元の通りに戻ってしまった。


 壁が戻る瞬間、三郎の視界の隅にもぞりとうごめく赤い物が入る。


 緩慢な動きをしているが、炎を纏った小人のようなその姿は、三郎の目にほのかのお仲間としか映らない。


「ん?ほのか、あれって炎の精霊とかなんじゃない?」


 三郎は指さしながら、ほのかに聞いた。


「ぱぁ?・・・ぱぁ!」


 首を傾げたほのかだったが、その小人に気が付くと、楽しそうに声を上げて手を振った。


 小人の方も、地面にうつぶせのまま顔を上げると、ほのかに向かって手を振り返してきた。だが、すぐにだるそうに手を落とすと、眠たげに寝返りをした。


「炎の精霊って、すごい眠たそうな精霊なんだな・・・」


 本来、炎の精霊は、陽気で活発な者達なのだ。


 だが今は、炎の魔法や魔人族の利用している『魔導砂』の影響、火災が広がらないようグランルート族が炎の精霊に活動を抑えるようお願いした事もあり、眠たげで緩慢な状態へとなり果てているのだった。


 三郎が周囲を確認すると、薄らぼんやりと透けているが、同じような小人達が地面の上に倒れている姿が目に入った。


 炎の精霊達の周囲は、魔力の炎が歪に歪んで避けているように見える。三郎の目には、ほのかが怒りもあらわに炎をぶつけた時と同じ様な現象が、小規模ながら起こっている様に見えた。


「そう言えば、グランルート族は魔力の炎が広がらないよう、風とかの精霊力を反発力としてぶつけてるんだったかな」


 三郎は、理科の実験を思い出していた。冷やして発火点を下回る温度にするか、酸素や燃える媒体と切り離してしまえば、火は消える物だった事を思い出す。


「なぁほのか、彼等すごく眠そうだけど、頼んだら協力してくれるかな?」


「ぱぁっ!」


 三郎の問いに、ほのかは胸を張って得意げに返事を返した。三郎はそれを、疑うことなく肯定の返事だと理解する。


「魔力も媒体に含まれるなら、それとも切り離す必要があるけど。案外行けそうな気がするな」


「ぱぁ?」


 不敵な笑いを浮かべぶつぶつと呟くおっさんを見て、始原精霊は首を傾げるのだった。

次回投稿は9月9日(日曜日)の夜に予定しています。

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